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古賀 次郎

執行人





頭にかけられた布袋で息が苦しい。
感覚が徐々におかしくなっているようだ。
手錠の冷たさも、もう気にならない。







朝食後、大勢の担当官の歩く足音が聞こえ緊張が走った。
直後ドアが開いた。

村木徹むらきとおる 本日刑の執行をする」

終わりの合図なのだろう
この一言で全てを悟った。今日死刑の執行が行われるのだと

 毎日、この日の事を考え怯えながら過ごしていた。
死の宣告を受ける意味を理解できぬまま警備隊の担当官に両腕を抱えられ独居房を連れ出された。

留置フロアーから出てエレベーターに乗り地下に向かう
途中、いつもならすれ違う他の職員が今日は誰もいない
覚束ない足で歩く私の両脇を担当官が支えている。そのまま地下の部屋に連れて行かれた。

そこには事前に申し込んでいた宗教(私の場合はキリスト教)の神父のジャンが待っていた。
「やぁ 調子はどうだい」

私は自分の抑えきれない不安を顔に出してしまっている事に気がつきながら答えた
「どうだろう...これから…なんだろ」

「そのようです これからあなたがイエスの元に旅立てるように祈りましょう」

私はジャンと出会ってから毎日祈っていた

だが、最後までイエスに祈りは届かなかった

複雑な思いだった

「ジャン 私の最後の祈りも届くだろうか」

「イエスはあなたに試練を与えたのです」

「イエス...神か…だがなジャン  俺はこれから、あんたよりイエスに近いところに行くことになる
何か伝えることはあるかい」

ジャンは顔を微笑ませた 
だが、その顔には哀しみが込められていた

どうしてこのようなことが先進国で未だ行われているのだろう
そんないつもの疑問符が浮かんでくる顔だった。

そんな、二人の空間を遮るように重たいドアが開いた。


「執行時間だ 連行する」


その声は冷たく、重く感じられ、
それはまるで、鉄のドアを開けるための呪文のようだった。


「ジャン俺は先に行ってくる   いつかまた」


最後くらいは明るい顔で知人とは別れたかった。
ジャンは作り笑顔と分かる程の万遍の笑顔で答えた。
「ああ  またどこかで会おう   こう言ってはなんだが、"元気でな"」

これから死ぬ男に対し“元気でな”とは幾分不釣り合いなセリフに思わず鼻で笑ってしまう。

死刑執行が決まり今日まで、友人とも言える間柄になったこの男とは本音で話してきた。


 ジャンは初めて会った時からフランクな対応であった。
「これから、君が刑を執行されるまで担当する事になった神父のジャントラードですジャンと呼んでください」
私は、その時から、2週間に1度はジャン面会するようになった。特にキリスト教徒というわけではなかったのだが、神にもすがる思いだったからだ。

ある時、私はジャンに問いかけた

「俺がもし、無実だとしよう。それでも神は俺の事を殺すと思うかい」

ジャンは少し目を見開いた反応をしていた。
「OK徹、イエスは悪戯に人の命を奪わない  そこには意味があるのさ、
そして君は試されている  イエスはあなたを導いています」

私は、その時から少し気が楽になった。
普段そんなセリフを聞いても、嫌気がさしていただろう。
だが死刑を判決され、控訴、再審請求と様々なことをやってきた。
どうしても私が行ったという状況証拠が揃ってしまっている。
絶望の淵に立たされた状況で神頼みでも良い事を言ってくれるジャンの言葉に救われたのだ。

その日以降私たちは色々な事を話した。神父とは思えぬ面白いジョークや何気ない一言でも現実を忘れることが出来たのだ

ある日、私は独房で少し不思議な体験をした。

朝の朝食後に担当官から手紙が差し入れられ、宛名は死刑囚への支援団体のものだった。
私は中身を見ずに、そのままテーブルの上に書類を置いた。

その直後、また同じ担当官から手紙が差し入れられ、宛名を見たら同じ支援団体のものだったのだ。

ふと1枚目の手紙を見たら消えていた

その後、いくら探しても見つからない
その事を何気ない会話でジャンに話したのだ。

彼は笑いながら言った
「おいおい、大丈夫かい 毎日同じ事の繰り返しだからちょっと頭が混乱したのさ
もしくは君はデジャヴをみたのかもしれないね」

「デジャヴってあのデジャヴかい」

ジャンは少し真剣な表情になっていた

「そうさ、同じシーンを二度見てしまうアレさ」

「それって、良い話なのかい」

「いや、それは分からないが何かの予兆もしくは予知かもしれないね 」

「そんなくだらない手紙の予知を見ても仕方がないね 」

「確かに、今更そんな予知を見たところで意味はないさ、でも何かあるのかもしれないね。それが君にとって...日本語だと...吉兆なことか、不吉なことかは分からないがね」

「今更、俺以上の不吉な状況にはならないだろ」

「確かにそうだ  今の君の状況は僕にいくら不幸な事が起きても下回っているからね。君ほどの不幸な人はいないよ」

いつもながら私は、ジャンの一面に驚かされる。普通、神父なら事件の事や被害者の事を話すイメージだが、まるで友人との会話ばかりなのだ。


思わず私は突っ込んだ。
「ジャン そこはイエスの導きだって言うべきだろう もしくは、被害者の〇〇だとかね。
俺はそんな話で締めくくるのを予想していたのに」

ジャンはまた真顔に戻っていた
「僕は、君がどういった人間かを把握できている。そして、イエスの教え以外にも私は幾度となく現実を見ている。そう現実をね...」

その時の会話は今でも鮮明に覚えている
夜独房から月を見ながら思い出しながらその意味を考えた 。

考える時間は沢山ある
だが、その考え事をする度に、事件があった夜の事を思い出してしまう。

私はその思念に従い、事件の夜の事を考えた
だが私自身、事件に関わった記憶がないのだ。

俺は無実だ....
何度もそのセリフを頭で繰り返した

ジャンは事件の事には触れなかった。
ただ、私との会話のキャッチボールを楽しんでいるようだった。
私は、ただ一人の理解者がいる気分がした。
その気持ちで十分だった。

そんな友人との最後の別れを終え、死刑執行の準備室へと向かった

「服を着替えろ」

淡白な話し方はこの警備隊の担当官の癖なのだろうか
用意されていた服に着替え死刑台へと向かった。

この国の死刑は首吊りである。
海外では、安楽死や電気椅子など様々あるが、説明だと、この国の首吊りは高い所から、落とされ、足が届く手前でロープが止まり一瞬で死ねるというのだ。



苦しまない



そうは聞いていても、その恐怖は恐ろしいものである。
ずっとその瞬間を想像し、早く終わって欲しいような。イヤッ死にたくない
そんな葛藤を繰り返してきたが、それは死刑執行の直前である今でも同じである。
生き恥を晒したくない為に、冷静を保ってはいるが、少しでも気を緩めると叫び出しそうになってしまう

最後までこの精神状態を保つことができるのか分からない。

執行場所に近づくにつれ、体が思うように進まない。

両脇にいる担当官は、ペースを乱さぬよう私の体を引っ張っていく
この時私が暴れて抵抗したとしてもひきずってでも執行台へと向かわせるのだろう。

足が震える

どうしても死ななけれならないのか

これが夢であれば

そんな意味のない言葉が今更でも出てくる。

台の上に立たされ、手錠がはめられた

「これから執行する。この目隠しを着けてもらう事になる」

もう言葉が出ない

淡々と進められる作業とは裏腹に、心臓の鼓動が周囲に聞こえそうなくらい高鳴っている。
何とか頷くことが精一杯だった

布のようなものを被せられた
その瞬間視界は暗くなり、闇に覆われた

首にロープを通され、カウントダウンが始まった
1秒1秒の時間がとても長く感じられる

頭にかけられた布袋で息が苦しい

感覚が徐々におかしくなっているようだ

手錠の冷たさも、もう気にならない

カウントダウンすらまともに聞こえなくなってきている。

最後のカウントと共に足元の板が外れ、内蔵の浮く感覚を感じた

もう

おしまいなのか


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