傷ついた翼

志月聖

6

真澄は受話器を握り締めたまま机の上の書類に目を遣る。

 契約書に調査依頼書。
調査対象者の略歴を記したモノも 混ざっている。 

探偵にはクライアントの秘密を守る守秘義務がある。 

今回の依頼人は名のある大企業のトップ。 娘の見合い相手の素行調査を依頼されていた。

 一瞬の間にそこまで読み取れたとは思えないが…迂闊だった。
 こんな初歩的ミスを犯すとは・・ 

「真澄さぁん、デートのお誘いですかぁ?」
キャスター付の椅子に座ったまま近寄ってきた美和子は 口元にニヤニヤ笑いを浮かべている。
 「え?やだな、違うよ。
今朝、駅でぶつかった男の子。
わたしが落とした手紙を預かってくれてるみたい」 
「なんだ・・そっか。 
いきなり”真澄さんはいらっしゃいますか”なんて言うから 、てっきり彼氏さんなのかと思っちゃいましたよぉ」 

美和子は真澄から受話器を受け取ると、つまらなそうな顔をして 自分の席に戻って行った。 

…名前?
 そう言えばあの封筒には宛名も差出人も書かれていなかった。
 それなのにどうしてわたしの名前を… 

ストーカー?

 脳裏を過ぎった言葉にぎょっとする。

 甦る記憶・・ 高校時代、見知らぬ男に付きまとわれた経験があった。
 その時には警察官だった宮沢の計らいで大事に至る事はなかったが。 

一歩間違えば…今思い出すだけでも背筋が寒くなる。 

まさかね・・あの天使くんが。 
真澄は身震いをひとつすると嫌な考えを追い払った。

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