夢幻

第四章 1


 「桐人君…。」
眠ったまま目を覚まさない桐人君の手を握りながら私、前村千里はただ祈り続けていた。
それしか出来ない自分がただ情けない。
「祈った所で、彼がどうなるかなんて分からないわ。」
隣に立つ巫女服を着ている女性は茜さんと言うらしい。
気絶していた私が目を覚ますと桐人君が倒れていて、彼女がその近くに立っていた。
「彼は今試練を受けている。
大切な物を守る力を得る為に…ね。」
「あなたは…?」
「私は茜。
この死神神社の巫女。」
「桐人君は…どうなるんですか…?」
「さぁ…?」
「さぁって…。」
「ここで彼が生き残るも自殺するも、彼次第。
どうなるかは私にも分からないわ。」
そう言われたから、為す術も無くこうして強く祈っている訳だ。
「なら、私は桐人君が目を開けてくれる事を信じます。」
それを聞いた茜さんは、ため息を吐く。
「そんな事をして何になるの…?
あなたに何の得があるの?」
「損とか得じゃないです。
ただ大切だから、一緒に居たいから。」
「あなたは甘いわ…。
人間は本来自分の利益しか考えられない生物。
ここに来た人間は皆そう。
そうして勝手に死んでいった。」
「あなたが…そうしたんですか?」
「私はそれを導いただけ。
それで誰がどんな力を手に入れようが、途中で諦めて自殺しようが私には関係ないわ。」
そう冷たく言い放つ彼女に、私は思わず身震いする。
本当にこんな沢山の死体を見て、何も感じてないと言う余裕が伝わってきたからだ。
でも、それでも。
「でも…あなただって後悔はしてる筈ですよね?」
「…後悔?
必要無いわ。
そんな物に何の意味があるの?」
「だって、あそこにあんなに沢山の墓が在るじゃないですか…。」
起き上がって辺りを見回した時、神社の裏手にいくつもの墓が作られていたのを見てしまった。
だから私はそう信じずにはいられなかったのだ。
「うるさい!」
そんな私の期待とは裏腹に、茜さんは声を荒げ取り乱した。
「私はその為に生きている…その為でしか必要とされない…だから私は…。」
それは、私への答えでは無く、自分に言い聞かせる為の言葉なのだろう。
「そんなの…悲しいです…。」
素直な感想だった。
彼女がどう言う経緯でこうしているのかは分からない。
でもその為でしか必要とされないなんて、その為でしか生きれないなんて。
あまりに悲し過ぎる話しではないか。
「…あなたには分からない…。
私は本来ここに居てはいけない存在なのだから…。」
「そんな事…無いと思います。」
「…何故?」
「だって、あなたが居てはいけない理由なんて無いじゃないですか。
必要としてもらえない理由だって無い。
皆と一緒で、生きてるんだから。」
「ふぅ…あなたは甘過ぎるわ。
その甘さがいつか命取りになるわよ…?」
そう言い捨てながら、茜は思っていた。
人を信じる事に何の意味があるのか。
きっと私は、それが出来ずに死を選んだ。
だからここに居る。
こうして、死神神社の巫女として生きている。
そうして知った。
人間は残酷な生き物だと。
だから私は他人の為に生きない。
自分の為に、利益の為に生きている。
例えその生き方に何の利益が無かったとしても、だからと言ってそれ以外の物を信じてどうなると言うのだろう?
そう考えた所で、突然頭痛がする。
生前に残った感傷だろうか?
だが関係は無い。
私は生前の自分の事なんて知らないし、知る必要も無い。
私としてただこの場所に存在するだけ。
だからこれで良いのだ。
例え生前の私がそれを拒んでも、既に死んでいる自分に遠慮など必要無いのだから。
私は私なのだ。
誰も信じないし必要としない。
信じるのは自分だけで充分。
茜がそう自分に言い聞かせ、千里が祈り続けていた頃、桐人は夢の中に居た。
あの時と同じ、試練が始まった時のような強い光が閉じた目に差し込む。
本当に生きて帰れたのか?
確信は無い。
でも、この眩しいと言う感覚は、俺にとって充分な希望だった。
光が薄れるにつれ、ゆっくり目を開ける。「き…桐人君!?」
千里の声が聞こえる。
本当に生きて帰って来れたんだ。
目を完全に見開き辺りを見回すと、見覚えのある神社に、よく知る幼馴染み。
無数の死体に、そこに不似合いな美しい巫女服の少女。
「どうやら…乗り越えられたようね…。」
「あぁ…なんとかな。」
「良かった…。」
今にも泣きそうな千里を見て、胸が痛む。
「悪い、心配かけたな。」
「うん…。
でも無事に目を覚ましてくれて本当に良かった…。」
そう言って抱きついてくる千里。
そんな千里をそっと撫でてやる。
「…再会の喜びに浸るのは勝手だけど…よそでやってくれるかしら…。」
冷めた視線を向けてくる巫女の言葉に、思わず二人して離れる。
「す…すまん。」
「まぁ良いわ…。
あなたは試練を乗り越えた。
望み通り大切な物を守る力をあげる。
それをどう使うかはあなた次第。」
そうだ、俺は力を手に入れたんだ。
なら今すぐ…!
階段の方に駆け出す。
間に合ってくれと願いを込めて。
「あぁ!?キリキリ無事だったんだ!」
と言うシリアスなシーンの筈なのに、そいつはそんなのお構いなしの大声。
傷一つ無くただ疲れを表情に浮かべながら、木葉は階段の下から顔を出す。
そんな姿を見て、一気に体の力が抜けてその場にへたれ込む。
「お前も…無事だったんだな…。」
「もっちろん!ダイジョウブイッ♪」
うわ、超余裕顔。
心配とか負い目とか感じた俺がひたすらに馬鹿みたいじゃねぇか。
「そうだ!化け物は!?」
「あ~私が倒した♪」
「…なるほど、やっぱりお前も力を持ってたんだな。」
「ありゃ…バレてたか~。
まぁ良いけどね~。
あ、そうだ、茜っち久しぶり~。
元気~?」
「相変わらず騒がしいわね…。
それとその茜っちと言うのはやめなさいと言ってるじゃない…。
寒気がするわ…。」
「え~良いじゃん~。
なら茜モン?」
「似た者繋がりなんだろうが最初のより言いづらくなってんじゃねぇか…。」
「どちらにしろ却下ね…。」
 「え~。
ちなみに私は久々にあの階段を上がって足がもう死にそうwww」
疲れた顔してたのはそれでか。
「知らないわ…。
私は上がった事なんて無いもの。」
「上がった事が無い?」
思わず口を挟む。
「…更に言えば下った事も無いわ。」
つまりはこの場所で生まれてから今までずっとここに居るのか。
そう考えるとこの環境に慣れている事も、けしてマトモじゃないにしろ頷ける。
生き抜く為の術として死神神社の巫女として生きる事を選んだのも、そんな狭い視野でしか世界を見ることが出来ていないからなのかもしれない。
「知らないんじゃないわ。
それ以外を知る必要が無いの…。
今の私にはそれだけ在れば良い。」
何が彼女をここまでこの場所に留まらせるのか、もっと広い世界を知ればきっと何か変化もあるだろうに。
とは言え今はこれ以上踏み込むのはやめよう。
これまで彼女が背負ってきた物の重みなんて俺には分かる筈が無いのだから。
「おい、じゃぁお前はどう言う力を持ってるんだよ?」
とりあえず一応気になった事を横に居る木葉に問いかけてみる。
「え~?ひ♪み♪つ♪」
うわ、殴りてぇ。
「どうやら秘密には出来ないみたいよ…?」
茜が視線だけ階段に向けながら呟く。
つられて階段の方に目を向けると、化け物が階段からどんどん上がって来ていた。
「あちゃ~…あれで全部じゃ無かったか~。
面倒くさいな~。」
「まぁ…面倒だけどやるしかなさそうね…。
神社を荒らされる訳にもいかないもの…。」
「ぶ~…。」
「なぁ、茜…だっけか。
試練を乗り越えたんだから俺にも何か戦闘能力とか備わってないのか?」
流石に二人にだけ任せられないし、茜に聞いてみる。
「無いわ。」
「無いのかよ!?」
即答。
それも一瞬の躊躇いもなくあっさりと言ってのけやがった。
「だってそうでしょう…?
あなたが私に求めた力は大切な物を守る力。
戦う為の力とは言ってないじゃない…。」
「ぐっ…確かに…。」
「巻き込まれたくないならそこで大切な人とバリアの中に引きこもっていれば良い。
今のあなたに出来るのは精々その程度よ…。」
「くっ…な…なら!」
もう一度試練を、と口に出そうとした矢先に茜が釘を刺す。
「そう言えば言ってなかったのだけれど…。
人間が夢幻を受けられるのは一度だけ。
あなたにもう試練を受ける権利は無いわ。」
と言うか絶対言おうとしてる言葉分かってて言ってるだろ…。
「なっ…!何でだよ!?」
「欲張りね…。
まぁ…人間らしいと言えばそうなのかもしれないけれど…。
あなたは大切な人を守れるナイトになれてまだ物足りないの?」
「っ…でも!俺だって戦いたい。
だってそうだろ?
ずっとバリアの中に引きこもっている事だけが本当に大切な物を守る事なんだろうか?」
「ふぅ…あぁ言えばこう言うのね。
でもそうでしょう?
バリアの中に居れば、それが壊されない限りあなたにも大切な物にも傷は付かない。
敵も壊せないなら諦めて帰るしかない。」「確かに…お前の言う通りだよ。
でもさ、やっぱり俺も戦いたい。
欲張りだって言われても戦う力が欲しい。
あいつに、木葉に任せっ放しじゃいられない。
黙って見てるだけなんて俺には出来ない!」「ふぅ…面倒…。
何を言っても聞かないのね。」
「あぁ…。」
「…刀ならある…。
この神社に伝わる刀。」
「そっ…それなら!」
「ただし…妖刀だから普通の人間は使えないわ…。」
「駄目じゃないか!?」
「今のあなたはもう普通の人間じゃないでしょ…?」
「ま…まぁ確かに…。」
「でも…その前に一応聞いておくわ。
あなたに…命を懸けて戦う覚悟がある…?」「っ…。」
「その覚悟が無いなら、無理に戦う必要なんて無い。
素直にバリアに引きこもっていなさい。
そうすれば死ぬ事はないわ。」
言われて考える。
死ぬ事は確かに怖い。
だから命を懸けると言う覚悟が在るかと問われるとすぐに頷けない。
でも、ここで逃げたら絶対に後悔すると言う保証だけはある。
あの日憧れたヒーローに自分からどんどん遠ざかって行くような気がして。
あんなに弱虫だと馬鹿にした偽りのヒーローに自分がなってしまう様な気がしてどうしても嫌だった。
「覚悟は…出来てる…。」
「ふぅ…。
私には理解出来ないわ…。
その力と言い、今と言い、あなたはどうしてそこまでして戦うの?
自分の為にじゃなく他人の為に。」
「大切な人を守りたいからだ。」
「甘いわ…。
人間は人の命か自分の命かを選べと言われたら簡単に自分の命を選ぶ生き物なのよ…?
だって今のあなたの様に、わざわざ他人の為に命を懸ける必要なんて本来無いのだから。あなたが他人を見殺しにしてバリアに引きこもった所でそれは悪い事じゃない。
だってそれは自分の身を守る事なのだから。
正当防衛は罪にならない。」
「まぁ…確かにお前が言ってることは間違ってないと思う。
人間は自己中だし、本来は俺がこうして他人の為に命を懸ける必要なんて無いのかもしれない。」
「人助けなんて所詮自分を格好いいナイトに見せたいが為の化粧に過ぎない。
それで死んだって最初こそ英雄だと人々に称賛される事はあってもその内忘れられて無かった事にされるだけ。
一時だけの名声に何の意味があるの…?」
「確かにお前が言うナイトに憧れてるって言うのはあるよ。
でもそれだけじゃない。
俺は大切だからそれを守りたいし、その為なら進んで自分の命を差し出す。
死ぬのは怖いけどさ、試練を受けてみて気付いたんだ。
俺は死ぬ事よりも、大切な人の居ない世界で生き続ける事の方が辛いんだって。」
「ふぅ…やっぱりあなたは甘いわ…。
人間はいずれ死ぬのに…。」
「なんとでも言いな。
いくら甘いって言われても、それが俺の覚悟だ。」
「あなたは本当に何を言っても無駄なのね…。
なら好きにすれば良いわ…。」
そう言って、茜は神社の中へ消えてしまった。
その背中を見送りながら、俺は思った。
他人を信用せず、必要としないと言う彼女にも、確かに優しさはあるのではないのかと。
言葉選びこそ悲観的で、冷たく切り捨てるばかりながら、戦いの厳しさを知っているが故に俺を引き留めようとしてくれていたのでは無いだろうか。
試練を受ける前だってあえて受けたくなくなるような説明の仕方をしたのではないか、と
考えてしまうのは考え過ぎだろうか。
彼女の事を何一つ知らない自分だけど、彼女にもそう言う人間味と言うか温かみが確かにあるのではないかと、信じたくなる。
「あ~ん…!茜っち~!
私を一人にしないで~…。」
どこかから悲痛な叫びが聞こえてくるが、きっと気のせいだろう。
それから数分後。
一振りの古い刀を持って茜が戻ってくる。
「これがこの神社に伝わる刀、妖刀夢幻よ。」
「これが…か。」
ぱっと見は鞘に収まった普通の古い刀なのだが、違うのは鍔の辺りに二つに分かれた鎖が付けられていて、そこにそれぞれ一枚ずつのお札がぶら下げられていると言う所だ。
これってまさか魔除けの札って事か?
妖刀だから封印されてるとか…。
「違うわ…。」
口に出しても無いのに、はっきりと否定されてしまった。
「妖刀夢幻には付ける札によって特性が変わる性質がある。」
「なるほど。」
「さぁ…あまり時間は無いわよ…?
私があなたの面倒を見ている間に、あなたの大切な人が一人で戦っているのだから。」
「っ…分かってるよ。」
慌てて茜から刀を受け取り、勢いよく鞘を引き抜く。
すると、古ぼけた鞘とはそぐわない、鏡のように自分の姿が映る程綺麗に磨かれた刀身が露わになる。
「すげぇ…。」
思わず感嘆の声が漏れる。
と、同時に身震いもする。
凶器を持つという感覚が、じわじわと自分の手の中に伝わってきて、これからしようとしている事に一瞬の躊躇を与える。
いや、駄目だ。
やるって決めたじゃないか。
「ふぅ…刀を持ったくらいで動揺している場合?」
「分かってるよ…。
でも、普通の人間が持てないって言ってた割になんともないぞ?」
「安心するのはまだ早いわ…。」
茜がそう言ったのと同時。
途端に刀身が四方に分裂して一斉に俺の体に突き刺さる。
「っぐ…!?」
「桐人君!?」
刀身は体を容赦なく切り裂き、あまりの痛みに膝を突く。
所詮、これが現実だと言う事だろうか?
俺が憧れたヒーローの様に、運を味方に付け、全て上手くいかせるなんて現実には不可能だったのだろうか?
「だから言ったじゃない…。
大切な人を守るだけならバリアの中に引きこもっているだけで良い。
勇気だけで人は強くなれる訳じゃない。
まして人を守れる訳じゃない。
独りよがりな正義感や勇気なんて時には邪魔になるだけ。
あなたは所詮、戦う事なんて出来ない。」
確かに茜の言う通りだった。
俺はバリアが使える事を除けば、所詮普通の人間でしかない。
俺には何も出来ない。
力を得たのに、結局俺は無力でしかない。
大量に流れる血で地面が赤く染まる。
その景色も徐々に薄れていく。
激痛で目が霞んでいるのだろう。
痛い。
これまで感じた、どの痛みよりもずっと。
これ程の痛みを感じた時、人は死ぬのか。
確かな絶望。
まず助からないし、何もせずに放っておけば俺は確実に死ぬ。
もう目も開けてはいられず、そのまま倒れた。

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