薔薇薫る憂鬱

志月聖

FIN

さあ、そろそろ始めよう―――――

私は、ローボードの引き出しからシルクのリボンを取り出す。

それを夢乙女のか細い首に巻き付けると、両手に力を込め一気に引いた。

彼女は、カッと目を見開くと、僅かに手足をバタつかせた。
喉の奥からぐぅぅっ―…というヒキ蛙のような声が漏れ、湿った空気を震わせる。

更に力を込め、リボンを引き絞った。

私に向けられた、赤く充血した瞳が次第に光を失っていく。

最期に細く長い息を吐くと、彼女の動きはピタリと止まった。

私は確認するように、もう一度強く引くと首からリボンを解き放った。
赤黒い痣が痛々しい。

安楽死に使用されるバルビツール酸系の薬さえ手に入れば、こんなに辛い思いはさせなくて済むのに…

私は右手を見開かれたままの瞼に押し当てながら思う。

いつもこの瞬間は、遣る瀬無さで胸がいっぱいになる。
私が与えられる睡眠薬程度では、苦しみを半減する事も出来やしない。

それでも…色々試した結果、この方法が一番楽に眠らせてあげられるという結論に至ったのだ。

最初に育てた妻、ウェルビーンを植えた時の事を思い出し眉を顰めた。

あれは最悪だった。

妻の男遊びが原因で口喧嘩となり、カッとなった私は手近にあった置時計を頭に振り下ろした。何度も、何度も、何度も…

一面に飛び散った血しぶきを拭き取るのに、どれ程の時間を費やした事か‥
結局、長年愛用していたクムシルクのペルシャ絨毯を駄目にしてしまった。

私はため息を吐くと、嫌な記憶を振り払う。

青褪めた夢乙女の頬を撫で、優しく話し掛けた。
「君はどんな素敵な花を咲かせてくれるのだろう。とても楽しみだよ。
 そうだ、どこに植えるか決めておかなければね。
 知らない花この隣では心細いかな?
 では、面識のあるオープニングナイトの傍が良いか。
 少々派手好みではあったが、気立ては良い家政婦だったからきっと仲良くやれるだろう」

立ち上がると、出窓を開け放つ。

途端、狭い部屋は溢れんばかりの甘い香りに包まれた。

「ほら、そこ。噴水の後ろだよ……え?」

私の背に向け、夢乙女が甘えた声を投げかけた。
彼女の方を振り返り、首を横に振る。

「残念だが、それは出来ない。
 ずっと前からあの天使像の横には、最も美しいダマスクローズを植えると決めているんだよ」

私の蒐集コレクションはまだまだ続くだろう。

最愛の花を手に入れるその日まで―――…


        了



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