薔薇薫る憂鬱

志月聖

1話

五月の爽やかな風が、咲き誇る薔薇の香りを室内に運んでくる。

手ずから丹精に育てた気高くも美しき薔薇たち。
私は庭に出ると、花のひとつひとつに話し掛ける。

「おはよう。ウェルビーン。
    君は今日も爽やかだね」

イギリス産の中輪花はアプリコットイエローの透明感のある瑞々しい花びらを誇らしげに広げている。
顔を寄せると柑橘系の香りが鼻孔をくすぐった。

彼女は一番最初に私が育てた花だ。

庭いじりなど全くした事もなく、薔薇の栽培についての知識など皆無だった私が試行錯誤し何とか育て上げた愛すべき一輪。

「やぁ、リリック。いつ見ても可憐だね」

半八重の平咲きのリリックは、ピンク色の花弁と黄色の花芯がとても可愛らしい。

ペネロペ、ソンブレイユ、緋扇、スノーグレイス、ストロベリーヒル、キャリアド、たそがれ、琴音、ミモレ、ザ モナリザ、ハニーブーケ…

ありとあらゆる品種が揃っている。

だが…

私は眉根を寄せた。
一番好きな薔薇は、まだここにはない。

ダマスクローズ。

甘く高貴な香りから『薔薇の女王』と呼ばれているヨーロッパ原産のハイブリッドローズ。
この花の事を思うと、私はいつも憂鬱な気分になる。

幼き頃、私と父を捨て、年下の男と出奔した母の面影が過るからだ。
旧華族の出身だった母は、まさに女王のように気位が高く、誰よりも美しかった。

そして気まぐれに抱きしめられると、いつも良い香りがした。

甘い薔薇の香りが―――――

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