炎の騎士伝

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過去の英雄

 獣用の檻の中には武装を解かれ監禁されている賊達が座り込んでいる。昨夜の襲撃作戦は突如現れた乗客の青年によって失敗に終わり、重症の者達を除いた5名の賊達は檻の中でただ呆然と船が着くその日を待っていた。
 そんな時に、その檻を尋ねる一人の者がいた。
 「笑いにでも来たのか、坊主?」
 訪れた者は、昨日自分達を倒したあの青年だった。
 「少し、気がかりな事がある。」
 「気掛かりだと?」
 「何故あの時、動かなかった。あの時、動いていれば人質を盾にとり時間稼ぎ程度であれば出来ただろう。」
 そんな事か……。そして俺はその問いに答えた。
 「無駄だと思った……それだけだよ……。」
 「そうか……。」
 「お前……名前は?」
 「……ラウ・クローリア。」
 「ラウ……。そういえば、昔の知り合いにそんな奴がいたな……」
 「知り合いだと?」
 「そうだ。昔、帝国で一緒に働いてた奴だよ。名前は……」
 何故こんな事を、目の前にいる奴に話しているのか分からない。理由があるとすれば、なんとなくだがこいつはその知り合いに似ていたからだと……。
 「ラウ・レクサス。20年前に死んだ……帝国の英雄だ。」

 帝歴403年 7月13日
 昨夜の事件から一日過ぎた朝、シンとの話を終えると俺は姉さん達と朝食を共にしていた。
 「……。」
 朝の事が気掛かりで俺は食事の手は進まなかった。
 「シラフ、食べないの?」
 姉さんが心配したのか、話し掛けて来る。俺はそれに応じた。
 「朝の事を考えてたから、ちょっと今はそんな気になれなくてさ。」 
 「朝の事……確かシンがシラフの元に訪ねて来た事?」
 「ああ。俺に話があるらしい、自身とラウについての事だって言ってたよ。」
 「自身とラウについてか……。」
 「いや、昨日の事件がさ……。ほら、あいつ……ラウの強さが俺達とは異質だったからさ……。」
 それで察しがついたのか、姉さんは
 「なるほど。まあ、確かに彼は強いよね。私と一対一でやれるくらいの実力はあると思うよ……。」
 姉さんの言葉に、俺の様子に気にせず食事をしていたリンの手が止まった。
 「シファ姉がそこまで言うとは、余程の化け物じゃないの?」
 「そうだね……。でもそれくらいの実力はあるよ。少なくとも今のシラフでは勝てないかな……。」
 そう、俺には奴に絶対勝てない。攻撃に対する反応速度が非常に高い。あの十剣であるクラウスを負かしたという話はどうも本当らしい。
 「そうだな。銃火器を剣で数発弾き返すだけならまだ出来るかもしれないけど数が数だからな……。九人同時にやるのは無理があるよ……」
 「更に、あいつはまだ余裕ありそうには見えたしね……。」
 そう、余裕があった。迎撃のあと奴は一切息を乱さず平然としていた。あの冷静ぶりはさすがに一種の恐怖に値する程だと……。
 「だよね……。私はシファ姉の服に隠れてよく見えなかったけど……。」
 それ見てないよな。と思っていると、姉さんは
 「学院に行けばあんな人達が沢山いるのかな……。まあラウくらいの実力者は早々いないと思うけど……。」
 「どうゆう事だよ?」
 「そのままの意味だよ。彼、ラウ・クローリア程の実力者は私も稀に見る逸材。もし彼が更に強くなれたら、もしかすると私より強くなるかもね……。」
 そんな事を言うと、姉さんはスープに口を付ける。そのスープが熱かったのか「あちっ」と言う声が聞こえた。
 ●
 その頃、一人賊の長と会話を交わしている者がいた。黒髪の青年、昨夜賊を倒した者でもあるラウであった。
 「ラウ・レクサス。20年前に死んだ……帝国の英雄だ。」
 賊の長は不意にその名を口にした。その名を聞いてラウは即座に自分とシンの名前の一部が入っている事に気付く。
 その人物は自分達と何らかのつながりがある事を感じ取った。
 「20年前に死んだ帝国の英雄……。」
 「そうだ。あんたの親はその人から名前を取って付けたとかじゃないのか?あんたぐらいの年ならそうじゃないかと思ったが……。」
 「……。」
 「話を聞きたいか?」
 長の言葉に対しラウは多少の興味を抱く
 興味が無い訳では無い、無駄足だとしても聞いて見る価値はあると感じた。
 「ああ。聞かせてくれ。」
 長は一息つき間を開けると、それを語った。
 「俺はその頃、当時帝国一と呼ばれた科学者の助手をしていた。科学者の名前はノエル、あの八英傑の一人でもあり先代皇帝の婚約者でもあった人だ。そんな彼女の助手を務めていた俺だが、俺の他にも助手は二人いた。ルキアナ、そしてラウだよ。」
 「ノエル……ルキアナ……。」
 俺の頭の中に二人の名前が妙に気掛かりに感じた。そう、自分にとって重要な何かのような……。
 「俺は、その助手だったルキアナの事が好きだった。だが、その思いは届く事などあり得ない……。何故なら彼女はもう一人の助手であるラウに惹かれていたからだ。」
 「そのラウはどうだったんだ?」
 「最初はそれを拒んだんだよ。まあ無理も無い、だって奴は昔に故郷を魔物に滅ぼされて当時の幼なじみであり恋人だった奴を失ったんだからさ。」
 失った……。魔物に滅ぼされて……。やはり何かが妙に引っかかる感じがする。
 そして賊の長はそのまま話を続けた。
 「奴は毎日のように暇があれば必ず彼女の墓参りをしていた……。それに彼女もよく付いて行ったんだよ、自分の両親の墓参りの為にな……。」
 淡々とそれを語る長からは何か悲しみのような物が感じられる。
 「あの二人は複雑な縁で繋がっていた……。それが原因で二人は何度もぶつかり合い、時には殺し合いにも発展したが互いに助けられたり支え合ってもいた……。」
 「その後二人はどうなった?」
 「式を挙げる暇は無かったが、書類上は結婚した。まあ当時は仕事が忙しかったからな。」
 「それで奴が帝国の英雄と呼ばれた理由は何だ?」
 「ラウは18歳の時既に、当時の八英傑を率いていた歴代の者の中でも最強と呼ばれていたからだ。あの当時、帝国に起こった幾多の抗争を終結に至らせた要因とも言える人物でもあり、更にはノエルの婚約者である先代が使用していた神器に選ばれた人でもあった。」
 なるほど、実に分かりやすい活躍ぶりだ。それ程の人物であるなら間違いなく英雄に呼ばれるにふさわしいのだろう。
 「だが、色々あったんだよ。最後の皇帝となった方は実に素晴らしい人であったが、帝国が長きに渡って築いた物が目の前で崩れ去っていった。あの人は、帝国を変えようとしていた。しかし運命というものはそれを許す事は無く気付けば陛下は民に恨まれも憎まれもした。あの人は停滞で続いていた平和から改革で平和を築いていく国へと変えようとしたが上手くいく事は無かった……。そんな皇帝にラウは帝国の最後の最後まで彼の騎士であり続けたんだ。」
 「そいつの最後は?」
 「383年のあの日に、俺は奴の伝言を最後にもう二度と会うことは無かった。知っているだろ、帝国は水晶によって滅ぼされたって話を。当時、俺はあの場にいたんだよ。あいつとルキアナを引き止める事が出来ずにな……。」
 「引き止められ無かった?」
 「皇帝の身に危険が迫っていたんだよ。本来別の八英傑が護衛につくはずだったんだが、そいつは皇帝を殺そうとしていた裏切り者だと分かった。しかもそいつはノエルさんの弟でもあったよ。そんな奴を止める為に、ラウとルキアナは皇帝のいる宮殿に向かったんだ。俺は引き止めようとした、さすがのあんたでも今回ばかりは分が悪いって。」
 「何故だ、皇帝を殺そうとしていた奴を止めに向かおうとしたのにか?それに帝国最強と呼ばれた者なのだろう?」
 「ラウは帝国の英雄だ。あの時奴がしようとしている事は国民全ていや帝国を敵に回す行為に等しかった。言ったろ、皇帝は国民に恨まれも憎まれもしたってさ。それが原因で帝国は割れ抗争に至ったんだ。」
 「つまり、皇帝を助けに向かえば今度は自分が殺されるという事か?」
 「そうだ。しかし奴は俺の言葉を無視し最後にこう言った。」

 
 「必ず戻るよ。俺は帝国の騎士なんだからさ。」

 「そして俺がノエルと共に帝都を出た直後だった。宮殿の方から巨大な爆発音が何度も響いた……奴等が生きている事を願って俺はただ生き延びる事を優先してな……。」
 すると長は自分の被っている覆面を取った。顔は黒いアザで覆われており元の顔が分からなかった。そして手袋も取ると、やはり黒いアザで覆われており、更には指が何本か壊死したのか指の数が少なかった。 
 「次の年、俺は帝都に向かったんだよ。このアザはその時の物だ。ラウ達が生きているはずは無いと分かっていたが、せめてこの手で土に埋めてやりたかったんだ。宮殿は水晶に包まれ中には入れそうも無かった。水晶に触れた手はこの通り、そして空気に触れただけでもこれだけの影響だ。一日もいれば俺は死んでいたよ。」
 「水晶は普通の物では無かったんだな。」
 「高濃度の魔力の塊だよ、自然界にも僅かに存在しているが、あれはそれの数百倍の濃度の物。生物からすれば毒その物だ……。」
 「なるほど……。」
 「死体は見つからなかった。だが死亡した事は確かだ、あんな高濃度の魔力に侵された街に生きていられるはずは無いからな。あれから俺は色々あって仕事を失い裏切られたりもしたさ。……そして気付けばこの通りだよ。俺は道を踏み外していた……。そして俺はお前に敗れて今こうして話しているんだよ……。」
 長は涙を流していた。
 「俺も馬鹿だよ、金に乗せられて人殺しをした。何人殺したんだろうな……俺は……。帝国が滅びなければ、ラウ達が生きてくれれば俺は……。」
 自分の愚かさに嘆いている、自分の弱さに嘆いている。それに対しラウは
 「話は分かったが、そんな事でお前達のした事が帳消しにはならない。それ相応の裁きが下るだろう。」
 「重々承知の上だ。俺から話せる事は以上だ。何かまだ俺に聞きたい事があるか?」
 それを聞くと、ラウは自分の首に掛かっているペンダントを長に見せた。黒い石の首飾りがそこにあった。
 黒い石を見るなり長の目が変わった。
 「お前、それを何処で?」
 「私の従者からもらった物だ、時が来ればその時何なのかが分かると、そう言ってな……。」
 そしてラウは長に問う
 「私は、ノエルによって造られた存在だ。私が何の為に造られたのかそれを探っている。ノエルの助手をしていたお前は何かを知っているか?」
 「ノエルが生きているのか?」
 「5年前に死亡した。」
 それを聞くと長は間を開けると
 「そうか……。俺はお前が何の為に造られたのかは知らない、しかし彼女はある研究を続けていた事を覚えている。そもそも帝国はその研究を遥か昔から行っていたんだ。」
 「何の研究だ?」
 「神を殺す研究だよ。」
 「神だと?そんな者が何処に存在しているんだ?」
 「分からない、がその存在は確かだ。根拠はこの世界中に散らばっている神器と呼ばれる存在だ。あれは人間が造った物では無い、我々よりも上位の存在。俺達の間ではそれを神と呼んでいた……。」
 「契約者か……。つまりノエルは契約者を殺す為の研究を?」
 「いや、そうじゃ無い……。確かあれは……。」
 長が何かを思い出すと、
 「カオス……。」
 「カオス?」
 「確かそうだ。カオスの契約者を殺す研究だった……。」
 「カオスの契約者……。」
 「今の俺にはそれが限界だ。俺程度ではこのぐらいしか話せない。」
 「そうか……。」
 「確かお前達は学院に編入するよな?」
 「そうだ。」
 「学院に、元八英傑のアルス・ローランがいるはずだ。奴を訪ねれば必ず力になってくれるはずだ。」
 そして長は名前を名乗る
 「俺の名前はサバン。ノエルの助手だったサバンの知り合いと言えばいい。それで通じる」
 「了解した。」
 「こんな事をしておいて言えた義理では無いが、話を聞いてくれてありがとう。最後くらい誰かの為になれたのだからな。」
 「私は失礼する、情報をまとめたい。」
 そう告げるとラウは去って行く、ラウが去るとサバンの部下が長に話し掛ける
 「随分と長く話しますね……こんな時に……。」
 「そう言うな、俺は人生の最後にとんでもない者に会えたんだからな。」
 「どういう事です?」
 「亡国の英雄が生まれ変わって現れたんだよ。」
 「頭がおかしくなっているんですよ、あなたは。」
部下の言葉をよそにサバンは笑いながら倒れた。彼の感情を部下たちは理解出来ずに首をかしげながら船が到着するのを待っているのであった。

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