炎の騎士伝

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最善の選択

 今から20年前、400年近くに渡りこの世界を支配してきた大国が滅んだ。その名はオラシオン帝国、世界最強の軍事国家と長きに渡り呼ばれ続けてきた。しかし、帝歴383年8月10日午後零時34分。長らく世界の中心とも呼ばれた帝国の首都、帝都オラシオンは突如として水晶に包まれた廃都と化した。原因不明の災害は世界中が混乱した。それは世界経済に大きな影響を与え、多くの国で失業者に溢れるという事態に陥る。それは次第に国の治安にも影響を及ぼし始め犯罪の多発が世界的な社会問題と化していた。

 帝歴403年 7月12日
 身を隠しながら、俺は廊下の角にいた。船の構造を完全に把握している訳では無いので俺は慎重に動かざるをえない。
 「っ……。」
 息を潜め、誰も来ない事を確認すると俺は動きだし。再び身を隠す為に最も近い観賞植物の方へと向かい自分の身を隠す。植物の葉が肌に触れると少し痒いと感じた、こんな物に隠れて意味があるのかと自分でも疑問を抱くが無いよりはましだろう……そう思いながらも俺は慎重に行動し続けた。
 一人で行動する。いつもは姉さん達がいた事によってあまり無かった事だ。突然の出来事に加え今この時、乗客達の命が俺に掛かっている。それが重圧以外の何であろうか……。



 この時の状況はある意味最悪に等しかった。近年多発する海賊への対応として国は傭兵を雇っていた。しかしその傭兵達の正体は海賊である。本来あり得るはず無いこの状況を作り出したのは、サリアのごく一部の上流階級の人間つまり貴族であった。その目的は、シラフ及びシファ・ラーニルの殺害。その為に武器の調達や資金援助更には乗組員の買収を行っていた。彼等の殺害動機は二人の地位を奪いそこに自分達が入る事である。しかし彼等の計画は徐々に想定と全く違う方向へと向かおうとしていた……。
 シラフが協力者を探しているその頃、三階通路でラウがシラフの倒した海賊の手下を見つける。
 「なるほど、私以外にもいたか……。すると残りは8人か。」
 賊が気絶している事を確認すると、そのまま下を目指し進んで行き、ゆっくりと階段を降りて行く。
 階段を降りながらラウは思考を巡らしていた。
 私以外だと、あの女の弟……か。
 ラウはシンの位置を確認する。
 送られた位置情報から、現在エントラスホールにいる事で間違い無かった。そこから動けずにいるとすれば人質が多く敵の数に対して不利になっている可能性が高いとラウは推測する。
 「面倒を掛ける奴だ……。まあいい……早めに片づけるとしよう。」
 そう呟いている内に、二階へと到着する。奥の角へ進む人影を確かに視界へと捉える。
 やはり、弟の方か。
 自らの推測が確信へと至ったラウは、少し急ぎ足でシラフの元へと向かった。

 「おい、お前。」
 俺は突然後ろから声を掛けられて驚き、そしてバランスを崩し尻餅を付いた。振り向いて見れば、そこに無表情で立っているラウがいた。
 「何をふざけているんだ?」
 ラウの態度に少しいらつきながらもとりあえず答える。
 「ふざけてはいない。驚いただけだよ……。」
 俺は立ち上がると目の前の奴に話し掛けた。
 「お前は、放送の指示に従わなかったんだな。」
 「そうなるな。で、お前は敵の戦力は掴んでいるのか?」
 ラウの態度はやたらと勘に障る奴だがひとまず答える
 「分からないよ、でも手下のあの様子からして数はそんなに多くは無いと思う。多くて十人程度が今の推測だよ。」
 「なるほど、あれはやはりお前か。」
 「上でのびてる奴の事か?」
 「そうだ。」
 相変わらず、ラウの口数は少ない。そんな事を思っていると
 「敵の数は十六人、エントラスに現在その内の十人が人質の監視をしている。敵の長と思われる奴もそこにいる。操縦室に一人、機械室に二人、そして通路の巡回に三人だ。」
 ラウの淡々とした説明に俺は驚く。何故把握しているのか疑問を抱くが。
 「驚いた、あんた既に戦力を把握していたのか?」
 「まあ、そうだ。機械室の二人と巡回二人は私が片づけた。そしてもう一人の巡回もお前が片づけたからあとはエントラスに向かうだけだ。操縦室は後で問題無いだろう。」
 「了解。それでどうやって人質を助けるんだ?」
 「お前はこれ以上何もするな、かえって邪魔だ。」
 そう言い放つと、俺を置いて通り過ぎて行く。
 奴の言葉に俺は唖然とする。おかしい、二人で動いた方が明らかに成功率が高いはずだ。個人的感情はこの際無視してでも人質を助ける為に協力する事が普通だと……。
 「待てよ。」
 俺は奴の肩を掴み、話掛ける。
 「どうして、協力しない?一人でも多くの人を助ける為にも、その方が最善のはずだ。」
 「…………。」
 「何故、人と協力しようとしない。人を頼るのがそんなに嫌か?」
 「それが最善の選択だからだ。」
 「なんだと……。」
 「さっさと離せ、人質を死なせたくなければな……。」
 俺は渋々手を離す。人質を死なせれば元も子も無い。ラウの言葉はつくづく勘に障るが今は耐えるしか無い。
 「付いて来るだけなら好きにしろ。」
 ラウが歩き始めると、俺はその後を追った。今はとにかく前に進まなければいけない……。エントラスホールと二階は吹き抜けの階段でつながっている。今いる廊下を抜ければ、エントラスから自分達の姿が見えるだろう。

 シラフ達が揉めているその頃、シファはリンと共に人質に紛れ込んでいた。人質の数は乗組員を含めて三十人程度であった。
 「リンはここから動かないでね。」
 シファはリンを自分の服の中に入れて隠していた。そして賊達の動向を窺っていた。
 敵の数は十人……。私達を二人で見張っているし、そして離れたところで適当に喋っている四人組。そして長と思われる者とその側近が計画か何かの確認をしている……。
 動きたいのは山々だけど、手と足を縛られている……。力が使えれば問題ないんだけど周りが怪我するかもしれない……。命が助かるだけましだろうとは思うけど後々の面倒事に巻き込まれるかもしれない……。
 「どうするかな……。」
 シファが呟くと、突然
 「そこの女!静かにしろ!」
 「はいっ!」
 突然の罵声にシファは驚く。まずいと思い、視線を泳がしていると、二階の方から何者かが見えた。敵に悟られ無いように、すぐに視線を戻す。 
 誰かが助けに向かおうとしている。多分シラフ……。あの子にこの際だけど頼ってみるしか無い……。
 シファは、ひとまずシラフの助けを祈っていた。

 「さて、始めようか。」
 二階の手すりに、ラウは手を掛けるとそこから飛び降りる。上手く着地をすると、賊達の視線と人質の視線がラウに集まる。一瞬で場が完全に凍りつくと、
 「まさか、助けに来たとでも言うのかな青年?」
 賊の長がラウに話掛ける。それにラウは
 「そのつもりだ。」
 「野郎共、構えろ。」
 長が手を上げると、賊達全員が銃を構える。銃口は完全にラウへと向けられており、身を隠すようなところはラウの周りには無かった。
 「さてと、助けに来たところ悪いが死んでもらおう。恨むなら神様でも恨むんだな。」
 長が手を降ろすと、銃撃音がエントラスに響き渡った。

 俺は二階から、ラウを見ていた。奴は敵の数と位置を確認すると
 「さて、始めようか。」
 そんな事を言い放つと手すりに手を掛け、その場から飛び降りた。奴が飛び降りると、当然のように人質と賊達の視線が集まる。
 馬鹿だと正直に思った。一瞬その場が完全に凍りつく、それを敵の長と思われる人物がラウに話し掛ける。
 「まさか、助けに来たとでも言うのかな青年?」 
 「そのつもりだ。」
 「野郎共、構えろ。」
 長の命令に、賊達は瞬時に銃をラウに向ける。
 おいおい……。俺を邪魔扱いしておいて、お前が一番邪魔になっているよ……。どうする……助けに入るか……。
 思考を巡らしている内に、
 「恨むなら神様でも恨むんだな。」
 そして、銃撃音がエントラスに響き渡った。それと同時に、銃撃音とは違う謎のかん高い金属音が響き渡った。シラフはその瞬間思わず目をつぶった。あれは死んだ……絶対に助から無いと……。
 銃撃音が止むと、人質達も同じくゆっくりと視線をラウの方向へと向けていた。そして俺も同じく、ラウのいたところに視線を向ける。
 見知らぬ双剣を持った青年がそこに立っていた。青年は間違いない、ラウだ。だが奴はあんな剣を持っていたか?限りなく黒に近い剣、刃渡りはせいぜい俺の半分程度の物。二つの剣は色も形も限りなく同じ物であった。
 突然の事に俺は唖然としていると、銃を構えていた賊達が突然倒れた。彼等の体には多くの弾痕があり、その体は血で溢れていた。
 「もう終わりか。」
 賊達の中で立っていたのは、賊の長たった一人であった。あまりの光景に、自身が信じる事を拒否していたのかただ呆然と立ち尽くす。
 ラウが長に右手の剣を突きつける。そして、
 「投降しろ、さもなくばこの場で処刑する。」  
 敵の長は、体の力が抜けると膝から崩れ落ちた。
 あまりの光景に俺は動けなかった。本来であれば奴が死ぬはずの状況だ、しかし奴は弾を剣ではじき飛ばし賊達へ迎撃して見せた。あの時聞こえた金属音の正体は奴が剣を使用した時に生じた物で間違いないのだろう。
 俺は安全を確認すると、ゆっくりと物陰から身を現す。人質達は手足を縛られているが全員無事、そして何故か人質達に紛れて姉さんとシンがそこにいた。
 ラウが崩れ落ち放心状態の賊の長の身柄を拘束している内に、俺は人質の解放を専念する。途中から姉さん達の力を借りて無事事件は収束し解決へと至った。
 ●  
 事件が一段落すると、乗組員達は俺とラウに礼をするとそれぞれの持ち場へと向かった。そして操縦室にいた賊の残党はというと下っ端だったらしく事件は終わった事を聞くと素直に投降した。
 その翌日の朝、突然の来客に俺は驚く。
 「昨日は助けていただきありがとう御座います、シラフ様。」
 ラウの従者であるシンがそこにいた。
 「いえ、ほとんどは貴方の主がした事ですよ。俺は偶然通りかかった賊の一人を片付けたくらいで……。」
 「ですが、ラウ様を助けて頂いた事は事実ですから。主を助けて頂いたご恩に感謝する事は当然の事です。」
 「はあ……。あのそれで何の御用です?」
 「はい。よろしければ今夜お時間を頂けませんか。」
 「構いませんけど、どうして急に?」
 「あなた様に知っていただき事があるからです。私の事、そしてラウ様の事です……。」
 彼女の急な訪問に俺は驚く。彼女が俺に伝えようとしている、自身と主についての事……。
 それが昨日の異様な光景につながっていることは少なからず俺は知覚していた。

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