炎の騎士伝

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会遇

 十剣。サリアを含む四国において神器に選ばれた騎士達の総称。天臨の耳飾り、影落の指輪、大地の腕輪などそれぞれ四国には神器と呼ばれる装飾品がある。
 その中で俺の選ばれたのは、炎刻の腕輪と呼ばれるものだ。その言葉通り炎の力を秘めているそれは神器の中でも上位の存在である。しかしそれに選ばれた俺の二つ名は、無能の騎士。炎の力に選ばれながらも炎を使えない騎士なのだから。

 帝歴403年 7月9日 午後十時半頃
 
 しばらく、一人で考え込んでいると俺の毛布の上で寝ていたリンが目を覚ました。
 「あれ……シラフ。目覚めたんだ?」
 眠そうな自分の目をこすりながら俺に話掛けて来る。
 「ああ……。」
 俺の素っ気ない態度に、リンは羽を広げ俺の肩に座る。軽くあくびをすると、
 「また、シファ姉を困らせたの……。」
 まるで見ていかのような言い方に俺は少しぞっとすると、それに軽く応える。
 「お前には関係ないだろ……。」
 軽く俺を見るなり、リンは視線を下ろした。
 「まあそうだけどさ……。でも、心配掛けないようにしなよ……。何気に一番心配しているのはシファ姉だから……。」
 リンの言葉は俺も充分に理解している事だ、それに対し否定は出来ない。
 「そうだな……。」 
 リンは少し間を置くと、
 「私達、変わって無いよね……あの時からさ……。」
 「そうか?俺はだいぶ変わったと思うが」
 そうここに来てから、俺はかなり背も伸びたし力もついた。リンは昔からこんな姿だったような気がする。
 「だってなんだかんだあっても、こうして毎日さ……他愛ない会話を交わしていられる。変わったのは、シファ姉がそれに加わってそして更にアノラが増えたって事くらいだよ。」
 「確かにな……。お前とは長い付き合いだよ、俺と対等に接してくれるのはお前くらいだ。姉さんですら俺達とは少し距離を取っている。」
 「そうだね、でもシファ姉はいい人だと思うよ。前の荒れていたシラフを、変えてくれた人だしさ……。」
 荒れていた……。それは確かにそうだった、両親を失って自暴自棄になっていた俺を受け止めたのが姉さんその人なのだから。
 「そうだな。」
 「シラフはこれから先、どうしたいの?」
 どうしたいと言われて俺はすぐに答えた。
 「十剣に選ばれた使命を果たせるようになる事だよ。」
 「十剣としての使命か……。」
 リンは小さくため息をつくと、俺の頭の上にちょこんと座った。
 「もう少し年相応には、甘えても私はいいと思うんだけどな……。」
 「甘えるって、俺はもう十六だろ。もうすぐ大人と変わらないのに甘えてなんていられない。」
 「だからそうゆう所だよ、無理して大人の真似をしなくてもシラフはまだ子供なんだからもう少し周りを頼るとかしたらどうかなって事だよ。」
 無理して大人の真似をする。確かにそうかもしれないと思って視線が下を向く。するとリンは、頭の上で俺の髪を撫で始めた。
 「無理し過ぎてシラフまでいなくなるなんて私は嫌だからね……。」
 リンが何を伝えたいのか、俺は理解している。リンは昔に仲間から捨てられ、飢えていた所を俺が助けた。それから俺の両親達と家族のように暮らしていた。しかし火災の時に俺とリンの二人だけが生き残ってしまった。リンはあの時みたいな事が起こって欲しく無いのだろう……。
 「分かったよ。それと俺を心配して姉さんと看病してくれたんだろ、お前。」
 「そうだったかな……。」
 「ありがとう、心配してくれてさ。」
 「そういう言葉は、もっと相手を選んだらどう?」
 リンは俺の頭から飛び去ると、目の前で止まり。
 「明日から学院だね、色々な人達と出会えばいずれ私の言葉がシラフ自身で分かる時が来ると思うよ。」
 「そうだといいけどさ……。」
 「それじゃあおやすみ、シラフ。」
 リンは扉の前で止まると、開けようと必死で足掻くが開かない。それを見て仕方ないと思いながら俺は変わりにドアを開けた。
 「無理はするな、だろ。」
 「そうだね、それじゃあおやすみ。体はちゃんと洗ってから寝てね。」
 「分かったよ。」
 リンが飛び去るのを見送ると、俺は突然アノラに話掛けられた。アノラは手に細長い布に包まれた物を持っていた。
 「シラフ様、入浴の準備は出来ております。入った後は、栓を抜いて置いて下さい。お茶が必要でありましたら、いつでもお呼び下さい。それと、これが例の物です。」
 「了解した。ありがとう、アノラ。中身は見たのか?」
 「いえ、しかし国王陛下からの贈り物ですので大事になさって下さい。それではこれで失礼します……。」
 俺に軽く会釈をするとアノラも去って行った。一人残された俺は部屋に戻ると、その包みを開ける。青を基調とした持ち手をしっかりと握ると、ゆっくりと鞘からそれを引き抜く。製錬された華奢な一振りの剣。あの剣と寸法は余り変わらないが、それでもこの剣からは圧倒的な存在感を漂わせていた。差し込む月の明かりがその美しく精錬さらた刃を照らし出している。
 「これだけの名剣を陛下が俺の為に……。」
 剣を鞘にしまい、祈りを捧げる。この剣に恥じぬ立派な騎士になれるようにと……、そう俺は心に誓った。
 

 
 入浴を済ませ、応接室で一人座って休んでいるとその扉が開いた。扉から来たのはアノラであり、お茶の道具を一式揃えて来ていた。更には茶菓子なども用意しており、少し驚く。
 「アノラ、そこまで揃えなくてもいいよ。」
 「いえ、主が何を注文してもよろしいようにしているだけです。」
 半分呆れながらも、俺は紅茶を頼んだ。紅茶を手際良くアノラが淹れると、それを受け取りゆっくりと飲んだ。俺がゆっくりと飲んでいるとその間に茶菓子をテーブルの上に置く。
 「砂糖やミルクは要らないのですね……。」
 「まあな、アノラも飲んだらどうだ?俺だけ飲むのはなんか気まずいしさ。」
 「そう仰るのなら、同席させてもらいます。」
 アノラは自分で紅茶を淹れると、俺の向かいに座りゆっくりと紅茶を飲む。
 「シラフ様はよく夜更かしをなさいますね。」  
 「そうだな、寝る前によく本を読むからさ。遅くなりすぎないようには気を付けているよ。アノラもよく夜更かしするのか?」
 「そうですね。屋敷での会計もたまに持ち越したり、シラフ様と同じく本を読んだりします。」
 「へえ、どんな本を読むんですか?」
 「童話やおとぎ話が主ですね。子供っぽいでしょうか?」
 「そんな事は無いと思いますよ。姉さんなんて何か読むわけでも無く暇を持て余していますから。」
 「ですが、仕事に関しては一流ですよ。1週間に二、三度城に赴いて技を見せているらしいですが、とても見事だと聞いております。」
 「十剣が全員掛かっても勝てないとか言われてるくらいだ。魅せるだけなら見事な物だが立ち合いなんてやってられないよ。」
 「そうですか……。明日からは学院に向かうそうですね、教育の一環で5年間の編入だそうですが?」
 「まあな、色々な理由があっての事だが一番は俺の教育だろう。一応勉強はしているがこの屋敷の内でたまに来る家庭教師だけだから、同年代の人々と関わる事で社交的立ち回れるようにしたいんだろうよ。十剣云々は後回しで、ひとまずは一人前の騎士になる為にって事くらいだろう。」
 「なるほど、それに学院には第二王女が既に就学していますからね。確か王女とは知り合いなのでしょう?」
 「まあな、あの王女は強気な奴だよ。もう少し、謙虚に振る舞ってくれればありがたいんだけどさ……。学院で暴れていないよな……。」
 「いいですよね、学生生活は。私も憧れていましたが今私はこの生活に満足しています。」
 「そういえばアノラは、どうしてこの屋敷に配属されたんだ?元は結構いいところのお嬢様だったんだろ。」
 「そうですね……。この際だから言いますと、お父様の命令でこの屋敷に来ました。実際には私以外の候補も多数おり、その中で私が選ばれたんです。」
 「なるほど。どうしてこの屋敷なんだ?他にもいい屋敷は結構あるだろう?」
 「理由はあなたです、シラフ。」
 アノラの言葉に俺は少し驚く。
 「俺が?」
 「はい。あなたは、半人前とはいえ十剣の一人です。あなたの婚約者に選ばれれば、その家の顔はより上がります。つまりあなたに近づき関係を深める事。私は家の繁栄の為の道具としてここに来た、それだけなんです。」
 「そうか……。」
 「会って見れば私より、二つ年下の少年でした。私はいずれこの方に添い遂げなければならない、そうでなければ私の存在価値は無くなる。いずれは家系の為に捧げられると分かっていたので覚悟は決めていました。」
 アノラの言葉が重くのしかかる。家系の為に利用されると分かった上でこの屋敷に来た。その彼女の覚悟がどれ程のものなのか俺には計り知れない。
 「この屋敷に来て半年後に、お父様は急病で亡くなりました。お母様から手紙で連絡が来た時初めて知ったんです、この屋敷に配属された本当の理由が……。」
 「本当の理由?」
 「はい……。彼等と共に生活を重ねれば娘は必ず成長する事が出来ると……。そう手紙に書いてありました。」
 「成長出来るって、どういう事ですか?」
 「私も最初は分かりませんでしたが、過ごしているうちに分かりました。」
 「何をです?」
 「それは内緒です。ですが私は、あなた達に会えて本当に良かったと思います。これは生涯忘れる事はありません。」
 「そうか……。でも俺達こそあなたに助けられてばかりですよ。」
 俺の言葉を聞くと、アノラは優しく微笑み
 「その言葉で充分ですよ……シラフ。」
 アノラはテーブルの茶菓子を軽くつまむと、
 「そういえば、お二方程同じく編入する者がいるそうですよ。」
 「二人?突然な話だな、急にどうしてだ?」
 「なんでも、かなりの実力者で陛下が特別に編入を許可し更には学費等も全額陛下が負担したそうです。名前はラウ・クローリアという青年と、シン・レクサスという女性だそうです。シラフ様はご存知ありませんか?」
 「いや初めて聞いたよ。なる程、陛下が特別に……。」
 かなり妙な話だと俺は感じた。名前も知らない、聞いた事も無いその者達が陛下の許可を受けるなど……。
 「実力って事は、騎士団の入団試験を受けたのか?」
 「はい、そのようですね。試験を首席で合格し、その後にそれを見かねた十剣の一人であるクラウス様とラウ様が試合を行った所クラウス様はあっさりと負けたそうです。」
 「あのクラウスさんが?」
 クラウスさんは、十剣でも一、二を争う程の実力者だ。あの人が早々負けるなど俺はすぐには信じられない。
 「はい……。その試合を見物していた陛下が彼と彼女を見るなり特別に学院への編入を許可したそうです。」
 「陛下の目に止まる程か……。」
 「そのようです。明日の朝に馬車で彼等と共に港町に向かい、その船から学院に向かうのでその間に本人から真意を聞けばよろしいと思います。私も噂程度でしか知っておりませんので……。」
 「了解。教えてくれてありがとう、アノラ。」
 「質問に答えただけです。夜も更けていますので早くお休み下さい。」
 アノラは席から立ち上げると、空になった自分のと俺のカップを下げる。道具をまとめて静かに部屋を去って行った。彼女を見送り一息つくと、俺は自分の部屋に戻っていく。明日は今日の事を謝らないといけないなと思いながらゆっくりと廊下を歩いていた。
 ●

 帝歴403年 7月10日
 
 俺はいつもより1時間程遅く起きた。軽く着替え等を済ませると俺は姉さん達と共に朝食を食べる。昨日の事を姉さんに謝ると、姉さんは気にしていないと返してくれた。朝食を終え、荷物の確認をしていると家の前に馬車が到着する。そして俺達は用意していた荷物を運転手に預け馬車に乗り込む。そして俺達の向かいには昨日アノラから聞いた人物であろうか手前に女性、その奥に青年が座っていた。そして姉さんは俺とリンが乗り込んだのを確認すると自己紹介をはじめた。
 「はじめましてお二人さん、私はシファ。そしてこの子はリン。で、この人がシラフ。二人の事は事前にアノラから聞いてたけど、あなたがシンでそっちがラウ?」
 姉さんの言葉に、女性が返した。
 「はい、私がシンです。そしてこの方がラウ様で御座います。」
 女性は藍色の美しい長髪の人物でなんというか事務的で冷たい印象を感じる人だった。そして彼女はラウ様と言った事から、ラウという青年は彼女の主に当たるのだろう。
 そんな事を考えていると馬車は出発した。屋敷が遠く見えなくなって来ると会話が再開される。
 「シンはラウの召使いか何かなの?」
 姉さんが質問を投げ掛ける、それに彼女は事務的に答えた。
 「私はラウ様に仕える者です。分かりやすい認識としてはそれで正しいと判断出来ます。」
 「そうなんだ……。ねえ、そっちのラウさんも何かこっちに聞きたい事は無いのかな?」
 ラウは視線を外に向けていた。姉さんの言葉に気づいたのか簡潔に言葉を返す
 「特に無い。用が無いなら喋る必要性は無いだろ……。」
 ラウという青年はかなり無愛想な人物だ。容姿こそ、かなりの美形……男の俺でもなんか見るに耐える程の……。しかし態度はかなり悪い……こんな奴が陛下の目に止まるなどあり得るのかと俺は思った。
 「なんか昔のシラフに似ているね……。」
 俺の右肩の上に座っていたリンが口を開く。
 「そうか?」
 「だって、シファ姉と会った時なんてこんな感じだったよ。」
 リンの言葉が少し勘に障ったのか、ラウがリンに対し
 「何を言っている、そこの妖精は……。」
 ラウの鋭い視線がリンに向かう、リンは少し怯えながらも
 「いや……昔のこいつが今のあなたみたいな態度をしていたからついそう思って……その……。」
 その言葉にラウは、
 「くだらん……。言及するほどでも無いか……。」
 そしてラウは再び外に視線を向けた。
 目の前の二人を見ていると、どこか異質な物を感じる。それが何なのかは分からないが、一番嫌な感じを感じられるのはラウである事は間違いない。俺は二人の魔力を僅かながら見る事が出来たが、二人の魔力は物などに宿る微量なそれを濃くしたような感じの物であるからだ。端的に言えば、人の魔力とは明らかに質が違うと言えばいいだろう……。
 俺がラウを観察していると、彼はそれに気付き
 「俺に言いたい事でもあるのか、お前は?」
 「いや、なんでも無いよ。俺の検討違いだ。」
 「何が検討違い何だ?」
 「いや……なんというかあんたの魔力が普通の人間と質が違う感じがしたんだよ……。」
 「質が違うか……。」
 そう呟くと、ラウは視線を再び外に向けた。掴みどころがよく分からない彼の素振りに俺は少なからず既視感を感じていた……。  俺はリンの言っていた事の意味がなんとなく分かって来たと薄々と感じながら、俺は視線を外に向けた。
 山々の景色が見ながら時が過ぎるの俺は待っていた。四人と妖精一人を乗せた馬車は港町を目指し進んでいた。 

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