隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

75話 攻撃とカウンター

 濃い影がさした。
 真っ黒な巨体が僕の頭めがけて上から落ちてくる。
 もちろん僕は横に跳んでそれを躱す。
 そして魔人の方を振り向けば、再び頭上に影がさした。
 それは魔人が跳んだことによってできた影である。






「[風撃]!」






 再びそれを躱す僕。ただし今回は[風撃]を使ってより遠くに飛んで躱す。
 何故なら……その魔人は両手を握り、それを頭上に翳しながら重力に従って落ちてきたからだ。






「ガァァァ!」






 ズドン! と辺り一帯に小さな地震が起きる。魔人が着地と同時に振り下ろした両拳が地面を叩いたのだ。
 その魔人が叩いた地面は陥没し、さらにその周辺は罅が何本も生えている。
 それだけで魔人がどれだけの力を持っているかがだいたい分かる。
 少なくともパワードスーツを着た今の僕でさえも力負けするだろう。
 あのパワーだけは厄介だな……。






(でも逆に考えればパワー以外はさほど厄介じゃない)






「[ゾーン]」






 アーツを使い万物の動きが鈍重な世界へと入り込む。






「[神足]」






 そして鈍重という名の鎖によってこの世界に絡め取られた僕の体を、そこから無理矢理解く。
 これで僕だけが魔力という燃料を使い、鈍重な世界で自由に動けるようになった。






「[剛体・腕・脚]!」






 一息に駆け、魔人の顎に向かって右掌底を繰り出す。
 そして続いて左掌底を腹に。
 そのまま左足を軸にした右足の回し蹴り。
 そこから魔人の肩を掴んでそれを自分のほうに寄せる、と同時に膝蹴り。
 体がくの字に曲がったことで下を向いた顔を狙い、硬化したつま先で蹴り上げる。
 そしてそのままの足で腹を蹴る。
 くの字に体を曲げて吹き飛ぶ魔人。
 それに走って追いつき、そのままうなじを狙ったかかと落とし。




 怒涛の如く技を繰り出し続けることによって、魔人は声を出す暇も無く地に顔を埋もらせる。
 そして背中を見せた魔人に向かってさらに追撃を加える。
 容赦はしない。
 今度は関節から攻めていく。
 まずは肩からだ。














 そうやって魔人に攻撃を加え続けて、いったいどれだけの時間が過ぎただろうか。
 体感では軽く一時間を越えているのだが、なにしろ戦闘中であり更には[ゾーン]を使っていたのだ。現実では実は一分も経っていなかったのかもしれない。
 なにはともあれ僕は魔人から離れ、[ゾーン]と[神足]、そして[剛体]を解く。
 残存魔力量の問題で幾分余裕はあるものの、これ以上魔力を消費してしまうと魔力欠乏症の症状が出てきてしまうのだ。そのため魔人への一方的な攻撃を止め、少し休憩する。
 休憩といってもただ単にそこで突っ立っているだけなのだが。




 休憩する余裕があるというのは、魔人の現状が何とも形容しがたいオブジェクトのようになっているからだ。
 あえて言うとしたら、そうだな……雪だるまがあって、それに目隠しをして木の枝で手足を無理矢理変な方向に付け足したもの……とか。うん。自分でも何言っているのか全然分からんな。
 しかしこれだけ有り得ないオブジェクトと化した魔人は、驚いたことに生きている。しっかりと呼吸をしているのだ。首の骨も一応折った筈なんだけど……。もはやこれはタフネスという領域を越えている。
 ともかくこれだけ無茶苦茶にしてやればその内死ぬだろう。残りの魔力的にも厳しいし、精神的にも身体的にもしんどい。流石にこれ以上は……あれ? 今、動いた……?




 ピキ、ピキリ、と。
 そんな音を出しながら魔人の体が、手足の先端部分だった所から徐々に元あった方向に戻っていく。
 あれ? おかしいな……。
 誰がどう見ても、それこそ百人中百人がこれはもう死んでます! というような状態の筈なのに……。
 どういうわけか見る見るうちに奇怪なオブジェクトだった物が魔人の体の形へと戻っていく。






「ガァァァ……」






 そして殆ど魔人の体と認識できる形になったところで、その魔人が低くうなり声を上げた。






「化け物が……」






 苦々しく、ついそういった悪態をついてしまう。
 それほどこの魔人の回復力、いや再生力とでも言うべき物は驚異的だ。




 そうして魔人は僕が攻撃を加える前と変わらない姿にまで戻ってしまった。




 魔人が再生していく様を、バカなことに、呆然と見ていたおかげで僕の魔力と体力はある程度回復している。とは言っても先程魔人に猛攻を加える前程までは回復していないが。
 まぁ、それでも自由に動ける体力はあるし、魔力もいざとなれば[風撃]で逃げれるだけの量は残っている。油断さえしなければ大丈夫だろう。
 問題はどこまで魔人の再生力が保つのか、だ。流石に無尽蔵にあんな再生力を発揮できるわけでは無いだろう。それに物理的にあれだけの再生力を発揮できるとは思えない。となると恐らくあの再生力の秘密は体内に存在する魔力だろう。それしか考えられない。
 なら……攻撃を当て続ければ、いつかはその再生力も発揮できなくなるはずだ。魔人の体内に存在する魔力を空っぽにした上でトドメをさせばいい。




 そうやって頭を回転させていると魔人が体の調子を確認しているのか少しその場で体を動かしていた。
 そしてそれが終わるとこちらを向き、ニタリとその顔を歪め、叫ぶ。






「ガアァァ!」






 それが攻撃の合図だったのか、魔人が突進しながら連続で腕を振り抜いてきた。
 それをバックステップを踏みながら右へ左へ、時に下へと避ける。
 単調な攻撃ばかりなので避けるのはさほど苦ではない。
 だけどもちろん避けてばかり、というわけではない。
 攻撃と攻撃の合間の僅かな隙を見て、掌底を何度も何度も叩き込む。






「ガハァ……ハァ……ハァ……」






 しばらくの間そうやってカウンターを決め続けていると、やがて息を切らしたような音が聞こえてきた。もちろん魔人からだ。
 掌底を打ち込む度に動きが少しずつ鈍くなっていったので、それが効いているのは分かっていた。だけどそれでも魔人は攻撃の手を休めなかった。
 だけどそれももう終わりだ。
 今の魔人の動きは芋虫のように遅い。僕が何度も何度も、それこそ数十発、いや百数十発の掌底を打ち込み続けた結果だ。
 恐らく内臓にダメージが入る度に回復していたのだろうが……さすがにそれももう限界らしい。






「ガァ……!」






 ヨロヨロと突き出してきたパンチとも呼べないようなスピードの拳を無視し、もう一度右掌底を魔人の胸に打ちつける。






「ガハァ……」






 そしてとうとう魔人は膝を突き、その場でダンゴムシのようにうずくまる。
 そのまましばらくしたらまた完全に元に戻るんだろうけど、そうはさせない。




 この短時間の内に百数十発、ひたすら掌底を打ち続けたことにより僕の体は完全にその動きに馴染んだ。
 それは新たなアーツが完成する真近の証拠だ。後は魔力を使ってその動きをすればいい。
 名前は……捻らずにそのままでいいか。




 そのうずくまっている背中、それも魔石がある位置に向かって僕は新たに完成したオリジナルアーツを放つ。






「[魔掌底]」






 ズン、と。
 僕が放ったアーツは地面を揺るがしただけではなく、その場における空気をも揺るがした。

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