隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

53話 草原とリトルグリーンウルフ

「とりあえず、まずは道なりに進んでみるか」






 いないだろうと思っているだけでは何も始まらない。とりあえずまずは魔力探知を使いながら、道なりにまっすぐ進んでみることにする。




 上を見ればどこまでも続く青い空。周りを見渡せば緑が広がっている大草原。ピクニックで来たらさぞ気持ちがいいだろうな、と現実逃避をしながら退屈な道をブラブラと歩く。




 気づけばこの大草原を縦断している土の道の半分辺りまで来ていた。しかし未だに魔物との接触回数はゼロである。当然討伐目標のリトルグリーンウルフはいない。いるのは、やはり青色の粘液生物であるスライムばかりだ。






「ワオーン!」






 周りには誰もいないことを確認して、犬の鳴き真似をしてみる。こんなところを誰かに見られたら恥ずかしくて死にたくなるな。
 だが、こんなことをするくらいしかリトルグリーンウルフを探す手段が他にないのである。
 返事が返ってきたらいいな。
 そんな儚い願いを抱くも、返ってくる声は聞こえない。聞こえてくるのは風に揺られた草花の音だけだ。
 はぁ、と。一つため息を吐き出し、再び魔力探知を使いながら道なりに進む。




 そうして一時間程歩いた頃だろうか。
 突如道の端に生えている雑草がガサガサと揺れ出した。だが、そんなことでは驚かない。なぜなら魔力探知をずっと使っていたので、その魔物が近づいて来ているのを既に察知していたからだ。
 そしてこの草原で僕が見つけ出している魔物はただ一種。丸くて青い魔物、スライムである。
 その証拠にガサガサと音を鳴らしながらスライムが僕の進路上に現れた。そのスライムは僕の目の前でのんびりと草を消化している。
 何だろう。
 魔物がスライムしか見つからないこの状況。
 そして目の前に出てきたスライムがのんびりと草を消化している事実。
 ……なんだかスライムに対してイライラしてきた。
 そうだ。いいこと考えた。
 一度スライムから離れて距離を取る。
 そしてスライム目掛けて走り……蹴る!
 ズベチャ! という音と共に、宙高く舞い、飛んでいくスライム。非常に爽快な気分である。




 ここで僕の頭の中に一つの考えが生まれた。
 ただただ歩いてリトルグリーンウルフを探すより、こうやって近くのスライムを蹴りながら探す方が楽しいのではないか。
 スライムはどんな物でも消化してしまう魔物だ。しかし一瞬だけの接触であれば消化されるような心配はない。
 それにスライムを蹴ることによって生まれる爽快感が、僕の内に溜まっていたストレスを解消してくれるのである。
 ……この探索方法はいいのでは?
 ストレスフリーで楽しく探索する。これはまるで、夢のようではないか。
 そうと決まれば即実行である。
 魔力探知に引っかかったスライムをどんどん遠くに蹴り飛ばしながらリトルグリーンウルフを探す。魔力探知があれば草に隠れていても関係ないのだ。
 ふはははは。なんという爽快感だ!




 しかし、しばらくした後、辺りにいたスライムを全て蹴り終わった。魔力探知にも反応が全くない。
 すると一度冷静になり、先程の自分の行動を落ち着いて顧みることができた。
 ……僕は疲れてるんだな。うん。
 きっと疲れすぎて変なテンションになっていたんだ。
 そう思いながら土が剥き出しになっている道に戻り、再び前に進む。
 あ、スライムだ! ひゃっほー!
 たった今していた反省など忘れ、草の陰に隠れているスライムに向かって、足を振りきる。






「キャウン!」






 すると予想外にもスライムが鳴いた……え? スライムが鳴いた?
 慌ててスライムと思しき、宙に舞っている物を視認する。
 それは丸くて青いスライム……ではなく、緑色をした中型犬サイズの狼だった。






「リトルグリーンウルフじゃん!?」






 うっそ!? 何で!?
 思いも寄らない事態に混乱してあたふたする。
 すると宙に舞っていたリトルグリーンウルフが重力に引かれて、草がワッサワッサと生えている場所に落っこちていった。せっかく見つけたリトルグリーンウルフを見失ってしまったのである。
 慌てて魔力探知を発動させ、飛んでいったリトルグリーンウルフがどこに行ったか探す。






「……あれ?」






 しかし辺りにはリトルグリーンウルフと思しき魔力は存在しない。それは先程のリトルグリーンウルフが飛んでいった方向を調べても同じである。
 感じ取れるのはスライムの魔力のみ。そしてそれはリトルグリーンウルフが飛んでいったであろう場所からのみ感じ取れた。






「……もしかしてスライムとリトルグリーンウルフの魔力って似てる?」






 魔力探知を行う方法はいくつかあるが、僕は魔物が常に放出している魔力の放出量で魔物の位置と種類を探知している。
 これまでの人生で僕が探知してきたのは、殆どがスライムとコブリンだけであった。しかし最弱の魔物と呼ばれているゴブリンでさえもスライムより魔力の放出量は多い。
 だからリトルグリーンウルフもきっとスライムよりも魔力を放出しているのだろうと考えて探索していたのだが……。
 もしかするとスライムとリトルグリーンウルフは魔力の放出量が殆ど同じなのかもしれない。




 そう思い至った時、僕は急いで先程蹴り飛ばしたリトルグリーンウルフの元へ向かおうとした。
 しかしその必要は無かった。
 リトルグリーンウルフを蹴り飛ばした方向から同じような魔力が更に三つ、いや、四つ集まってきた。そして、蹴り飛ばしたリトルグリーンウルフを加えた五匹の集団がこちらに向かってきたのだ。
 草が別の草を押しやるガサガサとした音がそちらから聞こえてくる。
 僕は剣を抜き、いつでも襲いかかられてもいいように構える。
 するとその草の陰から勢い良く二匹の緑狼、リトルグリーンウルフが僕の首と腕を目掛けて跳んできた。






「くっ!」






 その二匹の攻撃を左に跳んで避ける。
 すると僕が跳んだタイミングに合わせて左奥から一匹のリトルグリーンウルフが口を開けて飛び出してきた。






「[ストライーー」






「ワン!」






「ーーうわ!?」






 もっとも隙がでにくい突きのアーツ、[ストライク]。
 それでまずは、タイミングを合わせてきた一匹のリトルグリーンウルフを倒そうとした。
 しかしそのアーツを放つ直前に、別の方向から新たなリトルグリーンウルフが僕の首元目掛けて跳んできた。
 アーツを中断せざるをえない。
 そしてその攻撃を間一髪で避ける。
 ……こいつら、的確に僕の首を狙ってくるな。
 そう思いながらもリトルグリーンウルフ達の居場所を確認する。






「……マジかよ」






 リトルグリーンウルフ達の居場所を視覚からの情報と魔力探知からの情報で確認する。
 僕の目に映るのは前方にいるたった二匹のリトルグリーンウルフ。
 今しがた僕が[ストライク]で倒そうとした奴と、それを中断させてきた二匹だ。
 それが視覚からの情報。




 しかし魔力探知で辺り一帯を調べると、草むらに三匹のリトルグリーンウルフが隠れている。
 それも僕の左右と後方にそれぞれ一匹ずつだ。
 くしくもリトルグリーンウルフ達に囲まれた状況に追い込まれた。






「ワン!」






 すると目の前のリトルグリーンウルフのうち一匹が吠えながら僕に向かってきた。
 恐らく首を狙ってくるだろうと予測して、そのタイミングに合わせ、剣を振る。






「!? くそ!」






 しかし僕の剣が振り下ろす直前に、背後に隠れていたリトルグリーンウルフが飛びかかってくるのが魔力探知で分かった。
 僕はそれを右に避ける。
 すると僕の右側の草むらに隠れていたリトルグリーンウルフが、タイミングを合わせ襲いかかってきた。
 今度こそ!






「[ストライーーまたそれか!」






 そのタイミングを合わせてきたリトルグリーンウルフに向かって[ストライク]を放とうとするも、背後から別のリトルグリーンウルフが飛びかかってきた。
 それを左に跳んで避ける。






「……嘘だろ?」






 すると、またもや五匹のリトルグリーンウルフに囲まれた形に追い込まれた。
 ……偶然か?
 いや、あの連携攻撃は偶然だとしてもできすぎている。飛び込んでくるタイミングがあまりにも合っていた気がするからだ。
 一度確かめてみるか。
 そう決断し、今度は僕から目の前に居るリトルグリーンウルフに向かって駆け出す。






「ワン!」






 すると背後にいたリトルグリーンウルフが一声鳴いた。
 だが魔力探知からそのリトルグリーンウルフは動いていないことを察知している。
 なので僕は、迷わず目の前のリトルグリーンウルフに向かってアーツを繰り出す。






「[ストライーーやっぱりそうか!」






 するとアーツを放つ直前に、僕の目の前と背後以外の場所にいた三匹のリトルグリーンウルフ達が一斉に襲いかかってきた。
 その攻撃を、靴に魔力を流し、跳躍力を強化した状態で上に跳んだ。
 すると僕の真下で、三匹のリトルグリーンウルフがギリギリですれ違う。
 ぶつかり合ってくれたら楽に処理できたのに……。
 そう思ういながら着地する。
 すると再び囲まれた。
 やはりこれは偶然などではないようだ。
 きっとこれはリトルグリーンウルフ達が獲物を得るための術なのだろう。




 一旦落ち着き、頭の中を整理する。
 そして目的を一つに絞る。




 この包囲網から抜ける。
 まずはそこからだ。
 狙いは先程から一度も動かずにじっとしているリトルグリーンウルフだ。
 そいつの方に体を向ける。
 そして剣を前に突き出し、姿勢を低くして急所を狙い難くする。
 その体勢から、そいつに突進をしかける。






「[ボアタックル]!」






 地面に上半身が擦れるのではないかと思う程、前傾姿勢になり突進を放つアーツ、その名は[ボアタックル]。
 その姿と、猪の突進と見紛う程の威力を叩き出せることからその名がついたアーツだ。
 それを狼、それも中型犬サイズの緑狼に向けて放つ。
 この攻撃がその狼に入ればただじゃすまない。
 それを確信して放ったアーツは、しかし、左右前方からタイミングを合わせて飛びかかってきたリトルグリーンウルフ達によって防がれようとしていた。
 口を開け、片方は首に、もう片方は横腹に突っ込んでくる。
 このままでは目的のリトルグリーンウルフに攻撃を加える前に噛みつかれ、こちらが殺られてしまう。
 そしてその標的のリトルグリーンウルフも横に跳んで、僕の突進の範囲から抜け出した。




 このままでは完全なる敗北だ。
 一撃も敵に攻撃出来ずに殺されてしまうのだから。




 だがそれは、何も考えて無かった場合の話だ。






「[ブースト]!」






 身体能力を上げ、靴に魔力を注ぐ。
 そして発動していた[ボアタックル]をキャンセル。
 右足を踏み込み、[跳躍力強化]がなされた状態で前方宙返り。
 超前傾姿勢で走り込んでいた状態からの飛び上がりで、襲いかかってきていた二匹のリトルグリーンウルフの攻撃はスカに終わる。
 そしてそのまま着地。
 両足で走り込んだ勢いを消しながら、後ろに振り向く。
 右半身を引いた状態にして。






「[シューティングストライク]!」






 上半身の捻りを最大限に使い、持っていた剣を投げつける。
 こちらに背を向けている標的のウルフに向けて。
 身体能力を強化したことによる腕の振りがあまりにも早く、ブォンと風を切る音がする。
 完全なる死角からの攻撃。
 あらゆる物を貫かんと矢の如く飛来する剣。
 まずは一匹。
 そう確信した。
 だがーー標的にしていたリトルグリーンウルフは、僕が投げつけた剣を振り向きもせずに横に避けた。






「な!? 嘘だろ!?」






 完全に死角から、それもアーツを使って速さと威力を上げた一撃だった。
 それを見もせずにそのリトルグリーンウルフは避けたのだ。そのリトルグリーンウルフがいた場所に僕が投げた剣が突き刺さる。




 あまりにも現実離れした現実に驚愕していると、再び五匹のリトルグリーンウルフに囲まれた。今度はさっきよりも状況が悪い。何せ武器である剣を手放してしまったのだから。

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