隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
50話 疲れと夕食
僕が王都に入った時のあの兵士の反応。
紅眼の人達だけが王都に入ることができない現状。
そして先程聞いた魔人の噂。
これらは全て一つに繋がっている気がする。
……しかしこれらについて考えれば考えるほど矛盾点がいくつも出てくる。
手元にある情報が足りていないのか、それともこれらは全く関係がないのか……。
暇を見て、図書館で魔人について今一度調べた方がいいかもしれない。ノルド領の家に書庫があったんだから王都にもでかい図書館ぐらいあるだろう。
「ねぇ、ライン!」
「うわ!」
そんな考えに耽っていると、目の前にネイの顔がドアップで出てきた。驚いて思わず背中をのけぞり、後退ってしまう。
「やっと気づいてくれた。何を一人でブツブツ言ってたの?」
「え、僕何か喋ってた?」
「うん。王都がどうやら、赤がどうやらってずーっと一人で喋ってた]
そう言ってぷくっと頬を膨らませるネイ。
どうやら考え事に耽るあまり、その考えが口に出ていたようだ。次からは気をつけよう。……無意識に出たことを気をつけるのは難しいが、何とかなるだろう。多分。
そう反省して考え事を一旦全て止めた。
そしてネイに付き合おうと思い彼女の方へ顔を向ける。
「……ん?」
「どうしたの、ライン?」
すると彼女の顔に何か違和感を感じた。
……いや、それだけじゃないな。
彼女の顔だけではなく体全体。それこそ歩く動作一つ一つにまで注意を向ける。
するとその違和感は徐々に確信へと変わっていった。
「ネイ、おんぶしようか?」
「え、何で?」
「疲れてるように見えたから」
「よ、よくわかったわね……」
「まあね」
彼女の表情からいつもの明るさが陰っているように見えた。そこに違和感を感じ、より注意深く彼女を見てみると、普段と違う点が幾つか見つかった。
まず姿勢。
彼女は小柄な体型をしているので、彼女と話す時は僕は必ず下の方を向く。しかし今は、話していると、何時もより僕の頭を下に向ける角度が違った気がしたのだ。その原因を探すと、彼女が少し猫背になっていることに気がついた。
そして二つ目は歩き方。
彼女の足音が若干擦れている音を出している事に気がついた。なので下を見てみると案の定、彼女は僅かにだが摺り足で歩いていた。
最後に歩く際の手の動き。
これについては偶然気づいた。彼女の足下を見たときに視界に彼女の手が映ったのだ。その手が歩く動作に合わさるどころか、全く動いていなかった。
以上のことから彼女は疲れていると見た。
まぁ、初めて王都に来た次の日に、魔物を狩りに行く、ということ自体が彼女の精神に負担をかけたのかもしれない。
次からは気をつけなければ……いや、待て。それ以外にネイが疲れる要素があったじゃないか。そう。彼女は朝から今の今までずっと魔力を使っていたのだ。僕がプレゼントしたネックレスのせいで。
……つまり、これは僕のせいだ。しまったな。完全にネックレスの存在を忘れていた。
「ネイ、乗って」
ネイが疲れている事に今まで気付けなかった僕に心の中で自分で罵倒し、ネイの前に出る。
そして僕はネイに背中を向けてかがみ、おぶさるように言う。しかし彼女は僕が突然この行動に出たことに対して一瞬迷いを見せた。
「えっと……いいの?」
「うん」
そして一瞬迷った後、彼女は恐る恐るといった様子で僕の背中に手を置いて、そう聞いてくる。
それに対して僕が間髪入れずに答えると、彼女はそれでも若干躊躇いつつ、体を僕の背中に乗せた。
「いくよ」
そう一声かけて持ち上げる。
そうして感じたことはただ一つ。
……軽いな。
彼女は小柄なので軽いだろうとは予想していた。だがそれを上回る軽さだ。[ブースト]を使っていない状態でこんなにも軽いのか……。これだけ軽いのは、彼女が小柄なだけでなく、腕や足もほっそりとしているからだろう。
そういえば彼女の家は貧乏だと言っていた。今までまともな食事を送って来れなかったからこれだけほっそりとしているのだろうか。
その彼女の家についてはネイ自身が、盗賊から得た金銭を既に家に送ったと言っていた。なのでそちらの方は心配しなくても良いだろう。
いま心配すべきは彼女の方だ。
ここまで軽いのは流石に予想していなかった。もっとご飯を食べさせて肉をつけさせねば。
「ねぇ、ライン。まーた考え事してるでしょ」
「あ、ほへん」
後ろからネイの手が伸びてきて、僕の両頬をムニーっと引っ張る。
そんなことをして喋りながら、僕らは夕暮れ色に染まった街を歩く。
するといつからか、背後からの声が無くなった。
「……ネイ?」
不審に思い、そう問いかけるも返事は返ってこない。
だが代わりにスヤスヤと静かな呼吸音が聞こえてきた。
どうやら眠ってしまったらしい。
やはり少し無理をさせすぎただろうか。
明日からは今日とは違ったスケジュールを考えなきゃな。
そうやってネイをおんぶしながら一人でまた考え事に耽っていると、白馬亭が見えてきた。僕らが利用している宿だ。
宿の受付で夕食を部屋に持ってくるよう頼む。高級宿だから、こういう要望はすんなり通るのだ。
「よいしょっと」
部屋に戻り、ネイをベッドに静かに寝かせる。そしてネイが起きた時のためにカーテンを閉める。そうして他にも外から部屋の中を見られる場所が無いことを確認していると、ドアが二度、コンコンとノックされた。
「はい」
ドアを開けながら返事をすると、そこにはこの宿の制服を着た男性が立っていた。そしてその男性の傍には幾つかお皿が乗っている木製のカートがある。夕食を運んできてくれたのかな?
「こちらが本日の夕食になります」
「ありがとうございます」
やはり夕食を運んできてくれたようだ。礼を言い、それらを部屋の中に運んでもらう。するとその男性はテキパキとした動きで机の上に夕食を並べていった。そして男性は部屋の中に全てのお皿を運んだ後、一例をしてこの部屋を出て行った。
実に早い作業速度だったな。この宿での従業員に対する教育がどれだけ厳しくなされているか分かるというものだ。
「さて、と。一度ネイを起こすか」
もう一度部屋の中を見渡し、外から覗かれる場所が無いことを確認する。
念のため防音結界も張っておこう。
それからベッドでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているネイを、悪いと思いながらも起こす。
「ネイ、ネイ、ご飯だよー」
「ぅうん? あ、ライン? おはよー」
「うん。おはよう。ご飯が来たから一緒に食べよう」
肩を二度、三度揺らしながら彼女の名前を呼ぶと、すぐに起きてくれた。
少しの間睡眠をとったからか、彼女の顔からは幾分か疲れがとれている気がする。
そんな彼女と一緒にベッドから夕食が置かれている机に移動する。
「あ、ネックレスに魔力注がなきゃ」
ふと思い出したように僕があげたネックレスに魔力を注ごうとするネイ。
ネックレスにはネイの紅眼を隠す機能がある魔法陣が備わっている。そのため王都にいる間はその魔法陣に四六時中魔力を注いでおかなければいけない。どこからネイの眼の色がバレるか分からないため、例えそれが宿の部屋の中であってもネックレスの魔法陣は起動させている。
「注がなくても大丈夫だよ。カーテンは閉めたし、外から覗かれるような心配はないから」
だが、今だけはネックレスに魔力を注がなくても良い。僕が事前に部屋の中を見回り、外から覗かれそうな場所を魔法やカーテン、魔道具などで全て隠したからだ。
「そうなんだ。ありがと、ライン」
ネイは一度礼を言った後、席に着いた。
僕もネイの向かい側の席に座る。
「どう致しまして。それじゃあ夕御飯を食べますか」
そんなやりとりをして、僕らは夕食を食べ始める。
心の中で
(いただきます)
と呟いて。
「……これ、凄い美味しいわね!」
「うん。ここまで美味しい御飯は初めてかも」
美味しい。
あまりにも美味しくて、僕らはそれ以降喋ることを忘れ、夢中になって夕食を食べ進めた。
しばらくの間、カチャカチャと食器が鳴る音だけが部屋の中を満たす。
そして完食。美味しくてあっという間に全て食べ切ってしまった。
「ふぅ。こんなに美味しいご飯なんて初めて食べたわ」
「確かに美味しかったね。これなら明日からは朝御飯もこの宿で食べようか」
「そうね。そうしましょ」
用意された夕食を、それこそパンのクズを一片たりとも残さず食べ終えた僕らはそう語り合う。
流石貴族や大商人が利用する宿屋だ。それに見合った料理だと痛感した。
「そういえば、ライン」
「ん? なに?」
夕食後のジュースをのんびりと味わっていると、ネイが話しかけてきた。
「さっきの冒険者ギルドでラインは何を聞いたの?」
「あぁ、僕が[聴覚強化]を使って聞いた話のこと?」
「うん」
僕は先程ギルドで耳にした内容を事細かに説明する。
ただ、僕が冒険者ギルドからの帰り際に考えていたことは全て伏せておいた。今はまだ憶測の域を出ないからだ。
「へー。魔人、か。それならミアさんが言った通り、何かが分かるまではシンリョクの森には近づかない方が良さそうね」
「うん。しばらくの間は別の草原とかで魔物を狩ることにしよう」
「そうね」
そんな話をしながらのんびりとした時間を過ごしていると、再びドアがコンコンとノックされた。
誰がどのような用件で訪ねてきたのかドアの内側から聞くと、どうやらこの宿の従業員さんが食器を片付けに来てくれたようだ。
ネイにネックレスを起動させるように言う……前に既にネイの瞳は紅色ではなく水色に変わっていた。
それを確認して、従業員さんを部屋の中に入れる。この従業員さんは先程夕食を持ってきてくれた人と同じ従業員さんだ。
その従業員さんはちらりとベッドに座っているネイを一瞥した後、手早く食器を片付けていく。そして彼は一例したあと、部屋から出て行った。
うーむ。やはり手際よく動いていたな。それに食器どうしがぶつかる音も一切しなかった。見ていてとても気持ちが良い動きだったな。
そんな感想を抱きながら、窓の近くに寄る。
「……これから何をしようかな」
カーテンの隙間から外を見ると、街はまだオレンジ色に染まっている。だけど太陽の位置や空の明るさから、もうそろそろ日が沈む頃だろう。
寝るには早いし、やるべきことも何もない。実に微妙で退屈な時間だ。
「あたしはスライム紙で魔力操作の練習をしておくわ」
ネイはそう言って[ボックス]からスライム紙を取り出し、魔力操作の練習を始めた。
……僕もネイと同じ魔力操作の練習でもしようかな。
そう考えた時、今朝狩ったコボルトとホーンラビットのことを思い出した。
「そうだ。あれを一回やってみるか」
「あれ? あれって何?」
スライム紙を睨みながら魔力で必死に細い線を書こうとしていたネイが、頭を上げて質問してきた。
「ちょっとした実験だよ」
結果は予想できるが、ここはあえて彼女に黙っておくことにする。もしその結果通りになったときの彼女の驚く顔を見たいからだ。
[ストレージ]から必要な物を取り出し、床に並べる。
コボルトとホーンラビットの皮をそれぞれ二枚ずつにそれぞれの血液、そして僕お手製のトレーを二つ、十枚の布。これで用意が整った。
「ねぇ、どんな実験をするの?」
ネイが練習の手を止め、こちらにトコトコとやってくる。どうやら僕がこれから行う実験に興味があるようだ。
「ひみつー」
だが、ネイがそばに寄ってきても教えない。
そんな風にやりとりしながら僕はコボルトとホーンラビットの血液をそれぞれ別のトレーに入れた。これで実験の準備は全て終わりだ。
紅眼の人達だけが王都に入ることができない現状。
そして先程聞いた魔人の噂。
これらは全て一つに繋がっている気がする。
……しかしこれらについて考えれば考えるほど矛盾点がいくつも出てくる。
手元にある情報が足りていないのか、それともこれらは全く関係がないのか……。
暇を見て、図書館で魔人について今一度調べた方がいいかもしれない。ノルド領の家に書庫があったんだから王都にもでかい図書館ぐらいあるだろう。
「ねぇ、ライン!」
「うわ!」
そんな考えに耽っていると、目の前にネイの顔がドアップで出てきた。驚いて思わず背中をのけぞり、後退ってしまう。
「やっと気づいてくれた。何を一人でブツブツ言ってたの?」
「え、僕何か喋ってた?」
「うん。王都がどうやら、赤がどうやらってずーっと一人で喋ってた]
そう言ってぷくっと頬を膨らませるネイ。
どうやら考え事に耽るあまり、その考えが口に出ていたようだ。次からは気をつけよう。……無意識に出たことを気をつけるのは難しいが、何とかなるだろう。多分。
そう反省して考え事を一旦全て止めた。
そしてネイに付き合おうと思い彼女の方へ顔を向ける。
「……ん?」
「どうしたの、ライン?」
すると彼女の顔に何か違和感を感じた。
……いや、それだけじゃないな。
彼女の顔だけではなく体全体。それこそ歩く動作一つ一つにまで注意を向ける。
するとその違和感は徐々に確信へと変わっていった。
「ネイ、おんぶしようか?」
「え、何で?」
「疲れてるように見えたから」
「よ、よくわかったわね……」
「まあね」
彼女の表情からいつもの明るさが陰っているように見えた。そこに違和感を感じ、より注意深く彼女を見てみると、普段と違う点が幾つか見つかった。
まず姿勢。
彼女は小柄な体型をしているので、彼女と話す時は僕は必ず下の方を向く。しかし今は、話していると、何時もより僕の頭を下に向ける角度が違った気がしたのだ。その原因を探すと、彼女が少し猫背になっていることに気がついた。
そして二つ目は歩き方。
彼女の足音が若干擦れている音を出している事に気がついた。なので下を見てみると案の定、彼女は僅かにだが摺り足で歩いていた。
最後に歩く際の手の動き。
これについては偶然気づいた。彼女の足下を見たときに視界に彼女の手が映ったのだ。その手が歩く動作に合わさるどころか、全く動いていなかった。
以上のことから彼女は疲れていると見た。
まぁ、初めて王都に来た次の日に、魔物を狩りに行く、ということ自体が彼女の精神に負担をかけたのかもしれない。
次からは気をつけなければ……いや、待て。それ以外にネイが疲れる要素があったじゃないか。そう。彼女は朝から今の今までずっと魔力を使っていたのだ。僕がプレゼントしたネックレスのせいで。
……つまり、これは僕のせいだ。しまったな。完全にネックレスの存在を忘れていた。
「ネイ、乗って」
ネイが疲れている事に今まで気付けなかった僕に心の中で自分で罵倒し、ネイの前に出る。
そして僕はネイに背中を向けてかがみ、おぶさるように言う。しかし彼女は僕が突然この行動に出たことに対して一瞬迷いを見せた。
「えっと……いいの?」
「うん」
そして一瞬迷った後、彼女は恐る恐るといった様子で僕の背中に手を置いて、そう聞いてくる。
それに対して僕が間髪入れずに答えると、彼女はそれでも若干躊躇いつつ、体を僕の背中に乗せた。
「いくよ」
そう一声かけて持ち上げる。
そうして感じたことはただ一つ。
……軽いな。
彼女は小柄なので軽いだろうとは予想していた。だがそれを上回る軽さだ。[ブースト]を使っていない状態でこんなにも軽いのか……。これだけ軽いのは、彼女が小柄なだけでなく、腕や足もほっそりとしているからだろう。
そういえば彼女の家は貧乏だと言っていた。今までまともな食事を送って来れなかったからこれだけほっそりとしているのだろうか。
その彼女の家についてはネイ自身が、盗賊から得た金銭を既に家に送ったと言っていた。なのでそちらの方は心配しなくても良いだろう。
いま心配すべきは彼女の方だ。
ここまで軽いのは流石に予想していなかった。もっとご飯を食べさせて肉をつけさせねば。
「ねぇ、ライン。まーた考え事してるでしょ」
「あ、ほへん」
後ろからネイの手が伸びてきて、僕の両頬をムニーっと引っ張る。
そんなことをして喋りながら、僕らは夕暮れ色に染まった街を歩く。
するといつからか、背後からの声が無くなった。
「……ネイ?」
不審に思い、そう問いかけるも返事は返ってこない。
だが代わりにスヤスヤと静かな呼吸音が聞こえてきた。
どうやら眠ってしまったらしい。
やはり少し無理をさせすぎただろうか。
明日からは今日とは違ったスケジュールを考えなきゃな。
そうやってネイをおんぶしながら一人でまた考え事に耽っていると、白馬亭が見えてきた。僕らが利用している宿だ。
宿の受付で夕食を部屋に持ってくるよう頼む。高級宿だから、こういう要望はすんなり通るのだ。
「よいしょっと」
部屋に戻り、ネイをベッドに静かに寝かせる。そしてネイが起きた時のためにカーテンを閉める。そうして他にも外から部屋の中を見られる場所が無いことを確認していると、ドアが二度、コンコンとノックされた。
「はい」
ドアを開けながら返事をすると、そこにはこの宿の制服を着た男性が立っていた。そしてその男性の傍には幾つかお皿が乗っている木製のカートがある。夕食を運んできてくれたのかな?
「こちらが本日の夕食になります」
「ありがとうございます」
やはり夕食を運んできてくれたようだ。礼を言い、それらを部屋の中に運んでもらう。するとその男性はテキパキとした動きで机の上に夕食を並べていった。そして男性は部屋の中に全てのお皿を運んだ後、一例をしてこの部屋を出て行った。
実に早い作業速度だったな。この宿での従業員に対する教育がどれだけ厳しくなされているか分かるというものだ。
「さて、と。一度ネイを起こすか」
もう一度部屋の中を見渡し、外から覗かれる場所が無いことを確認する。
念のため防音結界も張っておこう。
それからベッドでスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているネイを、悪いと思いながらも起こす。
「ネイ、ネイ、ご飯だよー」
「ぅうん? あ、ライン? おはよー」
「うん。おはよう。ご飯が来たから一緒に食べよう」
肩を二度、三度揺らしながら彼女の名前を呼ぶと、すぐに起きてくれた。
少しの間睡眠をとったからか、彼女の顔からは幾分か疲れがとれている気がする。
そんな彼女と一緒にベッドから夕食が置かれている机に移動する。
「あ、ネックレスに魔力注がなきゃ」
ふと思い出したように僕があげたネックレスに魔力を注ごうとするネイ。
ネックレスにはネイの紅眼を隠す機能がある魔法陣が備わっている。そのため王都にいる間はその魔法陣に四六時中魔力を注いでおかなければいけない。どこからネイの眼の色がバレるか分からないため、例えそれが宿の部屋の中であってもネックレスの魔法陣は起動させている。
「注がなくても大丈夫だよ。カーテンは閉めたし、外から覗かれるような心配はないから」
だが、今だけはネックレスに魔力を注がなくても良い。僕が事前に部屋の中を見回り、外から覗かれそうな場所を魔法やカーテン、魔道具などで全て隠したからだ。
「そうなんだ。ありがと、ライン」
ネイは一度礼を言った後、席に着いた。
僕もネイの向かい側の席に座る。
「どう致しまして。それじゃあ夕御飯を食べますか」
そんなやりとりをして、僕らは夕食を食べ始める。
心の中で
(いただきます)
と呟いて。
「……これ、凄い美味しいわね!」
「うん。ここまで美味しい御飯は初めてかも」
美味しい。
あまりにも美味しくて、僕らはそれ以降喋ることを忘れ、夢中になって夕食を食べ進めた。
しばらくの間、カチャカチャと食器が鳴る音だけが部屋の中を満たす。
そして完食。美味しくてあっという間に全て食べ切ってしまった。
「ふぅ。こんなに美味しいご飯なんて初めて食べたわ」
「確かに美味しかったね。これなら明日からは朝御飯もこの宿で食べようか」
「そうね。そうしましょ」
用意された夕食を、それこそパンのクズを一片たりとも残さず食べ終えた僕らはそう語り合う。
流石貴族や大商人が利用する宿屋だ。それに見合った料理だと痛感した。
「そういえば、ライン」
「ん? なに?」
夕食後のジュースをのんびりと味わっていると、ネイが話しかけてきた。
「さっきの冒険者ギルドでラインは何を聞いたの?」
「あぁ、僕が[聴覚強化]を使って聞いた話のこと?」
「うん」
僕は先程ギルドで耳にした内容を事細かに説明する。
ただ、僕が冒険者ギルドからの帰り際に考えていたことは全て伏せておいた。今はまだ憶測の域を出ないからだ。
「へー。魔人、か。それならミアさんが言った通り、何かが分かるまではシンリョクの森には近づかない方が良さそうね」
「うん。しばらくの間は別の草原とかで魔物を狩ることにしよう」
「そうね」
そんな話をしながらのんびりとした時間を過ごしていると、再びドアがコンコンとノックされた。
誰がどのような用件で訪ねてきたのかドアの内側から聞くと、どうやらこの宿の従業員さんが食器を片付けに来てくれたようだ。
ネイにネックレスを起動させるように言う……前に既にネイの瞳は紅色ではなく水色に変わっていた。
それを確認して、従業員さんを部屋の中に入れる。この従業員さんは先程夕食を持ってきてくれた人と同じ従業員さんだ。
その従業員さんはちらりとベッドに座っているネイを一瞥した後、手早く食器を片付けていく。そして彼は一例したあと、部屋から出て行った。
うーむ。やはり手際よく動いていたな。それに食器どうしがぶつかる音も一切しなかった。見ていてとても気持ちが良い動きだったな。
そんな感想を抱きながら、窓の近くに寄る。
「……これから何をしようかな」
カーテンの隙間から外を見ると、街はまだオレンジ色に染まっている。だけど太陽の位置や空の明るさから、もうそろそろ日が沈む頃だろう。
寝るには早いし、やるべきことも何もない。実に微妙で退屈な時間だ。
「あたしはスライム紙で魔力操作の練習をしておくわ」
ネイはそう言って[ボックス]からスライム紙を取り出し、魔力操作の練習を始めた。
……僕もネイと同じ魔力操作の練習でもしようかな。
そう考えた時、今朝狩ったコボルトとホーンラビットのことを思い出した。
「そうだ。あれを一回やってみるか」
「あれ? あれって何?」
スライム紙を睨みながら魔力で必死に細い線を書こうとしていたネイが、頭を上げて質問してきた。
「ちょっとした実験だよ」
結果は予想できるが、ここはあえて彼女に黙っておくことにする。もしその結果通りになったときの彼女の驚く顔を見たいからだ。
[ストレージ]から必要な物を取り出し、床に並べる。
コボルトとホーンラビットの皮をそれぞれ二枚ずつにそれぞれの血液、そして僕お手製のトレーを二つ、十枚の布。これで用意が整った。
「ねぇ、どんな実験をするの?」
ネイが練習の手を止め、こちらにトコトコとやってくる。どうやら僕がこれから行う実験に興味があるようだ。
「ひみつー」
だが、ネイがそばに寄ってきても教えない。
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