隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
49話 報酬と魔人
「こちらが今回の依頼の報酬となります」
「ありがとうございます」
受付嬢さんが今回の依頼の報酬を差し出してきた。
王都に戻ってきた僕らは、冒険者ギルドの裏手にある広場を借りてホーンラビットを解体した。そしてそのホーンラビットとコボルトの素材の一部を僕がネイから買い取り、後は全て売却した。その際、ついでに僕が持っていたゴブリンの素材を殆ど買い取ってもらった。一つ一つの素材はけして高いとは、お世辞でも言えない値段だった。が、そこは数の力のおかげで一日はのんびりと暮らせる程のお金を得た。まぁそれも、およそ三桁分のゴブリンにも上る程の量だったので当たり前か。
そして今は最後にまわした依頼の報酬を受け取ったところである。これで今日の収益を得たわけだ。
「はい、これ。ラインの分ね」
「ありがとう」
僕らはその場で、二つに分けられたお金の入った袋を受け取る。この袋の中のお金は事前に受付嬢さんに頼んだ通り、半分に分けられているはずである。
僕の分の報酬をネイから受け取る。これは事前に決めていた事なので、特にトラブルが起きたりはしない。
後は、忘れない内にこの受付嬢さんに一つ報告をするだけだ。
「ミアさん、僕らが行ったあの森では魔物と全然遭遇しなかったんですけど、そんなものなんでしょうか?」
ミアさんとは僕らがこの冒険者ギルドに来たときに登録手続きをしてくれた受付嬢さんだ。名前も顔も全く知らない受付嬢さんがいる受付を利用するより、少しでも知っているミアさんに頼る方が精神的に幾分か楽なのでこれからもこの人に頼ろうと思っている。
おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。
まずは魔物が全然現れなかったことに対して聞く。僕らはあの森がどれだけの広さを有しているのか知らない。もしかしたら僕らが思っていたより想像以上に広く、魔物の遭遇頻度が少ない場合があるかもしれない。
そう考えてミアさんに質問したのだが、その考えは次の彼女の言葉によって否定された。
「いえ、そんなことはありません。ラインさんとネイさんが向かったあのシンリョクの森では、例え外縁部であってもゴブリンやコボルトがたくさん住み着いており、時々オークやオーガまでもが徘徊していると聞きます」
なので、と彼女は続ける。
「全然遭遇しないということはないと思います。ラインさんとネイさんが魔物に殆ど遭遇しなかったのは、もしかしたら偶然、または運が悪かったのかもしれませんね」
偶然魔物に遭遇しなかった、か。
それは僕らも最初に考えた。しかし二人で話し合った結果、それは無いだろうという答えになった。
「でも、そのシンリョクの森の中にはスライムが一匹もいなかったんです」
横からネイがそう言う。
これが僕らが偶然ではないと考えた根拠だ。
するとミアさんは訝しげに僅かに眉をしかめた。
「一匹も、ですか?」
「はい。一匹も、です」
彼女は僕らにそう確認してきたので、僕もそれに同じ口調で返答する。すると彼女は眉をさらにしかめて顔を少し俯かせ、考える素振り見せた。
やはりあの森にも普通ならばスライムがいたんだろう。
彼女は少しの間そうしていると、やがて顔をあげた。
「分かりました。今回の件は私からギルドマスターに報告します。恐らく明日にはシンリョクの森に調査隊が派遣されることになるでしょう。なのでその調査結果が出るまでは、なるべくその森には近づかないようお願い致します」
「分かりました」
そうしてミアさんとの会話を終わらせた僕らは受付から離れ、空席を探す。
実はこの冒険者ギルドは隣にある酒場と内部で直接繋がっている。そのため依頼料をギルドからもらい、その足で食事や酒を楽しむことができるようになっている。
今もその食事や酒、いや、酒だな。酒だけを楽しんでいる冒険者と見られる人達が騒いでいる。
その食事処にちょうど誰も座っていない席があったので、そこをネイと二人で陣取る。念のために報酬がきちんと二等分されているか確認するためである。
適当にお冷やを二つ頼んで、それぞれの依頼料が入った袋を机の上に取り出す。袋は僕らの手でも片手で持てるサイズなので、すぐに料金を確認できた。
「こっちはちゃんと五百三十ミラあったよ」
「私も。ほら」
二人で袋の中身を見せ合い、料金が正しく分配されているかを確認する。
お金のトラブルは時として人間関係を破綻させる力を持つので、こうやって二人で確認しあうことを事前に決めていた。
ちなみに僕らが止まっている宿の一食の値段は軽く千ミラは越えているので大赤字だ。だけど、僕らはまだ駆け出しの冒険者だ。報酬としてはこれでも高い方なのかもしれないな。それに宿代は僕の両親が出してくれている。別に気にしなくていい。……あ、ネイの分は僕自身が払っているんだった。
そんなことを考えながらそれぞれの袋を[ストレージ]と[ボックス]にしまう。
すると陽気に笑い、語り合っている冒険者達
の声に混じって、僕らに向かってきている視線をいくつも感じた。
「……なんだか僕らは注目されているみたいだね」
僕らはまだ七歳の子供だから、子供のお金を奪うようなやつはいないだろうと高をくくっていた。そう思いこの酒場で手早くお金の勘定を済ませたのだが、その考えは甘かったかもしれない。
もしかしたらこれらの視線は僕らの報酬金を奪い取ろうとしている者の視線かもしれないからだ。
「そうね。ギルドにいる殆どの人達の視線があんたに集まっているわね」
そうやって警戒心を高めていると、ネイがそう言ってきた。
やはりネイにも分かるほど僕に視線が……って、あれ? 僕だけ?
「……なんで僕だけこんなに視線を集めているんだろう?」
周りを見ると確かに僕と目が合う人達ばかりで、ネイに視線を向けている人間はいなかった。
それなら何で僕だけこんなに視線を集めているんだ? ……女の子を襲うのは気が引けるから、とかじゃないよな、多分。
「あんた、ホントに気づいてないの?」
頭の中で考えを巡らせていると、目の前にいるネイが呆れながらそう言ってきた。
気づくも何も、注目されるようなことは何もしてないと思うけど……。
ギルドに帰ってきてから何をしたかもう一度詳細に思い出す。
まず、ホーンラビットの解体。その魔石と血液、そして毛皮をもらった。当然半額をネイに払って。ついでにコボルトの皮の代金もこの時に払った。
あとはコボルトとホーンラビットの残りの素材とゴブリンの森で狩ってから[ストレージ]の肥やしになっていたゴブリンの素材を殆ど売っただけだ。
「特に心当たりはないかな……」
思ったことを素直にそう言う。するとまたもやネイが呆れ混じりにこう言ってきた。
「[感覚強化]が使えないあたしでもわかるくらいにそこら中で噂になっているわよ。……[聴覚強化]で聞いてみなさいよ」
最後の一言は彼女が机の上に身を乗り出し、僕のほうに顔を近づけて声を押し殺しながらそう言ってきた。
盗み聞きをするのは気が引けるが、情報収集だと思い、ネイに言われた通りにする。
魔力を隠蔽し、耳に魔力を通して[聴覚強化]を使う。すると遠くでこちらを見て何かを話している冒険者集団の声がはっきりと聞こえてきた。
「あそこの席に座ってるのが例のゴブリン坊主だぜ」
「あぁ、あれがそうなのか。たしか百匹以上のゴブリンの素材をギルドに売ったっていう」
「そうそう。まぁゴブリンは子供でも簡単に倒せるからな。俺も昔はゴブリンを狩りまくったし」
「だからって百匹はねぇだろ」
「そうだな」
ワハハハ、と。僕の話題で盛り上がっているみたいだ。
このような話をしているのはその冒険者集団だけでなく、他のところでも同じらしい。こちらをジッと見てクスクスと笑っている。
……なるほど。ゴブリンの素材を売ったときの量がダメだったのか。まぁ、今まで溜めに溜めてきた素材を一度に売ったからなぁ。今思い返せば勘定をしているときのミアさんの顔が少し引きつっていた気がする。
今度からは余った素材は小分けにして売ろう。
心の中でそう反省していると、目の前にいらしてるネイが確認してきた。
「何で注目されているか分かった?」
「……うん」
何故注目されているか、その理由が分かった。なので[聴覚強化]を止めるーー直前に気になる話が耳に入ってきた。
「おい、知ってるか? 魔人が現れたって話」
魔人? 魔人ってたしか、人間と似た姿をしている魔物、だったか。その割には皮膚が黒く、頭には黒い角があり、真っ赤な目をしていると何かの本で読んだことがあるな。
「いや、知らねぇ。詳しく聞かせてくれ」
「へへ。ただじゃあ教えられねぇな」
「……ちっ、分かったよ。おーい! こいつにエール一杯頼む!」
「ライン? どうしたーー」
「しっ!」
これから重要な話が聞けそうなタイミングでネイが話しかけてきた。ネイには悪いと思いつつも、話しかけてこないように人差し指をまっすぐ立てて、顔の前に持ってくる。
これはこの世界にはない、静かにするということを伝えるジェスチャーだ。こんな場所で使うとは思っていなかったが、事前に教えておいて良かった。
そんな僕の様子からネイが何かを悟ったのかすぐに口を噤んだ。
そして僕は顔を少し伏せ、再び耳に意識を集中させる。
どうやら先程の話がちょうど再開したところだったようだ。
「それで? 詳しく聞かせてくれ」
「あぁいいぜ。シンリョクの森ってあるだろ?」
「この近くにある森だろ? 王都にいる人間なら誰でも知ってるぞ」
「あぁ。その誰でも知っているシンリョクの森に実は魔人がいるかもしれねぇんだ」
「おいおい、マジかよ。あそこの外縁部はひよっこ達の狩り場だぞ?」
「あぁ、そうさ。そのひよっこどもの狩り場にはゴブリンやコボルトがうじゃうじゃいるだろ?」
「そうだな。俺も昔はその狩り場で常設依頼をこなしてたから知ってるぜ」
どうやらシンリョクの森の外縁部は僕達のような駆け出し冒険者の狩り場らしい。そしてその狩り場には先程僕らがいたときとは違い、弱い魔物がたくさん生息していたみたいだ。
「だが、そのひよっこどもの狩り場だけどよ、今はスライムの一匹もいないらしいぞ」
「はぁ!? スライムの一匹もいないだと!?」
その声と同時にガタッという音が聞こえてきた。驚きの余りつい席を立ってしまったのだろうか。
「お、おい。落ち着けって。声がでかすぎる」
「あ、あぁ、悪いな。でもよ、スライムっていったら街の外にそこらじゅうにいるやつらだぞ? それが森の中にいないなんて流石に信じられねぇ。現に俺がガキの頃にもシンリョクの森にはウヨウヨといやがった。そんなことがありえるのか?」
「俺だって信じられねえさ。だけどよ、昨日と今日でひよっこどもが口を揃えてそう言うんだ。スライム一匹いやしねぇってな」
どうやら僕達以外にも森の異変に気がついた人達がいたみたいだ。
「そうなのか……。だが、それと魔人がどう関係してんだ?」
「ちゃんと話してやるからそう急かすなよ。魔人ってのは魔物達の魔石を食らうだろ?」
「そうらしいな。魔人は魔石を食らって成長する。だからシンリョクの森からスライム一匹いなくなったのは魔人のせいだと?」
「そうだ」
「それなら魔人じゃなくて魔物って線もあるだろ。魔物だって他種族の魔石を食らって成長しやがるんだからよ」
「バカ言ってんじゃねぇ。魔物は一種族に一匹の魔石を食っただけで、成長するにはそれで十分なんだよ。それに対して魔人は種族に関係なく、魔石を食らった量で成長するんだ」
「そうだったのか……。てことは、ゴブリンやコボルトだけでなく、スライムでさえもシンリョクの森から消えた理由って……」
「あぁ。恐らくその魔人がシンリョクの森の外縁部にいた魔物の殆どを食い散らかしたんだ」
「……なるほどな。教えてくれてありがとよ」
「気にすんな。いいってことよ」
そう言って席を立つ音が聞こえた。
話はこれで終わったみたいだ。
再び別の場所から同じ男が魔人の話をする声が聞こえてくる。どうやらエール一杯を奢らせて魔人の噂を広げて回っているみたいだ。
[聴覚強化]を解き、意識を目の前に戻す。
「……何かあったの?」
僕の様子を伺いながらそう聞いてくるネイ。
「うん。宿に戻ったら全て話すよ」
そう言って僕らは席を立ち、冒険者ギルドを後にした。
「ありがとうございます」
受付嬢さんが今回の依頼の報酬を差し出してきた。
王都に戻ってきた僕らは、冒険者ギルドの裏手にある広場を借りてホーンラビットを解体した。そしてそのホーンラビットとコボルトの素材の一部を僕がネイから買い取り、後は全て売却した。その際、ついでに僕が持っていたゴブリンの素材を殆ど買い取ってもらった。一つ一つの素材はけして高いとは、お世辞でも言えない値段だった。が、そこは数の力のおかげで一日はのんびりと暮らせる程のお金を得た。まぁそれも、およそ三桁分のゴブリンにも上る程の量だったので当たり前か。
そして今は最後にまわした依頼の報酬を受け取ったところである。これで今日の収益を得たわけだ。
「はい、これ。ラインの分ね」
「ありがとう」
僕らはその場で、二つに分けられたお金の入った袋を受け取る。この袋の中のお金は事前に受付嬢さんに頼んだ通り、半分に分けられているはずである。
僕の分の報酬をネイから受け取る。これは事前に決めていた事なので、特にトラブルが起きたりはしない。
後は、忘れない内にこの受付嬢さんに一つ報告をするだけだ。
「ミアさん、僕らが行ったあの森では魔物と全然遭遇しなかったんですけど、そんなものなんでしょうか?」
ミアさんとは僕らがこの冒険者ギルドに来たときに登録手続きをしてくれた受付嬢さんだ。名前も顔も全く知らない受付嬢さんがいる受付を利用するより、少しでも知っているミアさんに頼る方が精神的に幾分か楽なのでこれからもこの人に頼ろうと思っている。
おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。
まずは魔物が全然現れなかったことに対して聞く。僕らはあの森がどれだけの広さを有しているのか知らない。もしかしたら僕らが思っていたより想像以上に広く、魔物の遭遇頻度が少ない場合があるかもしれない。
そう考えてミアさんに質問したのだが、その考えは次の彼女の言葉によって否定された。
「いえ、そんなことはありません。ラインさんとネイさんが向かったあのシンリョクの森では、例え外縁部であってもゴブリンやコボルトがたくさん住み着いており、時々オークやオーガまでもが徘徊していると聞きます」
なので、と彼女は続ける。
「全然遭遇しないということはないと思います。ラインさんとネイさんが魔物に殆ど遭遇しなかったのは、もしかしたら偶然、または運が悪かったのかもしれませんね」
偶然魔物に遭遇しなかった、か。
それは僕らも最初に考えた。しかし二人で話し合った結果、それは無いだろうという答えになった。
「でも、そのシンリョクの森の中にはスライムが一匹もいなかったんです」
横からネイがそう言う。
これが僕らが偶然ではないと考えた根拠だ。
するとミアさんは訝しげに僅かに眉をしかめた。
「一匹も、ですか?」
「はい。一匹も、です」
彼女は僕らにそう確認してきたので、僕もそれに同じ口調で返答する。すると彼女は眉をさらにしかめて顔を少し俯かせ、考える素振り見せた。
やはりあの森にも普通ならばスライムがいたんだろう。
彼女は少しの間そうしていると、やがて顔をあげた。
「分かりました。今回の件は私からギルドマスターに報告します。恐らく明日にはシンリョクの森に調査隊が派遣されることになるでしょう。なのでその調査結果が出るまでは、なるべくその森には近づかないようお願い致します」
「分かりました」
そうしてミアさんとの会話を終わらせた僕らは受付から離れ、空席を探す。
実はこの冒険者ギルドは隣にある酒場と内部で直接繋がっている。そのため依頼料をギルドからもらい、その足で食事や酒を楽しむことができるようになっている。
今もその食事や酒、いや、酒だな。酒だけを楽しんでいる冒険者と見られる人達が騒いでいる。
その食事処にちょうど誰も座っていない席があったので、そこをネイと二人で陣取る。念のために報酬がきちんと二等分されているか確認するためである。
適当にお冷やを二つ頼んで、それぞれの依頼料が入った袋を机の上に取り出す。袋は僕らの手でも片手で持てるサイズなので、すぐに料金を確認できた。
「こっちはちゃんと五百三十ミラあったよ」
「私も。ほら」
二人で袋の中身を見せ合い、料金が正しく分配されているかを確認する。
お金のトラブルは時として人間関係を破綻させる力を持つので、こうやって二人で確認しあうことを事前に決めていた。
ちなみに僕らが止まっている宿の一食の値段は軽く千ミラは越えているので大赤字だ。だけど、僕らはまだ駆け出しの冒険者だ。報酬としてはこれでも高い方なのかもしれないな。それに宿代は僕の両親が出してくれている。別に気にしなくていい。……あ、ネイの分は僕自身が払っているんだった。
そんなことを考えながらそれぞれの袋を[ストレージ]と[ボックス]にしまう。
すると陽気に笑い、語り合っている冒険者達
の声に混じって、僕らに向かってきている視線をいくつも感じた。
「……なんだか僕らは注目されているみたいだね」
僕らはまだ七歳の子供だから、子供のお金を奪うようなやつはいないだろうと高をくくっていた。そう思いこの酒場で手早くお金の勘定を済ませたのだが、その考えは甘かったかもしれない。
もしかしたらこれらの視線は僕らの報酬金を奪い取ろうとしている者の視線かもしれないからだ。
「そうね。ギルドにいる殆どの人達の視線があんたに集まっているわね」
そうやって警戒心を高めていると、ネイがそう言ってきた。
やはりネイにも分かるほど僕に視線が……って、あれ? 僕だけ?
「……なんで僕だけこんなに視線を集めているんだろう?」
周りを見ると確かに僕と目が合う人達ばかりで、ネイに視線を向けている人間はいなかった。
それなら何で僕だけこんなに視線を集めているんだ? ……女の子を襲うのは気が引けるから、とかじゃないよな、多分。
「あんた、ホントに気づいてないの?」
頭の中で考えを巡らせていると、目の前にいるネイが呆れながらそう言ってきた。
気づくも何も、注目されるようなことは何もしてないと思うけど……。
ギルドに帰ってきてから何をしたかもう一度詳細に思い出す。
まず、ホーンラビットの解体。その魔石と血液、そして毛皮をもらった。当然半額をネイに払って。ついでにコボルトの皮の代金もこの時に払った。
あとはコボルトとホーンラビットの残りの素材とゴブリンの森で狩ってから[ストレージ]の肥やしになっていたゴブリンの素材を殆ど売っただけだ。
「特に心当たりはないかな……」
思ったことを素直にそう言う。するとまたもやネイが呆れ混じりにこう言ってきた。
「[感覚強化]が使えないあたしでもわかるくらいにそこら中で噂になっているわよ。……[聴覚強化]で聞いてみなさいよ」
最後の一言は彼女が机の上に身を乗り出し、僕のほうに顔を近づけて声を押し殺しながらそう言ってきた。
盗み聞きをするのは気が引けるが、情報収集だと思い、ネイに言われた通りにする。
魔力を隠蔽し、耳に魔力を通して[聴覚強化]を使う。すると遠くでこちらを見て何かを話している冒険者集団の声がはっきりと聞こえてきた。
「あそこの席に座ってるのが例のゴブリン坊主だぜ」
「あぁ、あれがそうなのか。たしか百匹以上のゴブリンの素材をギルドに売ったっていう」
「そうそう。まぁゴブリンは子供でも簡単に倒せるからな。俺も昔はゴブリンを狩りまくったし」
「だからって百匹はねぇだろ」
「そうだな」
ワハハハ、と。僕の話題で盛り上がっているみたいだ。
このような話をしているのはその冒険者集団だけでなく、他のところでも同じらしい。こちらをジッと見てクスクスと笑っている。
……なるほど。ゴブリンの素材を売ったときの量がダメだったのか。まぁ、今まで溜めに溜めてきた素材を一度に売ったからなぁ。今思い返せば勘定をしているときのミアさんの顔が少し引きつっていた気がする。
今度からは余った素材は小分けにして売ろう。
心の中でそう反省していると、目の前にいらしてるネイが確認してきた。
「何で注目されているか分かった?」
「……うん」
何故注目されているか、その理由が分かった。なので[聴覚強化]を止めるーー直前に気になる話が耳に入ってきた。
「おい、知ってるか? 魔人が現れたって話」
魔人? 魔人ってたしか、人間と似た姿をしている魔物、だったか。その割には皮膚が黒く、頭には黒い角があり、真っ赤な目をしていると何かの本で読んだことがあるな。
「いや、知らねぇ。詳しく聞かせてくれ」
「へへ。ただじゃあ教えられねぇな」
「……ちっ、分かったよ。おーい! こいつにエール一杯頼む!」
「ライン? どうしたーー」
「しっ!」
これから重要な話が聞けそうなタイミングでネイが話しかけてきた。ネイには悪いと思いつつも、話しかけてこないように人差し指をまっすぐ立てて、顔の前に持ってくる。
これはこの世界にはない、静かにするということを伝えるジェスチャーだ。こんな場所で使うとは思っていなかったが、事前に教えておいて良かった。
そんな僕の様子からネイが何かを悟ったのかすぐに口を噤んだ。
そして僕は顔を少し伏せ、再び耳に意識を集中させる。
どうやら先程の話がちょうど再開したところだったようだ。
「それで? 詳しく聞かせてくれ」
「あぁいいぜ。シンリョクの森ってあるだろ?」
「この近くにある森だろ? 王都にいる人間なら誰でも知ってるぞ」
「あぁ。その誰でも知っているシンリョクの森に実は魔人がいるかもしれねぇんだ」
「おいおい、マジかよ。あそこの外縁部はひよっこ達の狩り場だぞ?」
「あぁ、そうさ。そのひよっこどもの狩り場にはゴブリンやコボルトがうじゃうじゃいるだろ?」
「そうだな。俺も昔はその狩り場で常設依頼をこなしてたから知ってるぜ」
どうやらシンリョクの森の外縁部は僕達のような駆け出し冒険者の狩り場らしい。そしてその狩り場には先程僕らがいたときとは違い、弱い魔物がたくさん生息していたみたいだ。
「だが、そのひよっこどもの狩り場だけどよ、今はスライムの一匹もいないらしいぞ」
「はぁ!? スライムの一匹もいないだと!?」
その声と同時にガタッという音が聞こえてきた。驚きの余りつい席を立ってしまったのだろうか。
「お、おい。落ち着けって。声がでかすぎる」
「あ、あぁ、悪いな。でもよ、スライムっていったら街の外にそこらじゅうにいるやつらだぞ? それが森の中にいないなんて流石に信じられねぇ。現に俺がガキの頃にもシンリョクの森にはウヨウヨといやがった。そんなことがありえるのか?」
「俺だって信じられねえさ。だけどよ、昨日と今日でひよっこどもが口を揃えてそう言うんだ。スライム一匹いやしねぇってな」
どうやら僕達以外にも森の異変に気がついた人達がいたみたいだ。
「そうなのか……。だが、それと魔人がどう関係してんだ?」
「ちゃんと話してやるからそう急かすなよ。魔人ってのは魔物達の魔石を食らうだろ?」
「そうらしいな。魔人は魔石を食らって成長する。だからシンリョクの森からスライム一匹いなくなったのは魔人のせいだと?」
「そうだ」
「それなら魔人じゃなくて魔物って線もあるだろ。魔物だって他種族の魔石を食らって成長しやがるんだからよ」
「バカ言ってんじゃねぇ。魔物は一種族に一匹の魔石を食っただけで、成長するにはそれで十分なんだよ。それに対して魔人は種族に関係なく、魔石を食らった量で成長するんだ」
「そうだったのか……。てことは、ゴブリンやコボルトだけでなく、スライムでさえもシンリョクの森から消えた理由って……」
「あぁ。恐らくその魔人がシンリョクの森の外縁部にいた魔物の殆どを食い散らかしたんだ」
「……なるほどな。教えてくれてありがとよ」
「気にすんな。いいってことよ」
そう言って席を立つ音が聞こえた。
話はこれで終わったみたいだ。
再び別の場所から同じ男が魔人の話をする声が聞こえてくる。どうやらエール一杯を奢らせて魔人の噂を広げて回っているみたいだ。
[聴覚強化]を解き、意識を目の前に戻す。
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