隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

46話 目的とネックレス

 早朝特有の澄んだ、そして冷えた空気を胸一杯に吸い込む。
 周りを見ればまだ薄暗く、巡回している騎士以外誰もいない。
 そしてその静かな街で聞こえるのは僕らと騎士のザッザッという足音だけ。






「昨日は寝れた?」






 いまだに眠っている街の中を歩きながら、僕はネイに小声で話しかけた。普通の声を出してしまうと、周りに住んでいる人達の迷惑になるかもしれないと危惧しての事だ。






「うん。緊張して全然眠れないと思っていたけど、自分でもビックリする程グッスリ眠れたわ」






 昨日は僕より早くに布団に入っていたので、そうだと思っていたが、やはりよく眠れたらしい。
 僕も一日ぶりのベッドを思う存分堪能した。やはり寝袋があったとはいえ野宿は体力を大きく消耗する。そのため昨日は僕もネイと同じくグッスリと眠ることができた。






「ところでライン。こんなに朝早くからどこに行くの?」






「特に決めてないよ。朝御飯をどこかで適当に食べて、ぶらぶらするつもりだったから」






 僕は早朝トレーニングの癖で、ネイは日頃の習慣で、太陽が昇る前に起きた。僕らが利用している宿では、朝御飯は太陽が昇ってから出される。それまで部屋でのんびりと待つのも良かったが、せっかくなので殆どの人が寝静まっているこの時間に王都の中を色々と見ておこうと思ったのだ。まぁ、子供の足で観光できる範囲はかなり限られるが。
 ちなみに、昨日の内に部屋に在った魔道具は全て分解し、その構造も頭に叩き込んだ。なのでこれ以上宿の魔道具は分解しない。






「そういうネイは? 僕についてきても多分何もないよ?」






「別にいいわよ。あたしはラインが何をするか気になるだけだから」






「なにそれ」






 こんなたわいもない話をしながら僕らは外壁の方に向かってのんびりと歩く。
 そうやって歩いていると、まだネイに聞いてない事があるのを思い出した。






「そういえばネイって何で王都に来たの?」






 昨日はその場の勢いでネイと共に同じ宿の同じ部屋を取ったが、ネイが王都に来た本来の目的を聞いてなかった。その目的によっては僕は余計なことをしたことになるかもしれない。余りにも遅いタイミングで気づいたが、このまま聞き出さずにいるよりかはマシだろう。






「あれ? 言ってなかったっけ? 学園区域の学校に通うためよ」






 ネイが王都に来た理由はなんと僕と同じだった。思いも寄らなかった理由に思わず聞き返してしまう。






「え? そうなの?」






「うん」






 そうか。ネイも学園区域の学校に通うために王都に来たんだ。でも、それだと王都に早く来すぎではないだろうか? 
 そんなことを考えていると、ネイは顔を少し伏せこう言ってきた。






「だから……だからね。ラインとこうやって一緒にいられるのは、後二ヶ月だけなんだ……」






 低い、暗い声でそう言ったネイはどのような顔をしていたのだろうか。少なくとも声の調子から聞いた限りでは、僕との別れを惜しんでいるみたいだ。
 そんなネイを励ます意味でも、若干明るい声で僕は言う。






「そうなんだ! 実は僕も学園区域の学校に行くためにここに来たんだ!」






 静かな街に僕の声が僅かに木霊する。少し大声を出しすぎたみたいだ。
 そんな僕の言葉を聞いた彼女は、伏せていた顔を上げ、驚いたように目を丸くしていた。






「じゃ、じゃあ何故こんな時期に王都に来たの? まだ入学までは三ヶ月もあるのよ?」






 そんな風に驚いていた彼女はすかさず僕に質問をぶつけてきた。






「入学まではたしかに三ヶ月だけど、入学試験まではあと二ヶ月だからね。僕は入学試験を受けるために早めに王都に来たんだよ」






 そう言うと彼女は納得したのか一つ頷いた。






「そういうネイは?」






 あらかじめ聞きたかったことを彼女に質問する。
 すると彼女は苦笑いしながら口を開いた。






「あたしはほら……貧乏だから、早めに家を出て、少しでも家族の負担を減らすために、ね」






「なるほど」






 なんとも家族想いの良い女の子である。
 自分の中でネイの評価を三段階くらいグググッと上げる。
 そんな彼女の身の上話を聞いてしまったからだろうか。僕ができることで彼女の力になれることはないだろうか、と考えてしまう。






「ラインはどの学校の入学試験を受けるの?」






 彼女の力になれることで何かないか頭を捻っていると、そんな質問が飛んできた。意識を現実に戻して彼女に返答する。






「サミット学園だよ」






 簡潔にそう答えるとネイは再び目を丸くして驚いた。






「凄い! あたしもサミット学園の入学試験を受けるのよ!」






 それを聞いた僕も目を丸くする。
 まさかネイも一緒だとは思わなかった。






「それなら二人とも合格できるように頑張らないとね」






「そうね!」






 二人でそんなことを話ながら、日が射してきて徐々に明るくなる街中を歩く。
 そうだ。ネイの力になれることを思いついた。






「ネイ。何か欲しい物はない?」






「お金」






 今の僕にできるのはお金の力を使って彼女を支えることぐらいだ。だから何か欲しいものを買ってあげようかなどと考えていたのだが、まさか欲しいものがお金そのものだとは思わなかった。






「ほ、他には何かないの?」






「んー、ラインと一緒に居られればそれでいいかなー」






 驚きでどもりながらも質問すると、思わぬ返事が返ってきた。
 なんともくすぐったい答えである。七歳の女の子相手に嬉しくて顔がにやけそうになってしまうではないか。




 そんなやりとりを二人でしながら僕らは朝早くから賑わっている市場へ赴く。
 これから必要になりそうなものをネイの分も含めて買い集めるためだ。それと魔道具の材料になりそうなものも買っていく。
 お金は全て僕が出すことになった。ネイは凄い抵抗をしていたが、ここは彼女の力になるためにも多少強引に押し通した。
 そうやって市場を二人で散策していると、とある店に貼ってある謳い文句に眼がついた。






《告白するならこの店のネックレスがオススメ!》






 なんとも引っかかりを覚える謳い文句である。
 ネイが服屋で新しい服を選んでいる隙に、こっそりとその店の店員さんに話を聞く。






「あのー、すいません。これってどういう意味でしょうか?」






 例の謳い文句が書いてある紙を指差してその店員に問う。






「ん? あぁ。これはね婚約ネックレスの事だよ」






 店員さんは僕が指差している紙を見るなりそう言った。
 ……婚約ネックレスとは婚約指輪のような物なのだろうか?






「婚約ネックレス?」






 確信に近い物を抱きながらも聞いてみる。






「そう。婚約ネックレス。これは男性が女性に結婚してくれ! ってプロポーズする時に渡すものなんだ。それを女性が受け取ったら、めでたくその二人は婚約したことになる。ほら、あそこにいるカップルがそうだよ」






 店員さんが指差す先には、一つの男女のカップルが腕を組みながら仲良さそうに歩いている。その女性の首には白い真珠のような石でできたネックレスが。






「君も大きくなったらこの店のネックレスで好きな人に告白しなよ? 応援するからさ」






「は、はぁ。ありがとうございます……」






 じゃあね、と手を振ってくれる店員さんに別れを告げ、ネイの元まで戻る。




 その間に全力で頭をフル回転させる。
 ネイにネックレスを渡した時。
 僕が魔法陣の謎を解いたことを打ち明けた時。
 そして僕が貴族だと打ち明けた時。
 いずれの時もネイは真っ先に自分がネックレスを貰っていいのか確認してきた。その時僕は深く考えもせずに着けて大丈夫だと言ってきたのだが……もしかしたらネイはこのことを知っていた上で僕に確認してきたのかもしれない。もしそうだとすると……。






「ライン? どうしたの?」






 気づいたらネイの顔がすぐそこまで迫っていた。






「い、いや、何でもないよ? じゃ、じゃあ次に行こうか!」






 とっさに目を背け、次の店に行く。だが視覚からの情報を脳が全く処理してくれない。これが所謂パニックというやつだろうか。




 年齢七歳。精神年齢十九歳。
 なんと七歳の婚約者ができてしまいました。






◇◆◇◆◇◆






 あれから少しネイについて考えた。
 笑顔が似合う。家族想い。かわいい。
 ……婚約者としては全く問題ないのでは無いだろうか。この先彼女の性格を変えるような何かが起きない限り、とても魅力的な女性に彼女はなるのではないだろうか。そしてその彼女の性格を変えてしまう悪影響からは僕が守ればいい。そう考えるとネイが婚約者なのはいいのかもしれない。
 それに貴族の世界は普通ならば幼少期から婚約者が決まっているのが当たり前だと聞く。僕の場合は人に気軽に話せないような堕落ぶりだったからそのような話はなかったが、この年で僕に婚約者がいてもなんの不思議もない。
 つまり現状維持決定である。うん。光源氏? ナニソレオイシイノ?




 そうして頭の中でネイに対する色々な事の整理を無理矢理終わらせた時、僕らは冒険者ギルドの前に着いた。






「ここが冒険者ギルドか。なんだか物々しい人達ばかり出入りしているわね」






「そうだね」






 入り口は横にスライドするタイプのドアになっており、今はそのドアが開けたままにされている。そのためある程度距離がある場所に立っていても中の様子は丸見えなのだ。
 そんな丸見え状態の冒険者ギルドの中は、剣や斧を持った大柄な男性や長い杖を持った女性などがたくさんいる。




 僕らは冒険者ギルドに登録しにきたのだ。
 僕は実戦経験を積むために。
 ネイは日々の生活のお金を稼ぐために。
 そのため僕らは冒険者ギルドのドアを跨いだ。
 その瞬間ギルド内にいた何人かの人達に視線を向けられる。
 その視線の意味を捕らえきれないでいると、なにやらこちらをみてコソコソと話をしている男達が目に入った。
 何を話しているのか。
 耳に魔力を通し、聴覚を強化する。
 するとガヤガヤと賑やかだった冒険者ギルドが急にピタッと時が止まったように静かになった。
 そして冒険者達が一斉にこちらに振り向く。
 ……魔力探知か。
 ここにいる全員が魔力探知を使えるのか。
 するとどこからか一人の大柄な男がこちらに向かって歩いてきた。
 ギルドの受付にいる女性と同じ緑色の服を着ているからこの人はギルドの職員さんかな?
 そんなことを考えていると大柄な男は僕らの目の前で立ち止まり口を開いた。






「おい、坊主。悪いがこの中で魔法は使うな。ここは魔法禁止なんだ」






「あ、そうなんですか。すいません。気をつけます」






 強化した聴覚を伝って男の野太い声が脳を刺激する。その刺激に耐えられず、すぐさま[聴覚強化]を解き、謝罪する。
 そう言うと男は一つ頷いた後去っていった。
 すると冒険者ギルドの中は先程のようにガヤガヤと賑やかさを取り戻した。




 ……そうだ!
 このとき僕の中でちょっとした興味が湧いた。
 周りの冒険者とギルド職員、そして僕。
 この中で僕はどれくらいの実力があるのか確かめてみたくなったのだ。




 全力で魔力隠蔽して、魔力を全身から放出させる。
 すると先程聴覚を強化したときとは違い、僕らの方に目を向ける人はいなかった。
 一部の人間を除いて。
 それらの人達の顔をしっかりと記憶する。
 この人たちは僕より魔法に長けているだろうからだ。
 ちなみに先程僕に注意してきた職員さんもこの中に入っている。
 彼は此方をチラリと見た後、ニヤリと笑いながら自分の持ち場へと戻っていった。
 恐らく彼は僕の狙いに気づいているな。
 そんなことを考えながら、実力が高そうな人達の顔を覚えていると、横にいたネイが僕の袖をチョンチョンと引っ張ってきた。






「ライン。早く登録しよ」






「あ、うん。そうだね」






 実力が高そうな人達の顔は全部覚えたので、ネイと共に受付に行く。






「すいません。登録に来ました」






 受付にいたのは特に特徴といったものがない女性だ。可もなく不可もなく、と言ったところだろうか。






「そうですか。では此方に名前を記入してください」






 受付の女性が僕らの前に白い紙を差し出してきた。その紙に言われた通り名前を書く。隣のネイを見ると、彼女もちょうど書き終わったようだ。






「では、次に此方に一滴で良いので血を垂らしてください」






 そう言って受付の女性は細い針と白い紙を差し出してきた。
 指に針を少し刺して差し出された白い紙の上に垂らす。
 そして受付の女性は僕らの血を垂らした白い紙を机の横にある箱のような物の中に入れた。するとその箱から黒色の板のような物が二枚出てきた。






「どうぞ。これが冒険者ギルドのメンバーの証となるギルドカードです。再発行には一万ミラが必要になりますのでご注意下さい」






 差し出されたギルドカードをそれぞれ手に取る。そしてその板をじっくりと観察する。……少なくとも木や石の板ではない。これは一体何で出来ているのだろうか。
 それに受付の女性が僕らの血のついた紙を入れた箱。それはきっと魔道具だ。是非とも分解してみたいが、それでここから出禁になったりしたら嫌なので我慢する。
 そんなことを考えていると受付の女性がギルドの説明を始めた。

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