隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
42話 決着と雨
「消費魔力は多いし、無駄がある。それに慣性のせいで体が痛い。とんだ欠陥アーツだな」
[ブースト]をかけて身体能力を上げていなかったら死んでたかもしれない。それほど強烈な加速だった。
そんなアーツを使いこなすには相当体が強く、丈夫じゃなくちゃいけない。……そうか。だからあの男はあれだけのパワーを持っていたのか。きっと男はアーツを改良するのではなく[アクセル]に耐える事ができる体にしようとあれだけ鍛え上げたのだ。
僕なら迷わずアーツの方を改良する。というか今やっている。
「おい、てめぇ。今のはどういうことだ?」
細かく動きながら[アクセル]の改良……いや、もうこれは改造だな。改造をしていると男が低く唸るような声でそう聞いてきた。あれ? もう戻ってきたのか。結構遠くに蹴り飛ばしたと思ったんだけどな。
「おじさん。よくこんなアーツを平気な顔して使えるね」
男の方を向かずにそう答える。
その間も少し動いては改造し、少し動いては改造し、を繰り返す。思った以上に繊細なアーツだな、これは。だけどそれらの問題点を改善できないことはない。
「ちっ。俺の質問を無視しやがって。これだから礼儀がなってねぇやつは嫌いなんだ」
「盗賊をやってるおじさんに礼儀云々を言われる筋合いはないよ。よし、できた」
[アクセル]の改造が終わった。新しい名前は……これにしよう。
そこで一度空模様を見る。実は先程から気になっていたのだ。
「……おじさん、もうすぐ雨が降ってきそうだから、そろそろ決着をつけようか」
どんよりとした分厚い雲が空全体を覆っている。もう数分後には雨が降り出すだろう。
「ふん。最初からそのつもりだ。[アクセル]!」
男はそう言って[アクセル]を使った。
僕もそれに合わせて先程改造したばかりの[アクセル]を使う。
「[ゾーン] [神足]!」
再び世界の時が伸びる。
その中でまたもや男は自由に動く。
だがその世界の中で自由に動けるのは男だけじゃない。
僕もだ。
改造した[アクセル]改め、[神足]のおかげで男と同じ、いや、それより速いスピードで動く事ができる。
そして瞬く間に彼我の距離を食い尽くす。
「[アイアンボディ]!」
「[剛体・腕]!」
放たれた拳と拳がぶつかり合う。
周囲に響くゴォンという異音。
腕に伝わる衝撃。
それらから彼我の戦力差が分かる。
「ぐお!?」
吹き飛んだのは僕……ではなく男。
[アクセル]より速い[神速]を使い、[アイアンボディ]より硬い[剛体]を使って殴り合ったのだ。僕が勝つのは自明の理である。
男は吹き飛ばされながらも空中で体制を立て直した。
そして着地。
「くそ! やっぱりか! なぜおめぇが俺の[アクセル]を使える!?  一体どうなってやがる!?」
激昂する男。そんな男に僕はネタばらしをする。この情報を与えたとしても、もう僕の勝ちは揺るがないと判断したからだ。
「どうもこうもないよ。おじさんが[アクセル]を使った時の魔力の動きを真似て、それを改造しただけ」
男が[アクセル]を使ったときの体内の魔力の動きを観察し、覚えることで僕は男と同じ[アクセル]を使えるようになり、さらにはそれを改造する事により[神足]が使えるようになった。
そのことをバラすと男は血相を変え、叫んだ。
「魔力の動きを真似るだと!? 嘘だな! 人間の魔力を感じるなんてできるはずがねぇ!」
確かに男の言う通り、人間の魔力は魔物と違い、感じることは困難だと言われている。それは魔物と違い、人間から漏れ出ている魔力は極僅かであるためだ。体内にある魔力を感じることなど、さらに難しい。
だけど僕はその僅かな魔力、ひいては体内に流れている魔力をも感じ取る事ができる。もっとも全ての集中力を使ってようやく感じ取ることができるため、めったにしないが。
「僕は魔力を普通の人より敏感に感じとることができるんだよ。だからおじさんが[アクセル]を使った時の魔力をしっかりと感じ取ることができたんだ」
「そんな滅茶苦茶な話あるわけねぇ! それならどんなオリジナルアーツや固有魔法であっても一度目にすれば使えるってことじゃねぇか!」
魔力をより深く感じることができれば、練習は必要だが、より精密に魔力を操作する事ができる。
つまり男が言う通り固有魔法でもオリジナルアーツであっても、一度その魔力の使われ方を感じ取ることができれば、あとはその通りに操作するだけで再現できる。
ただ、今回の[アクセル]のように、それが自分の体に合っていないこともあるので改造が必要だったりするのだが。
それにこれはある程度経験を積んでないと真似できないものもある。
するとポツリ、ポツリと。
空から雨が降り出した。このまま濡れ続けると僕はともかくネイが風邪になるかもしれない。そうなったら申し訳ないので男との会話をさっさと切り上げ、決着をつけることにする。
「そうだよ。おじさんの言う通り、僕は一度見た魔法やアーツを使うことができるんだ」
そんなことより、と僕は続ける。
「おじさん。雨が降り出したからさっさと終わらせるね」
指で天を指し、男に向かってそう言う。
「ふん! 俺の[アクセル]を使うことができたからって調子に乗るなぁ! おめぇが本当のことを言うまで楽に死ねると思うなよぉ!」
いや、本当の事なんだけどね。まぁいいか。
それより男はまだ勘違いしているみたいだからちゃんと言っておこう。
「おじさん。一つ言ってなかったことがあるんだ。実は僕、アーツより魔法の方が得意なんだ」
「なに?」
僕の言葉に男は訝しげにそう返すが、もはやそんなことはどうでもいい。
ゆっくりと右手を上げ、男に手のひらを向ける。
「ちぃ、魔法か! [アクセル]!」
男は僕が魔法を放とうとしていることに感づき、加速して動きまわることによって狙いをつけられないようにしている。
「[剛体・腕]」
そしてそのまま勢いをつけ、殴りかかってきた。
それを僕は左腕を出して止める。
「[強握]」
「な!? 動かねぇ!?」
そして僕のオリジナルアーツ、単純に握力を増大させる[強握]を使い、男の腕をガッシリと掴む。
いくら引こうが押そうが、びくともしない。
なんせ残っている魔力の半分をこれにつぎ込んだのだから。
これでもう男は逃げられない。
そして男の腕を掴んでいる手に更に力を加える。
そこで男の腕から僅かにミシリという音が聞こえた。
「ぐ、が! ちょ、まっ……!」
男は空いているもう片方の手で僕の手を必死に外そうとしている。
そのようなことをしても無駄なのだが。
そんな様子を眺めながら僕は男の胸、ちょうど心臓の真上辺りにもう片方の手を翳す。
「この戦いは色々と勉強になったよ。じゃあね、おじさん」
その言葉と共に僕は魔法を放つ。
「[風撃]」
「くそ! [アイアンボディ]!」
辺りの空気を手のひらの大きさまで圧縮した空気弾。
それを男は鋼のように硬くなった胸で弾こうとしたのだろう。
だが僕が放った[風撃]は、そんなちゃちなものでは防げない。
その空気弾は容赦なく男の胸を貫いた。
「ガフッ……。なん……だと……」
胸に大きな穴を開けた男は、信じられないといった顔で自分の胸元を見た。
それでもまだ信じられないのかその傷口に手で触れ、そして地面にドサリと倒れ込んだ。
「……ふぅ……ネイ、もう出てきていいよ」
魔力探知を使って僕とネイ以外誰もこの場にいない事を確認する。
そして僕はネイが隠れている草むらに向かって声をかけた。するとそこからネイがひょこっと顔を出した。
「もう盗賊は全て倒したよ。とりあえず雨が降ったきたから洞窟に入ろうか」
「そうね。お疲れ様」
そう言って二人で元盗賊団のアジトに足を踏み入れる。ちょうど二人が洞窟に入った時、まるでバケツをひっくり返したような激しい雨が降り出した。ザーッという音が洞窟の中にまで響いてくる。
「ギリギリだったね」
「ギリギリだったわね」
思ったことは同じだったようだ。偶然同じ事を口に出したことが何となくおかしくて二人して顔を合わせて笑いあう。そしてひとしきり笑った後、ネイが話しかけてきた。
「ねぇ、ライン。あたしの剣がどこにあるかわかる? 外に出てきた盗賊達は全員持ってなかったのよ」
「……ごめん。わからないや。でも剣とか槍とかがたくさんおいてある所はあったから、多分そこにネイの剣があると思うよ。えーっと、こっちだったかな?」
先程洞窟に突入したときの記憶を頭の中で手繰り寄せながら先導する。
盗賊のボスであろうあの男がこの中で[ストーム]を放ったからか、洞窟の中に蔓延していた煙は殆ど消えていた。そのおかげで見通しが良く、すんなりと武器や盾がおいてある部屋に着くことができた。
「あったわ! これがあたしの剣よ!」
やはり武器がたくさんおいてある部屋にネイの剣はあった。ネイが嬉しそうに両手でそれを持って見せつけてくる。
「良かったね」
「うん!」
僕がそう言うと彼女は満面の笑みで頷いた。やはりこの子は笑った顔が太陽みたく明るい笑顔の似合う子だ。
そんな思いを抱きつつ次の話題を振る。
「ネイの剣も見つかったし、次は盗賊達が蓄えている財宝を見ようよ」
「そうね! そうしましょ!」
僕がそう話を促すと彼女は間髪入れずに答えた。キラキラとした顔をして。やはり財宝という言葉はどの世界の子供でも胸躍る言葉みたいだ。
実は財宝のありかはもう見つけてある。もちろん先程突入したときに見つけたのだ。僕が先導してそこに向かう。
武器がたくさんおいてある場所から比較的近い部屋にその財宝置き場はあった。
「わぁ! 凄い量のお金ね! キラキラしているわ!」
「……ホントだね。さっきは煙が濃くてハッキリみることはできなかったけど、まさかこんなにあるとは思ってもみなかったよ」
財宝置き場には金貨に銀貨、銅貨のそれぞれ小さな山が五つも積まれており、さらには青や赤、緑などの様々な色の輝きを放つ宝石がそこかしこに散らばっていた。
これだけの財宝を蓄えているとは……。この盗賊団が今までどれだけの数の人々を襲ったのか想像がつかない。
この盗賊団のボスがあれだけ強かったのだから、このくらいの財宝を蓄えているのは当たり前なのかもしれないな。
まぁ今そんなことは考えても仕方ないのだが。
「ネイ、お宝を山分けしよう。たしかネイは[ボックス]が使えたよね? まだ入る?」
「えぇ、もちろん。出かけるときに家から持ち出したものは殆ど無かったから、いくらでも入るわよ!」
収納魔法である[ボックス]や[ストレージ]は術者の魔力量によって容量が変わる。なのでネイが自分の分のお宝を収納できるか心配したのだが、それは杞憂だったらしい。それならお宝の山分けタイムといきますか!
◇◆◇◆◇◆
お宝を二人でちょうど半分に分けあったその後。僕らはこの洞窟を探検し、食料や武器、防具など片っ端から貰っていった。途中からネイの[ボックス]の容量が無くなったので僕が全て持つよう頼まれたが、苦ではないので快く了承した。
そして洞窟の隅々まで全て探検し終わった後、僕らは再び洞窟の入り口に立っていた。ザーッという音を前にして。
「……全然止みそうに無いわね」
「……止むどころかさっきより激しくなってるね」
地面は雨によって真っ黒になっており、所々大きな水たまりができている。そして辺りには雨の日特有のなんともいえない湿った香りが漂っていた。
かなり長い間洞窟の中を探検していたのでそろそろ雨は止んでいる頃じゃないか? と、入り口まで引き返して来たのだが、残念ながら未だに雨は降り続いていた。それも先程よりさらに激しく。
「仕方ない。僕はこの洞窟で一晩明かすとするよ。ネイはどうする?」
「あたしもそうするわ。流石にこの雨の中を歩く気にはなれないもの」
そう言い合い、僕らは洞窟の奥に引き返した。
幸いにもサーシャとアンナが野宿をするための道具類は全て持たせてくれた。だからこの洞窟で一晩を明かすのはそれほど苦では無いはずだ。
「じゃあ、一緒に夕御飯を食べようか」
雨が降っているせいで今が何時ぐらいなのか分からなかったが、恐らく夕方頃だろう。
なら夕御飯をネイと二人で食べようか。と思い、彼女にそう言ったのだが、返ってきた反応は予想外のものだった。
「あー……。そのことなんだけどね。ごめん。あたしはいいや」
[ブースト]をかけて身体能力を上げていなかったら死んでたかもしれない。それほど強烈な加速だった。
そんなアーツを使いこなすには相当体が強く、丈夫じゃなくちゃいけない。……そうか。だからあの男はあれだけのパワーを持っていたのか。きっと男はアーツを改良するのではなく[アクセル]に耐える事ができる体にしようとあれだけ鍛え上げたのだ。
僕なら迷わずアーツの方を改良する。というか今やっている。
「おい、てめぇ。今のはどういうことだ?」
細かく動きながら[アクセル]の改良……いや、もうこれは改造だな。改造をしていると男が低く唸るような声でそう聞いてきた。あれ? もう戻ってきたのか。結構遠くに蹴り飛ばしたと思ったんだけどな。
「おじさん。よくこんなアーツを平気な顔して使えるね」
男の方を向かずにそう答える。
その間も少し動いては改造し、少し動いては改造し、を繰り返す。思った以上に繊細なアーツだな、これは。だけどそれらの問題点を改善できないことはない。
「ちっ。俺の質問を無視しやがって。これだから礼儀がなってねぇやつは嫌いなんだ」
「盗賊をやってるおじさんに礼儀云々を言われる筋合いはないよ。よし、できた」
[アクセル]の改造が終わった。新しい名前は……これにしよう。
そこで一度空模様を見る。実は先程から気になっていたのだ。
「……おじさん、もうすぐ雨が降ってきそうだから、そろそろ決着をつけようか」
どんよりとした分厚い雲が空全体を覆っている。もう数分後には雨が降り出すだろう。
「ふん。最初からそのつもりだ。[アクセル]!」
男はそう言って[アクセル]を使った。
僕もそれに合わせて先程改造したばかりの[アクセル]を使う。
「[ゾーン] [神足]!」
再び世界の時が伸びる。
その中でまたもや男は自由に動く。
だがその世界の中で自由に動けるのは男だけじゃない。
僕もだ。
改造した[アクセル]改め、[神足]のおかげで男と同じ、いや、それより速いスピードで動く事ができる。
そして瞬く間に彼我の距離を食い尽くす。
「[アイアンボディ]!」
「[剛体・腕]!」
放たれた拳と拳がぶつかり合う。
周囲に響くゴォンという異音。
腕に伝わる衝撃。
それらから彼我の戦力差が分かる。
「ぐお!?」
吹き飛んだのは僕……ではなく男。
[アクセル]より速い[神速]を使い、[アイアンボディ]より硬い[剛体]を使って殴り合ったのだ。僕が勝つのは自明の理である。
男は吹き飛ばされながらも空中で体制を立て直した。
そして着地。
「くそ! やっぱりか! なぜおめぇが俺の[アクセル]を使える!?  一体どうなってやがる!?」
激昂する男。そんな男に僕はネタばらしをする。この情報を与えたとしても、もう僕の勝ちは揺るがないと判断したからだ。
「どうもこうもないよ。おじさんが[アクセル]を使った時の魔力の動きを真似て、それを改造しただけ」
男が[アクセル]を使ったときの体内の魔力の動きを観察し、覚えることで僕は男と同じ[アクセル]を使えるようになり、さらにはそれを改造する事により[神足]が使えるようになった。
そのことをバラすと男は血相を変え、叫んだ。
「魔力の動きを真似るだと!? 嘘だな! 人間の魔力を感じるなんてできるはずがねぇ!」
確かに男の言う通り、人間の魔力は魔物と違い、感じることは困難だと言われている。それは魔物と違い、人間から漏れ出ている魔力は極僅かであるためだ。体内にある魔力を感じることなど、さらに難しい。
だけど僕はその僅かな魔力、ひいては体内に流れている魔力をも感じ取る事ができる。もっとも全ての集中力を使ってようやく感じ取ることができるため、めったにしないが。
「僕は魔力を普通の人より敏感に感じとることができるんだよ。だからおじさんが[アクセル]を使った時の魔力をしっかりと感じ取ることができたんだ」
「そんな滅茶苦茶な話あるわけねぇ! それならどんなオリジナルアーツや固有魔法であっても一度目にすれば使えるってことじゃねぇか!」
魔力をより深く感じることができれば、練習は必要だが、より精密に魔力を操作する事ができる。
つまり男が言う通り固有魔法でもオリジナルアーツであっても、一度その魔力の使われ方を感じ取ることができれば、あとはその通りに操作するだけで再現できる。
ただ、今回の[アクセル]のように、それが自分の体に合っていないこともあるので改造が必要だったりするのだが。
それにこれはある程度経験を積んでないと真似できないものもある。
するとポツリ、ポツリと。
空から雨が降り出した。このまま濡れ続けると僕はともかくネイが風邪になるかもしれない。そうなったら申し訳ないので男との会話をさっさと切り上げ、決着をつけることにする。
「そうだよ。おじさんの言う通り、僕は一度見た魔法やアーツを使うことができるんだ」
そんなことより、と僕は続ける。
「おじさん。雨が降り出したからさっさと終わらせるね」
指で天を指し、男に向かってそう言う。
「ふん! 俺の[アクセル]を使うことができたからって調子に乗るなぁ! おめぇが本当のことを言うまで楽に死ねると思うなよぉ!」
いや、本当の事なんだけどね。まぁいいか。
それより男はまだ勘違いしているみたいだからちゃんと言っておこう。
「おじさん。一つ言ってなかったことがあるんだ。実は僕、アーツより魔法の方が得意なんだ」
「なに?」
僕の言葉に男は訝しげにそう返すが、もはやそんなことはどうでもいい。
ゆっくりと右手を上げ、男に手のひらを向ける。
「ちぃ、魔法か! [アクセル]!」
男は僕が魔法を放とうとしていることに感づき、加速して動きまわることによって狙いをつけられないようにしている。
「[剛体・腕]」
そしてそのまま勢いをつけ、殴りかかってきた。
それを僕は左腕を出して止める。
「[強握]」
「な!? 動かねぇ!?」
そして僕のオリジナルアーツ、単純に握力を増大させる[強握]を使い、男の腕をガッシリと掴む。
いくら引こうが押そうが、びくともしない。
なんせ残っている魔力の半分をこれにつぎ込んだのだから。
これでもう男は逃げられない。
そして男の腕を掴んでいる手に更に力を加える。
そこで男の腕から僅かにミシリという音が聞こえた。
「ぐ、が! ちょ、まっ……!」
男は空いているもう片方の手で僕の手を必死に外そうとしている。
そのようなことをしても無駄なのだが。
そんな様子を眺めながら僕は男の胸、ちょうど心臓の真上辺りにもう片方の手を翳す。
「この戦いは色々と勉強になったよ。じゃあね、おじさん」
その言葉と共に僕は魔法を放つ。
「[風撃]」
「くそ! [アイアンボディ]!」
辺りの空気を手のひらの大きさまで圧縮した空気弾。
それを男は鋼のように硬くなった胸で弾こうとしたのだろう。
だが僕が放った[風撃]は、そんなちゃちなものでは防げない。
その空気弾は容赦なく男の胸を貫いた。
「ガフッ……。なん……だと……」
胸に大きな穴を開けた男は、信じられないといった顔で自分の胸元を見た。
それでもまだ信じられないのかその傷口に手で触れ、そして地面にドサリと倒れ込んだ。
「……ふぅ……ネイ、もう出てきていいよ」
魔力探知を使って僕とネイ以外誰もこの場にいない事を確認する。
そして僕はネイが隠れている草むらに向かって声をかけた。するとそこからネイがひょこっと顔を出した。
「もう盗賊は全て倒したよ。とりあえず雨が降ったきたから洞窟に入ろうか」
「そうね。お疲れ様」
そう言って二人で元盗賊団のアジトに足を踏み入れる。ちょうど二人が洞窟に入った時、まるでバケツをひっくり返したような激しい雨が降り出した。ザーッという音が洞窟の中にまで響いてくる。
「ギリギリだったね」
「ギリギリだったわね」
思ったことは同じだったようだ。偶然同じ事を口に出したことが何となくおかしくて二人して顔を合わせて笑いあう。そしてひとしきり笑った後、ネイが話しかけてきた。
「ねぇ、ライン。あたしの剣がどこにあるかわかる? 外に出てきた盗賊達は全員持ってなかったのよ」
「……ごめん。わからないや。でも剣とか槍とかがたくさんおいてある所はあったから、多分そこにネイの剣があると思うよ。えーっと、こっちだったかな?」
先程洞窟に突入したときの記憶を頭の中で手繰り寄せながら先導する。
盗賊のボスであろうあの男がこの中で[ストーム]を放ったからか、洞窟の中に蔓延していた煙は殆ど消えていた。そのおかげで見通しが良く、すんなりと武器や盾がおいてある部屋に着くことができた。
「あったわ! これがあたしの剣よ!」
やはり武器がたくさんおいてある部屋にネイの剣はあった。ネイが嬉しそうに両手でそれを持って見せつけてくる。
「良かったね」
「うん!」
僕がそう言うと彼女は満面の笑みで頷いた。やはりこの子は笑った顔が太陽みたく明るい笑顔の似合う子だ。
そんな思いを抱きつつ次の話題を振る。
「ネイの剣も見つかったし、次は盗賊達が蓄えている財宝を見ようよ」
「そうね! そうしましょ!」
僕がそう話を促すと彼女は間髪入れずに答えた。キラキラとした顔をして。やはり財宝という言葉はどの世界の子供でも胸躍る言葉みたいだ。
実は財宝のありかはもう見つけてある。もちろん先程突入したときに見つけたのだ。僕が先導してそこに向かう。
武器がたくさんおいてある場所から比較的近い部屋にその財宝置き場はあった。
「わぁ! 凄い量のお金ね! キラキラしているわ!」
「……ホントだね。さっきは煙が濃くてハッキリみることはできなかったけど、まさかこんなにあるとは思ってもみなかったよ」
財宝置き場には金貨に銀貨、銅貨のそれぞれ小さな山が五つも積まれており、さらには青や赤、緑などの様々な色の輝きを放つ宝石がそこかしこに散らばっていた。
これだけの財宝を蓄えているとは……。この盗賊団が今までどれだけの数の人々を襲ったのか想像がつかない。
この盗賊団のボスがあれだけ強かったのだから、このくらいの財宝を蓄えているのは当たり前なのかもしれないな。
まぁ今そんなことは考えても仕方ないのだが。
「ネイ、お宝を山分けしよう。たしかネイは[ボックス]が使えたよね? まだ入る?」
「えぇ、もちろん。出かけるときに家から持ち出したものは殆ど無かったから、いくらでも入るわよ!」
収納魔法である[ボックス]や[ストレージ]は術者の魔力量によって容量が変わる。なのでネイが自分の分のお宝を収納できるか心配したのだが、それは杞憂だったらしい。それならお宝の山分けタイムといきますか!
◇◆◇◆◇◆
お宝を二人でちょうど半分に分けあったその後。僕らはこの洞窟を探検し、食料や武器、防具など片っ端から貰っていった。途中からネイの[ボックス]の容量が無くなったので僕が全て持つよう頼まれたが、苦ではないので快く了承した。
そして洞窟の隅々まで全て探検し終わった後、僕らは再び洞窟の入り口に立っていた。ザーッという音を前にして。
「……全然止みそうに無いわね」
「……止むどころかさっきより激しくなってるね」
地面は雨によって真っ黒になっており、所々大きな水たまりができている。そして辺りには雨の日特有のなんともいえない湿った香りが漂っていた。
かなり長い間洞窟の中を探検していたのでそろそろ雨は止んでいる頃じゃないか? と、入り口まで引き返して来たのだが、残念ながら未だに雨は降り続いていた。それも先程よりさらに激しく。
「仕方ない。僕はこの洞窟で一晩明かすとするよ。ネイはどうする?」
「あたしもそうするわ。流石にこの雨の中を歩く気にはなれないもの」
そう言い合い、僕らは洞窟の奥に引き返した。
幸いにもサーシャとアンナが野宿をするための道具類は全て持たせてくれた。だからこの洞窟で一晩を明かすのはそれほど苦では無いはずだ。
「じゃあ、一緒に夕御飯を食べようか」
雨が降っているせいで今が何時ぐらいなのか分からなかったが、恐らく夕方頃だろう。
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