隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
37話 新たな船出と盗賊
「それじゃあ、ライン。気をつけて行っておいで」
「学園生活、楽しんで来なさいね」
「お体にお気をつけて」
「頑張って下さい、坊ちゃま!」
父さん、母さん、サーシャ、アンナ。
皆が見送りに家の外に来てくれた。
今日、僕はノルド領を発ち王都の学園区域に向かう。いや、まだ試験まで時間があるから正確には王都の宿屋を目指す、だな。
「皆見送りありがとう。頑張ってくるよ! それじゃあ、行ってきます!」
見送りに来てくれた例を言い、僕は前を見て走り出した。もちろん既に[ブースト]は使っている。
チラリと後ろを見ると、皆の姿がどんどんと小さくなっていく。それでも未だに僕に手を振っているのが見えたので、僕も手を振り返す。
「いってきまーす!」
もう一度、今度はありったけの力を込めて別れの挨拶をする。皆の耳に届いたかは定かではないが、それでいい。
こうして僕は人生で初めて家を、そしてノルド領を出た。
◇◆◇◆◇◆
ノルド領を出てから体感で三十分が過ぎた頃。早くも僕は王都までの道のりに飽き始めていた。
「……何も無いな」
最初は父さん達に馬車で行くように進められたが、僕は寄り道をしながら王都に向かいたかったので断った……のだが、今僕は猛烈に後悔している。
なぜなら周り一面草原で、見渡す限り草以外に何もないからだ。これで魔物一匹くらい出てくるのならまだ気を紛らわせることが出来たのだろうが、残念ながらゴブリン一匹も出てこない。これなら馬車に乗って魔力操作の訓練をしていたほうがましだったな……。
……しょうがない。あまり気が進まないけど、あれをやるか。
取りあえず今腰に付けている剣や手に持っている地図を[ストレージ]の中にポイポイッと入れる。
そして軽くその場でジャンプし、息を整える。
よし。やるか。
僕は最初は軽く、そして段々とスピードを上げるようにして走る。
そして全力で走るスピードになったら、力いっぱいジャンプ!
それと同時に魔法を発動させる。
「[風撃]いいいああああぁぁぁぁぁぁ!」
背後に通常より範囲を拡大した[風撃]を自分に向けて放つことで、超ロングジャンプを実現させる。
……いや、ちょっと待て。高く跳びすぎじゃないか!? 雲が、雲が凄い勢いで近づいてくるぅぅぅ!
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!」
◇◆◇◆◇◆
「はぁ……」
ラインがいた草原を道なりに、更にまっすぐ進むと林がある。その林の道にラインより小柄な少女が一人、下を向きながらトボトボと歩いていた。
「まさか、王都に入れてくれないなんて……。どうしよう……」
少女が涙声で一人そう呟く。
どうやら彼女は何らかの理由で王都に入れなかったらしい。
すると少女のそばの木からガサガサと音がした。その音にビクッと身を縮こませる少女。
しかし彼女は一人で王都からこの林まで来ている。つまり彼女は魔物から身を守る何かしらの術を持っているということ。
その証拠に次の瞬間には腰にぶら下げていた短剣を抜き放ち、音がしている方に向けてそれを構えた。その目は既に先程までの涙を溜めていた弱気な目ではなく、鋭い光を宿している。
そうして何が出てきてもいいように剣を構えること数秒、ついに音の正体が姿を現した。
「おーい、待ってくれよ。俺は魔物じゃないぜ」
そう言って姿を現したのは身長が百七十センチを越す大男だった。背中には少女の身長と同じくらいの大きさの剣を持ち、更には腰に容器がいくつか入っているポーチを持っている。
その男は両手を上に上げ、ニヤニヤと笑いながら少女の方に近づく。
「それ以上あたしに近づかないで!」
少女は気丈にも大男向かってそう叫んだ。
例え相手が魔物でなく人間であっても油断はしてはいけない。何故ならその人間が盗賊である可能性があるからだ。
だから少女は大男に近づいてこないように叫んだ。
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる大男。それだけを見れば十分怪しい。多分相手は盗賊だろう。恐らく近づかないように叫んでも、関係なく近づいてくるはず。
少女はそう考え、剣を持つ手と反対の手、つまり左手を体の後ろに隠し、何時でも魔法を放てる準備をする。
「あぁ、悪かった。ほら、これでいいか」
しかし大男は少女の予想を裏切り、そこで立ち止まった。
少女は一瞬自分の考えが間違っていたかと思い、構えを解きかける。が、すぐに考えを改め、再び剣を構え直す。
なぜならーー
「あんた、盗賊ね。ポーチに入っている黄色の液体、それ麻痺薬でしょ」
麻痺薬とは通常は魔物を生け捕りにするときに使う物だ。そのため麻痺薬を持っている人間がいるのは大抵集団の中にいる、ということになる。一人で魔物を生け捕りにするのは運搬の面も含めて困難を極めるためだ。
だがその例に当てはまらない場合がある。人に使い、痺れさせ、捕まえる。そうして捕まえた人間の持ち物を全て奪い、その人間を奴隷として売り払う。それが盗賊だ。
「ヒュー。やるね、嬢ちゃん。なかなか鋭い観察眼してるじゃん」
そう言って大男はゆっくりとした動作で背負っている剣の柄を握る。
その瞬間少女が動いた。
「[ファイアーボール]!」
「おっと、危ねぇ。まさか無詠唱で打ってくるとはな」
少女が左手を前に出して即座に打った魔法は、しかし、大男に軽々と避けられてしまう。
だが、それを見越したように少女が更に動いた。
「やぁ!」
「うぉ!?」
なんと少女は右手に持っていた剣を大男の顔目掛けて投げつけたのだ。
不意打ちの[ファイアーボール]を避けて油断していた大男はかろうじてその剣を避けるも、ギリギリ間に合わなかったのか頬に浅い一本の切り傷が出来ていた。
「このガキィ!」
自分より遥かに年下の、それも少女に傷つけられた大男はすぐさま激昂し、剣を抜くーー直前にまたしても少女が動いた。
「[ファイアーボール]!」
「がぁぁ!」
激昂して、冷静さを失っていた大男は、少女が放った[ファイアーボール]を今度こそ受けてしまった。
よし、と。
少女は確かな手応えを感じ、思わず握り拳を作った。
だがそこで油断するほど少女も甘くは無い。
体についた火を必死に消そうとしている大男のそばを通り抜け、剣を回収した少女はそのまま振り返り逃げるーー
「ったく、何やってんだお前は。[ウォーター]」
その瞬間、少女がいる場所のすぐ前の木の上から声がした。
その声の主は少女が上を見上げるより早く、大量の水を大男に被せた。すぐさま鎮火する炎。
「……わりぃ。ちっと油断してた」
「しっかりしろよな」
大男は頭を横に二回振って軽く水気を飛ばすと、今度は猛獣のような顔で少女を見つめた。
「おいガキィ。よくもやってくれたなぁ。この仕返しはどう払って……ん? お前、赤目か? おいおいおい。俺は赤目のガキにやられたってのかぁ!」
「いや、それよりもお前、さっき呑気にこのガキと話してたのに今気づいたのか?」
盗賊の二人がそうやって話している間、少女は必死に頭の中でこの状況を突破する糸口を探していた。
前は大男、右か左に逃げても上にいる男にやられるだろう。
ならば後ろしかない。
後ろに逃げる。
そう少女が決断した瞬間、少女の背後から複数人の足音が聞こえてきた。
「おいおい。相手がガキだからって一人で突っ走ったくせに何やられてんだよ」
「全くだぜ」
声だけでも二人はいる。いや、足音を聞く限りそれだけじゃ無さそうだ。
恐る恐る少女が後ろを振り返るとそこには五人の男が。
(もう、だめだ。ごめん、お父さん、お母さん、みんな)
あまりの戦力差に少女は絶望し、思わず家族や姉妹に心の中で謝ってしまう。
すると少女の目からポタポタと涙が溢れてきた。
「うぐっ、えぐっ」
「おいおい。赤目が泣いてるぜぇ。ま、どうでもいいがな」
「なら、さっさとやれよ。お前がやるって言ってたから皆が手を出さずにこうやって待ってやっているんだろうが」
「そうか。ならさっさと終わらせるとするか。赤目なんて売れやしねぇから思う存分いたぶってから殺してやるよ」
そう言って大男は今度こそ背負っている剣を抜き、構える。
そして振り下ろすーー直前。
「あああああああぁぁぁぁぁぁどいてえええぇぇぇぇぇ!」
「ぐぁ!?」
突如そんな声がどこからか聞こえてきた。と同時に大男が何かにぶつかり、そのまま数メートル程転がっていく。
「へ?」
ついさっきまで剣を振りかぶっていた大男が一瞬で視界の外まで転がって行ったのを見て、少女はポカンと口を開ける。
「いてててて」
だがそんな少女の事など気にした様子もなく、砂煙を派手に巻き上げた正体不明のそれは、そんな言葉を発しながらスクッと立ち上がった。
◇◆◇◆◇◆
「いてててて」
まさか草原を超えて林にまで飛んでくるとは思わなかった。[風撃]に魔力を込めすぎたせいかな。出力がびっくりするほど出てしまった……。それでも僕がこうやって生きているのは過剰な程の魔力を[ブースト]につぎ込んだからだろう。ナイス、僕。
それにしても随分飛んだな。新記録じゃないか、これ。
「何だお前は!?」
そんなことを考えながら服についた埃を叩いていると、どこからかそんな声が聞こえた。砂煙が舞っているせいで周りが見えないな。一旦上に吹き飛ばすか。
「[ゲイル]」
辺りの砂煙を払うと目の前には泣いている少女と、その少女を半ば囲むようにして立つ男たちがいた。男たちはどうでもいいけど、少女はあれだ。僕と同じくらいの年齢で、しかも目の色が僕の左目と同じ紅眼だ。
……なるほど。これは恐らく苛めだな。紅眼は忌み嫌われると聞いていたが、どうやら僕が予想していた以上に嫌われているらしい。大の大人が数人係で十に満たないであろう少女を虐めてるなんて……。同じ紅眼を持つ者としては許せないな。いや、紅眼じゃなくても許せないが。
「お前たちは何をしている」
それでも僕の勘違いである。という場合があるかもしれないので一応、彼らに何をしているのか聞く。
だがその時、僕は自分が勘違いしていたことを悟った。それも悪い方向に、だ。
「いや、やっぱり答えなくていい。お前達は盗賊だな? そこの木の上にいるやつから麻痺薬の臭いがする。それとそこで寝転がっているこいつからも」
麻痺薬は武器に塗って使うのが基本的な使い方だ。だが麻痺薬は蒸発しやすいため、戦いが始まる直前に使うか、または戦いの途中で使う事が多い。
この二人は少女に使うために麻痺薬を武器に塗っていたのだろう。そのせいで辺りに麻痺薬の臭いが漂っている。
「おいおい。麻痺薬の臭いなんてよくわかるな。使っている俺自身ですらうっすらと臭いが分かる程度だぞ。ウルフかよ」
「まだ分かるぞ。臭いからしてお前達は魔物由来の麻痺薬ではなく、植物由来の麻痺薬を使ってるな? 例えばパララダケ、とか」
パララダケ。それは十センチ程の大きさの黄色いキノコで、それを食べると全身が一分程、軽い麻痺状態に陥る。
相手にもよるが、このキノコから作られた麻痺薬は効果は弱いものの速効性がある。そのため冒険者や迷宮を探索する者達、探索者に人気があるのだ。
このキノコは森や街道脇に普通に生えている大して珍しくないキノコで、勿論ゴブリンの森にも沢山生えていた。そのため実際にパララダケから麻痺薬を作ったこともある。
ちなみに僕はその麻痺薬の免疫を体内で作るために一時期、毎日少しずつ麻痺薬を飲んでいた。そのおかげかパララダケ製の麻痺薬の臭いに敏感になっているのだ。
「……なるほど。お前がただのガキじゃない事は分かった。だがそれがどうした? 俺達が使っている麻痺薬が分かったところでこの状況は何一つ変わらない。おい、いつまで寝てるんだ、さっさと起きろ」
「……あー。今日はほんとについてねぇ。まさかガキにこんだけやられるとはな」
木の上にいた男がそう言って地面にスタッと降りてきて腰に吊していた剣を抜く。
するとすぐそこで寝転がっていた大男もパチッと目を開け、立ち上がり剣を抜いた。
その大男から距離を開け、僕は一つ注意勧告をした。
「先に一つだけ言わせてもらうと、僕は今までゴブリンしか狩ったことがない。だから手加減は一切出来ないよ」
僕がそう言うと男たちは一斉にドッと笑い、今の今まで泣いていた少女は更に絶望的な顔を浮かべた。
「学園生活、楽しんで来なさいね」
「お体にお気をつけて」
「頑張って下さい、坊ちゃま!」
父さん、母さん、サーシャ、アンナ。
皆が見送りに家の外に来てくれた。
今日、僕はノルド領を発ち王都の学園区域に向かう。いや、まだ試験まで時間があるから正確には王都の宿屋を目指す、だな。
「皆見送りありがとう。頑張ってくるよ! それじゃあ、行ってきます!」
見送りに来てくれた例を言い、僕は前を見て走り出した。もちろん既に[ブースト]は使っている。
チラリと後ろを見ると、皆の姿がどんどんと小さくなっていく。それでも未だに僕に手を振っているのが見えたので、僕も手を振り返す。
「いってきまーす!」
もう一度、今度はありったけの力を込めて別れの挨拶をする。皆の耳に届いたかは定かではないが、それでいい。
こうして僕は人生で初めて家を、そしてノルド領を出た。
◇◆◇◆◇◆
ノルド領を出てから体感で三十分が過ぎた頃。早くも僕は王都までの道のりに飽き始めていた。
「……何も無いな」
最初は父さん達に馬車で行くように進められたが、僕は寄り道をしながら王都に向かいたかったので断った……のだが、今僕は猛烈に後悔している。
なぜなら周り一面草原で、見渡す限り草以外に何もないからだ。これで魔物一匹くらい出てくるのならまだ気を紛らわせることが出来たのだろうが、残念ながらゴブリン一匹も出てこない。これなら馬車に乗って魔力操作の訓練をしていたほうがましだったな……。
……しょうがない。あまり気が進まないけど、あれをやるか。
取りあえず今腰に付けている剣や手に持っている地図を[ストレージ]の中にポイポイッと入れる。
そして軽くその場でジャンプし、息を整える。
よし。やるか。
僕は最初は軽く、そして段々とスピードを上げるようにして走る。
そして全力で走るスピードになったら、力いっぱいジャンプ!
それと同時に魔法を発動させる。
「[風撃]いいいああああぁぁぁぁぁぁ!」
背後に通常より範囲を拡大した[風撃]を自分に向けて放つことで、超ロングジャンプを実現させる。
……いや、ちょっと待て。高く跳びすぎじゃないか!? 雲が、雲が凄い勢いで近づいてくるぅぅぅ!
「あああああああぁぁぁぁぁぁ!」
◇◆◇◆◇◆
「はぁ……」
ラインがいた草原を道なりに、更にまっすぐ進むと林がある。その林の道にラインより小柄な少女が一人、下を向きながらトボトボと歩いていた。
「まさか、王都に入れてくれないなんて……。どうしよう……」
少女が涙声で一人そう呟く。
どうやら彼女は何らかの理由で王都に入れなかったらしい。
すると少女のそばの木からガサガサと音がした。その音にビクッと身を縮こませる少女。
しかし彼女は一人で王都からこの林まで来ている。つまり彼女は魔物から身を守る何かしらの術を持っているということ。
その証拠に次の瞬間には腰にぶら下げていた短剣を抜き放ち、音がしている方に向けてそれを構えた。その目は既に先程までの涙を溜めていた弱気な目ではなく、鋭い光を宿している。
そうして何が出てきてもいいように剣を構えること数秒、ついに音の正体が姿を現した。
「おーい、待ってくれよ。俺は魔物じゃないぜ」
そう言って姿を現したのは身長が百七十センチを越す大男だった。背中には少女の身長と同じくらいの大きさの剣を持ち、更には腰に容器がいくつか入っているポーチを持っている。
その男は両手を上に上げ、ニヤニヤと笑いながら少女の方に近づく。
「それ以上あたしに近づかないで!」
少女は気丈にも大男向かってそう叫んだ。
例え相手が魔物でなく人間であっても油断はしてはいけない。何故ならその人間が盗賊である可能性があるからだ。
だから少女は大男に近づいてこないように叫んだ。
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる大男。それだけを見れば十分怪しい。多分相手は盗賊だろう。恐らく近づかないように叫んでも、関係なく近づいてくるはず。
少女はそう考え、剣を持つ手と反対の手、つまり左手を体の後ろに隠し、何時でも魔法を放てる準備をする。
「あぁ、悪かった。ほら、これでいいか」
しかし大男は少女の予想を裏切り、そこで立ち止まった。
少女は一瞬自分の考えが間違っていたかと思い、構えを解きかける。が、すぐに考えを改め、再び剣を構え直す。
なぜならーー
「あんた、盗賊ね。ポーチに入っている黄色の液体、それ麻痺薬でしょ」
麻痺薬とは通常は魔物を生け捕りにするときに使う物だ。そのため麻痺薬を持っている人間がいるのは大抵集団の中にいる、ということになる。一人で魔物を生け捕りにするのは運搬の面も含めて困難を極めるためだ。
だがその例に当てはまらない場合がある。人に使い、痺れさせ、捕まえる。そうして捕まえた人間の持ち物を全て奪い、その人間を奴隷として売り払う。それが盗賊だ。
「ヒュー。やるね、嬢ちゃん。なかなか鋭い観察眼してるじゃん」
そう言って大男はゆっくりとした動作で背負っている剣の柄を握る。
その瞬間少女が動いた。
「[ファイアーボール]!」
「おっと、危ねぇ。まさか無詠唱で打ってくるとはな」
少女が左手を前に出して即座に打った魔法は、しかし、大男に軽々と避けられてしまう。
だが、それを見越したように少女が更に動いた。
「やぁ!」
「うぉ!?」
なんと少女は右手に持っていた剣を大男の顔目掛けて投げつけたのだ。
不意打ちの[ファイアーボール]を避けて油断していた大男はかろうじてその剣を避けるも、ギリギリ間に合わなかったのか頬に浅い一本の切り傷が出来ていた。
「このガキィ!」
自分より遥かに年下の、それも少女に傷つけられた大男はすぐさま激昂し、剣を抜くーー直前にまたしても少女が動いた。
「[ファイアーボール]!」
「がぁぁ!」
激昂して、冷静さを失っていた大男は、少女が放った[ファイアーボール]を今度こそ受けてしまった。
よし、と。
少女は確かな手応えを感じ、思わず握り拳を作った。
だがそこで油断するほど少女も甘くは無い。
体についた火を必死に消そうとしている大男のそばを通り抜け、剣を回収した少女はそのまま振り返り逃げるーー
「ったく、何やってんだお前は。[ウォーター]」
その瞬間、少女がいる場所のすぐ前の木の上から声がした。
その声の主は少女が上を見上げるより早く、大量の水を大男に被せた。すぐさま鎮火する炎。
「……わりぃ。ちっと油断してた」
「しっかりしろよな」
大男は頭を横に二回振って軽く水気を飛ばすと、今度は猛獣のような顔で少女を見つめた。
「おいガキィ。よくもやってくれたなぁ。この仕返しはどう払って……ん? お前、赤目か? おいおいおい。俺は赤目のガキにやられたってのかぁ!」
「いや、それよりもお前、さっき呑気にこのガキと話してたのに今気づいたのか?」
盗賊の二人がそうやって話している間、少女は必死に頭の中でこの状況を突破する糸口を探していた。
前は大男、右か左に逃げても上にいる男にやられるだろう。
ならば後ろしかない。
後ろに逃げる。
そう少女が決断した瞬間、少女の背後から複数人の足音が聞こえてきた。
「おいおい。相手がガキだからって一人で突っ走ったくせに何やられてんだよ」
「全くだぜ」
声だけでも二人はいる。いや、足音を聞く限りそれだけじゃ無さそうだ。
恐る恐る少女が後ろを振り返るとそこには五人の男が。
(もう、だめだ。ごめん、お父さん、お母さん、みんな)
あまりの戦力差に少女は絶望し、思わず家族や姉妹に心の中で謝ってしまう。
すると少女の目からポタポタと涙が溢れてきた。
「うぐっ、えぐっ」
「おいおい。赤目が泣いてるぜぇ。ま、どうでもいいがな」
「なら、さっさとやれよ。お前がやるって言ってたから皆が手を出さずにこうやって待ってやっているんだろうが」
「そうか。ならさっさと終わらせるとするか。赤目なんて売れやしねぇから思う存分いたぶってから殺してやるよ」
そう言って大男は今度こそ背負っている剣を抜き、構える。
そして振り下ろすーー直前。
「あああああああぁぁぁぁぁぁどいてえええぇぇぇぇぇ!」
「ぐぁ!?」
突如そんな声がどこからか聞こえてきた。と同時に大男が何かにぶつかり、そのまま数メートル程転がっていく。
「へ?」
ついさっきまで剣を振りかぶっていた大男が一瞬で視界の外まで転がって行ったのを見て、少女はポカンと口を開ける。
「いてててて」
だがそんな少女の事など気にした様子もなく、砂煙を派手に巻き上げた正体不明のそれは、そんな言葉を発しながらスクッと立ち上がった。
◇◆◇◆◇◆
「いてててて」
まさか草原を超えて林にまで飛んでくるとは思わなかった。[風撃]に魔力を込めすぎたせいかな。出力がびっくりするほど出てしまった……。それでも僕がこうやって生きているのは過剰な程の魔力を[ブースト]につぎ込んだからだろう。ナイス、僕。
それにしても随分飛んだな。新記録じゃないか、これ。
「何だお前は!?」
そんなことを考えながら服についた埃を叩いていると、どこからかそんな声が聞こえた。砂煙が舞っているせいで周りが見えないな。一旦上に吹き飛ばすか。
「[ゲイル]」
辺りの砂煙を払うと目の前には泣いている少女と、その少女を半ば囲むようにして立つ男たちがいた。男たちはどうでもいいけど、少女はあれだ。僕と同じくらいの年齢で、しかも目の色が僕の左目と同じ紅眼だ。
……なるほど。これは恐らく苛めだな。紅眼は忌み嫌われると聞いていたが、どうやら僕が予想していた以上に嫌われているらしい。大の大人が数人係で十に満たないであろう少女を虐めてるなんて……。同じ紅眼を持つ者としては許せないな。いや、紅眼じゃなくても許せないが。
「お前たちは何をしている」
それでも僕の勘違いである。という場合があるかもしれないので一応、彼らに何をしているのか聞く。
だがその時、僕は自分が勘違いしていたことを悟った。それも悪い方向に、だ。
「いや、やっぱり答えなくていい。お前達は盗賊だな? そこの木の上にいるやつから麻痺薬の臭いがする。それとそこで寝転がっているこいつからも」
麻痺薬は武器に塗って使うのが基本的な使い方だ。だが麻痺薬は蒸発しやすいため、戦いが始まる直前に使うか、または戦いの途中で使う事が多い。
この二人は少女に使うために麻痺薬を武器に塗っていたのだろう。そのせいで辺りに麻痺薬の臭いが漂っている。
「おいおい。麻痺薬の臭いなんてよくわかるな。使っている俺自身ですらうっすらと臭いが分かる程度だぞ。ウルフかよ」
「まだ分かるぞ。臭いからしてお前達は魔物由来の麻痺薬ではなく、植物由来の麻痺薬を使ってるな? 例えばパララダケ、とか」
パララダケ。それは十センチ程の大きさの黄色いキノコで、それを食べると全身が一分程、軽い麻痺状態に陥る。
相手にもよるが、このキノコから作られた麻痺薬は効果は弱いものの速効性がある。そのため冒険者や迷宮を探索する者達、探索者に人気があるのだ。
このキノコは森や街道脇に普通に生えている大して珍しくないキノコで、勿論ゴブリンの森にも沢山生えていた。そのため実際にパララダケから麻痺薬を作ったこともある。
ちなみに僕はその麻痺薬の免疫を体内で作るために一時期、毎日少しずつ麻痺薬を飲んでいた。そのおかげかパララダケ製の麻痺薬の臭いに敏感になっているのだ。
「……なるほど。お前がただのガキじゃない事は分かった。だがそれがどうした? 俺達が使っている麻痺薬が分かったところでこの状況は何一つ変わらない。おい、いつまで寝てるんだ、さっさと起きろ」
「……あー。今日はほんとについてねぇ。まさかガキにこんだけやられるとはな」
木の上にいた男がそう言って地面にスタッと降りてきて腰に吊していた剣を抜く。
するとすぐそこで寝転がっていた大男もパチッと目を開け、立ち上がり剣を抜いた。
その大男から距離を開け、僕は一つ注意勧告をした。
「先に一つだけ言わせてもらうと、僕は今までゴブリンしか狩ったことがない。だから手加減は一切出来ないよ」
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