隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
32話 爆発と爆発
翌日。
実験最終日である。
もはや慣れた道、いや砂の上を歩き目的地へ向かって進む。そして、ここを改造して秘密の研究所とか作ってみようかなと考えている、いつもの実験場所である洞窟に足を踏み入れる。
すると先程までのギラギラとした直射日光の暑さが無くなり、ひんやりとした空気が肌を撫でる。この瞬間は何度感じても気持ち良い。
そんなことを考えながら[ストレージ]から魔法陣が描かれた紙の束を取り出していると、サーシャが声をかけてきた。
「坊ちゃま。魔法陣を爆発させるのなら、このような洞窟ではなく開けた外でしては如何でしょう? いくら私が洞窟を魔法で強化するからといっても必ずしも崩壊しないとは限りません」
魔法陣の爆発。
その法則や条件を調べるのが今日の実験の目的だ。これが分かれば新しく魔法陣や魔道具を作った際に、一々このような実験などしなくてもよくなる。
「……確かにその通りだね。そうしようか」
この洞窟に来た理由は、実験をすることが半分だが、もう半分は洞窟に入ったあの瞬間を味わう為だったりする。しかしこの洞窟が崩れてしまえば二度とあの感覚を味わうことが出来なくなってしまう。
そう考えた僕はサーシャの意見に従い洞窟を出た。
そうして歩き続けること数分。
周りに砂丘以外何もない場所についた。
「ここで実験をしようか」
アンナとサーシャにそう言い、再び[ストレージ]から魔法陣の束を取り出す。さらに[ストレージ]から魔法陣が風にとばされないように、重石になりそうなもので、なおかつ失っても惜しくないものを探す。
「お。あったあった。これにしよう」
しばらくゴソゴソとして調度良い物を見つけた。蒔だ。確かサーシャが投げた薪を魔法で狙撃する訓練の為に[ストレージ]に入れていたんだっけ。そんなことを思い出しながら紙の四隅に薪を置いていく。重石としては十分だろう。
「坊ちゃま! こちらの準備は終わりましたよ!」
一人満足していると遠くからアンナの声が聞こえてきた。そちらに目をやると等間隔に置かれた[ストーンウォール]と、その一番奥にアンナとサーシャがいた。
今回の二人の役割は防御壁と安全地帯の作成だ。防御壁は見ての通り等間隔に置かれた[ストーンウォール]のことだ。等間隔に並べているのは、爆発の衝撃を安全地帯に届くまでに少しでも吸収しようという意図がある。単に厚くてデカいだけの[ストーンウォール]よりこちらの方が効率的に衝撃を緩和出来ると考えての策である。
そして安全地帯は地面を掘ってその中に隠れることが出来るようにした穴だ。これは単に地面を掘っただけの物ではなく、上から[ストーンウォール]で蓋が出来るように作られている。そうすると穴の中は密室になり酸素濃度が低下するであろうが、その状態が続くのは最長でも百秒である。息苦しくなり始める前に蓋を開けることが出来るだろうから大丈夫だと践んでいる。
「こっちも準備終わったから始めるねー!」
「了解しましたー!」
こちらも準備が終わったことを伝え、魔法陣に向き直る。
とうとうこの時が来たか。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
魔法陣の爆発条件。この実験は魔道具を作る上で避けては通れない道だ。魔道具を作っている途中で爆発なんかされたら命がいくつあっても足りないからね。だからこそこの実験をやろうと思ったのだが。
手足が僅かに震えている。
実を言うと怖いのだ。
もし遅延の魔法陣が何らかの要因で上手く作動してくれなかったらどうしよう、という不安が押し寄せてきて。
だけどそれを武者震いだと自分に言い聞かせ、魔法陣に手を伸ばす。
一番下の遅延の魔法陣へと。
そして魔力を流す。
起動。
すぐさま安全地帯まで駆け出したい衝動に駆られるが、グッとこらえて魔法陣を丁寧に地面に置く。
そして重石代わりの薪を置く。五秒。
今一度確認し、バックステップで距離をとる。十秒。
一枚目の遅延の魔法陣が淡く光り、魔力が二枚目の魔法陣へと注がれる。
よし、ちゃんと起動しているな。
そこまで確認したのち、全力で安全地帯まで逃げる。
「[ブースト]!」
ここからは安全地帯まで無我夢中で走った。
ちゃんと遅延の魔法陣が働いているからと言っても怖いものは怖いのだ。
そしてすぐにアンナとサーシャが入っている穴に僕も半ば飛び込むようにして入る。二十秒。
今頃は二枚目の遅延の魔法陣が淡い光りを放って三枚目の魔法陣を起動させているだろう。
「[ストーンウォール]」
ガガガガ、と。サーシャが[ストーンウォール]を穴に蓋するように作ってくれた。
そしてしばし待つことさらに八十秒。
ドガアアアアアン、と遠くの方で音がなった。それと同時にガラガラガラと、何かが崩れる音がした。恐らくサーシャが防御壁として作った[ストーンウォール]が壊れたのだろう。
派手な音が聞こえなくなったのでサーシャに[ストーンウォール]を解除してもらった。すると砂煙が穴の中に入ってきた。
[ウィンド]で砂煙を飛ばし、ソロソロと頭を穴から出す。すると目の前に堂々と佇む石壁が。どうやらこの安全地帯までは爆発は届かなかったようだ。
しかしここまで砂煙が来ていることから爆発はなかなか大きい規模だったんだろう。そう思いながら石壁の横からヒョコっと顔を出してみる。
「げっ」
すると目の前には砂煙がモウモウと立ち上り視界全体を塞いでいた。
(どれだけでかい爆発だったんだよ)
そう思いながら今度は[ゲイル]でより広範囲の砂煙を吹き飛ばす。そして十メートル程だろうか。先程魔法陣を起動した場所に向かって歩いていると、突如足を滑らしてしまった。
(普段はこんなことしないのに……)
若干の恥ずかしさを感じる。そしてそれを振り払うように足元を見ると、地面がそこから前方に向かって円錐形を形作るように下に伸びていた。
それを見てヒシヒシと嫌な予感を覚える。僕は右手を上げ、[ゲイル]の上位互換である[ストーム]で辺りの砂煙を吹き飛ばした。すると煙が晴れた場所から巨大なクレーターが浮かび上がってきた。
(おいおい、ここから実験場所まで軽く百メートルはあるはずだぞ……)
そのクレーターの大きさと、そこから導き出されるあまりにも大きい爆発の規模に茫然とさせられた。
「残り三枚でした」
開いた口が塞がらず、頭の中が真っ白になっているとき、背後から声をかけられた。
そちらを向くと厳しい目をしたサーシャと、顔を青くしているアンナがいた。
「な、何が、残り三枚なの?」
なんとか聞き逃しかけていたサーシャが言ったことを思い出し、彼女に質問する。だが、既に僕の中では答えが分かっていた。それでも、あえて聞く。自分の中で信じたくないという思いが強かったからだ。
しかしサーシャはそんな僕の心情などお構いなしに告げる。
「壊れていなかった石壁の数です」
壊れていなかった石壁の数。つまりは魔法陣を起動した場所から安全地帯までの間に建てられた衝撃を緩和する為の石壁。それらが、残り三枚だとサーシャは言ったのだ。
その言葉を確認するために僕は彼女たちの後ろに視線を向ける。砂煙を完全に飛ばしきれていないのかハッキリと見えなかったが、そこには大きく罅が入り、今にも崩れそうな石壁があった。そしてその壁と同じ材質の大きな残骸がいくつも地面に転がっていた。おそらく安全地帯から数えて四枚目の壁の残骸だろう。
この目の前に広がる巨大なクレーターと厚さのあった石壁の残骸から、爆発の規模がどれほどのものか分かる。それを理解した瞬間ツー、と汗が頬を流れた。まさかここまで爆発の規模が大きいとは思わなかった。
これだけの爆発が起こると分かっていれば、そりゃこの世界の人たちが恐れるのも分かる。むしろ今までの実験で爆発しなかったことが奇跡だったのかもしれない。もし万が一爆発していたら僕らは今頃天国にいるだろう。そう感じさせるほど爆発の跡は凄まじかった。
「……ちょっと、実験の仕方を変えようか」
緊急作戦会議開始である。三人で集まり、暑い中今後の実験方法について話し合う。
先程の爆発は下手したら安全地帯をも巻き込み、吹き飛ばしていたかもしれない。そのため当然のように実験中止の声が出た。しかし僕らは既に魔法陣を爆発させた経験を得ている。この経験から爆発の正確な規模を割り出すことが出来る。早い話、安全地帯をもっと遠くに作れば良いのだ。
そんな風に話し合いをした結果、安全地帯を実験場所から更に遠くに設置し、遅延の魔法陣を更に二枚追加する事になった。
「じゃ、いくよー!」
遠くにいるアンナに向かって叫び、ボディランゲージで言いたいことを伝える。今度の安全地帯は先程の安全地帯よりも倍の距離にあるので、声を届けられる自信が無かったからだ。
するとそれを見たアンナが両手を頭の上で結び、丸を作った。どうやら僕が言いたいことはちゃんと伝わったらしい。
それを確認した僕は魔法陣に向き直る。幸いにも手足の震えは無い。先程の実験で遅延の魔法陣が上手く作動してくれ、更には爆発の規模がどの程度なのか分かったからだろうか。それとも遅延の魔法陣を二枚追加したからだろうか。とにかく僕の中に恐怖という感情は不思議と無かった。あるのは知的好奇心のみである。
だが、今は知的好奇心などいらない。一度目を瞑り、深呼吸をする。知的好奇心特有のワクワクした気持ちを抑えるためだ。これから行うのは危険な実験だから慎重にやらなければいけない。そう自分に言い聞かせる。
落ち着きを取り戻した、と冷静にかつ客観的に自分を分析し、判断する。十三枚もの魔法陣が重ねられた山に手を伸ばす。この山の内一番上の魔法陣以外は当然全て遅延の魔法陣である。山を少し持ち上げ、その一番下の遅延の魔法陣を起動させる。そして山を元に戻し、重石として薪を置く。そこまでして僕は後ろに振り返り全力で駆け出した。
「[ブースト]ォォォ!」
今、この時の走る速さは今までで一番速いのではないだろうか。後ろを見ると僕が足で踏んだ場所は土煙が高らかに舞っているのではないだろうか。
そう思うほど僕は前だけを見て、それはもう必死に走った。
何故か。
答えは単純。
やっぱり怖かったのだ。
つい先ほどまで心の奥底に押し隠していた恐怖という名の感情が、走り出したと同時に浮上してきてしまった。
いや、実は押し殺し切れていなかったかもしれない。その証拠に魔法陣を起動させたときに極限の集中状態になり、細かい所まで注意が行き渡っていたのだから。
「おぉぉぉぉぉ!」
湧き出てくる恐怖をエネルギーに変えようと腹の底から叫びながら走る。
そして気がつけばアンナとサーシャがいる安全地帯、先程よりも更に深く掘った穴がすぐそこまで迫っていた。大人が縦横五人に並んだ、つまり大人二十五人でも余裕で入るほど大きな穴が。これだけ広く穴を掘った理由は、三人がピッタリ入れる穴はあまりにも窮屈に感じたためである。
それを確認した僕はタイミングを見計らい、半ば、いや文字通り飛び込む。
アンナの頭上を飛び越え、サーシャの頭上も飛び越え。掘られた穴が大きいため二人の頭上を飛び越して、穴の底に華麗に着地……しようと思っていた。
しかし力強くジャンプしすぎたのか、はたまた助走の速さが速すぎたのか。二人の頭上を飛び越えたのは良いものの、大人三人分、四人分と飛び越え……大人五人分のところで穴の壁に顔面から着弾した。
「ぶへっ」
「坊ちゃま!? 大丈夫ですか!?」
いち早く僕の状態に気づいたアンナが駆け寄って、地面に倒れ伏した僕の顔を覗き込んできた。その顔には不安や悲嘆ではなく、どちらかというと心配の表情が浮かんでいた。
そんなアンナに大丈夫だよ、と伝え、すぐさま立ち上がって見せる。
これは痩せ我慢などではなく、[ブースト]していたことにより物理的防御力が一時的に上がっていたため、壁に激突しても痛くも痒くもなかったのだ。
「[アイアンウォール]」
そんなやりとりをアンナとしていると、サーシャが[アイアンウォール]を唱え、僕たちが入っている穴に蓋をした。
[アイアンウォール]とは[ストーンウォール]の上位互換の魔法で、鉄の壁を作り出す魔法だ。その硬度、丈夫さは凄まじく、術者によっては本物の鉄より硬くすることが出来るらしい。実は相当な実力者ではないかと僕が疑っているサーシャが使っても、本物の鉄より丈夫になる。
ちなみに僕は、アンナもサーシャと同じように相当な実力者ではないかと疑っている。これらの理由については語るべき時が来たら語ろう。
そんなことをボーッと頭の中で考えいた。すると、微かに爆発音が聞こえた。あまりにも小さい音だったので空耳かと最初は思ったが、アンナとサーシャを見るとそれが空耳では無いことを確信した。
「坊ちゃま、今の音は魔法陣が爆発した音だと思いますけど見に行きますか?」
アンナが困惑した顔でそう言ってきた。同じくサーシャも困惑しているようだ。そういう僕も困惑している。何故ならあの巨大なクレーターを生み出した時の爆発音とは比べるまでもなく今回の爆発音が小さかったためだ。
とは言っても何時までもここにいるわけにもいかない。
「……見にいこうか」
サーシャに[アイアンウォール]を解除してもらう。すると再びギラギラと猛烈に輝く太陽が僕たちを照らした。
ここでふと違和感を覚えた。 
実験最終日である。
もはや慣れた道、いや砂の上を歩き目的地へ向かって進む。そして、ここを改造して秘密の研究所とか作ってみようかなと考えている、いつもの実験場所である洞窟に足を踏み入れる。
すると先程までのギラギラとした直射日光の暑さが無くなり、ひんやりとした空気が肌を撫でる。この瞬間は何度感じても気持ち良い。
そんなことを考えながら[ストレージ]から魔法陣が描かれた紙の束を取り出していると、サーシャが声をかけてきた。
「坊ちゃま。魔法陣を爆発させるのなら、このような洞窟ではなく開けた外でしては如何でしょう? いくら私が洞窟を魔法で強化するからといっても必ずしも崩壊しないとは限りません」
魔法陣の爆発。
その法則や条件を調べるのが今日の実験の目的だ。これが分かれば新しく魔法陣や魔道具を作った際に、一々このような実験などしなくてもよくなる。
「……確かにその通りだね。そうしようか」
この洞窟に来た理由は、実験をすることが半分だが、もう半分は洞窟に入ったあの瞬間を味わう為だったりする。しかしこの洞窟が崩れてしまえば二度とあの感覚を味わうことが出来なくなってしまう。
そう考えた僕はサーシャの意見に従い洞窟を出た。
そうして歩き続けること数分。
周りに砂丘以外何もない場所についた。
「ここで実験をしようか」
アンナとサーシャにそう言い、再び[ストレージ]から魔法陣の束を取り出す。さらに[ストレージ]から魔法陣が風にとばされないように、重石になりそうなもので、なおかつ失っても惜しくないものを探す。
「お。あったあった。これにしよう」
しばらくゴソゴソとして調度良い物を見つけた。蒔だ。確かサーシャが投げた薪を魔法で狙撃する訓練の為に[ストレージ]に入れていたんだっけ。そんなことを思い出しながら紙の四隅に薪を置いていく。重石としては十分だろう。
「坊ちゃま! こちらの準備は終わりましたよ!」
一人満足していると遠くからアンナの声が聞こえてきた。そちらに目をやると等間隔に置かれた[ストーンウォール]と、その一番奥にアンナとサーシャがいた。
今回の二人の役割は防御壁と安全地帯の作成だ。防御壁は見ての通り等間隔に置かれた[ストーンウォール]のことだ。等間隔に並べているのは、爆発の衝撃を安全地帯に届くまでに少しでも吸収しようという意図がある。単に厚くてデカいだけの[ストーンウォール]よりこちらの方が効率的に衝撃を緩和出来ると考えての策である。
そして安全地帯は地面を掘ってその中に隠れることが出来るようにした穴だ。これは単に地面を掘っただけの物ではなく、上から[ストーンウォール]で蓋が出来るように作られている。そうすると穴の中は密室になり酸素濃度が低下するであろうが、その状態が続くのは最長でも百秒である。息苦しくなり始める前に蓋を開けることが出来るだろうから大丈夫だと践んでいる。
「こっちも準備終わったから始めるねー!」
「了解しましたー!」
こちらも準備が終わったことを伝え、魔法陣に向き直る。
とうとうこの時が来たか。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
魔法陣の爆発条件。この実験は魔道具を作る上で避けては通れない道だ。魔道具を作っている途中で爆発なんかされたら命がいくつあっても足りないからね。だからこそこの実験をやろうと思ったのだが。
手足が僅かに震えている。
実を言うと怖いのだ。
もし遅延の魔法陣が何らかの要因で上手く作動してくれなかったらどうしよう、という不安が押し寄せてきて。
だけどそれを武者震いだと自分に言い聞かせ、魔法陣に手を伸ばす。
一番下の遅延の魔法陣へと。
そして魔力を流す。
起動。
すぐさま安全地帯まで駆け出したい衝動に駆られるが、グッとこらえて魔法陣を丁寧に地面に置く。
そして重石代わりの薪を置く。五秒。
今一度確認し、バックステップで距離をとる。十秒。
一枚目の遅延の魔法陣が淡く光り、魔力が二枚目の魔法陣へと注がれる。
よし、ちゃんと起動しているな。
そこまで確認したのち、全力で安全地帯まで逃げる。
「[ブースト]!」
ここからは安全地帯まで無我夢中で走った。
ちゃんと遅延の魔法陣が働いているからと言っても怖いものは怖いのだ。
そしてすぐにアンナとサーシャが入っている穴に僕も半ば飛び込むようにして入る。二十秒。
今頃は二枚目の遅延の魔法陣が淡い光りを放って三枚目の魔法陣を起動させているだろう。
「[ストーンウォール]」
ガガガガ、と。サーシャが[ストーンウォール]を穴に蓋するように作ってくれた。
そしてしばし待つことさらに八十秒。
ドガアアアアアン、と遠くの方で音がなった。それと同時にガラガラガラと、何かが崩れる音がした。恐らくサーシャが防御壁として作った[ストーンウォール]が壊れたのだろう。
派手な音が聞こえなくなったのでサーシャに[ストーンウォール]を解除してもらった。すると砂煙が穴の中に入ってきた。
[ウィンド]で砂煙を飛ばし、ソロソロと頭を穴から出す。すると目の前に堂々と佇む石壁が。どうやらこの安全地帯までは爆発は届かなかったようだ。
しかしここまで砂煙が来ていることから爆発はなかなか大きい規模だったんだろう。そう思いながら石壁の横からヒョコっと顔を出してみる。
「げっ」
すると目の前には砂煙がモウモウと立ち上り視界全体を塞いでいた。
(どれだけでかい爆発だったんだよ)
そう思いながら今度は[ゲイル]でより広範囲の砂煙を吹き飛ばす。そして十メートル程だろうか。先程魔法陣を起動した場所に向かって歩いていると、突如足を滑らしてしまった。
(普段はこんなことしないのに……)
若干の恥ずかしさを感じる。そしてそれを振り払うように足元を見ると、地面がそこから前方に向かって円錐形を形作るように下に伸びていた。
それを見てヒシヒシと嫌な予感を覚える。僕は右手を上げ、[ゲイル]の上位互換である[ストーム]で辺りの砂煙を吹き飛ばした。すると煙が晴れた場所から巨大なクレーターが浮かび上がってきた。
(おいおい、ここから実験場所まで軽く百メートルはあるはずだぞ……)
そのクレーターの大きさと、そこから導き出されるあまりにも大きい爆発の規模に茫然とさせられた。
「残り三枚でした」
開いた口が塞がらず、頭の中が真っ白になっているとき、背後から声をかけられた。
そちらを向くと厳しい目をしたサーシャと、顔を青くしているアンナがいた。
「な、何が、残り三枚なの?」
なんとか聞き逃しかけていたサーシャが言ったことを思い出し、彼女に質問する。だが、既に僕の中では答えが分かっていた。それでも、あえて聞く。自分の中で信じたくないという思いが強かったからだ。
しかしサーシャはそんな僕の心情などお構いなしに告げる。
「壊れていなかった石壁の数です」
壊れていなかった石壁の数。つまりは魔法陣を起動した場所から安全地帯までの間に建てられた衝撃を緩和する為の石壁。それらが、残り三枚だとサーシャは言ったのだ。
その言葉を確認するために僕は彼女たちの後ろに視線を向ける。砂煙を完全に飛ばしきれていないのかハッキリと見えなかったが、そこには大きく罅が入り、今にも崩れそうな石壁があった。そしてその壁と同じ材質の大きな残骸がいくつも地面に転がっていた。おそらく安全地帯から数えて四枚目の壁の残骸だろう。
この目の前に広がる巨大なクレーターと厚さのあった石壁の残骸から、爆発の規模がどれほどのものか分かる。それを理解した瞬間ツー、と汗が頬を流れた。まさかここまで爆発の規模が大きいとは思わなかった。
これだけの爆発が起こると分かっていれば、そりゃこの世界の人たちが恐れるのも分かる。むしろ今までの実験で爆発しなかったことが奇跡だったのかもしれない。もし万が一爆発していたら僕らは今頃天国にいるだろう。そう感じさせるほど爆発の跡は凄まじかった。
「……ちょっと、実験の仕方を変えようか」
緊急作戦会議開始である。三人で集まり、暑い中今後の実験方法について話し合う。
先程の爆発は下手したら安全地帯をも巻き込み、吹き飛ばしていたかもしれない。そのため当然のように実験中止の声が出た。しかし僕らは既に魔法陣を爆発させた経験を得ている。この経験から爆発の正確な規模を割り出すことが出来る。早い話、安全地帯をもっと遠くに作れば良いのだ。
そんな風に話し合いをした結果、安全地帯を実験場所から更に遠くに設置し、遅延の魔法陣を更に二枚追加する事になった。
「じゃ、いくよー!」
遠くにいるアンナに向かって叫び、ボディランゲージで言いたいことを伝える。今度の安全地帯は先程の安全地帯よりも倍の距離にあるので、声を届けられる自信が無かったからだ。
するとそれを見たアンナが両手を頭の上で結び、丸を作った。どうやら僕が言いたいことはちゃんと伝わったらしい。
それを確認した僕は魔法陣に向き直る。幸いにも手足の震えは無い。先程の実験で遅延の魔法陣が上手く作動してくれ、更には爆発の規模がどの程度なのか分かったからだろうか。それとも遅延の魔法陣を二枚追加したからだろうか。とにかく僕の中に恐怖という感情は不思議と無かった。あるのは知的好奇心のみである。
だが、今は知的好奇心などいらない。一度目を瞑り、深呼吸をする。知的好奇心特有のワクワクした気持ちを抑えるためだ。これから行うのは危険な実験だから慎重にやらなければいけない。そう自分に言い聞かせる。
落ち着きを取り戻した、と冷静にかつ客観的に自分を分析し、判断する。十三枚もの魔法陣が重ねられた山に手を伸ばす。この山の内一番上の魔法陣以外は当然全て遅延の魔法陣である。山を少し持ち上げ、その一番下の遅延の魔法陣を起動させる。そして山を元に戻し、重石として薪を置く。そこまでして僕は後ろに振り返り全力で駆け出した。
「[ブースト]ォォォ!」
今、この時の走る速さは今までで一番速いのではないだろうか。後ろを見ると僕が足で踏んだ場所は土煙が高らかに舞っているのではないだろうか。
そう思うほど僕は前だけを見て、それはもう必死に走った。
何故か。
答えは単純。
やっぱり怖かったのだ。
つい先ほどまで心の奥底に押し隠していた恐怖という名の感情が、走り出したと同時に浮上してきてしまった。
いや、実は押し殺し切れていなかったかもしれない。その証拠に魔法陣を起動させたときに極限の集中状態になり、細かい所まで注意が行き渡っていたのだから。
「おぉぉぉぉぉ!」
湧き出てくる恐怖をエネルギーに変えようと腹の底から叫びながら走る。
そして気がつけばアンナとサーシャがいる安全地帯、先程よりも更に深く掘った穴がすぐそこまで迫っていた。大人が縦横五人に並んだ、つまり大人二十五人でも余裕で入るほど大きな穴が。これだけ広く穴を掘った理由は、三人がピッタリ入れる穴はあまりにも窮屈に感じたためである。
それを確認した僕はタイミングを見計らい、半ば、いや文字通り飛び込む。
アンナの頭上を飛び越え、サーシャの頭上も飛び越え。掘られた穴が大きいため二人の頭上を飛び越して、穴の底に華麗に着地……しようと思っていた。
しかし力強くジャンプしすぎたのか、はたまた助走の速さが速すぎたのか。二人の頭上を飛び越えたのは良いものの、大人三人分、四人分と飛び越え……大人五人分のところで穴の壁に顔面から着弾した。
「ぶへっ」
「坊ちゃま!? 大丈夫ですか!?」
いち早く僕の状態に気づいたアンナが駆け寄って、地面に倒れ伏した僕の顔を覗き込んできた。その顔には不安や悲嘆ではなく、どちらかというと心配の表情が浮かんでいた。
そんなアンナに大丈夫だよ、と伝え、すぐさま立ち上がって見せる。
これは痩せ我慢などではなく、[ブースト]していたことにより物理的防御力が一時的に上がっていたため、壁に激突しても痛くも痒くもなかったのだ。
「[アイアンウォール]」
そんなやりとりをアンナとしていると、サーシャが[アイアンウォール]を唱え、僕たちが入っている穴に蓋をした。
[アイアンウォール]とは[ストーンウォール]の上位互換の魔法で、鉄の壁を作り出す魔法だ。その硬度、丈夫さは凄まじく、術者によっては本物の鉄より硬くすることが出来るらしい。実は相当な実力者ではないかと僕が疑っているサーシャが使っても、本物の鉄より丈夫になる。
ちなみに僕は、アンナもサーシャと同じように相当な実力者ではないかと疑っている。これらの理由については語るべき時が来たら語ろう。
そんなことをボーッと頭の中で考えいた。すると、微かに爆発音が聞こえた。あまりにも小さい音だったので空耳かと最初は思ったが、アンナとサーシャを見るとそれが空耳では無いことを確信した。
「坊ちゃま、今の音は魔法陣が爆発した音だと思いますけど見に行きますか?」
アンナが困惑した顔でそう言ってきた。同じくサーシャも困惑しているようだ。そういう僕も困惑している。何故ならあの巨大なクレーターを生み出した時の爆発音とは比べるまでもなく今回の爆発音が小さかったためだ。
とは言っても何時までもここにいるわけにもいかない。
「……見にいこうか」
サーシャに[アイアンウォール]を解除してもらう。すると再びギラギラと猛烈に輝く太陽が僕たちを照らした。
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