隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

30話 諦めと制作

「……え?」






 予想していなかった言葉をかけられて、すぐに返事ができない。






「これ以上やっても無駄です。そもそも魔法陣の研究はこれまで膨大な時間をかけて行われて来ました。そこには当然何百、いえ、何千人もの研究者が携わってきたはずです。ですがそれでも魔法陣の謎は解明されませんでした。これは前にもお話いたしましたよね? つまりたった六年しか生きていない坊ちゃまが、たかが二カ月でその謎を解き明かそうとすることそのものが無謀というものです」






 一切詰まることなく、怒涛の如くそう言いきったサーシャ。






「サ、サーシャさん、それは少し言い過ぎでは……」






 それを見かねたのか、アンナが僕を庇うような位置に移動し、サーシャにむかってそう言ってくれた。しかしサーシャの様子は変わることなく、むしろより一層厳しい顔をした。






「アンナ。あなたの言うことは分かるわ。だけどあなたも知っているでしょう? 魔法陣研究者が世間でどう言われ、そしてどのような行く末を辿るかを」






「それは……」






「魔法陣研究者は世間では自殺志願者と後ろ指をさされ、魔法陣の実験で死ぬ行く末を辿る。そのことを知っていても、あなたはこれ以上坊ちゃまに魔法陣の研究を続けさせるつもり? 今ここで完全に止めさせなければ、いつまた止めさせるタイミングが来るかわからないわよ」






「そう……ですね……」






 頭では理解出来ていても感情は別。そんな表情を見せながらアンナは、サーシャと僕が直接目線を合わせられる位置まで下がった。






「坊ちゃま。魔法陣の研究はこれで終わりにしましょう。これ以上続けても何も得る物はありません」






 もう一度、サーシャは強くそう言ってきた。
 魔法陣の研究をすると決めたあの日。サーシャは僕に嘘をついてまで止めてきた。今と同じように。それは僕が自殺志願者と呼ばれ、実験で死ぬことがないように、僕のことを思ってしてきたことだったのかもしれない。いや、きっとそうだろう。でも……






「……確かにサーシャの言う通りこれ以上実験を続けていても得るものは無いかもしれない。でもここで諦めたら、ここまで来るのに掛かった努力や時間、二カ月分をドブに捨てるのと同じじゃないか」






 ものさしやコンパスを作り、『魔法陣集』を漁り、何枚もの紙に魔法陣を書き写した時間。決して楽じゃなかったものの楽しかった時間。これらの時間を僕は無駄にしたく無い。






「ですが人生の全て、坊ちゃまの場合は私との約束がございましたので、二年をドブに捨てるより遥かにましでしょう。これ以上坊ちゃまがご自分の時間を無駄にする必要はありません」






 そこまで言われても、僕は諦めずに二つの[ライト]を観察し続ける。
 これまでの時間を無駄にしないために、サーシャにこの二ヶ月が無駄じゃなかったと知らしめるために、何か一つでも結果を残さなければならない。
 そのためにも今一度、僕は何かしらの変化が訪れるまで観察し続ける。という覚悟を……あれ? 
 ……ちょっと待てよ。
 いやいやいや。
 でも……。
 待て。まてまてまてまてまて。
 それなら……。
 もしかしたら、もしかすると……。
 まだ比較してなかった事があるじゃないか!






「サーシャ、その話は後でしよう。まだこの二カ月の時間が無駄だったと切り捨てるのは早いかもしれない」






「どういうことでしょうか?」






 僕の言にサーシャは訝しんだ様子で答える。






「まぁ待ってよ。一旦、魔法陣の魔石を入れ替えるね」






 二つの魔法陣の魔石を新品の魔石に入れ替える。この時、魔法陣は魔石に蓄えられている魔力が尽きるか魔石を取り出すと停止するので、周りが暗くなった。
 そして今度は二つ同時に起動させる。再び洞窟内が明るくなる。






「坊ちゃま。何故魔石を入れ替えたんですか? 今取り出した魔石にはまだ魔力が残っていますよ」






「うん。アンナの言う通り、まだこれらは魔力が残っているんだけど大きさが違うからね。ちょうど同じくらいの大きさの魔石を二つ、さっきのゴブリンから調達したからそれに入れ替えたんだ」






 使ったのはさっきとれた小、中ゴブリンの魔石だ。
 大ゴブリンの割れた魔石は、魔法陣の燃料として使おうと思えば問題無く使える。ただ魔石の大きさが分かりにくかったから使わなかっただけだ。
 ちなみに割れた魔石は屑魔石と呼ばれ、易く買いたたかれるらしい。






「何故そのようなことをなさったのでしょうか」






 今度はサーシャが質問してきた。
 いい質問だ。思わずニヤリと笑ってしまう。






「単純に、まだ僕らは比べてない事があったからだよ」






 そう言うと二人は驚いた顔をした。
 二人が何か言おうとしたが、その前に口を開く。






「僕らがまだ調べてないこと。それは時間だよ。今まで僕らは発現した魔法の特徴にばかり注目していたから気づかなかった。だけどさっきサーシャに時間の無駄って言われて気づいたんだ。そういえば起動時間なんて調べてなかったなってね」






「……確かに坊ちゃまが仰る通りかもしれません。今まで魔石入れに魔石をあらかじめ複数個入れ、スペースが開いたら追加で入れてましたから。起動時間なんてものは気にしたことがありませんでした……」






「私もサーシャさんと同じです。 恐らく他の人達もそのような使い方をしていると思います。 ゴブリンとかコボルドとか、弱くて数が多い、簡単に手に入る魔物の魔石でも魔道具は十分に動かせますから」






 今思い返せば、初めて魔法陣を見たときも魔石入れに魔石がいくつか入っていた。その時どれくらいの効率か気になり、起動時間をサーシャに聞いたが、彼女は『分からない』と答えていたな。




 そしてそれから三十分程経った頃、片方の[ライト]が消えた。僕が手を加えた[ライト]の方が、だ。






「はや! もう消えた!」






 魔石入れに入れた魔石が無くなったのを確認する。発現し続けていたのはおよそ三十分といったところか。
 やはり僕が予想していた通りここに違いがあった。つまり魔法陣の模様には意味があることがこれで判明した。






「坊ちゃまが弄った魔法陣が早く消えたってことは……えっと、魔法陣の模様は、坊ちゃまの言う起動時間に関係しているのでしょうか」






「うん。多分そうだと思うよ」






 新たな発見の興奮を抑えながら、アンナにそう返す。
 正確には起動時間が短くなっていたから、魔力エネルギーから光エネルギーに変換する際の効率が違うのだろう。後で要検証だな。






「すごいです! すごいですよ、坊ちゃま! これまで数百年という歳月をかけて研究されてきた魔法陣の謎を、その一端とはいえ、たったの二カ月で解明してしまうなんて! 坊ちゃまは天才です!」






「や、やめてよ。そんなに褒められると恥ずかしくなってきちゃうじゃん」






 しかしアンナが興奮した様子で誉めてくるので今度は何だか急に恥ずかしくなってきた。
 だけど興奮している理由は分かる。これまで膨大な時間をかけても解き明かせなかった謎を始めて解いたんだ。そりゃ興奮の一つや二つはするだろう。まぁ僕は褒められ慣れてないから興奮より恥ずかしさが勝ってしまったのだが。
 その恥ずかしさから逃れるためにサーシャの方を向くと、彼女は驚きと後悔が混ざったような複雑な顔をしていた。 






「坊ちゃま。先程はあのようなーー」






「謝らないでよ、サーシャ」






「ーーえ?」






 サーシャが姿勢を正し、僕に謝罪を始めたので、慌てて止める。






「僕がこの事に気づけたのはサーシャに時間の無駄だって言っわれた事がきっかけだってさっきも言ったでしょ? つまりサーシャが僕に魔法陣の研究を止めさせようとしなかったら、それが分からなかったかもしれなかったんだ」






 それに、と僕は続ける。






「サーシャが僕の事を思ってあんなことを言ったのは分かってるよ。だからね、僕はサーシャに感謝しているし、謝ってほしいだなんて少しも思ってないんだよ」






 そう言い切ると同時に、再び恥ずかしくなってきた。普段言わないような事を真面目な顔をして言ったからだろうか。






「じゃ、じゃあ次の実験をやろうか! アンナ、しゃがんで! サーシャ、結んで! あー、これはどんな意味があるのかなぁ!」






 照れを隠すためにアンナと背中合わせになり、サーシャに紐で結んでもらう。ついでに声を出しながら考察している風を装う。




 それから夕方前まで延々と実験を繰り返し、出てきた結果に満足した僕は二人と共に帰宅した。






◇◆◇◆◇◆






 早朝訓練と朝ご飯を終えた僕は書庫にある読書スペースに来た。今日は作りたいものがあるので、それを作ってから魔法陣実験に行く予定だ。
 紙、羽ペン、インク、コンパス二個、ものさしを机の上にズラーッと並べる。






「今日は昨日の続きをするものだと思っていたんですけど、これから何をするんですか?」






 昨日、つまり魔法陣実験一日目は無事爆発事故が起こることなく終了した。実験は爆発が起こらないであろうと予想していた魔法陣から順に起動させていったため安全に終わって何よりだ。
 ちなみに隣にいるアンナはお目付役だ。サーシャはいない。






「ちょっとしたものを作ろうと思ってね。昨日は爆発事故が起きなかったけど、この先実験を進めていたら事故が起きるかもしれないから、その保険だよ」






 そう言って僕は紙と羽ペン、そして二つのコンパスを手元によせる。魔法円と内円を描くためだ。






「あれ? 実験する魔法陣はもう全て写し終わったって言ってませんでしたっけ? まだ何かあるんですか?」






「確かに実験する魔法陣は全部写し終わったけど、これはそれらとはまた別だよ。新しく作るんだ」






 そして次にものさしを取り寄せて、内円に内接する正三角形を描く。






「新しく作る、ですか」






「うん。ってそんな不安気な顔しないでよ。ちゃんと使う前に確認の実験はするつもりだから。それにこれから作る魔法陣は昨日の実験の結果を元に作っているから大丈夫だよ」






 昨日の実験では様々な事が分かった。
 まず魔法陣の模様。これは起動時間とやはり魔力エネルギーの変換効率に関係があるようだ。さらに興味深いことにどうやら魔力の供給方法もこの模様が関係しているらしい。例えば魔石から魔力を供給するか、魔石と大気中の魔力から魔力を供給するか、といった感じだ。




 そして魔法記号。これはやはり発現する魔法の特徴、例えば性質、大きさ、色、形などに関係があるみたいだ。ちなみに魔法陣に描かれた特徴の数に応じて内円に内接する図形も変化する。三つなら正三角形に、四つなら正方形に、といった感じだ。




 そして今回作る魔法陣は三角形、つまり発現する魔法の特徴が三つの魔法だ。






「アンナ、あそこにあるハンコを持ってくるの、手伝って」






「わかりました!」






 ハンコはなくさないように全て小さな木箱に纏めて入れている。これまでに発見されている魔法記号全54種といくつかの模様が彫られたハンコたち。これらをアンナと一緒に机に並べる。ちなみにこれらは全てサーシャの手作りだ。






「えーっと……あ、これだ」






 [ストレージ]から昨日の実験結果が記されている紙を取り出す。ここにはいくつかの魔法記号の意味が記されているのだ。もちろん昨日発見したやつだ。




 それを見ながら目的の魔法記号が彫られたハンコを手元に寄せる。






「坊ちゃま、それらの魔法記号はどの様な意味があるのでしょうか?」






「円柱、真上に放出、だいたい僕の手のひらぐらいの大きさ、だよ」






 僕は手のひらをアンナに向けて広げながらそう説明する。






「あれ? 色はどうしたんですか?」






「色は無色透明。今回作る魔法陣には色の要素は要らないからね」






 魔法陣に描かれる魔法の特徴。
 これは面白いことに、色の特徴を描かなければ発現した魔法は無色透明に、大きさの特徴を描かなければ発現した魔法は込めた魔力量に比例した大きさになる。
 他にも形や性質を抜けばどうなるのか気になるが、それは昨日の実験ではやらなかった。後日の実験で明らかになるだろう。




 ペタペタと魔法記号と模様が彫られたハンコを紙に押す。






「よし。これで完成だ」






 そしてしばらく時間を置き、インクが乾いたことを確認して新しく作った魔法陣を手に取る。






「今日はこの魔法陣の実験から始めようか」

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