隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
27話 対人訓練と魔法開発
お昼を食べ終えた僕達三人は、会議を開くことにした。お題は今後の僕の訓練について。
僕の魔法訓練の進みが予想以上に早く、サーシャが僕に教えることが出来るのはあと一つになったらしい。その一つも内容を聞いて試してみると、すぐに出来てしまった。
よって午後からの訓練は、アンナの対人訓練に変更された。
「では行きますよ、坊ちゃま!」
「いいよ!」
アンナと二人、素手で正面から対峙する。
そして僕の言葉を皮切りにして、アンナがこちらに向かって走ってきた。
ここで僕はサーシャから先程教わったことを再び実践する。
「[ゾーン]」
視界に映る全ての物が、まるで水の中で動いているようなゆっくりとしたものになる。
サーシャに教えてもらった最後の一つがこれだ。感覚を強化することが出来る魔法、[感覚強化]。その発展形だ。普通の[感覚強化]とは視覚や嗅覚、味覚などの一部の感覚を文字通り強化する魔法のことだ。
しかし全ての感覚を一度に強化する事によって、極限の集中状態に擬似的に入る事ができる。それが全感覚強化魔法、[ゾーン]だ。
これによってアンナの一挙手一投足がはっきりと認識できる。
ちなみにアンナは[ゾーン]を使っていない。というより使えないらしい。これはアンナだけが使えないのではなく、[ゾーン]を使うことが出来るのは、この世界で両手で収まるくらいの人数しか使うことが出来ないらしい。
それと、これはサーシャから教えてもらったのでサーシャも当然のように使える。……両手で収まるくらいの人数の中に入っているサーシャって一体何者なんだろう……。ただのメイドではないことは確かだな。
こんな事を考えている間もアンナはこちらに向かって走ってきている。……やっと十歩目を踏み出したところだが。
僕も余裕を持って体の左半分を引き、構えを取る。ここまでゆっくりとした世界ならば、前世の学校で習った技も使い放題だ。
「[ブースト]!」
そしてアーツ、[ブースト]を使う。
これは普通のアーツとは一味違う。身体能力を底上げするアーツだ。イメージするのは普通のアーツならば体の一つ一つの動きなのだが、これはスーパー野菜人のようなイメージをすると簡単に出来た。その簡単さからこれは僕の得意アーツとなっている。
そんな事を考えていると、アンナがすぐ近くまでやってくる。
アンナの右拳が僕の顔に向かって伸びてきた。
それを首を右に傾げることによって避ける。
そして左手でその腕を、右手で彼女の胸倉をガッシリと掴む。
そこから自分の腰をアンナの股の下に入れ、一気に彼女の腕を引く!
柔道の投げ技、背負い投げだ。
しかし彼女は軽々と腕を抜き、僕が投げた勢いを利用して飛び越していった。
「……完璧に決まったと思ったのに」
常人には出来ない動き。どうやらアンナも[ブースト]を使っていたみたいだ。
それでも手加減はちゃんとしてくれているので、六歳児相手にアーツを使っていても何も言わない。絶対に、何も、言わない。
そんなアンナは空中でクルッと一回転した後、余裕を持って地面に着地した。……彼女がメイド服じゃなくて、動きやすい服に着替えてくれていて本当に良かった。心の平静を保てる。
「坊ちゃま! 今のは一体何ですか!?」
そんな僕の心情などつゆ知らず、驚愕した顔でそう言ってくるアンナ。
「偶然だよ」
当然、背負い投げとは言わない。この世界の普通の六歳児が背負い投げを知っているはずもないからだ。いや、大人でも知らないか。別世界の技なんだし。
「今度は僕から行くね!」
これ以上の追求を避けるために、アンナに向かってそう叫び、走る。
[ゾーン]を使っているおかげで[ブースト]をかけたまま猛スピードで走る事ができる。気分はジェット機だ。
まぁ僕から見たらゆっくりとした世界には変わりないのだが。
そんなゆっくりとした世界で走りながら考えを巡らせる。
さっき背負い投げをした感じだと、[ゾーン]を使っている間は、武術の類は別に使わなくても大丈夫みたいだ。
……武術と言っても僕は学校で習った柔道しか知らないが。
相手の動きさえはっきりと認識出来てさえいれば避けるのは簡単だし、カウンターも楽に入れる事ができる。臨機応変に対応していけばいい。
アンナのお腹めがけて右手を突き出す。
すると彼女はそれを左手で内側に払い、そのままの手で顔に向かって手刀を叩き込んでくる。
ホントに容赦ないな! 
それを僕は、右手が払われた方に体ごと回転しながらかろうじて避け、カウンターで回し蹴りを放つ。
しかしその蹴りはガシッとアンナの右手に捕まえられた。
そして彼女はそのまま僕を空高く投げる。
やばい!
素早く体勢を立て直そうとするも上手くいかない。
その隙をアンナが逃すはずもなく、僕の落下に合わせて拳を振るってきた。
ゆっくりとした世界の中、顔から落下している僕に向かって振るわれるアンナの拳。
頭を必死に回転させ打開策を練る……が何も思い浮かばない。
アンナから習ったアーツは沢山あるがこの状況をひっくり返せるようなのは…………まて。
まてまてまて。
なぜ僕はアーツだけで考えていた? 魔法があるじゃないか! 
急いで顔の前に右手を持ってきて、立方体をイメージする。
先程とは比較にならないほど大きいやつを! 
ここで、ただでさえゆっくりと動く世界が、さらにゆっくりとした世界に変わる。
なるほど。
これが、
本当の、
極限の集中状態、
ゾーンか!
これなら間に合う! 
立方体を圧縮、圧縮、圧縮!
さっきよりもさらに圧縮!
僕の落下に合わせてきたアンナの拳めがけて、僕も右手を突き出す!
「[ストーム]!!」
僕が放った[ストーム]はアンナを一瞬で吹き飛ばした。
アンナはそのまま地面に、何度かバウンドしながら転がっていく。
それを見た僕は[ストーム]を急いで止め、着地すると同時にアンナのそばに駆け寄る。
「アンナ、大丈夫!?」
流石に至近距離での[ストーム]はやりすぎたかもしれない。いくら切羽詰まっててもせめて[ゲイル]に抑えておけばよかった。
そんな後悔の念を抱いていると、アンナがスクッと起き上がった。
「私は大丈夫ですよ、坊ちゃま。さっきの[ストーム]には驚かされましたけど」
「……本当になんとも無さそうだね。よかった」
アンナは服に付いた土を払いながらこちらに向きなおった。
アンナの動きを見るに、どこにも不自然な動きがないので、本当に大丈夫だったのだろう。これも[ブースト]をして物理防御力を上げていたおかげか。
「しかし[ゾーン]を使ったらあんなにも強くなられるなんて、予想外でしたよ。それに最後の[ストーム]もなかなか良かったですよ。ベストタイミングでした」
「僕は[ゾーン]無しで互角以上に戦えていたアンナの方が凄いと思うよ。最後魔法を放つ事を思いつかなかったら、そのまま殴られて終わっていたからね」
あの時、魔法を使うという発想を思いついたのは今でも幸運だと思う。まぁ今までのアンナの訓練はアーツのみで行ってきたから、そちらの方に考えが引っ張られても仕方がなかったかもしれない。
「では、今日の訓練はここまでにしましょうか。坊ちゃまの残りの魔力も少ないでしょうし」
そう言われて初めて自分の残存魔力を確認した。……うわ、もう[ファイアー]一回分くらいしかない。意識しだすと体がだんだんと重くなってきた。
そういえば[ゾーン]は消費魔力が半端ないんだっけ。それでもこの訓練の最後まで[ゾーン]を使い続ける事ができた。どうやら僕の魔力量も順調に増えてきているみたいだ。
「というわけで今日の訓練は終了です! お疲れ様でした」
「おつかれー」
そう二人で労い合って家に戻る。その途中でアンナが話しかけてきた。
「これから晩御飯まで時間がありますが、坊ちゃまは何をしますか?」
魔法訓練はもう終わったし、対人訓練も終わった。他に何かやるべきことは……無いな。なら……
「次の実験の準備、かな。これには時間がかかりそうだからなるべく早く済ませたいんだ」
正直に言うと体が重く、怠い。
このまま布団に入りたい衝動に駆られるが、魔力が回復するまでの一時的な物だと自分に言い聞かせる。
「そう言うアンナは?」
「本来ならば坊ちゃまの訓練に宛てられた時間です。なので坊ちゃまが次の実験の準備をすると言うのならばお手伝いしますよ」
「それは助かるよ。ありがとう」
次の実験の準備は恐らく二カ月はかかると思うので、アンナが手伝ってくれるのは本当に助かる。ここはアンナの言葉に甘えて手伝ってもらおう。
それからアンナには実験の準備を手伝ってもらい、僕の強化特訓ともいえる日々の一日目が終了した。
そして次の日。
午前中はアンナと、今度は木剣を持って対人訓練をし、昨日と同じく早めに切り上げた。そして昼御飯を終え、これから午後の訓練を行う。
内容は特に決まっていない。なぜならサーシャとアンナから僕は充分に魔法を扱えると言われ自主訓練を命じられたからだ。……立場が逆転しているけど、僕は二人から教わる身だからこれでいいんだ。うん。
自主訓練……何をしようかと考える。が、やはりここは魔物から自分の身を守るために、攻撃魔法の習得を優先したい。……けれど攻撃魔法なんて一つも知らないんだよなぁ。
……あ、[ストーム]って攻撃魔法なのかな? 攻撃魔法かどうかは知らないけど、至近距離で放てば、敵を吹っ飛ばせるだけの威力があるのは実証済みだ。だから、これを改良して何とか攻撃魔法に出来ないだろうか?
[ストーム]について考える。
[ストーム]は[ウィンド]や[ゲイル]の強化版で、非常に広い範囲に強風を吹かせる。具体的な範囲は術者である僕を除く全範囲だ。この範囲を前方だけに狭める事が出来れば、その分威力も増し、攻撃魔法として使えるんじゃ無いだろうか。
思い立ったが吉日。すぐさま薪小屋から丸太を取ってきて地面にズドンと刺す。そしてトコトコと充分に離れたところに立つ。そこから丸太に向かって、範囲を前方に、人一人分に絞った[ストーム]、仮称[ストーム改]を放つ。
「[ストーム改]!」
僕が放った仮称[ストーム改]は、狙った丸太の横を通過し、着弾した地面を大きく抉った。狙いが外れたか。けど威力は充分だな。
もう一度、今度は丸太にしっかりと狙いを定めて、撃つ。
「[ストーム改]!」
しかし今度は先程と丸太を挟んで反対側の地面を抉る結果となった。……何がだめなんだろう?
それから数回程試行錯誤しながら[ストーム改]を撃ってみたが、丸太に当たったのは僅か一回という結果だった。ちなみにその一回で丸太を破壊してしまったので、新たに丸太を取ってきて的にしている。
「……[ライト]」
一度[ライト]を丸太に向かって飛ばしてみる。
「[ライト]だったら簡単に当てられるんだけどなぁ……」
放った[ライト]は丸太のちょうど真ん中に当たり、霧散した。
[ライト]は輝き続けるという性質しか持たないので少しの衝撃で霧散してしまうのだ。まぁこれも少し性質を弄れば霧散しない[ライト]も出来るのだが。
「……庭からなにやら大きい音が聞こえてきたと思えば、やはり坊ちゃまでしたか」
後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにはサーシャがいた。
「庭がこんなに抉れて……派手にやらかしましたね、坊ちゃま?」
丸太の周辺は、自主訓練前は緑だった場所が、今では土色に変わってしまっている。言うまでもなく僕が[ストーム改]を外しまくったせいである。
そんな現状を確認したサーシャは額に青筋を浮かべてニッコリと笑っている。うわー。凄い怒ってるなー。そういえば庭の管理もサーシャとアンナがやっていたんだっけ。
しかし彼女はすぐにハァと溜め息を吐き、何時も通りのサーシャに戻った。
「まぁ私達が庭で自主訓練するよう言ったのも、こうなった原因の一つですね。ですから今回はお咎め無しにしましょう」
そう言ってサーシャは庭の一部をめちゃくちゃにしたことを許してくれた。……次回からはお咎めありらしいなので、次はもうちょっと大人しめの魔法にしよう。
「それで何やら悩んでいた御様子ですが、どういたしましたか?」
するとサーシャがそう言ってきた。
ちょうど考えも行き詰まっていた所だし、ありがたく相談させてもらおう。
「実は[ストーム]を改良した[ストーム改]っていう魔法の命中率が悪くてね。どうしたらいいか考えていたんだ」
「……それは恐らく、坊ちゃまの魔力操作が未熟だからでしょう。魔法の狙いが外れる時の原因は大抵がそれですから」
少し考えた素振りを見せた後、サーシャはそう言った。
だがそう言われても、僕はすぐに納得出来ない。
「でも、[ライト]は簡単に命中するんだよ」
サーシャにそう言い、[ライト]、と唱える。それを先程と同じ様に丸太に向けて放つと、[ライト]は先程と全く同じ場所に当たった。
「坊ちゃま。魔法の命中率は、込められた魔力の量、大きさ、威力など、様々な要因で変化します。これらの要因に適切な対処ができて初めて、正確に狙いをつけることが出来るのです」
「そうなんだ……」
そこまで聞いて初めて、僕はサーシャが言っている事が合っているかもしれないと思った。
だけど……一度だけ[ストーム改]が丸太に命中した時の事を思い出す。
魔法が命中したときの丸太は、まるで巨大な質量に押し潰されるかのように、メキメキと音を立てながら十メートル程吹き飛んでいった。
やはり、威力は絶対に下げたく無いな。大きさもちょうどいい大きさだと思うし、消費魔力は[ウィンド]や[ゲイル]と変わらない。
となると……魔力操作を鍛えるしか手は無いな。
「なら、サーシャに言われた通り魔力操作を鍛えるよ。ありがとね、サーシャ」
これからの自主訓練は魔力操作の特訓に決定だな。
そんな感じでのんびりとした日々を送っていると、気がつけば二カ月が経っていた。とうとう次の魔法陣実験の準備が出来たのだ。
僕の魔法訓練の進みが予想以上に早く、サーシャが僕に教えることが出来るのはあと一つになったらしい。その一つも内容を聞いて試してみると、すぐに出来てしまった。
よって午後からの訓練は、アンナの対人訓練に変更された。
「では行きますよ、坊ちゃま!」
「いいよ!」
アンナと二人、素手で正面から対峙する。
そして僕の言葉を皮切りにして、アンナがこちらに向かって走ってきた。
ここで僕はサーシャから先程教わったことを再び実践する。
「[ゾーン]」
視界に映る全ての物が、まるで水の中で動いているようなゆっくりとしたものになる。
サーシャに教えてもらった最後の一つがこれだ。感覚を強化することが出来る魔法、[感覚強化]。その発展形だ。普通の[感覚強化]とは視覚や嗅覚、味覚などの一部の感覚を文字通り強化する魔法のことだ。
しかし全ての感覚を一度に強化する事によって、極限の集中状態に擬似的に入る事ができる。それが全感覚強化魔法、[ゾーン]だ。
これによってアンナの一挙手一投足がはっきりと認識できる。
ちなみにアンナは[ゾーン]を使っていない。というより使えないらしい。これはアンナだけが使えないのではなく、[ゾーン]を使うことが出来るのは、この世界で両手で収まるくらいの人数しか使うことが出来ないらしい。
それと、これはサーシャから教えてもらったのでサーシャも当然のように使える。……両手で収まるくらいの人数の中に入っているサーシャって一体何者なんだろう……。ただのメイドではないことは確かだな。
こんな事を考えている間もアンナはこちらに向かって走ってきている。……やっと十歩目を踏み出したところだが。
僕も余裕を持って体の左半分を引き、構えを取る。ここまでゆっくりとした世界ならば、前世の学校で習った技も使い放題だ。
「[ブースト]!」
そしてアーツ、[ブースト]を使う。
これは普通のアーツとは一味違う。身体能力を底上げするアーツだ。イメージするのは普通のアーツならば体の一つ一つの動きなのだが、これはスーパー野菜人のようなイメージをすると簡単に出来た。その簡単さからこれは僕の得意アーツとなっている。
そんな事を考えていると、アンナがすぐ近くまでやってくる。
アンナの右拳が僕の顔に向かって伸びてきた。
それを首を右に傾げることによって避ける。
そして左手でその腕を、右手で彼女の胸倉をガッシリと掴む。
そこから自分の腰をアンナの股の下に入れ、一気に彼女の腕を引く!
柔道の投げ技、背負い投げだ。
しかし彼女は軽々と腕を抜き、僕が投げた勢いを利用して飛び越していった。
「……完璧に決まったと思ったのに」
常人には出来ない動き。どうやらアンナも[ブースト]を使っていたみたいだ。
それでも手加減はちゃんとしてくれているので、六歳児相手にアーツを使っていても何も言わない。絶対に、何も、言わない。
そんなアンナは空中でクルッと一回転した後、余裕を持って地面に着地した。……彼女がメイド服じゃなくて、動きやすい服に着替えてくれていて本当に良かった。心の平静を保てる。
「坊ちゃま! 今のは一体何ですか!?」
そんな僕の心情などつゆ知らず、驚愕した顔でそう言ってくるアンナ。
「偶然だよ」
当然、背負い投げとは言わない。この世界の普通の六歳児が背負い投げを知っているはずもないからだ。いや、大人でも知らないか。別世界の技なんだし。
「今度は僕から行くね!」
これ以上の追求を避けるために、アンナに向かってそう叫び、走る。
[ゾーン]を使っているおかげで[ブースト]をかけたまま猛スピードで走る事ができる。気分はジェット機だ。
まぁ僕から見たらゆっくりとした世界には変わりないのだが。
そんなゆっくりとした世界で走りながら考えを巡らせる。
さっき背負い投げをした感じだと、[ゾーン]を使っている間は、武術の類は別に使わなくても大丈夫みたいだ。
……武術と言っても僕は学校で習った柔道しか知らないが。
相手の動きさえはっきりと認識出来てさえいれば避けるのは簡単だし、カウンターも楽に入れる事ができる。臨機応変に対応していけばいい。
アンナのお腹めがけて右手を突き出す。
すると彼女はそれを左手で内側に払い、そのままの手で顔に向かって手刀を叩き込んでくる。
ホントに容赦ないな! 
それを僕は、右手が払われた方に体ごと回転しながらかろうじて避け、カウンターで回し蹴りを放つ。
しかしその蹴りはガシッとアンナの右手に捕まえられた。
そして彼女はそのまま僕を空高く投げる。
やばい!
素早く体勢を立て直そうとするも上手くいかない。
その隙をアンナが逃すはずもなく、僕の落下に合わせて拳を振るってきた。
ゆっくりとした世界の中、顔から落下している僕に向かって振るわれるアンナの拳。
頭を必死に回転させ打開策を練る……が何も思い浮かばない。
アンナから習ったアーツは沢山あるがこの状況をひっくり返せるようなのは…………まて。
まてまてまて。
なぜ僕はアーツだけで考えていた? 魔法があるじゃないか! 
急いで顔の前に右手を持ってきて、立方体をイメージする。
先程とは比較にならないほど大きいやつを! 
ここで、ただでさえゆっくりと動く世界が、さらにゆっくりとした世界に変わる。
なるほど。
これが、
本当の、
極限の集中状態、
ゾーンか!
これなら間に合う! 
立方体を圧縮、圧縮、圧縮!
さっきよりもさらに圧縮!
僕の落下に合わせてきたアンナの拳めがけて、僕も右手を突き出す!
「[ストーム]!!」
僕が放った[ストーム]はアンナを一瞬で吹き飛ばした。
アンナはそのまま地面に、何度かバウンドしながら転がっていく。
それを見た僕は[ストーム]を急いで止め、着地すると同時にアンナのそばに駆け寄る。
「アンナ、大丈夫!?」
流石に至近距離での[ストーム]はやりすぎたかもしれない。いくら切羽詰まっててもせめて[ゲイル]に抑えておけばよかった。
そんな後悔の念を抱いていると、アンナがスクッと起き上がった。
「私は大丈夫ですよ、坊ちゃま。さっきの[ストーム]には驚かされましたけど」
「……本当になんとも無さそうだね。よかった」
アンナは服に付いた土を払いながらこちらに向きなおった。
アンナの動きを見るに、どこにも不自然な動きがないので、本当に大丈夫だったのだろう。これも[ブースト]をして物理防御力を上げていたおかげか。
「しかし[ゾーン]を使ったらあんなにも強くなられるなんて、予想外でしたよ。それに最後の[ストーム]もなかなか良かったですよ。ベストタイミングでした」
「僕は[ゾーン]無しで互角以上に戦えていたアンナの方が凄いと思うよ。最後魔法を放つ事を思いつかなかったら、そのまま殴られて終わっていたからね」
あの時、魔法を使うという発想を思いついたのは今でも幸運だと思う。まぁ今までのアンナの訓練はアーツのみで行ってきたから、そちらの方に考えが引っ張られても仕方がなかったかもしれない。
「では、今日の訓練はここまでにしましょうか。坊ちゃまの残りの魔力も少ないでしょうし」
そう言われて初めて自分の残存魔力を確認した。……うわ、もう[ファイアー]一回分くらいしかない。意識しだすと体がだんだんと重くなってきた。
そういえば[ゾーン]は消費魔力が半端ないんだっけ。それでもこの訓練の最後まで[ゾーン]を使い続ける事ができた。どうやら僕の魔力量も順調に増えてきているみたいだ。
「というわけで今日の訓練は終了です! お疲れ様でした」
「おつかれー」
そう二人で労い合って家に戻る。その途中でアンナが話しかけてきた。
「これから晩御飯まで時間がありますが、坊ちゃまは何をしますか?」
魔法訓練はもう終わったし、対人訓練も終わった。他に何かやるべきことは……無いな。なら……
「次の実験の準備、かな。これには時間がかかりそうだからなるべく早く済ませたいんだ」
正直に言うと体が重く、怠い。
このまま布団に入りたい衝動に駆られるが、魔力が回復するまでの一時的な物だと自分に言い聞かせる。
「そう言うアンナは?」
「本来ならば坊ちゃまの訓練に宛てられた時間です。なので坊ちゃまが次の実験の準備をすると言うのならばお手伝いしますよ」
「それは助かるよ。ありがとう」
次の実験の準備は恐らく二カ月はかかると思うので、アンナが手伝ってくれるのは本当に助かる。ここはアンナの言葉に甘えて手伝ってもらおう。
それからアンナには実験の準備を手伝ってもらい、僕の強化特訓ともいえる日々の一日目が終了した。
そして次の日。
午前中はアンナと、今度は木剣を持って対人訓練をし、昨日と同じく早めに切り上げた。そして昼御飯を終え、これから午後の訓練を行う。
内容は特に決まっていない。なぜならサーシャとアンナから僕は充分に魔法を扱えると言われ自主訓練を命じられたからだ。……立場が逆転しているけど、僕は二人から教わる身だからこれでいいんだ。うん。
自主訓練……何をしようかと考える。が、やはりここは魔物から自分の身を守るために、攻撃魔法の習得を優先したい。……けれど攻撃魔法なんて一つも知らないんだよなぁ。
……あ、[ストーム]って攻撃魔法なのかな? 攻撃魔法かどうかは知らないけど、至近距離で放てば、敵を吹っ飛ばせるだけの威力があるのは実証済みだ。だから、これを改良して何とか攻撃魔法に出来ないだろうか?
[ストーム]について考える。
[ストーム]は[ウィンド]や[ゲイル]の強化版で、非常に広い範囲に強風を吹かせる。具体的な範囲は術者である僕を除く全範囲だ。この範囲を前方だけに狭める事が出来れば、その分威力も増し、攻撃魔法として使えるんじゃ無いだろうか。
思い立ったが吉日。すぐさま薪小屋から丸太を取ってきて地面にズドンと刺す。そしてトコトコと充分に離れたところに立つ。そこから丸太に向かって、範囲を前方に、人一人分に絞った[ストーム]、仮称[ストーム改]を放つ。
「[ストーム改]!」
僕が放った仮称[ストーム改]は、狙った丸太の横を通過し、着弾した地面を大きく抉った。狙いが外れたか。けど威力は充分だな。
もう一度、今度は丸太にしっかりと狙いを定めて、撃つ。
「[ストーム改]!」
しかし今度は先程と丸太を挟んで反対側の地面を抉る結果となった。……何がだめなんだろう?
それから数回程試行錯誤しながら[ストーム改]を撃ってみたが、丸太に当たったのは僅か一回という結果だった。ちなみにその一回で丸太を破壊してしまったので、新たに丸太を取ってきて的にしている。
「……[ライト]」
一度[ライト]を丸太に向かって飛ばしてみる。
「[ライト]だったら簡単に当てられるんだけどなぁ……」
放った[ライト]は丸太のちょうど真ん中に当たり、霧散した。
[ライト]は輝き続けるという性質しか持たないので少しの衝撃で霧散してしまうのだ。まぁこれも少し性質を弄れば霧散しない[ライト]も出来るのだが。
「……庭からなにやら大きい音が聞こえてきたと思えば、やはり坊ちゃまでしたか」
後ろから声をかけられたので振り返ると、そこにはサーシャがいた。
「庭がこんなに抉れて……派手にやらかしましたね、坊ちゃま?」
丸太の周辺は、自主訓練前は緑だった場所が、今では土色に変わってしまっている。言うまでもなく僕が[ストーム改]を外しまくったせいである。
そんな現状を確認したサーシャは額に青筋を浮かべてニッコリと笑っている。うわー。凄い怒ってるなー。そういえば庭の管理もサーシャとアンナがやっていたんだっけ。
しかし彼女はすぐにハァと溜め息を吐き、何時も通りのサーシャに戻った。
「まぁ私達が庭で自主訓練するよう言ったのも、こうなった原因の一つですね。ですから今回はお咎め無しにしましょう」
そう言ってサーシャは庭の一部をめちゃくちゃにしたことを許してくれた。……次回からはお咎めありらしいなので、次はもうちょっと大人しめの魔法にしよう。
「それで何やら悩んでいた御様子ですが、どういたしましたか?」
するとサーシャがそう言ってきた。
ちょうど考えも行き詰まっていた所だし、ありがたく相談させてもらおう。
「実は[ストーム]を改良した[ストーム改]っていう魔法の命中率が悪くてね。どうしたらいいか考えていたんだ」
「……それは恐らく、坊ちゃまの魔力操作が未熟だからでしょう。魔法の狙いが外れる時の原因は大抵がそれですから」
少し考えた素振りを見せた後、サーシャはそう言った。
だがそう言われても、僕はすぐに納得出来ない。
「でも、[ライト]は簡単に命中するんだよ」
サーシャにそう言い、[ライト]、と唱える。それを先程と同じ様に丸太に向けて放つと、[ライト]は先程と全く同じ場所に当たった。
「坊ちゃま。魔法の命中率は、込められた魔力の量、大きさ、威力など、様々な要因で変化します。これらの要因に適切な対処ができて初めて、正確に狙いをつけることが出来るのです」
「そうなんだ……」
そこまで聞いて初めて、僕はサーシャが言っている事が合っているかもしれないと思った。
だけど……一度だけ[ストーム改]が丸太に命中した時の事を思い出す。
魔法が命中したときの丸太は、まるで巨大な質量に押し潰されるかのように、メキメキと音を立てながら十メートル程吹き飛んでいった。
やはり、威力は絶対に下げたく無いな。大きさもちょうどいい大きさだと思うし、消費魔力は[ウィンド]や[ゲイル]と変わらない。
となると……魔力操作を鍛えるしか手は無いな。
「なら、サーシャに言われた通り魔力操作を鍛えるよ。ありがとね、サーシャ」
これからの自主訓練は魔力操作の特訓に決定だな。
そんな感じでのんびりとした日々を送っていると、気がつけば二カ月が経っていた。とうとう次の魔法陣実験の準備が出来たのだ。
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