隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

26話 習得速度と魔力隠蔽

 数秒間そのまま固まっていたアンナは、やがてゆっくりと席につき、サーシャの方を向いた。




「い、今、坊ちゃまが仰った事は事実、ですか?」




 恐る恐るといった様子で尋ねるアンナ。そんなアンナを共感しているような目で見ながらサーシャは一言、キッパリと告げる。




「事実よ」




「そんな……」




 サーシャの言葉にアンナはなにやらショックを受けた様子。ご飯を食べるスピードも極端に落ちた。




「そんなに凄いことなの? 僕が魔法をすぐに使えたことって」




 そんなアンナの様子に疑問を覚え、サーシャに質問する。




「はい。先程言った通り、新しい魔法を使えるようになるには一日かけて練習し、ようやく出来るかどうか、といったところです。それに加え坊ちゃまの場合、[ライト]以外の魔法を使ったことがありませんので、経験がほとんどございません。そのため、普通ならば新しい魔法を覚えるには一日では足りないはずなのです」




 サーシャはそこで一旦区切り、ですが、と続ける。




「坊ちゃまは一度手本を見ただけで同じ魔法を使うことに成功しました。これは坊ちゃまの想像力が卓越しているという証拠にほかなりません。経験がございませんからね。ちなみに先程坊ちゃまが覚えなさった四つの魔法を覚えるのに私は一週間で済みましたが、アンナは二週間近くかかったそうですよ」




「あー。つまり、僕がとんでもない早さで魔法を習得したからアンナは落ち込んでいる、ということ?」




 ボリュームを落としてアンナに聞こえないように話す。サーシャもそんなアンナを気にしてか返事は首を縦に振る動作だけだった。
 誰にも得手不得手はあると思うから、たかが習得期間で一喜一憂しなくてもいいと思うけど……。僕が言ったら嫌みにしか聞こえないだろうから言わないが。




「ごちそうさま。アンナ、美味しかったよ。ありがとう」




 せめて少しでも元気になればと思いアンナに感謝の気持ちを伝える。おいしかったのは本当だからアンナが落ち込んでいなくても言っただろうけど、そんなことは関係ない。
 それから僕とサーシャはアンナと別れた。魔法訓練に戻るためだ。








「では先程の続きを始めます」




 早朝訓練は準備運動みたいなものだ。
 これから本格的な訓練が始まる。




「基本属性である土水火風の四属性をあっという間に習得された坊ちゃまに、是非とも覚えてもらいたい魔法があります。それがこちらです。[ストレージ]」




 サーシャがそう唱えると空中になにやら真っ黒な穴のようなものが出現した。なんだあれは?




「これは無属性魔法[ストレージ]です。世間では収納魔法とも呼ばれています」




 するとサーシャはその黒い穴にズボッと手を突っ込んだ。
 ……突っ込んだ部分が完全に消えてしまっているけど大丈夫かな? 
 そんな心配をしていると、すぐにサーシャはその黒い穴から手を抜いた。するとその手にはなんと一冊の本が。




「この魔法は今使って見せた通り、物を保管したり自由に出し入れすることが出来ます」




 なにそれすごい。超便利じゃん。僕も使いたい。




「これは上級魔法ですので使える人は極僅かです。坊ちゃまでも直ぐには出来ないでしょう。ですが訓練を続ければ必ず出来るようになると私は思っております。放出系が苦手もアンナが出来たので安心してください。なので坊ちゃまには、まずは[ストレージ]の下級魔法である[ボックス]をーー」




「[ストレージ]! あ、できた」




「……え?」




 魔法を唱えると、サーシャと同じような黒い穴が目の前に現れた。そこに恐る恐る手を突っ込んでみると、何の抵抗も無くスルスルと入っていく。どうやら中は空洞みたいだ。
 試しに地面に生えている適当な雑草を抜いてポイッとその中に入れてみる。おぉ、入った。そして取り出してみる。おぉ、取り出せた。




「あの……坊ちゃま?」




「ん? なに?」




 雑草を出し入れして遊んでいるとサーシャが声をかけてきた。




「それは、あの、どういう事でしょうか?」




 なにやらサーシャが震えた声で聞いてくる。何を言いたいのかイマイチ分からない。




「どういう事って?」




「いえ、その、坊ちゃまはどうして[ストレージ]を使えるのでしょうか?」




「サーシャの[ストレージ]を見たからだよ。やっぱり実物を見ながらだと簡単に出来るね」




 僕は何気ない様を装いそう言った。
 確かに実物を見ながらだとイメージがしやすい。が、それだけでは恐らくイメージがしっかりと固まりきらなかっただろう。
 そこで僕はドラちゃんの四次元ポッケも参考にイメージを補強した。一応穴の色はドラちゃんの四次元ポッケにあわせて白っぽくて明るいパステルカラーをイメージしたのだが、やはり実際にこうして目にしている方がイメージとして固まりやすく、黒になってしまった。オリジナリティのない、そのまんまの[ストレージ]である。




「……[ストレージ]を使えるようになるまで私は二年もかかったのに……」




 するとサーシャがショックを受けているのか下を向いた。彼女の呟きが聞こえてきたが、かける言葉が何も見つからないのでそのままにしておく。
 ……そっか。これが出来るようになるまで普通は二年も掛かるんだ。
 僕はテレビでドラちゃんを見ていたからすぐにイメージ出来たが、この世界ではそんな物はない。だから僕はすぐに魔法を使えたのかもしれないな。




「サーシャ。他の魔法を色々と教えてよ」




 しばらく待ってもサーシャが立ち直る様子は見られなかったので声をかける。




「……失礼しました。では次は魔法ではなく新しい技術をお教えします。坊ちゃまならすぐに出来そうですが……」




 そう言ってサーシャは手のひらを上に向けた。




「まずはこちらをご覧ください。[ライト]」




 サーシャの手のひらから、今ではすっかりお馴染みの[ライト]が浮き出る。うん。普通の[ライト]だね。




「次にこちらを」




 彼女は今度は反対の手のひらを上に向け[ライト]を使った。……ん? [ライト]を使った瞬間、何かがサーシャの手のひらから出て行ったような……。
 確かに感じた違和感。その正体が何なのか考える。……そういえば前にサーシャが魔道ランプをつけた時も、今と同じように感じたことがあったな。
 すると彼女がポツリと呟いた。




「流石坊ちゃまですね」




「え、何が?」




 急に流石、と言われても何のことだか分からない。僕が困惑しているとサーシャは何故か苦笑している。




「その様子だと、二つの[ライト]を発現させた時の違いを、坊ちゃまはお分かりになられたのではないですか?」




 サーシャは何かを確信しているような顔でそう言ってきた。
 違いって事は、僕がさっき感じた違和感のことかな?




「サーシャが二回目に[ライト]を使った時に手のひらから何かが出たような気がしたけど、もしかしてそれのこと?」




 僕がそう言うと彼女は今一度感心した様子を見せた。




「やはり気がついておられましたか。私が一回目に[ライト]を発現させた時は魔力隠蔽という、他者に自分の魔力を感じさせない技を使っておりました。ですが二回目の[ライト]を発現させたときは魔力隠蔽を使っておりませんでした」




「ならさっき僕が感じたのはサーシャの魔力なの?」




「はい。坊ちゃまが仰る通り、それが私の魔力です。今坊ちゃまが私の魔力を感じたように、他者の魔力を感じとる技術を魔力探知といいます。坊ちゃまは体内の魔力を感じる魔力感知の技量がとても優れていらしたので、まさか魔力探知も、と思っておりましたが、やはりそちらも優れておいででしたか」




 これを習得するのも私は一年掛かったんですけどね。そう言いながらも、ですが、と続けるサーシャ。




「これから坊ちゃまに覚えて貰いたい技術は魔力隠蔽の方です。これは魔力探知を使える魔物や人間に対して非常に有効な技術ですので是非覚えて下さい」




 やり方は単純で、大気中にある魔力や周りの空気に自分の魔力を出来る限り近づけるイメージをすれば良いそうだ。
 簡単そうに聞こえるが、これが意外と難しい。何せ大気中の魔力はもちろん、周りの空気なんて意識したことがないから、それをどう認識すれば良いのかわからないのだ。
 取りあえず一つ一つ考えていくことにしよう。
 まずは空気。……空気かぁ。酸素や二酸化炭素をイメージしても上手く出来なかったしなぁ。水素や窒素を思い浮かべても同じだろうし……。
 次は大気中の魔力だけど、普通なら感じ取れないと言われているからこれも無理だな……。
 大気中の魔力と周りの空気。この二つについて考え、色々と試してもこれといった結果が出なかった。なので別の方向からアプローチしてみる。




 自分の魔力について考えてみよう。要は自分の魔力が感じ取りにくくすれば良いのかな? 大気中の魔力とか周りの空気とか、全く感じ取れない物に近づけるわけだから多分そうだよね。なら僕が今感じている自分の魔力、いや、魔力の感じ方について考えればいいのか。
 僕は魔力をどのように感じているか。
 その答えは温度、だな。この世界に来てからずっと胸の中心が熱い。この熱いと感じるのが魔力だから、冷ますイメージで魔力を放出すればいいんじゃないかな。
 実際にやってみよう。
 冷ますイメージ。
 周りの空気の温度、つまり常温にまで冷ますイメージ。
 そのイメージをしたまま魔法を使う。




「[ライト]」




 僅かに、ごく僅かにだが、放出した自分の魔力を感じ取ることが出来る。これは成功か?




「なっ!?」




 お? サーシャが驚いて固まっている。これは成功した証拠じゃないか?




「どう? 成功かな?」




「……はい。おめでとうございます、坊ちゃま」




 驚くことに慣れたのか、すぐにサーシャは動き出してそう言った。




「ありがとう」




 僕がそう答えるとサーシャは一度悩んだ様子を見せ、口を開いた。




「坊ちゃま、少し早いですがお昼ご飯にしましょう。すこしアンナと話したいこともありますのでお願いします」




「わかった。それなら家の中に戻ろうか」




 一度にたくさんのことを教えられても覚えきれるない自信がない。だから昼ご飯を理由に家に戻るという提案は僕にとっても助かる。
 それに太陽の位置を見ても、もう少しでお昼時だ。
 お昼は何が出てくるのか楽しみにしながら待つことにしよう。空腹は最高のスパイスだ、とも言うしね。

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