隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~

サァモン

25話 新たな魔法と驚き

「坊ちゃま! 大丈夫ですか!?」




 サーシャがなにやら必死な様子で僕の事を心配してきた。




「大丈夫だけど、どうしたの?」




「いえ、てっきり魔法が暴走してしまったのかと思いまして……」




 僕がなんともない様子でいるのを確認すると今度は困惑した様子でそう言ってきた。
 あー、魔力切れになるまで暴走してしまったかと思ったってことか。
 だけど自分の魔力を感じる限り、一回目に使った[ウォーター]の消費魔力と先程の[ウォーター]の消費魔力はそんなに変わらない。いや、むしろ少ないくらいだ。
 ……しかし明らかに消費魔力と発現した魔法のバランスがおかしいのでこの事は言わないでおこう。うん。




「サーシャ、次の魔法を教えてよ」




 話題を変えるためにも僕がそういうと、彼女はいまだに不思議そうな顔をしながらも次の魔法を教えてくれる。




「では次はこれを」




 そう言ってサーシャは手のひらを上に向けた。




「[ファイアー]」




 するとポッと小さな火が出てきた。まるでろうそくの火みたいだ。これなら僕もできそうな気がする。
 サーシャと同じように手のひらを上に向ける。




「[ファイアー]!」




 するとポッと、サーシャと同等の赤い火が出てきた。




「お! 上手くいった!」




 小さすぎることもなく大きすぎることもなく、サーシャと同じくらいの大きさの火だ。




「また一回で……。もう何も言いません。おめでとうございます、坊ちゃま」




 そんな僕の様子を見て、なにやら割り切った様子のサーシャ。
 もう僕が初見の魔法を使えたのを見ても何も言わないようだ。




「では、次に参りましょう」




 そんな彼女は今度は手のひらを前に向けた。




「[ウィンド]」




 するとサワサワとそよ風が吹き、彼女の目の前の雑草を揺らした。風を生み出す魔法かな?
 僕も同じように右の手のひらを前に出し、挑戦する。




「[ウィンド]! ……あれ?」




 しかし目の前の雑草を見ても、左手を右手の前に持ってきても、風は一切吹いていなかった。……失敗か?




「土、水、火の三属性の魔法を一目見ただけで使うことができた坊ちゃまでも、流石に風属性の魔法は一度で成功はしないようですね」




 なにやらホッとした様子でそう言うサーシャ。やはり失敗なのか。
 それよりそんなに一発で出来たのは凄いことなのかな? ま、気にしないでいいか。今は何故風を起こせなかったのか考えないと。
 そんな事を考えているとサーシャが膝を折り、前屈みになって砂を一掴み程取った。




「坊ちゃま、こちらをご覧下さい」




 思考を一時中断させ、サーシャの方に向き直る。




「この砂をよく見ていて下さい」




 彼女は左の手のひらに土を乗せたままそう言ってきた。言われた通りその砂をジッと見つめる。するとサーシャは左手に乗せた砂を体の前面に移動させ、そこに右手を近づけた。




「[ウィンド]」




 サーシャが唱えた魔法は右手から出た。すると当然その風は砂に当たり、そのまま何処かへと運んでいく。それを全体的に見たらどうだろうか。まるで空中に砂の川とでも評すべきものが出来ている。




「おー。すごいな……」




「坊ちゃま、これが風の正体です」




 思わず感嘆していると、サーシャはその砂の川を指差してそう言った。なるほど、見えないものをイメージするのは難しいから、砂で風の動きを可視化する事によってイメージをしやすいようにしたのか。この砂の川を見ながらだったら、僕も[ウィンド]が出来そうな気がする。




「……[ウィンド]!」




 砂の川をよく観察しながら魔法を使う。すると、僅かにだが僕のすぐ前にある雑草が揺れた。前に向けている右手に左手をかざしてみると、弱々しいものの、確かに風が吹いている。




「……流石坊ちゃまです。一度で出来なくても二度目で成功させるとは」




「いや、今のはサーシャのおかげだよ。風の動きを見ることが出来たからイメージしやすかったんだ」




「それでも普通ならば出来ない事なので、十分凄いことなのですが……」




 けどサーシャの[ウィンド]と比べると僕のは余りにも弱々しい[ウィンド]だよなぁ。やっぱりイメージが足りないのかな? なら[ウォーター]の時のようにもっと具体的に、それこそ気圧とかも意識してイメージしてみるか。
 右手を前に出し、意識を集中させる。
 風は空気の流れだ。空気は気圧の高いところから低いところに向かって流れる。そして気圧とは文字通り大気の圧力だ。……ん? なら僕の手のひら周辺の気圧を上げればいいんじゃないか? こう、例えば、手のひらの前に立方体があるイメージで、その立方体ごと中の空気を圧縮すれば……。うん。ボイルシャルルの法則からこの考え方で合っているはずだ。そうして圧力をある程度上げたところで、その圧縮を止める。
 そして、圧縮した空気を一気に解放するイメージ!




「[ウィンド]!」




 僕が発動した[ウィンド]は、ザアアアアという音と共に、僕を中心に辺り一体の雑草をなぎ倒しながら広がった。さらには庭の端に植えられている木々にまでぶつかった。そこまでは草木の動きから分かったのだが、そこから先は外壁であったり、石造りの広い道があるのでどこまで風が広がったか詳しくはわからない。少なくともこの、運動場くらい広い庭全体に行き届く風を生み出すことには成功した。




「……」




「……おー! 結構強い風が出たね! 何でだろう?」




 僕が発動した魔法を見て呆然しているサーシャ。とりあえず暴走ではないという事と、(何故こんなに強い風が生み出せたのか分からない)というアピールをする。
 流石にちょっとやりすぎたかな……。でもこんなに強い風になるとは思わなかったし、仕方ない。うん。




「……恐らく坊ちゃまの想像力が優れているのでしょう。普通ならば初めて使う魔法は一日かけてようやく覚えることが出来るかどうか、と言ったところですので」




 するとサーシャが呆然としつつも、律儀に返答してくれた。
 想像力が優れているというよりイメージの仕方じゃないかな? より多角的な考え方、イメージの仕方をしたほうが具体的なイメージがしやすいのだと思う。そしてそのイメージが具体的であればあるほど高効率な魔法が発現するのだろう。
 現に自分の魔力の減り具合から、今発動させた[ウィンド]も二度目に成功した弱々しい[ウィンド]と消費魔力は変わらない。




「しかし……」




「ん?」




 今度は眉間にシワを寄せて、何やら難しそうな顔をしている。




「坊ちゃま。今坊ちゃまが使われた[ウィンド]について少し考えました。恐らく先程の魔法は[ウィンド]ではなく、その一段階上の魔法、[ゲイル]に属するかと存じます」




「え、そうなの?」




「はい。風の強さと範囲から大雑把に割り出したものですが、まず間違いはないかと」




 [ウィンド]って唱えたし、それを発動したつもりだったのに実際に発動したのは[ゲイル]って……。
 そこに変な引っかかりを感じていると、家からアンナが庭に出てきた。




「坊ちゃまー! サーシャさーん! 朝ご飯ができましたよー!」




 もう朝ご飯の時間か。集中していたら時間なんてあっという間に過ぎるな。……意識し出したら急にお腹が減ってきたぞ。
 先に家の中に入っていったアンナを追うように、僕達も食堂へ向かう。
 その途中ふと先程気になったことをサーシャに訪ねた。




「ねぇ、サーシャ。魔法ってどうやって分けられてるの? 僕にはさっきの[ウィンド]と[ゲイル]はどちらも同じに思えるんだけど」




 二つの魔法を使った身としてはどちらも魔力消費量が同じだった。なので、発現した魔法の強さによって魔法の名前が変わると思ったのだがこの世界にその強さの基準、風速などを測る道具などは無いと思う。そのような魔道具があれば別だが。
 だからどのような基準でそれぞれの魔法が区分けされているのか気になった。




「それは風の強さによって分けられております。[ウィンド]はそよ風、[ゲイル]は強風、さらに強い風だと[ストーム]などがございます」




「……え? それだけ? もっと、こう……具体的な基準はないの?」




「これだけですが……。坊ちゃまは不思議なことを仰いますね」




 え!? そんな不思議な事なの、これ!? 
 内心驚愕し、信じられない気持ちになる。
 ハッキリとした基準を知りたいと思うのは普通の事だと思っていたからだ。
 ……しかしサーシャの顔を見る限り、本当にそう思っているみたいだ。マジか……。




「着きました。どうぞ、坊ちゃま」




 サーシャとそんな話をしていると食堂についた。
 彼女が扉を開けてくれたので食堂に足を踏み入れる。食堂全体に広がっているのか、入り口にまで美味しそうな匂いが漂ってきている。そしてテーブルに目を向けるとアンナが用意してくれた朝食が既に用意されていた。白いパンに塩こしょうが適度にかかった目玉焼き、肉汁をたっぷり含んでいそうなソーセージにカリカリに焼けたベーコンがそれぞれお皿に乗っている。ちなみにアンナだけ二人前である。




「坊ちゃま、サーシャさん、早朝訓練お疲れさまです! 早速ご飯にしましょう!」




 アンナが早くも僕の席の椅子を下げて待ってくれている。その心遣いに感謝をしつつ席に座る。この役目も昨日まではサーシャがしていたのでなんだか新鮮な気持ちになるな。
 そしてメイド二人が目の前の席に着いたのを確認して口を開く。




「それじゃあ食べようか」




 心の中で(いただきます)と言い、パンを一口サイズに千切って食べる。
 ここではどうやら日本のような食事前の挨拶は無いらしい。なので変に思われない為にも毎朝こうして二人に合わせている。




「サーシャさん、坊ちゃまの魔法の訓練はどうですか?」




 しばらく食べ進めているとアンナがサーシャにそんな質問をした。僕もサーシャからどのように思われているか気になるので、そちらに顔を向ける。




「……順調よ。でも、順調すぎて困るくらい順調なのよ……」




 するとサーシャが、何故かため息を吐きそうな顔でそう言った。
 どういうことだ? 順調なら困ることなんて無いはずだ? 何に困っているんだろう? 僕、何かしたかな?




「どういうことですか?」




 アンナも僕と同じように思ったのかサーシャにそう尋ねた。 
 するとサーシャは数秒考えた様子を見せた後、遠い目をしながらもこう答えた。




「そうね……。当初予定していた訓練の内、既に一週間分を終えた、といったら分かるかしら」




「「はぁ!?」」




 サーシャの驚きの発言に、僕とアンナの声が重なった。アンナは思わず、といった様子で立ち上がった。が、そんなことを気にする素振りは見せず、サーシャを問い詰めにかかった。




「ど、どういうことですか、サーシャさん!? 昨日二人で坊ちゃまの訓練内容を決めたばかりじゃないですか! それが、まだ訓練が始まって三十分も経っていないのに! どういうことですか!?」




「僕まだ何も教わってないよ! 新しく使えるようになった魔法なんて四つだけだよ!? それだけで一週間分っておかしいよ!?」




 僕もアンナに便乗する形でサーシャを問い詰める。だってあれだけで一週間分って明らかにおかしい。




「ほら、坊ちゃまもこう仰ってますよ! まだ四つしか習ってないって……はぁ!? 四つ!? 坊ちゃま、今四つと仰いましたか!?」




「え、うん。四つだよ?」




 途中まで一緒にサーシャを問いつめていたのに、どういうわけかアンナが途中で首をグリンとこちらに向けてそう聞いてきた。凄い速度でこっちを向いてきたけど、首、大丈夫かな。
 そんな僕の心配などつゆ知らず、彼女は矛先を僕に変え、質問してきた。




「そ、その、新しく習った魔法というのを教えてもらってもいいですか?」




「えっと、[アース]に[ウォーター]、それに[ファイアー]と[ウィンド]だよ。あ、あと[ゲイル]も出来るようになったんだった。四つじゃなくて、全部で五つだね」




 そう答えた途端、アンナが口を開けたまま固まった。そしてそんなアンナを共感するような目で見るサーシャ。だから、そんなに驚くことなの?

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