隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
17話 魔道具と魔法陣
魔法陣から浮かび上がった[ライト]は色が違うだけで、他は僕らが使う魔法と一緒のように見える。この色も魔法を使う際のイメージで自由に変えられるので、やはり普通の魔法と区別がつかない。
「これって魔法で出した[ライト]と違いがあるの?」
「色々とありますよ。主な違いは、発現させた魔法の維持に使う魔力が必要な事ですね。私達が使っている放出系の魔法は一度魔法を発現させれば、自分の制御下にある限り魔力を消費する事はありません。もっとも、内包系の魔法は時間とともに魔力を消費しますが」
そう言われて[ライト]を使ったときを思い出す。確かに維持に魔力は使わないな。言われて初めて気付いたよ。
「魔道具では維持に必要な魔力はこの魔石の魔力を使います」
「へー。これが魔石かぁ」
そう言ってサーシャが指したのは魔法陣の中心。そこには魔石入れと呼ばれる鉄の小さな円柱がはめ込まれており、その中には真っ黒で球体の物体がいくつか入っていた。
これが魔石か。初めて見たな。
魔石とは魔物と呼ばれる生物の体内に存在する石であり、種族や個体ごとに違いはあるが沢山の魔力を有している。そのため主に魔道具の動力源として使われる。
また魔物は膨大な種族が存在しており、一見しただけで魔物か普通の動物かどうか判別出来ない場合が殆どである。そのため魔石を有するか有さないかで魔物かどうかを判別している。
「魔石は基本的には黒色です。ですが内包している魔力に応じてその大きさが変化します。魔石を魔道具の燃料にすると内包されている魔力が減っていくため小さくなり、完全に無くなった時、消滅します」
確かにジーッと見つめているとだんだん小さくなっていくのが…………分からなかった。
「この大きさだと、あとどの位[ライト]を付けっぱなしに出来るの?」
未使用の魔石の大きさを知らないので、今までどれだけこの[ライト]が使われていたのか分からんな。ちなみに今の魔石の大きさは大人の親指くらいの大きさだ。
「……申し訳ありませんが、存じ上げません」
……まぁ、何でも知ってる人なんていないか。
「なら、これって今までどれくらい使ったの?」
「全く使っていません。新品ですよ」
「え……」
絶句。
なんで意味ない所に置いとくやつが新品なんだよ!
「……これってお金の無駄遣い……あ」
「? どうしました?」
この世界にはお金ってあるのだろうか。
『記憶』にはないから自身がない。
魔力で払うとかどれだけ面白い一発芸を披露するか、とかだとこの世界に馴染めるか不安になる。
こうなったら、どんな意味にでも取れるように曖昧な言葉で聞いてみるか。
「これってどれくらいしたの?」
この聞き方で大丈夫かな……。
自分なりに最適な聞き方をしたつもりだが、どうしても不安になる。
「確か……12000、いや11000ミラだったと思います」
「なるほど」
さも納得したように鷹揚に頷いて見せたけどその価値が全くわからん!
た、多分貨幣経済だよね? ミラって円とかドルとかユーロとかペソみたいな単位の名前だよね? 
いかん。見栄を張りすぎた。冷や汗が止まらんぞ。
その時、僕の頭に天啓といっても過言ではない考えが閃いた。
「思ったより安いんだね」
キタコレ!! 
サーシャも安いと思っていたら僕の考えに同意するだろうし、違っていたら何かしら否定的な言葉や反応が帰ってくるはず! これでこのランプの大体の価値が分かる!
さてさて、サーシャの様子は……
「……」
おおっと! まさかの無言、無表情!
何にも反応が帰ってこない!
 いやこの表情は呆れてるのか?
やっべー。これはどっちだ。どっちなんだ!?
「坊ちゃまはどれくらいの値段だと思ったのですか?」
こ、これは予想してなかった!
まさかの質問で帰ってくるとは!
や、やっべー。どうする? どうする!?
いや、待て。落ち着いて考えるんだ。深呼吸をして一旦落ち着くんだ。
ヒーヒーフー、ヒーヒーフー……ってこれじゃない! 赤ちゃん産んでどうするんだ!
ステイクール、ステイクール。
深呼吸してステイクール。
スーハー、スーハー。
よし、落ち着いたな。
ならばこの状況を打破する一手を考えるんだ。
……ヒーヒーフーはラマーズ法。
違う! そうじゃない! 雑念はどっか行け!
まずこれまでの話の流れ、そして先程のサーシャの言から何かヒントを考えるんだ!
サーシャはどれくらいの値段と言っていた。ということはこの国では貨幣経済が使われていることは確定だな。
ならば後は簡単だ。11000ミラよりも高い金額を適当に言えばいい。
フッ。なぜ僕はこんな簡単な事にいちいち動揺していたんだ。
後は今の動揺を悟られないようにサーシャの方に向いて、低めの声、決め顔。
これで完璧だ。
「100万ミラ」
ぎゃあああああ!
やらかしたぁぁぁ!
何だよ100万って!
かっこつけて何言ってるんだよ!
高いにも程があるでしょうが!
さ、サーシャの反応は?
「……」
オゥ……。また無表情ですか。僕とサーシャの温度差が凄いな。
なんか一人でバカやってたみたいじゃん。
……あれ? 何も間違ってないな。
「[ライト]を消す時はもう一度この魔法陣に魔力を注いでください」
「……はい」
後から聞いたがどうやらお金の価値は前世の世界と殆ど同じみたいだ。一ミラ=一円。わかりやすくていいね。
◇◆◇◆◇◆
今日は何時もより早く目が覚めた。
まだまだアンナが庭に出て、早朝訓練の用意をするまで時間が有るだろうから、台所の入り口で彼女を待っておこう。
パパッと着替えをすませ部屋を出る。
何時もよりも余裕があるからか今日は視野が広くなったように感じる。そのおかげで普段見ている物の中から、新たな発見がいくつかあった。
例えば廊下。
床、壁は共に白に塗られた木製。これは木造の家だから当たり前か。
光源は半ば壁に埋もれるように立っている半透明の柱だ。昨日の魔道ランプと光方が似ているからあれも魔道具なのだろう。
そして匂い。
お肉を焼いた時特有のお腹を空かせる匂い。
これは毎朝嗅いでるから関係ないか。
他には……あぁ、そういえばこの音に慣れきってしまったが、前世ではあまり聞いたことがなかったな。
カツ、カツ、カツ、カツ……
家の中用の靴の音だ。この家では外靴とスリッパのように家の外と中で二種類の履き物がある。僕はこの中用の靴を、形は似ていないが、勝手に下駄と呼んでいる。
この下駄は下駄の名に相応しく木製で出来ており、歩く度に音が鳴る。
個人的にこの下駄は気に入っている。
台所の入り口に着いた。朝ご飯のいい匂いがする。サーシャとアンナが朝ご飯を作っているのだろう。
そーっと扉を開け中を覗く。
そこでは予想通りサーシャとアンナが料理をしていた。
サーシャがフライパンのような物を持って、横長の箱の前に立っている。
彼女がそれに手をかざすと、そこから赤い炎が立ち上がった。
なるほど。あれはコンロか。魔道コンロだな。
魔道コンロを見ていると気になることが出来たので、このままアンナを待たずに急遽予定を変更する。
◇◆◇◆◇◆
「うーん……。マジかぁ……」
太陽が徐々に顔を出してきた頃、僕は庭で腕を組みながら家の全体を眺めていた。
この世界で過ごしたこれまでの記憶と今日改めてじっくりと身の回りを観察した結果、少なくともこの家には電気が無いことが判明した。いや、電気だけじゃなくガスも無いな。電線やガス管、プロパンガスを入れるボンベのような物が一切無かった。水道も無かったが、水は家と庭の境目にある井戸を使っているのだろう。それ以外の水原は見つからなかった。
何が言いたいかというと、恐らくこの家の生活は魔法で成り立っている。前世の世界で言うライフラインが無いのだ。その代わりに魔法や魔道具が使われている。
サーシャとアンナが朝ご飯を作る様子を隠れて見ていたとき、サーシャが魔道コンロを使って火を付けていた。それだけ見れば、この家では魔法や魔道具に頼った生活をしているとすぐに分かった。火、熱は一定以上のレベルで生活する上で欠かせないものだからだ。
「あ、坊ちゃま。おはようございます!」
思わぬ事実に愕然としていると、元気な声が聞こえてきた。アンナだ。
「おはよう。じゃあ早速始めようか!」
気になる事は多々あるが考えるのは止めて、今は走ることに集中しよう。
◇◆◇◆◇◆
空が少し赤みがかっているのが窓から見える。綺麗な夕焼け空だな。
部屋の中にサーシャの声が響きわたる。
「ではこれで今日の訓練は終了です。お疲れさまでした」
「おつかれー」
アンナの訓練を終えてから魔道具のことについて尋ねたのだが、サーシャの方が説明が上手だからサーシャに聞くように言われた。
それならば先にやることを済ませてしまおうと思い、サーシャの訓練を早めに初めてもらった。
そして今、ようやく今日のメニューが全て終わった。余った時間は魔法を使って魔力量を増やしたいが、今は魔道具の話を聞きたい。
「サーシャ、魔道具について色々教えてよ」
「色々と言われましても……。坊ちゃまは魔道具についてどんなことを知りたいのですか?」
おっと。質問の仕方が悪かったな。
気持ち的には魔道具について全て教えてほしいのだが、今一番気になっていることは……
「魔法陣について知りたい」
昨日から密かに気になっていたことを訊く。
昨日は聞きそびれちゃったからね。
「……魔法陣ですか。そうですね……では軽く説明しましょう。魔法陣とは人類が扱う魔法を自身の魔力を殆ど使わずに発現させることを目的として開発されたのではないかと言われています」
開発されたのではないか、か。
何で疑問形なんだ?
そんな思いが僕の顔に出ていたのかすぐさまサーシャが説明してくれた。
「少し話が変わりますが、魔法陣が使われている道具は総じて魔道具と呼ばれています。そして私達が使っている全ての魔道具は、かつて栄え、そして滅びてしまった文明の跡地から発掘されたものの模造品です」
「全部が模造品? 一つぐらいオリジナルはないの?」
「ありません。もちろん魔道具が見つかってから今日まで、魔法陣の研究は長い時間をかけて行われてきました。そして沢山の人々がオリジナルの魔道具を作り出そうとしてきました。ですが研究は殆ど進まず、誰一人オリジナルの魔道具を作り出すことに成功した者はおりません」
サーシャはキッパリと断言した。そこまで確信を持って言い切るなら本当の事なんだろう。
古代文明優秀すぎだろ。
そんな感想は置いといて、今は他に言うべきことがある。
「そんな謎だらけの物をよく平気で使っているね……」
もしかしたら僕の部屋の隅に置いている魔道ランプが、何かの拍子に突然爆発するかも知れない。
そう考えるとあれには近づきたくないな。
僕はそんな死に方したくないぞ。
死に方うんぬんより、そもそもこれ以上死にたくないのだが……。
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。先程言ったように魔道具の研究は膨大な時間をかけて行われてきました。その中で危険物認定された魔道具は全て排除されてきましたから」
「……研究は殆ど進んでないのに危険な魔道具は排除されたの?」
なんか色々矛盾してる気がするのだが……。
「そうです。どのような目的で作られた魔道具か分からなくても、実際に使ってみたら大抵分かりますから」
「……無茶苦茶だね。もし爆発する類の魔道具とかだったら即死じゃん」
「そうですよ。実際にこの方法を試し、爆発に巻き込まれ亡くなった研究者は沢山います。それに坊ちゃまはご存知無いようですが、一番重い刑罰は魔道具実験刑と言って、未知の魔道具を使わせるという危険な役目をさせる刑です」
既に死者が出ていたのか。
しかも実質死刑と同じ扱いの刑罰になる程危険だって認知されているのか。
「そんなに危険だって分かっているならどうしてまだ研究を続けてるの? 一から別の魔道具を作ればいいじゃん」
「坊ちゃまが仰る通り、その試みは過去に何度か行われてきました。ですが完成した物はどれも一般に普及している魔道具よりも性能が数段落ち、魔力を使わない物しか出来ないので、今ではその試みは行われておりません」
魔力を使わない物。つまり普通の道具の事か。
「魔道具が便利すぎて、新しく作った魔力を使わない道具は全て淘汰されたってことか」
古代文明凄いな。どんだけ栄えてたんだよ。
逆にそんな文明が何故滅んだのか気になるな。
「話を戻しますが、魔道具の研究が殆ど進まない原因はその魔法陣にあります」
「これって魔法で出した[ライト]と違いがあるの?」
「色々とありますよ。主な違いは、発現させた魔法の維持に使う魔力が必要な事ですね。私達が使っている放出系の魔法は一度魔法を発現させれば、自分の制御下にある限り魔力を消費する事はありません。もっとも、内包系の魔法は時間とともに魔力を消費しますが」
そう言われて[ライト]を使ったときを思い出す。確かに維持に魔力は使わないな。言われて初めて気付いたよ。
「魔道具では維持に必要な魔力はこの魔石の魔力を使います」
「へー。これが魔石かぁ」
そう言ってサーシャが指したのは魔法陣の中心。そこには魔石入れと呼ばれる鉄の小さな円柱がはめ込まれており、その中には真っ黒で球体の物体がいくつか入っていた。
これが魔石か。初めて見たな。
魔石とは魔物と呼ばれる生物の体内に存在する石であり、種族や個体ごとに違いはあるが沢山の魔力を有している。そのため主に魔道具の動力源として使われる。
また魔物は膨大な種族が存在しており、一見しただけで魔物か普通の動物かどうか判別出来ない場合が殆どである。そのため魔石を有するか有さないかで魔物かどうかを判別している。
「魔石は基本的には黒色です。ですが内包している魔力に応じてその大きさが変化します。魔石を魔道具の燃料にすると内包されている魔力が減っていくため小さくなり、完全に無くなった時、消滅します」
確かにジーッと見つめているとだんだん小さくなっていくのが…………分からなかった。
「この大きさだと、あとどの位[ライト]を付けっぱなしに出来るの?」
未使用の魔石の大きさを知らないので、今までどれだけこの[ライト]が使われていたのか分からんな。ちなみに今の魔石の大きさは大人の親指くらいの大きさだ。
「……申し訳ありませんが、存じ上げません」
……まぁ、何でも知ってる人なんていないか。
「なら、これって今までどれくらい使ったの?」
「全く使っていません。新品ですよ」
「え……」
絶句。
なんで意味ない所に置いとくやつが新品なんだよ!
「……これってお金の無駄遣い……あ」
「? どうしました?」
この世界にはお金ってあるのだろうか。
『記憶』にはないから自身がない。
魔力で払うとかどれだけ面白い一発芸を披露するか、とかだとこの世界に馴染めるか不安になる。
こうなったら、どんな意味にでも取れるように曖昧な言葉で聞いてみるか。
「これってどれくらいしたの?」
この聞き方で大丈夫かな……。
自分なりに最適な聞き方をしたつもりだが、どうしても不安になる。
「確か……12000、いや11000ミラだったと思います」
「なるほど」
さも納得したように鷹揚に頷いて見せたけどその価値が全くわからん!
た、多分貨幣経済だよね? ミラって円とかドルとかユーロとかペソみたいな単位の名前だよね? 
いかん。見栄を張りすぎた。冷や汗が止まらんぞ。
その時、僕の頭に天啓といっても過言ではない考えが閃いた。
「思ったより安いんだね」
キタコレ!! 
サーシャも安いと思っていたら僕の考えに同意するだろうし、違っていたら何かしら否定的な言葉や反応が帰ってくるはず! これでこのランプの大体の価値が分かる!
さてさて、サーシャの様子は……
「……」
おおっと! まさかの無言、無表情!
何にも反応が帰ってこない!
 いやこの表情は呆れてるのか?
やっべー。これはどっちだ。どっちなんだ!?
「坊ちゃまはどれくらいの値段だと思ったのですか?」
こ、これは予想してなかった!
まさかの質問で帰ってくるとは!
や、やっべー。どうする? どうする!?
いや、待て。落ち着いて考えるんだ。深呼吸をして一旦落ち着くんだ。
ヒーヒーフー、ヒーヒーフー……ってこれじゃない! 赤ちゃん産んでどうするんだ!
ステイクール、ステイクール。
深呼吸してステイクール。
スーハー、スーハー。
よし、落ち着いたな。
ならばこの状況を打破する一手を考えるんだ。
……ヒーヒーフーはラマーズ法。
違う! そうじゃない! 雑念はどっか行け!
まずこれまでの話の流れ、そして先程のサーシャの言から何かヒントを考えるんだ!
サーシャはどれくらいの値段と言っていた。ということはこの国では貨幣経済が使われていることは確定だな。
ならば後は簡単だ。11000ミラよりも高い金額を適当に言えばいい。
フッ。なぜ僕はこんな簡単な事にいちいち動揺していたんだ。
後は今の動揺を悟られないようにサーシャの方に向いて、低めの声、決め顔。
これで完璧だ。
「100万ミラ」
ぎゃあああああ!
やらかしたぁぁぁ!
何だよ100万って!
かっこつけて何言ってるんだよ!
高いにも程があるでしょうが!
さ、サーシャの反応は?
「……」
オゥ……。また無表情ですか。僕とサーシャの温度差が凄いな。
なんか一人でバカやってたみたいじゃん。
……あれ? 何も間違ってないな。
「[ライト]を消す時はもう一度この魔法陣に魔力を注いでください」
「……はい」
後から聞いたがどうやらお金の価値は前世の世界と殆ど同じみたいだ。一ミラ=一円。わかりやすくていいね。
◇◆◇◆◇◆
今日は何時もより早く目が覚めた。
まだまだアンナが庭に出て、早朝訓練の用意をするまで時間が有るだろうから、台所の入り口で彼女を待っておこう。
パパッと着替えをすませ部屋を出る。
何時もよりも余裕があるからか今日は視野が広くなったように感じる。そのおかげで普段見ている物の中から、新たな発見がいくつかあった。
例えば廊下。
床、壁は共に白に塗られた木製。これは木造の家だから当たり前か。
光源は半ば壁に埋もれるように立っている半透明の柱だ。昨日の魔道ランプと光方が似ているからあれも魔道具なのだろう。
そして匂い。
お肉を焼いた時特有のお腹を空かせる匂い。
これは毎朝嗅いでるから関係ないか。
他には……あぁ、そういえばこの音に慣れきってしまったが、前世ではあまり聞いたことがなかったな。
カツ、カツ、カツ、カツ……
家の中用の靴の音だ。この家では外靴とスリッパのように家の外と中で二種類の履き物がある。僕はこの中用の靴を、形は似ていないが、勝手に下駄と呼んでいる。
この下駄は下駄の名に相応しく木製で出来ており、歩く度に音が鳴る。
個人的にこの下駄は気に入っている。
台所の入り口に着いた。朝ご飯のいい匂いがする。サーシャとアンナが朝ご飯を作っているのだろう。
そーっと扉を開け中を覗く。
そこでは予想通りサーシャとアンナが料理をしていた。
サーシャがフライパンのような物を持って、横長の箱の前に立っている。
彼女がそれに手をかざすと、そこから赤い炎が立ち上がった。
なるほど。あれはコンロか。魔道コンロだな。
魔道コンロを見ていると気になることが出来たので、このままアンナを待たずに急遽予定を変更する。
◇◆◇◆◇◆
「うーん……。マジかぁ……」
太陽が徐々に顔を出してきた頃、僕は庭で腕を組みながら家の全体を眺めていた。
この世界で過ごしたこれまでの記憶と今日改めてじっくりと身の回りを観察した結果、少なくともこの家には電気が無いことが判明した。いや、電気だけじゃなくガスも無いな。電線やガス管、プロパンガスを入れるボンベのような物が一切無かった。水道も無かったが、水は家と庭の境目にある井戸を使っているのだろう。それ以外の水原は見つからなかった。
何が言いたいかというと、恐らくこの家の生活は魔法で成り立っている。前世の世界で言うライフラインが無いのだ。その代わりに魔法や魔道具が使われている。
サーシャとアンナが朝ご飯を作る様子を隠れて見ていたとき、サーシャが魔道コンロを使って火を付けていた。それだけ見れば、この家では魔法や魔道具に頼った生活をしているとすぐに分かった。火、熱は一定以上のレベルで生活する上で欠かせないものだからだ。
「あ、坊ちゃま。おはようございます!」
思わぬ事実に愕然としていると、元気な声が聞こえてきた。アンナだ。
「おはよう。じゃあ早速始めようか!」
気になる事は多々あるが考えるのは止めて、今は走ることに集中しよう。
◇◆◇◆◇◆
空が少し赤みがかっているのが窓から見える。綺麗な夕焼け空だな。
部屋の中にサーシャの声が響きわたる。
「ではこれで今日の訓練は終了です。お疲れさまでした」
「おつかれー」
アンナの訓練を終えてから魔道具のことについて尋ねたのだが、サーシャの方が説明が上手だからサーシャに聞くように言われた。
それならば先にやることを済ませてしまおうと思い、サーシャの訓練を早めに初めてもらった。
そして今、ようやく今日のメニューが全て終わった。余った時間は魔法を使って魔力量を増やしたいが、今は魔道具の話を聞きたい。
「サーシャ、魔道具について色々教えてよ」
「色々と言われましても……。坊ちゃまは魔道具についてどんなことを知りたいのですか?」
おっと。質問の仕方が悪かったな。
気持ち的には魔道具について全て教えてほしいのだが、今一番気になっていることは……
「魔法陣について知りたい」
昨日から密かに気になっていたことを訊く。
昨日は聞きそびれちゃったからね。
「……魔法陣ですか。そうですね……では軽く説明しましょう。魔法陣とは人類が扱う魔法を自身の魔力を殆ど使わずに発現させることを目的として開発されたのではないかと言われています」
開発されたのではないか、か。
何で疑問形なんだ?
そんな思いが僕の顔に出ていたのかすぐさまサーシャが説明してくれた。
「少し話が変わりますが、魔法陣が使われている道具は総じて魔道具と呼ばれています。そして私達が使っている全ての魔道具は、かつて栄え、そして滅びてしまった文明の跡地から発掘されたものの模造品です」
「全部が模造品? 一つぐらいオリジナルはないの?」
「ありません。もちろん魔道具が見つかってから今日まで、魔法陣の研究は長い時間をかけて行われてきました。そして沢山の人々がオリジナルの魔道具を作り出そうとしてきました。ですが研究は殆ど進まず、誰一人オリジナルの魔道具を作り出すことに成功した者はおりません」
サーシャはキッパリと断言した。そこまで確信を持って言い切るなら本当の事なんだろう。
古代文明優秀すぎだろ。
そんな感想は置いといて、今は他に言うべきことがある。
「そんな謎だらけの物をよく平気で使っているね……」
もしかしたら僕の部屋の隅に置いている魔道ランプが、何かの拍子に突然爆発するかも知れない。
そう考えるとあれには近づきたくないな。
僕はそんな死に方したくないぞ。
死に方うんぬんより、そもそもこれ以上死にたくないのだが……。
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。先程言ったように魔道具の研究は膨大な時間をかけて行われてきました。その中で危険物認定された魔道具は全て排除されてきましたから」
「……研究は殆ど進んでないのに危険な魔道具は排除されたの?」
なんか色々矛盾してる気がするのだが……。
「そうです。どのような目的で作られた魔道具か分からなくても、実際に使ってみたら大抵分かりますから」
「……無茶苦茶だね。もし爆発する類の魔道具とかだったら即死じゃん」
「そうですよ。実際にこの方法を試し、爆発に巻き込まれ亡くなった研究者は沢山います。それに坊ちゃまはご存知無いようですが、一番重い刑罰は魔道具実験刑と言って、未知の魔道具を使わせるという危険な役目をさせる刑です」
既に死者が出ていたのか。
しかも実質死刑と同じ扱いの刑罰になる程危険だって認知されているのか。
「そんなに危険だって分かっているならどうしてまだ研究を続けてるの? 一から別の魔道具を作ればいいじゃん」
「坊ちゃまが仰る通り、その試みは過去に何度か行われてきました。ですが完成した物はどれも一般に普及している魔道具よりも性能が数段落ち、魔力を使わない物しか出来ないので、今ではその試みは行われておりません」
魔力を使わない物。つまり普通の道具の事か。
「魔道具が便利すぎて、新しく作った魔力を使わない道具は全て淘汰されたってことか」
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