隻眼の英雄~魔道具を作ることに成功しました~
10話 無抵抗と才能
「今日の訓練はこの二つの原因を克服するための訓練です。まずは一つ目の『魔力が動かせない』という認識を改めるための訓練をします」
「昨日は結構頑張ったんだけどそれでも動かせなかったんだよね……」
少しやさぐれてるとサーシャが微笑み、フォローしてきた。
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。これから行う訓練をすれば、必ずこの原因は取り除かれますから」
サーシャが余りにも自信たっぷりにそう言い切るので、その勢いに負けて納得してしまう。
「まず魔力を動かせるようになるためには具体的に魔力が動く様子をイメージする事です」
「けど、さっきはそれも出来ていないって言ってなかった?」
「言いましたね。ですが、坊ちゃまのような荒療治組でも簡単にイメージ出来る魔力の動きがあるではないですか」
そう言いながらサーシャが僕の右手を取ってきた。サーシャのこの、ごく自然に僕の右手をとる動きを見て、昨日の光景がフラッシュバックする。
「ね、ねぇ。それってまたやらないとダメなの?」
僕が恐々としながらサーシャに尋ねると、彼女は笑顔でこう言ってきた。
「はい。より具体的にイメージするには、何回も魔力の動きを感じる事が大切ですから」
そう言い切った直後、再びあの気持ち悪い感覚が僕を襲った。
◇◆◇◆◇◆
「ハァ、ハァ、ハァ……」
乱れた服装、荒い息、そして滝のように流れる汗。
「どうですか? 坊ちゃま」
そんな様子の僕を笑顔で見下ろしているサーシャ。
「……ここまでする必要はなかったよね?」
魔力を流されては絶叫し、また流されては絶叫し、そしてまたまた流されては絶叫し……。
この繰り返しを、もうかれこれ2時間は繰り返した。
勿論、最初は僕も必死になって抵抗していた。しかし午前の訓練の疲れが残っていたのか、時間が経つにつれ抵抗する気力も体力も無くなっていった。最終的に床に転がり無抵抗になったところを、サーシャに嬉々としていじめられて今に至る。
「安心してください、坊ちゃま。魔力中毒にならないギリギリの量を見極めて流しましたので」
彼女が少しドヤ顔をしてそう言ってきた。
むしろそうしてくれないと困る。
ちなみに流し込まれた魔力は時間を置けば体外に出されるので、少し間を空けながら魔力を流し込めば魔力中毒にはならないらしい。
「いや、僕がいいたいのは魔力中毒になるから止めてって意味じゃなくて、無抵抗の僕に延々と魔力を流し込んだ事について言ってるんだよ」
「あぁ、なるほど。その事でしたか。ですが、あれだけ魔力を流し込めば少しは魔力の動きを感じられたのではないですか?」
「まぁ、確かに嫌という程流し込まれたからある程度は魔力の動きが掴めたけど……」
「では早速、魔力を動かしてみましょうか。外から魔力が注入された時の、坊ちゃまの魔力の動きを思いだして下さい」
「わかったよ……」
若干憮然としたまま、言われた通りに先程、何回も感じた防衛本能による僕の魔力の動きを思い出す。
「ただ漠然とイメージをするのではなく、出来る限り具体的に思い出して下さい」
出来る限り具体的に、かぁ。
サーシャの魔力が入ってきた直後の、僕の魔力の動き。
少しひんやりしたサーシャの魔力が右腕をスルスルと登ってくる。それに反応して僕の暖かい魔力が、心臓から触手を伸ばすようにして、入ってきた魔力を体から追い出した。この触手のような動きを真似ればいいんだ。
「触手触手触手触手触手……」
あのグニグニした動き。サーシャの魔力に巻きついて外に放り出すようなあの動き。あの動きをイメージするんだ……。
集中力が極限まで高まり、ひたすらにイメージをしていると、自分の魔力がピクッと動いたのを確かに感じた。なるほど。この感覚か、魔力を動かすっていうのは。なら、さっきと同じようにすれば……あれ? 動いたか? いや、動くはずだ。あの動きを思い出すんだ。もっと具体的に思い出すんだ!
そして、始めてから何分経過したか分からなくなった頃。
ついにその時が来た。
「おっ!」
動いた!! よし! そのまま伸びろ! 触手のように伸びろ! あの動きをするんだ!
するとゆっくりとだが、僕が頭の中で描いていた通りに動き出した。
「やった!!」
時間は掛かったものの初めて自分の意志で魔力を動かすことができた。
その事が嬉しすぎてサーシャに報告しようと思い、バッと勢い良く顔を彼女がいる方へ向ける。
だが……
「あぁ!?」
「どうされました? 坊ちゃま」
僕の急激な様子の変化に戸惑ったようにサーシャが聞いてくる。
「……魔力をゆっくりとだけど動かせたんだよ。それで、嬉しすぎてその事をサーシャに言おうと思った瞬間に……元に戻っちゃった……」
凄まじくゆっくりとした動きではあったが、確かに動かせたんだ。けどサーシャの方に顔を向けた時、一瞬気を抜いてしまった。その僅かな時間で、動かせた魔力がすぐにゴムのように戻ってしまったんだ……。
その事を落ち込みながら話していると何故かサーシャは驚いたような顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ、まさかこんな短時間で魔力を動かせるようになるなんて思っていなかったので……」
「……え? どういうこと?」
どうやらサーシャ曰わく、ここまでできるのに普通は3日から5日かかるらしい。
そのことを説明しながら、サーシャはだんだんと興奮してきたみたいだ。
「ですが坊ちゃまは、たった2時間でそれを成し遂げたのです! こんな事は聞いたことがありません! 短時間に普通よりも大量に魔力を流されたとはいえ、これだけの時間でそこまでできるようになるとは! 凄いですよ坊ちゃま!」
「そ、そうなんだ……」
素直に喜びたいけど、こんなにも興奮しているサーシャは見たことがない。そのため、嬉しさよりも困惑の方が大きい。何時もクールでちょっぴりSな人が、今はブンブン両腕を振ってアグレッシブに喋ってるよ。
というかやっぱり普通より大量の魔力を流してたんだね……。
この勢いでまだまだ喋り続けそうだったので、一旦落ち着いてもらおう。
◇◆◇◆◇◆
「落ち着いた?」
「……はい。情けない姿をお見せしてしまい申し訳ありません……」
サーシャがこれまた珍しくズーンと落ち込んでいる。どうやら、興奮した様子を見られたのが恥ずかしかったのではなく、六歳時に冷静に落ち着かされた事に対してショックを受けているらしい。
……その気持ちはよくわかるよ。ホントに。僕もサーシャの立場だったらそうなるよ。ドンマイ。
密かにサーシャの心境に共感していると、彼女は両手で自分の頬をペチペチと叩いた。どうやら気持ちを入れ替えたようだ。
「坊ちゃま。先程も言いましたが、僅かでも魔力を動かせるようになるのは早くて3日、遅くても5日掛かると言われています。ですがこれに当てはまらない例があります」
「あ、そうなんだ」
それなら、サーシャがあそこまで興奮して『凄い、凄い』って連呼しなくても良かったのでは?
「しかし、それらを含めてもたった二時間で魔力を動かせるようになるなど聞いたことがありません。最短でも1日半と言われていましたので」
「……そんなに違うの? えっと、僕が2時間に対して1日半は……あれ? 何時間だ?」
「1日半は36時間ですよ、坊ちゃま」
「あ、あぁ。そうだったね、うん。ありがとう」
1日半で36時間なのか。なら前世の世界と同じく1日は24時間か。こんな事も『記憶』にないから呆れて何もいえないよ……。
それより、
「ということは34時間も差があるのか。断トツじゃん! 僕凄いな!!」
これだけ差が空いてたら、サーシャがあそこまで興奮するのは頷ける。なので自分を誉めても罰は当たるまい。
……あ。サーシャが冷静な顔でこちらを見てる。うん。ごめんね。さっきと真逆の状態だね。
するとサーシャがポツリと一言。
「あの坊ちゃまが引き算を……!?」
え、そっち!? そっちに驚いてたの!? しかも真顔!?
《自分が興奮していた時は冷静に落ち着かせてたのにその凄さがわかったら興奮するとか、なにそれ?》みたいな事を考えてたんじゃないの!?
「……話を続けて大丈夫ですか?」
「……どうぞ」
それでも何事もなかったかのように冷静に話しかけてきた。
……少し恥ずかしいな。
「先程言った例外の人達は皆ある共通点を持っています。それが何か分かりますか?」
「イケメン」
「そうです。例外の人達は皆、卓越した魔力感知の才能があったのです」
クッ……。この恥ずかしい空気を少しでも和らげようと冗談を言ったのが裏目に出たみたいだ……! 余計に恥ずかしいわ!
しかしそれでも何もなかったかのようにサーシャは説明を続ける。
「この事から魔力をより明確に感じれば感じる程、魔力を上手く扱えるようになると言われています。つまり魔力操作を覚えたばかりの子供よりも、長年魔力感知を磨き続けた老人の方が魔力操作の技量は遥かに高いのです」
ちなみに、と彼女は付け加える。
「これは余談なのですが、いくら魔力感知に長けているとはいえ、魔力を完璧に感じることは出来ないと言われています」
「え? なんで?」
魔力感知を磨き続けたらいつか出来そうだけど……。
「魔力感知を磨き上げ、自分の全ての魔力だけでなく、他人が発した僅かな魔力も感じ取る事が出来るようになった人はたくさんいます」
彼女はですが、と更に続ける。
「魔力を完璧に感じるということは、生物の魔力だけでなく空気中の魔力も感じ取れるようになるということです。当然ですが、これは生きている時間が長くなるにつれ、難易度が増していきます。普段から慣れ親しんでいる空気から魔力を探す事なんて、誰にも出来ませんからね」
……あれ?
それってこの世界の空気に完全に馴染んでしまっているから、空気中の魔力が分からないって事だよね?
なら、この世界の空気で呼吸を始めたばかりの僕なら分かるんじゃないか!?
スゥーーーーハァーースゥーーーーハァーー
…………全く分からんわ!
わぁ。空気が美味しいなぁ。くらいの感想しか言えないよ!
そりゃ前世は都会に住んでたから、汚い空気には慣れてるよ?
そのおかげで確かにこの世界の空気は凄い美味しいって感じる。
でもさ、日本の山奥の田舎の空気とこの世界の空気を比べてって言われたら、『どっちも同じじゃね?』としか言えない自信しかない!
そんな利きワインならぬ、利き空気は僕にとって難易度エベレスト級なんだよ。
それ以前にこの体になってから殆ど全てが違っているから、1日経った今でもまだ違和感がある。なにせ、もやしからブーちゃんに転生したせいで体の動かす感覚が全く違うからね……。
走った時にお腹と胸の脂肪が上下にブルンブルン揺れたり、歩いても無いのにポタポタと汗をかいたり、足下が見えないから少し先の足下を注意してソロソロと歩かないと転けるし……。こんな事、前世の体では経験したことが無かったから違和感しか無いのも当たり前なのだが……。
それに心臓に魔力があるって事も知らなかったから、胸が熱かったのも脂肪のせいだと思ってたし……。
 閑話休題
「どうでしたか? 空気中の魔力は感じとれました?」
「いや、分からなかったよ。でも、一つだけ気づいたことがあるんだ」
僕の言葉に興味が湧いたのか続きを待つサーシャ。そんなサーシャに恐らくこの世界で僕しか分からないだろう事実を伝える。
「空気が美味しい」
そう言った瞬間、サーシャは急に心配そうな顔をした。
いや、これはホントだから。
ホントにここの空気は美味しいから。
だから僕の頭をじっくりと見ないで……。
昨日の傷はもう治ってるから。
あ、それでも魔法をかけるんですね?
え? これでもう大丈夫って?
えぇ、そうでしょうね。
僕は最初から正常ですから。
……あの、なんで信じてくれないの?
◇◆◇◆◇◆
  一通り僕の頭を調べて満足したのか、サーシャが脱線する前の説明の続きを話し始めた。
「これらのことから、坊ちゃまは例外の中でも更に例外と言っても良いほど魔力感知の才能に溢れているのでしょう」
「……そうなんだ」
そう言われて、僕は急に居心地が悪くなった。
「あら? なんだか急に元気が無くなりましたね。大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫だよ」
魔力感知の才能に溢れている、か。
僕は魔力感知の才能なんかがあるわけじゃない。前世の魔力の無い体からこの体に転生した事により、差異を簡単に見つけ出すことができた。おそらく、そのおかげで魔力感知の技量が高いにすぎない。
だから才能があると言われてもあまり嬉しくない。なんだかズルをしているみたいだから。
サーシャは僕の様子が急に変わったことを訝しんでいたが、僕が何も話さないことを察したのか、それ以上何も言ってこなかった。
「ではこれから二時間は先程と同じイメージで魔力を動かし続けて下さい。私は二時間が経過する頃に戻って参りますので」
彼女はそう言い残して部屋から出て行った。
僕も椅子に座る。
……いつまでも辛気臭い顔をしててもダメだな。
気持ちを切り換えるために両頬をペチペチ叩く。
「よし! やるか!」
「昨日は結構頑張ったんだけどそれでも動かせなかったんだよね……」
少しやさぐれてるとサーシャが微笑み、フォローしてきた。
「大丈夫ですよ、坊ちゃま。これから行う訓練をすれば、必ずこの原因は取り除かれますから」
サーシャが余りにも自信たっぷりにそう言い切るので、その勢いに負けて納得してしまう。
「まず魔力を動かせるようになるためには具体的に魔力が動く様子をイメージする事です」
「けど、さっきはそれも出来ていないって言ってなかった?」
「言いましたね。ですが、坊ちゃまのような荒療治組でも簡単にイメージ出来る魔力の動きがあるではないですか」
そう言いながらサーシャが僕の右手を取ってきた。サーシャのこの、ごく自然に僕の右手をとる動きを見て、昨日の光景がフラッシュバックする。
「ね、ねぇ。それってまたやらないとダメなの?」
僕が恐々としながらサーシャに尋ねると、彼女は笑顔でこう言ってきた。
「はい。より具体的にイメージするには、何回も魔力の動きを感じる事が大切ですから」
そう言い切った直後、再びあの気持ち悪い感覚が僕を襲った。
◇◆◇◆◇◆
「ハァ、ハァ、ハァ……」
乱れた服装、荒い息、そして滝のように流れる汗。
「どうですか? 坊ちゃま」
そんな様子の僕を笑顔で見下ろしているサーシャ。
「……ここまでする必要はなかったよね?」
魔力を流されては絶叫し、また流されては絶叫し、そしてまたまた流されては絶叫し……。
この繰り返しを、もうかれこれ2時間は繰り返した。
勿論、最初は僕も必死になって抵抗していた。しかし午前の訓練の疲れが残っていたのか、時間が経つにつれ抵抗する気力も体力も無くなっていった。最終的に床に転がり無抵抗になったところを、サーシャに嬉々としていじめられて今に至る。
「安心してください、坊ちゃま。魔力中毒にならないギリギリの量を見極めて流しましたので」
彼女が少しドヤ顔をしてそう言ってきた。
むしろそうしてくれないと困る。
ちなみに流し込まれた魔力は時間を置けば体外に出されるので、少し間を空けながら魔力を流し込めば魔力中毒にはならないらしい。
「いや、僕がいいたいのは魔力中毒になるから止めてって意味じゃなくて、無抵抗の僕に延々と魔力を流し込んだ事について言ってるんだよ」
「あぁ、なるほど。その事でしたか。ですが、あれだけ魔力を流し込めば少しは魔力の動きを感じられたのではないですか?」
「まぁ、確かに嫌という程流し込まれたからある程度は魔力の動きが掴めたけど……」
「では早速、魔力を動かしてみましょうか。外から魔力が注入された時の、坊ちゃまの魔力の動きを思いだして下さい」
「わかったよ……」
若干憮然としたまま、言われた通りに先程、何回も感じた防衛本能による僕の魔力の動きを思い出す。
「ただ漠然とイメージをするのではなく、出来る限り具体的に思い出して下さい」
出来る限り具体的に、かぁ。
サーシャの魔力が入ってきた直後の、僕の魔力の動き。
少しひんやりしたサーシャの魔力が右腕をスルスルと登ってくる。それに反応して僕の暖かい魔力が、心臓から触手を伸ばすようにして、入ってきた魔力を体から追い出した。この触手のような動きを真似ればいいんだ。
「触手触手触手触手触手……」
あのグニグニした動き。サーシャの魔力に巻きついて外に放り出すようなあの動き。あの動きをイメージするんだ……。
集中力が極限まで高まり、ひたすらにイメージをしていると、自分の魔力がピクッと動いたのを確かに感じた。なるほど。この感覚か、魔力を動かすっていうのは。なら、さっきと同じようにすれば……あれ? 動いたか? いや、動くはずだ。あの動きを思い出すんだ。もっと具体的に思い出すんだ!
そして、始めてから何分経過したか分からなくなった頃。
ついにその時が来た。
「おっ!」
動いた!! よし! そのまま伸びろ! 触手のように伸びろ! あの動きをするんだ!
するとゆっくりとだが、僕が頭の中で描いていた通りに動き出した。
「やった!!」
時間は掛かったものの初めて自分の意志で魔力を動かすことができた。
その事が嬉しすぎてサーシャに報告しようと思い、バッと勢い良く顔を彼女がいる方へ向ける。
だが……
「あぁ!?」
「どうされました? 坊ちゃま」
僕の急激な様子の変化に戸惑ったようにサーシャが聞いてくる。
「……魔力をゆっくりとだけど動かせたんだよ。それで、嬉しすぎてその事をサーシャに言おうと思った瞬間に……元に戻っちゃった……」
凄まじくゆっくりとした動きではあったが、確かに動かせたんだ。けどサーシャの方に顔を向けた時、一瞬気を抜いてしまった。その僅かな時間で、動かせた魔力がすぐにゴムのように戻ってしまったんだ……。
その事を落ち込みながら話していると何故かサーシャは驚いたような顔をしている。
「どうしたの?」
「いえ、まさかこんな短時間で魔力を動かせるようになるなんて思っていなかったので……」
「……え? どういうこと?」
どうやらサーシャ曰わく、ここまでできるのに普通は3日から5日かかるらしい。
そのことを説明しながら、サーシャはだんだんと興奮してきたみたいだ。
「ですが坊ちゃまは、たった2時間でそれを成し遂げたのです! こんな事は聞いたことがありません! 短時間に普通よりも大量に魔力を流されたとはいえ、これだけの時間でそこまでできるようになるとは! 凄いですよ坊ちゃま!」
「そ、そうなんだ……」
素直に喜びたいけど、こんなにも興奮しているサーシャは見たことがない。そのため、嬉しさよりも困惑の方が大きい。何時もクールでちょっぴりSな人が、今はブンブン両腕を振ってアグレッシブに喋ってるよ。
というかやっぱり普通より大量の魔力を流してたんだね……。
この勢いでまだまだ喋り続けそうだったので、一旦落ち着いてもらおう。
◇◆◇◆◇◆
「落ち着いた?」
「……はい。情けない姿をお見せしてしまい申し訳ありません……」
サーシャがこれまた珍しくズーンと落ち込んでいる。どうやら、興奮した様子を見られたのが恥ずかしかったのではなく、六歳時に冷静に落ち着かされた事に対してショックを受けているらしい。
……その気持ちはよくわかるよ。ホントに。僕もサーシャの立場だったらそうなるよ。ドンマイ。
密かにサーシャの心境に共感していると、彼女は両手で自分の頬をペチペチと叩いた。どうやら気持ちを入れ替えたようだ。
「坊ちゃま。先程も言いましたが、僅かでも魔力を動かせるようになるのは早くて3日、遅くても5日掛かると言われています。ですがこれに当てはまらない例があります」
「あ、そうなんだ」
それなら、サーシャがあそこまで興奮して『凄い、凄い』って連呼しなくても良かったのでは?
「しかし、それらを含めてもたった二時間で魔力を動かせるようになるなど聞いたことがありません。最短でも1日半と言われていましたので」
「……そんなに違うの? えっと、僕が2時間に対して1日半は……あれ? 何時間だ?」
「1日半は36時間ですよ、坊ちゃま」
「あ、あぁ。そうだったね、うん。ありがとう」
1日半で36時間なのか。なら前世の世界と同じく1日は24時間か。こんな事も『記憶』にないから呆れて何もいえないよ……。
それより、
「ということは34時間も差があるのか。断トツじゃん! 僕凄いな!!」
これだけ差が空いてたら、サーシャがあそこまで興奮するのは頷ける。なので自分を誉めても罰は当たるまい。
……あ。サーシャが冷静な顔でこちらを見てる。うん。ごめんね。さっきと真逆の状態だね。
するとサーシャがポツリと一言。
「あの坊ちゃまが引き算を……!?」
え、そっち!? そっちに驚いてたの!? しかも真顔!?
《自分が興奮していた時は冷静に落ち着かせてたのにその凄さがわかったら興奮するとか、なにそれ?》みたいな事を考えてたんじゃないの!?
「……話を続けて大丈夫ですか?」
「……どうぞ」
それでも何事もなかったかのように冷静に話しかけてきた。
……少し恥ずかしいな。
「先程言った例外の人達は皆ある共通点を持っています。それが何か分かりますか?」
「イケメン」
「そうです。例外の人達は皆、卓越した魔力感知の才能があったのです」
クッ……。この恥ずかしい空気を少しでも和らげようと冗談を言ったのが裏目に出たみたいだ……! 余計に恥ずかしいわ!
しかしそれでも何もなかったかのようにサーシャは説明を続ける。
「この事から魔力をより明確に感じれば感じる程、魔力を上手く扱えるようになると言われています。つまり魔力操作を覚えたばかりの子供よりも、長年魔力感知を磨き続けた老人の方が魔力操作の技量は遥かに高いのです」
ちなみに、と彼女は付け加える。
「これは余談なのですが、いくら魔力感知に長けているとはいえ、魔力を完璧に感じることは出来ないと言われています」
「え? なんで?」
魔力感知を磨き続けたらいつか出来そうだけど……。
「魔力感知を磨き上げ、自分の全ての魔力だけでなく、他人が発した僅かな魔力も感じ取る事が出来るようになった人はたくさんいます」
彼女はですが、と更に続ける。
「魔力を完璧に感じるということは、生物の魔力だけでなく空気中の魔力も感じ取れるようになるということです。当然ですが、これは生きている時間が長くなるにつれ、難易度が増していきます。普段から慣れ親しんでいる空気から魔力を探す事なんて、誰にも出来ませんからね」
……あれ?
それってこの世界の空気に完全に馴染んでしまっているから、空気中の魔力が分からないって事だよね?
なら、この世界の空気で呼吸を始めたばかりの僕なら分かるんじゃないか!?
スゥーーーーハァーースゥーーーーハァーー
…………全く分からんわ!
わぁ。空気が美味しいなぁ。くらいの感想しか言えないよ!
そりゃ前世は都会に住んでたから、汚い空気には慣れてるよ?
そのおかげで確かにこの世界の空気は凄い美味しいって感じる。
でもさ、日本の山奥の田舎の空気とこの世界の空気を比べてって言われたら、『どっちも同じじゃね?』としか言えない自信しかない!
そんな利きワインならぬ、利き空気は僕にとって難易度エベレスト級なんだよ。
それ以前にこの体になってから殆ど全てが違っているから、1日経った今でもまだ違和感がある。なにせ、もやしからブーちゃんに転生したせいで体の動かす感覚が全く違うからね……。
走った時にお腹と胸の脂肪が上下にブルンブルン揺れたり、歩いても無いのにポタポタと汗をかいたり、足下が見えないから少し先の足下を注意してソロソロと歩かないと転けるし……。こんな事、前世の体では経験したことが無かったから違和感しか無いのも当たり前なのだが……。
それに心臓に魔力があるって事も知らなかったから、胸が熱かったのも脂肪のせいだと思ってたし……。
 閑話休題
「どうでしたか? 空気中の魔力は感じとれました?」
「いや、分からなかったよ。でも、一つだけ気づいたことがあるんだ」
僕の言葉に興味が湧いたのか続きを待つサーシャ。そんなサーシャに恐らくこの世界で僕しか分からないだろう事実を伝える。
「空気が美味しい」
そう言った瞬間、サーシャは急に心配そうな顔をした。
いや、これはホントだから。
ホントにここの空気は美味しいから。
だから僕の頭をじっくりと見ないで……。
昨日の傷はもう治ってるから。
あ、それでも魔法をかけるんですね?
え? これでもう大丈夫って?
えぇ、そうでしょうね。
僕は最初から正常ですから。
……あの、なんで信じてくれないの?
◇◆◇◆◇◆
  一通り僕の頭を調べて満足したのか、サーシャが脱線する前の説明の続きを話し始めた。
「これらのことから、坊ちゃまは例外の中でも更に例外と言っても良いほど魔力感知の才能に溢れているのでしょう」
「……そうなんだ」
そう言われて、僕は急に居心地が悪くなった。
「あら? なんだか急に元気が無くなりましたね。大丈夫ですか?」
「……うん。大丈夫だよ」
魔力感知の才能に溢れている、か。
僕は魔力感知の才能なんかがあるわけじゃない。前世の魔力の無い体からこの体に転生した事により、差異を簡単に見つけ出すことができた。おそらく、そのおかげで魔力感知の技量が高いにすぎない。
だから才能があると言われてもあまり嬉しくない。なんだかズルをしているみたいだから。
サーシャは僕の様子が急に変わったことを訝しんでいたが、僕が何も話さないことを察したのか、それ以上何も言ってこなかった。
「ではこれから二時間は先程と同じイメージで魔力を動かし続けて下さい。私は二時間が経過する頃に戻って参りますので」
彼女はそう言い残して部屋から出て行った。
僕も椅子に座る。
……いつまでも辛気臭い顔をしててもダメだな。
気持ちを切り換えるために両頬をペチペチ叩く。
「よし! やるか!」
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