魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

83話 サンダーグリスリーアンデット(4)

「がっ!?」


 強力な電流を浴びたリディアは立ち直したばかりの体のバランスを再び崩してしまった。咄嗟に体制を立て直そうをするが、電流を浴びた影響か、はたまたその身に溜まった多大な疲労が原因なのかそれが出来なかった。
 そのまま三角の屋根を転がり落ちるようにして地面に向かって落下する。


(体が、動かない……っ!?)


 転がり落ちつつも反射的に空中で体制を立て直そうと着地の準備に入ったリディア。しかしやはり彼女の体はその意思に従って動くことはなく、そのまま受身も取れずに地面にたたきつけられることとなった。


「かはっ!」


 叩きつけられたことによって肺の中から空気が強制的に外に吐き出され、一瞬呼吸が出来なくなる。しかしこのようなことは強力な魔物と戦っていれば何度か経験することがある。そのためリディアは呼吸が一時的に出来なくなったとしても、なんら慌てることなく立ち上がった。

 しかしだからといって5メートルほどもある建物の屋上から受身も取らずに地面に落ちたのだ。そのダメージは少なくなく、頑強な体の持ち主であるリディアでも顔を顰めるほどだった。いや、むしろそれだけですんだのだから彼女の体の強さを褒めるべきかもしれない。

 ともかくそうして立ち上がったリディアだが、これまで足を酷使してきた疲労や魔力欠乏症によるめまいや吐き気、さらにはサンダーグリスリーアンデットの雷撃のダメージなどの様々な要因によって膝をついてしまう。


(だめ。すぐに逃げないとあのアンデットがやってくる)


 彼女はそばにある建物の壁に手をつきながらよろよろと立ち上がった。そしてすこしでもサンダーグリスリーアンデットから距離を取ろうと歩きながら、亜空の腕輪からポーションを取り出して一息に煽る。

 すると彼女がそれを飲み終わるか終わらないかした時に、彼女の目の前の建物をサンダーグリスリーアンデットが突き破って出てきた。


「っ!?」
「ギャルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 サンダーグリスリーアンデットが現れたと同時にリディアは反射的にその場から飛び退く。すると次の瞬間、サンダーグリスリーアンデットが雷撃を飛ばしてきた。その雷撃はまさに間一髪でリディアのすぐ横を通り抜け、建物の壁に人一人が余裕で通れる程の大きな穴を開ける。

 するとリディアはすぐさま体中に力を入れて逃走に移行した。しかし目の前まで彼女を捉えたサンダーグリスリーアンデットが彼女を逃すはずがない。サンダーグリスリーアンデットは素早さを重視したのか小振りな動きで腕を横に振るう。

 その攻撃を視界の端で捉えたリディアは上に跳び上がることで避け、同時にそばの屋根の上に着地しようとする。しかしそうしてリディアが上に跳び上がった瞬間を待っていたとでも言うかのようにサンダーグリスリーアンデットが咆哮した。


「ギャルルルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「あぐっ!」


 その瞬間またしても雷撃がリディアに襲いかかり、その華奢な体を貫いた。空中でそれを食らったリディアはその勢いのまま吹き飛んでいく。そしてやがてまたしても受身を取る事ができずに地面に叩きつけられた。

 その体が2回、3回、と地面にバウンドする。しかしサンダーグリスリーアンデットの攻撃はそれだけでは終わらない。素早く彼女がバウンドしてやってくる地点に移動していたサンダーグリスリーアンデットは、上半身捻ってありったけの力を溜める。そしてリディアの体が目の前に来たと同時に、溜めていた力を解放した。

 リディアの体に下から上へと凄まじい衝撃が走る。それと同時にリディアの身につける金属防具とサンダーグリスリーアンデットの爪が擦れ合い、不快な音を辺りに撒き散らた。そして僅かに火花を散らした後、彼女の細い体が軽々と宙に飛ばされる。

 サンダーグリスリーアンデットのその攻撃は余程威力を秘めていたのか、彼女の体はそれこそとてつもなく大きな弧を描き、遠く離れた建物の上に落下した。


◆◇◆◇◆◇


 リディアがいなくなり、すぐさま周りを見回して彼女の姿を探すカズト。しかし彼女は既にこの場にはおらず、さらには屋根の上にいるためその姿を見つけることはできなかった。

 だがそれでもカズトは彼女の姿を探しだし、一緒にサンダーグリスリーアンデットの相手をしようと説得しようとする。
 だが戦力外と言われ、そして置いていかれたと思っているカズトはそこで彼女を追いかけるのをやめた。

 再び戦力外だと言われることが怖いということもあるし、彼ではリディアの足に追いつくことは出来ないからだ。

 そうして一人になると今度は彼の内側からフツフツと自分に対する悔しい思いが湧き出てきた。


(なんで僕はこんなにも弱いんだ。リディアさんを守れるくらい強くなると誓ったばかりなのに、たかがサンダーグリスリーアンデットの咆哮を受けただけでその決意がすぐに揺らいでしまうなんて……!!)


 ダン! と怒りに任せてそばにあった建物の壁に拳を打ち付ける。しかしたったそれだけの行動では彼の怒りは収まらない。彼は自分の弱さを憎み、恨み、悲しんだ。だがいくらそう思ったところで彼が劇的に強くなることはない。なぜなら魔力制御の技量はそう簡単に上がるものでは無いからだ。


(なにがリディアさんを守るだ! 守られているのは僕の方じゃないか! 現に今、リディアさんはサンダーグリスリーアンデットを僕から離すために命をかけて追いかけられている! それなのになんだ! 僕のこの体たらくは!)


 ゴンッ! という鈍い音がまたもやその路地に響き渡る。カズトが再び拳を壁に打ち付けたのだ。だがやはり彼の怒りは収まらない。当たり前だ。彼は守ると誓った人を現在進行形で自分の手の届かないところに行かせて危険に晒し、さらには守ってもらっているのだから。

 その事実と先程リディアに言われた戦力外という言葉は、これまでずっと強くなろうと思い、努力してきたカズトの心に深く傷をつけ、こうして際限ない怒りをもたらした。


「ギャルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 遠くの方でサンダーグリスリーアンデットの咆哮が聞こえる。それだけでなく1度にたくさんの建築物が崩れるような音も聞こえた。その音を聞いて、カズトはリディアが今もサンダーグリスリーアンデットに追われていることに改めて気づきハッと我に返った。

 そこで彼は、今するべきことは自身に対する怒りを発散する事ではなく、リディアの身をどう助けるかということに気がついた。

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