魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

77話 サンダーグリスリー

 カズトはサンダーグリスリーの気を引くためにわざわざ方角の確認をしていたが、このダンジョン都市は中央にあるダンジョンの入り口を中心に八方に大通りが伸びている。
 そのためリディアは迷うことなく北西の方角にサンダーグリスリーを誘導していた。
 雷を纏ったサンダーグリスリーの爪がリディアの頭上に向かって振り下ろされる。


「ガルルル!」
「ふっ」


 しかしその攻撃をリディアは余裕を持って躱した。
 そしてその空いた隙を突いて疾雷の槍に魔力を流し、サンダーグリスリーに雷を飛ばす。


「グルルアアア!」


 だがその攻撃は雷を操る事ができるサンダーグリスリーには効かない。いや、本来ならば効かなかっただろう。
 しかし今のサンダーグリスリーはカルロスが起こした暴風によって決して小さくない傷を受けている。そのためサンダーグリスリーはリディアの攻撃によってダメージを受けた。だがダメージを受けたといっても、その攻撃が有効で無いことには変わりないのか、その動きが鈍くなるなどの変化はない。
 それでもリディアは、サンダーグリスリーの体にあるカルロスによってつけられた切り傷を攻撃したので、その怒りは全て彼女に向いた。
 そうして彼女はサンダーグリスリーの攻撃を避け、逆に攻撃して気を引きながら北西に向かう。
 やがて大広場までやってくると、彼女はサンダーグリスリーと相対した。


「ガルルルアアアアア!」


 リディアはサンダーグリスリーの攻撃を警戒していつでも動けるように構えているが、サンダーグリスリーはそんなことお構いなしに彼女に向かって四足で突っ込む。
 それもただの突進ではなく全身に雷を迸らせて、だ。
 だがリディアはその攻撃を軽々と躱し、仕返しとばかりに両手の槍を突き出した。
 二本の槍がサンダーグリスリーの後ろ足に突き刺さる。
 だがそれらはサンダーグリスリーが少し動いただけですぐに抜けた。


(筋肉が異常に固いから深く刺さらない。 でもそれなら別の所を狙えばいい)


 リディアはすぐさまそう判断し、サンダーグリスリーの正面に回る。
 それに対してサンダーグリスリーは後ろ足で立ち上がり、片足を上げた。


「っ!? マズイ!」


 事前にカズトと集めていた情報の中に、サンダーグリスリーの攻撃方法はいくつかあった。
 そのためリディアはサンダーグリスリーのその行動の意味を理解し、すぐさま後方へと全力で飛んだ。
 その瞬間、サンダーグリスリーの全体重が乗った片足が地面に振り下ろされる。


「グルルアアアアアア!」


 するとその瞬間、サンダーグリスリーを中心に半径数メートル程の雷でできたドームが形成された。
 その中は全ての空間を食い尽くすように電気が放電している。
 その空間の範囲内にいることはおろか、少しでも触れようものなら直ちに感電死しかねないほど強烈だ。
 これではリディアは一向に近づけない。
 しかしそれも一瞬のこと。
 すぐにその攻撃は止み、サンダーグリスリーに隙ができる。
 体勢を整え、それを確認したリディアは槍に魔力を流して雷を纏い、その巨体にできた大きな切り傷に槍を突き刺した。
 そしてその体内に電気を注ぎ込む。


「ガルルルル!」


 だがしかしサンダーグリスリーはその攻撃をものともせずに、前足の爪で周囲一帯を凪払った。
 リディアはその攻撃を避けるために再び後退する。


(カルロスがダメージを与えてくれたからサンダーグリスリーの動きが鈍ってる。マーレジャイアントよりも攻撃を避けやすい。でも雷は効かないし、槍も刺さりにくいから決定打がない。けどもうそろそろカズト君が来てくれるはずーー)
「リディアさん!」


 リディアがそう考えた直後、彼女に置いていかれたカズトがようやくその場に到着した。
 彼は全速力で走ってきたためか息を切らせてしんどそうにしながらもリディアに指示を出す。


「サンダーグリスリーの近くに寄らないで!」
「わかった」


 そういうとカズトはパチンと指を鳴らした。
 直後、サンダーグリスリーの足下の地面の垂直抗力が失われ、その巨体の腰までが地面に埋まる。


「ガルルル!?」


 いきなり地面が消失したような感覚を味わったサンダーグリスリーは酷く戸惑った。
 だがカズトの魔法はまだ終わらない。
 彼がもう一度パチンと指を鳴らすと、サンダーグリスリーが途端にバランスを崩して上半身を前に倒すように転けた。
 当然下半身は穴に埋まったままだ。
 これはカズトがサンダーグリスリーが立って行る場所の摩擦係数を激減させたためだ。
 それによってサンダーグリスリーは上半身を地面に出したまま、顔を横に向けて九十度のお辞儀をしたような姿になっている。
 そこでカズトが叫んだ。


「今だ! リディアさん!」


 それを聞いたリディアは疾駆の革靴に魔力を流し、すぐさま上半身を倒しているサンダーグリスリーに走り寄る。
 そして増幅された加速を槍に乗せ、彼女は一気にサンダーグリスリーの顔、それも眼球に突き刺した。


「ガルアアア!?」 


 いくら全身が頑丈なランクAの魔物でもさすがに眼球までは固くない。
 それを見越してカズトはサンダーグリスリーの動きを封じつつ地面に倒し、リディアに眼球を狙わせたのだ。
 そして当然その意図を彼女も理解している。
 カズトがサンダーグリスリーを地面に埋めてからここまでの二人の行動は全て彼らが立てた作戦によるものだったからだ。
 だが例え眼球を潰され、さらにそこからリディアによって雷を流し込まれてもサンダーグリスリーはランクAの魔物である。
 マーレジャイアントに負けない程の生命力とタフさを持っているのだ。
 そのためサンダーグリスリーはすぐさま痛みの元凶を排除しようと右腕でリディアを握り潰そうとする。
 しかしそう簡単に捕まるリディアではない。
 なにせ彼女はマーレジャイアントととの戦いでの失敗を生かし、マジックアイテムに注ぐ魔力の配分には気を使っているからだ。
 今の彼女ならば手負いのサンダーグリスリーの行動なぞ余裕で見極めることができる。

 だから彼女はすぐさまサンダーグリスリーの眼球から槍を抜き、その巨大な手から逃れるーーなんてことはしなかった。

 驚いたことにリディアはサンダーグリスリーの手から逃れるのではなく、続けて雷を流し続けているのである。
 そのためリディアはサンダーグリスリーの手にあっさりと捕まった。
 そしてそのままマーレジャイアントの時と同じように握り潰されーーない。


「はあはあはあ。疲れた……」
「おつかれ。信じてた」
「な、なんだか照れくさいから止めて」


 いつの間にかリディアの横にカズトがおり、二人は落ち着いた様子でそう言葉交わす。
 カズトはサンダーグリスリーを地面に倒した直後にさらにもう一度走り、リディアの下にやってきたのだ。
 そして彼はリディアの側に立ち、サンダーグリスリーの攻撃を、陸亀守護獣の指輪の自動防御結界で防いだのだ。
 そのため彼らは握りつぶされることは無かった。
 しかしそれはあくまで握りつぶされ無かっただけである。
 サンダーグリスリーは握り潰せないと分かると、今度は結界ごと彼らを掴んで自らの体から引き離しにかかった。

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