魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります
73話 恐怖の時間
「えっと、とりあえず……王女様、こちらの女性は自分のパーティーメンバーのリディアさんです」
「そうか」
カズトとダイアナが対話の腕輪で親しげに話していることを知っているのは、メイベルやセリオなど親衛隊でも限られた極一部の人間だけである。それはこうして会話していること自体を秘密にしているからだ。そしてカズトが王女であるダイアナと敬語も使わずに親しく話しているということはそれ以上に秘密である。もしバレてしまったら不敬罪でカズトの首が飛びかねない。そのためカズトはダイアナに対して他人行儀な敬語を使うことにした。
そんなカズトの態度に対して、ダイアナは彼との心の距離が離れてしまったように感じたのか一瞬悲しそうな顔をしたが、今はそれをねじ伏せて向き合わなければならない問題がある。なにせカズトのそばに自分の知らない女性がいるのだから。そのため彼女はすぐにその表情を引っ込め、見る者を凍り付かせてしまうような表情をしながら、冷たい声でそう返事をした。
そしてダイアナにリディアの事を紹介したカズトはというと。ダイアナがいつも自分と話している時とは違い、想像できないほど恐ろしい表情をして、聞いたことのないような冷たい声で返事をしたのだ。そんな彼女に対して、彼は内心ライオンに狙われているウサギのように震えていた。
しかしそれでもこの状況でリディアにだけダイアナを紹介しないということはできない。そのため腹に力を入れてもなお震える声でリディアにダイアナを紹介した。
「り、リディアさん。こちらは、その……第二王女殿下のダイアナ、様です」
「そうなんだ……」
震える声でカズトがそう言うも、リディアもダイアナと同じく底冷えするような声と表情でそう言った。
しかしリディアはダイアナのように彼女を目の敵にするような事は考えていない。いや、最初はダイアナと同じ様な感情を抱いていたが、彼女がこの国の第二王女だと知ってからはずっと頭が混乱している。その事実があまりにも衝撃的なため、逆に彼女の顔から表情が消えただけだ。
(……そうだった。忘れていたけど、カズト君は王家の紋章を持つ方だった。それならカズト君がこうして王女殿下と話しているのは普通。そう、普通のこと)
表情が抜け落ち、頭の中が混乱していても、彼女は内心でそう自分に言い聞かせて、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。
もっとも、カズトは彼女がどう考えているのかなんて全くわからないため、その表情を見て明らかに不機嫌のようだと勘違いしているが。そのため彼は未だに内心で恐怖に染まったウサギのように震えている。
するとそんな二人に向かって、ダイアナが凍り付かせるような声で口を開いた。
「カズト、その対話の腕輪を彼女に渡して少しだけ席を外してくれるか? 彼女と二人で話しがしたい」
「わ、わかっ……わかりました……」
彼女に話しかけられたカズトは背筋をビシリと伸ばし、つっかえながらもその指示に従う。そしてダイアナに言われた通り、リディアに対話の腕輪を渡すと、半ば逃げるようにして亜空の大箱の中に駆け込んだ。そして扉を閉めると、そこにもたれ掛かりながらズルズルと腰を下ろした。
(やばいやばいやばい。何がやばいのかさっぱり分からないけど、とにかくやばい。あんなダイアナとリディアさんの顔は見たことがなかった。あれは絶対にやばい)
額から噴き出る汗を拭いながらカズトはひたすらそう思う。もうダイアナが行っている魔人討伐の仕事を止めさせることや、リディアを安静にさせる事など頭の中からすっかりどこかへ行ってしまっていた。だがいくらやばいと思ったところで、彼にできる事なんてものは無い。そのため彼は嵐が早く過ぎますようにと願いながら、魔力制御の訓練に意識を集中させ、現実逃避を始めたのだった。
ダイアナとリディアの二人から逃げてきて丁度二時間が経った頃。亜空の大箱が外に向かって開いた。それに背をもたれさせていたカズトはその動きに従うように地面に背中を打ちつける。
「ぐえ」
「あ、ごめん」
カエルのような声が喉から出た彼に向かって、やや驚いた表情をしながら謝るリディア。どうやら彼女はカズトが亜空の大箱の扉にもたれ掛かっているとは思っていなかったようだ。
カズトは背中をさすりながら上体を起こしながら振り向く。するとリディアと画面に映っているダイアナの顔が目に入った。
彼女達は先程までの見る者全てを凍らせるような恐ろしい顔ではなく、どこか仲間ができたような嬉しそうな顔をしている。
そんな彼女達を見て、カズトは困惑しながらも口を開いた。
「えーっと、話しは終わりました?」
「ああ、終わったぞ」
「終わった」
カズトの質問に二人揃ってそう答える。それも二人して上機嫌であり、ニコニコとしながら答えるものだからカズトは更に困惑した。
しかし彼女達はカズトが困惑している事を理解しつつも、その事に触れようとはしない。ダイアナがすぐさま口を開いた。
「カズト、私はこれからすぐにでもやることがあるんだ。だから今日はこれでお開きにしよう。それを終わらせたらすぐさまそっちに駆けつけて、君達が行っているダンジョン都市奪還作戦に参加するからな。なあに、遅くとも来週、早ければ三日後には到着する。リディアもそれまではカズトのことをよろしく頼むぞ」
「うん、任せて。ね、カズト君?」
「え? あ、うん。はい」
「それじゃあ私はこれで失礼する。おやすみ」
「おやすみ」
「お、おやすみー……」
そうしてダイアナは唐突に画面を閉じた。
カズトは何がなんだかさっぱり分からず、ひたすら困惑している。二人の間に何かがあったのだろうということは分かるが、その何があったのかがさっぱり分からない。
しかしダイアナとリディアは上機嫌であったし、しかもリディアはあれだけ恐れていた王族に対して親しげに話していたのだ。
その事実だけでカズトはさっきまで感じていた危機感は杞憂だと考え、肩の力を抜いた。そこで彼はふと、あることに気づく。
「あ、もし奪還作戦が順調にいけば、ダイア……王女様は間に合わないかもしれないけど……大丈夫かな?」
「大丈夫。例え奪還作戦が終わっていてもあの人はここに来る。それにダイアナさんからカズト君とのことは全て聞いた。だからいちいち王女様って言い直さなくて良い。はい、これ。ありがと」
「あ、うん。どういたしまして。……って、え? そうなの? 聞いちゃったの?」
「うん」
リディアに対話の腕輪を返して貰い、それを腕に嵌めながら驚くカズト。しかしリディアはそう返事するだけでそれ以上何かを喋ろうとはしない。そのまま彼女はカズトの脇を通り過ぎ、亜空の大箱の中へと入って行く。そんな彼女に対してカズトは質問をする。
「リディアさん。ダイアナとどんな話しをしていたのか聞いてもーー」
「教えない。秘密」
「あ、そうですか」
だがあっさりと断られた。結局カズトは二人の間でどんな話をしたのか分からず、モヤモヤとした気持ちを抱えたままベッドに入ったのであった。
「そうか」
カズトとダイアナが対話の腕輪で親しげに話していることを知っているのは、メイベルやセリオなど親衛隊でも限られた極一部の人間だけである。それはこうして会話していること自体を秘密にしているからだ。そしてカズトが王女であるダイアナと敬語も使わずに親しく話しているということはそれ以上に秘密である。もしバレてしまったら不敬罪でカズトの首が飛びかねない。そのためカズトはダイアナに対して他人行儀な敬語を使うことにした。
そんなカズトの態度に対して、ダイアナは彼との心の距離が離れてしまったように感じたのか一瞬悲しそうな顔をしたが、今はそれをねじ伏せて向き合わなければならない問題がある。なにせカズトのそばに自分の知らない女性がいるのだから。そのため彼女はすぐにその表情を引っ込め、見る者を凍り付かせてしまうような表情をしながら、冷たい声でそう返事をした。
そしてダイアナにリディアの事を紹介したカズトはというと。ダイアナがいつも自分と話している時とは違い、想像できないほど恐ろしい表情をして、聞いたことのないような冷たい声で返事をしたのだ。そんな彼女に対して、彼は内心ライオンに狙われているウサギのように震えていた。
しかしそれでもこの状況でリディアにだけダイアナを紹介しないということはできない。そのため腹に力を入れてもなお震える声でリディアにダイアナを紹介した。
「り、リディアさん。こちらは、その……第二王女殿下のダイアナ、様です」
「そうなんだ……」
震える声でカズトがそう言うも、リディアもダイアナと同じく底冷えするような声と表情でそう言った。
しかしリディアはダイアナのように彼女を目の敵にするような事は考えていない。いや、最初はダイアナと同じ様な感情を抱いていたが、彼女がこの国の第二王女だと知ってからはずっと頭が混乱している。その事実があまりにも衝撃的なため、逆に彼女の顔から表情が消えただけだ。
(……そうだった。忘れていたけど、カズト君は王家の紋章を持つ方だった。それならカズト君がこうして王女殿下と話しているのは普通。そう、普通のこと)
表情が抜け落ち、頭の中が混乱していても、彼女は内心でそう自分に言い聞かせて、なんとか落ち着きを取り戻そうとする。
もっとも、カズトは彼女がどう考えているのかなんて全くわからないため、その表情を見て明らかに不機嫌のようだと勘違いしているが。そのため彼は未だに内心で恐怖に染まったウサギのように震えている。
するとそんな二人に向かって、ダイアナが凍り付かせるような声で口を開いた。
「カズト、その対話の腕輪を彼女に渡して少しだけ席を外してくれるか? 彼女と二人で話しがしたい」
「わ、わかっ……わかりました……」
彼女に話しかけられたカズトは背筋をビシリと伸ばし、つっかえながらもその指示に従う。そしてダイアナに言われた通り、リディアに対話の腕輪を渡すと、半ば逃げるようにして亜空の大箱の中に駆け込んだ。そして扉を閉めると、そこにもたれ掛かりながらズルズルと腰を下ろした。
(やばいやばいやばい。何がやばいのかさっぱり分からないけど、とにかくやばい。あんなダイアナとリディアさんの顔は見たことがなかった。あれは絶対にやばい)
額から噴き出る汗を拭いながらカズトはひたすらそう思う。もうダイアナが行っている魔人討伐の仕事を止めさせることや、リディアを安静にさせる事など頭の中からすっかりどこかへ行ってしまっていた。だがいくらやばいと思ったところで、彼にできる事なんてものは無い。そのため彼は嵐が早く過ぎますようにと願いながら、魔力制御の訓練に意識を集中させ、現実逃避を始めたのだった。
ダイアナとリディアの二人から逃げてきて丁度二時間が経った頃。亜空の大箱が外に向かって開いた。それに背をもたれさせていたカズトはその動きに従うように地面に背中を打ちつける。
「ぐえ」
「あ、ごめん」
カエルのような声が喉から出た彼に向かって、やや驚いた表情をしながら謝るリディア。どうやら彼女はカズトが亜空の大箱の扉にもたれ掛かっているとは思っていなかったようだ。
カズトは背中をさすりながら上体を起こしながら振り向く。するとリディアと画面に映っているダイアナの顔が目に入った。
彼女達は先程までの見る者全てを凍らせるような恐ろしい顔ではなく、どこか仲間ができたような嬉しそうな顔をしている。
そんな彼女達を見て、カズトは困惑しながらも口を開いた。
「えーっと、話しは終わりました?」
「ああ、終わったぞ」
「終わった」
カズトの質問に二人揃ってそう答える。それも二人して上機嫌であり、ニコニコとしながら答えるものだからカズトは更に困惑した。
しかし彼女達はカズトが困惑している事を理解しつつも、その事に触れようとはしない。ダイアナがすぐさま口を開いた。
「カズト、私はこれからすぐにでもやることがあるんだ。だから今日はこれでお開きにしよう。それを終わらせたらすぐさまそっちに駆けつけて、君達が行っているダンジョン都市奪還作戦に参加するからな。なあに、遅くとも来週、早ければ三日後には到着する。リディアもそれまではカズトのことをよろしく頼むぞ」
「うん、任せて。ね、カズト君?」
「え? あ、うん。はい」
「それじゃあ私はこれで失礼する。おやすみ」
「おやすみ」
「お、おやすみー……」
そうしてダイアナは唐突に画面を閉じた。
カズトは何がなんだかさっぱり分からず、ひたすら困惑している。二人の間に何かがあったのだろうということは分かるが、その何があったのかがさっぱり分からない。
しかしダイアナとリディアは上機嫌であったし、しかもリディアはあれだけ恐れていた王族に対して親しげに話していたのだ。
その事実だけでカズトはさっきまで感じていた危機感は杞憂だと考え、肩の力を抜いた。そこで彼はふと、あることに気づく。
「あ、もし奪還作戦が順調にいけば、ダイア……王女様は間に合わないかもしれないけど……大丈夫かな?」
「大丈夫。例え奪還作戦が終わっていてもあの人はここに来る。それにダイアナさんからカズト君とのことは全て聞いた。だからいちいち王女様って言い直さなくて良い。はい、これ。ありがと」
「あ、うん。どういたしまして。……って、え? そうなの? 聞いちゃったの?」
「うん」
リディアに対話の腕輪を返して貰い、それを腕に嵌めながら驚くカズト。しかしリディアはそう返事するだけでそれ以上何かを喋ろうとはしない。そのまま彼女はカズトの脇を通り過ぎ、亜空の大箱の中へと入って行く。そんな彼女に対してカズトは質問をする。
「リディアさん。ダイアナとどんな話しをしていたのか聞いてもーー」
「教えない。秘密」
「あ、そうですか」
だがあっさりと断られた。結局カズトは二人の間でどんな話をしたのか分からず、モヤモヤとした気持ちを抱えたままベッドに入ったのであった。
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