魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

51話 退院

 繰り返しベッドに寝るようエリセオ達に言われたカズトは渋々とベッドに横たわる。
 その様子を見てエリセオ達はホッと安堵した。
 そしてエリセオがやや緊張感を持って口を開いた。


「カズト様、今回の件についてカズト様はご自分が悪かったと仰いましたが、それは我々も同じでございます。ですので我々が罰を受けるのは必然です。ですが罰を下すのはどうかもう少しだけ待っていただけないでしょうか?」


 今はタイミングが悪く、ダンジョン都市がスタンビートによって魔物達に占拠されている。
 そんな状況の中でここにいる四人と当時現場にいた者達に罰を与えられると、ダンジョン都市を奪還できる可能性が低くなってしまう。
 そのためそれらを丁寧に説明したエリセオは、もう一度改めてダンジョン都市の奪還が終わるまでは罰を下すのを延ばして欲しいとカズトに頼んだ。


「そうだったのですか。通りでダンジョン都市の中に魔物が跋扈していたんですね。……そうだ、では今回の事はお互いに不問としませんか? 王家の方達に何か言われたのなら僕がそう言います」
「よ、よろしいのですか?」
「はい、もちろんです。今回の騒動の原因は僕にありますから。それに僕が皆さんのためにできることと言えばこうすることぐらいしかないですから……」
「ありがとうございます!」


 カズトは申し訳なさそうにそう言うと、エリセオ達は嬉しそうに礼を言った。
 彼らからしてみればたしかに今回の騒動はカズトが原因だったとはいえ、彼に重傷を負わせたのは紛れもない事実だ。
 そのため何かしらの罰が与えられるのは殆ど決定していたようなものだったのだ。
 しかし予想外にも当の本人であるカズトの口からお互い不問にしようという提案が出たのだ。
 それに乗らない手は無かった。

 それから彼らはカズトの荷車を置いてある場所を伝えたり、カズトを領主であるエリセオの館で泊めるという話を彼が断ったりしたり、カズトが様付けで呼ばれるのはむず痒いからエリセオ達に止めさせようとして失敗したり、といったその他諸々の話しをしてから別れた。
 エリセオ達が出て行ってバタンとドアが閉まった事を確認してから、カズトはゆっくりと息を吐いた。


「ふぅ。とりあえずこれで一件落着かな。後は治癒魔法を使って早く怪我を治してしまおう」


 カズトは一人そう呟いて再び体全体に治癒魔法をかける。
 それを彼は寝る前までずっと続けた。

 そして寝る前の時間になると、カズトは毎日恒例のダイアナとの会話をする。
 その際彼は荷車でバッセルの街に到着したことやそこで殺されそうになったことなどを赤裸々に語った。
 ダイアナはそれを聞いて呆れたり、本気で心配したり、仕事を放り出してでもカズトの下へ行き、彼を傷つけた者を断罪すると言って激怒したりしたのだが、それはカズトが必死に宥めることでなんとかなった。
 それから最後までカズトの話しを聞き終わると、腕を組んでダンジョン都市の件について考え始めた。


「それにしてもダンジョン都市がスタンビートによって魔物に占拠されているのか。そんなことになるとは歴史上初めてじゃないか? 私も行けたら良かったのだが、生憎今は他に仕事があってな。残念ながら行けそうにない」
「そうなんだ。でもそれは仕方ないよ。そっちの仕事を頑張って」
「ああ、そうするよ。それじゃあ今日はここまでにしようか。もう十二時だからな」
「そうだね。お休み」
「ああ、お休み」


 そう言って二人は対話の腕輪に魔力を流すのを止めて会話を終えた。







 そして翌日。
 朝早く目が覚めた彼は、寝起き早々ベッドの上で腕と足を軽く動かしてみる。


「うん。痛みは全くないな」


 次に上体を起こし、その状態で腰を捻ったり肩を回したりと体を軽く動かす。


「痛みなし、と」


 最後にベッドから出て床に立ち、その場でジャンプしたり歩いたり軽く走ったりしてみる。


「痛みなし! 治った!」


 昨日治癒魔法を延々とかけ続けたおかげで、カズトの体は完璧に治ったらしい。
 彼はこの治癒院の患者用の服から部屋の隅に置かれていた普通の服に着替える。
 ちなみにカズトがこの街に来るまでに来ていた服は、脇腹の傷を止血するためにビリビリに破かれていた。
 そのためエリセオが新しくカズトの服を買って、それを彼にあげたのだ。
 その服に着替え終わったカズトは部屋を出る。
 するとこの治癒院で働いている看護婦に出会ったので、彼はグレッグの居場所を聞いた。
 それから今はまだ診療時間ではないためグレッグも忙しくないだろうということで、カズトは遠慮なく彼がいる診察室の扉をノックする。


「どうぞなのね」
「おはようございます、グレッグさん」
「か、カズト様!? まだ寝てなければならないのね! 無理したらダメなのね!」
「大丈夫です。僕は魔法士なので治癒魔法を使えるんですよ。それを昨日寝るまでずっと使ってましたから、もう完全に治りました」
「え、ええ!? そうだったのね!? それなら一応診ますのでそこに座ってくださいね」


 カズトが部屋に入って来たことにびっくり仰天したグレッグは慌てて彼が寝ていた部屋に戻そうとする。
 しかしカズトが治癒魔法を使えると聞いて再び驚いたグレッグは、彼を椅子に座らせてその体を調べていく。
 そしてカズトの体を全て調べ終わったグレッグは信じられないといった表情で口を開いた。


「……本当に、完治しているのね。まさかあれだけの怪我がここまで早く治るなんて……。カズト様は良い腕をしていますね」
「あはは。ありがとうございます」
「これなら退院しても大丈夫ですね」


 グレッグに治癒魔法の腕を褒められたカズトは照れくさそうに笑いながら礼を言った。
 そうして無事グレッグに退院の許可を貰ったカズトは治癒院を出た。


(さて、と。まずは僕の荷物を預かってくれている冒険者ギルドに行くか。それで荷物を受け取った後は宿を取って、それからエリセオさんに預かって貰ってる荷車を取りに行こう)


 カズトは治癒院を出る直前に受付にいた女性なら聞いた冒険者ギルドへの道を歩きながらこれからの予定を考える。
 するとやがて件の冒険者ギルドが見えてきた。


(へぇー、マールの街にあった冒険者ギルドよりも大きいんだな)


 そんな感想を抱きながらカズトは冒険者ギルドの扉を開ける。
 するとその中にはたくさんの冒険者がガヤガヤと騒ぎながら一カ所に固まっていた。


(あれは……依頼板か。うわ、依頼の取り合いをしてるし)


 どうやら今は冒険者達が丁度依頼を受けるために集まっていた時間らしい。
 地球でいう通勤ラッシュと似たようなものかもしれない。
 彼らは一つの依頼書を巡って口喧嘩したり、逆に並外れた身体能力を十全に活かして張り出されている依頼書を華麗に確保したりしている。
 そんな様子を見ながらカズトは受付に向かう。
 幸い受付はまだ混んでおらず、すんなりと受付嬢の前まで来れた。


「マールの街から来た冒険者のカズトです。昨日預けた荷物を取りに来ました」
「……預かり物を取って参りますので、少々お待ちください」


 カズトがそう言うと、受付嬢は一つの書類を取り出してカズトの顔と見比べ、やがてそう言って荷物を取りに行った。


(たぶん顔の特徴とか髪と目の色とかを見ていたんだろうけど、まじまじと見られるのはなんだか緊張するな)


 そんなことを思いながら受付嬢を待っていると、彼女はカズトの荷物を持ってすぐに帰ってきた。
 それを礼を言って受け取り、ついでにおすすめの宿を聞いたカズトは、とうとう受付まで混み出した冒険者ギルドを出る。
 するとカズトのお腹が鳴った。


(そういえば朝ご飯食べてなかったな)


 カズトは治癒院で出される朝食の時間の前に出てきてしまったため、今日はまだ何も食べていないのだ。


(とりあえず屋台で適当に済ますか)


 屋台なら治癒院からここに来るまでの道にたくさんあった。
 そのためそこで朝ご飯を済ますことにしたカズトは、バッグの中からお金を取り出す。
 そして気づいた。


「あ、そうだ。今の僕、金欠だったわ」

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