魔法士は不遇らしい。それでも生活のために成り上がります

サァモン

31話 魔人戦(8)

 太陽は水素同士が核融合し、ヘリウムになる際にでる熱と光のエネルギーの塊だ。
 そのため今魔人が浮かべている炎球が太陽と同じ原理で発熱しているならば、膨大な量の水素が消費されているはずだ。
 そこでカズトは空気中から水を生成することによって、空気中に水素が残っているかどうかを確認した。
 ちなみにカズトとダイアナの周りには、常にカズトが広間の入り口から空気を循環させているため、水の生成に使う酸素は潤沢にある。
 さらに言えば空気中に含まれる水素は1%にも満たないため、魔人の巨大な炎球が太陽と同じ原理ならば、それを維持するほどの水素は無いはず。
 ついでに酸素は空気中に21%も存在するため例え魔人が巨大な炎球を維持しようとも、カズトが空気を循環させている限り酸素は尽きないのだ。

 そのような理由からカズトは魔人の炎球が太陽と同じではないと判断し、これまでのイメージ通りに消すことができると判断した。


「えーっと、とりあえずあの炎球はこれまでと同じように消せるって事です」


 カズトのその言葉を聞いたダイアナは、一瞬彼が言っていることが理解できなかった。
 なぜなら彼は一度マジックキャンセルに失敗しているからだ。


「消せるといっても、君は一度あれを消すことに失敗したじゃないか」


「え? 僕はまだ一度もあれを消そうとはしてませんよ。してたら既に無くなってますし」


 しかしカズトはそのダイアナの言葉に対して否定した。
 その顔には嘘をついた様子が一切見られない。
 ダイアナの頭が混乱する。


「で、でも、さっきあれを見ながら指を鳴らしていたじゃないか」


「ああ、あれですか。あれは僕らとセリオさんとメイベルさんの周りに分子固定結界を張っただけですよ」


「ぶんしこてい結界?」


「えっと、分子固定結界っていうのは簡単に言えば熱を通さなくする結界の事です。あの炎球の熱があまりにも熱いので、あれを消すより先にそっちを優先させたんですよ。イメージも分子固定結界の方が簡単ですしね。現に熱くないでしょ?」


 分子固定結界とは文字通り一時的に空気中の分子の熱運動を止めてその場に固定する結界のことだ。
 それによって空気分子の熱運動がそこで遮断されるため、熱が伝わらなくなる。
 ちなみに結界表面は絶対零度となるため結界周りの温度は著しく低下する。
 そのため輻射熱で焼ける心配もない。

 ダイアナはカズトの噛み砕いた説明をなんとか理解し、改めて周りの温度を感じることに集中する。


「……そういえば、そうだな。全く熱くない。むしろ少し肌寒いくらいだ」


 ゴウゴウと燃え盛る巨大な炎球を前にして肌寒いと感じるのは奇妙な気分だが、今はその寒さにどこか安心感を覚えた。

 そうしてカズトはダイアナに一通り話し終えた後、再び炎球の方へ向く。
 同時に魔力を込め続けていた魔人が口を開いた。


「最後の会話は終わったか? なら、これで終わりだ! 死ねぇ!」


 魔人が掲げていた手を勢い良く振り下ろす。
 するとその動きに遅れてついていくように、空中に浮かんでいた炎球がカズト達の下へと降りかかる。
 それを見ながらカズトは構築していたイメージを使用して魔法を発動させた。


 パチン!


 するとそれまで圧倒的な存在感があった炎球が一瞬にして跡形もなく消え去った。
 それを見て魔人は呆然とし、そしてのどを振るわせながら喚き出す。


「……ば、バカな!? あれだけ巨大な太陽だぞ!? それに赤を通り越した白き炎だったんだぞ!? それなのに何故こうもあっさりとマジックキャンセルできるんだ!?」


「ほ、ホントに消えた……」


 魔人がその現実を受け入れられなくて喚いているのに対して、ダイアナは現実を受け入れたがそれでも信じられない。
 そんな中でもカズトは冷静に魔法のイメージを構築していく。
 そして、指を鳴らした。


 パチン!


 途端に魔人を中心とした半径三メートル程の火柱が勢い良く吹き上がる。
 喚いていた魔人は火柱に包まれた瞬間、チッと舌打ちをした。


「……こいつもマジックキャンセルできねぇのか。何度も何度も俺に魔法を打ち込みやがって!」


 そして激昂して手のひらをカズト達に向ける。
 するとカズト達の足下が赤く変色しだした。
 魔人もまた、カズトにやられたのと同じように火柱で彼らを包みこもうとしたのだ。
 しかし。


 パチン!


 それも呆気なくマジックキャンセルされる。


「くそ! なぜだ!? なぜ俺がこんな人間なんかにイメージ力で、魔法で負けるんだ!?」


 もはやプライドがズタボロな魔人は、それでも癇癪を起こした子供のように地団駄を踏む。
 だが魔人は未だに火柱に包まれたままだ。
 大して効いているようには見えない。
 カズトが訝しんでいると、その疑問に答えるようにダイアナが口を開いた。


「カズト、魔人は元来再生能力が異常に高いんだ。おそらく君の火柱の中でもああやって平然としているのは、焼かれた端から回復しているからだと思う」


「それは厄介ですね。それじゃあ一体どれくらいの再生能力なのか試してみます」


 そういってカズトは、今の火柱にさらに酸素を送り込むイメージで魔法を発動させる。


 パチン!


 すると赤かった火柱が白に変わっていき、そしてやがて青になる。


「なんだあれは? 青い、炎?」


 オーランドでは炎の色は赤と白の二種類あることしか知られていない。
 それも白の炎は余程魔法に長けた天才でしか発現させることができないとされている。
 しかし王女であるダイアナでも青色の炎というのは、見たことも聞いたこともない。
 そんな彼女の疑問に答えるように、今度はカズトが口を開いた。


「炎は温度が高ければ高いほど色が変わるんです。青色は一番温度が高い状態ですね」


「そうなのか……」


 ダイアナはカズトの説明にそう答えたものの、火は熱いものなのだから温度が高いも低いもあるのだろうか、などと考える。
 だがこの疑問はおかしいことはなにもない。
 化学や物理が発展していないオーランドの人間なのだから当たり前である。
 そんなカズトはダイアナから魔人に目を戻す。
 するとそこでは魔人が苦しそうにもがいていた。


「くそ! なんだこの青い炎は!? 熱い、熱すぎる! 回復が全く追いつかん!」


 あまりにも熱いため思わず後ろに後退し、火柱の範囲外になんとか逃れる。
 その褐色の肌はどこもかしこも焼け爛れ、無事なところはどこにもない。
 だが火柱の範囲外に出た直後から魔人の肌は異常な速度で回復していく。
 それでも魔人が回復するには相応の体力を消費するため、魔人からすればたまったものではない。

 しかし冷静なカズトが魔人が回復する隙を与えるわけがなかった。
 魔人が火柱の範囲から出た直後に火柱を解除し、即座に次の魔法を放つ。


 パチン!


 すると先程の炎の稲妻の、色が青い魔法が魔人を襲う。


「くそ!」


 すると魔人はマジックキャンセルすることを早々に諦めて、初めて火の魔法ではない水の魔法を使ってそれを防いだ。

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