エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

世界の意思

 陽光が柔らかく照らし出す中庭。


 ‎そこでエリエ・F・オリジンとロエル・Voiの両名は遅い昼食を楽しんでいた。


 ‎二人の前では野菜をふんだんに使ったスープと朝に採れた新鮮な魚を使ったパイが芳醇な香りを放っている。


「今回の予想シナリオはここまで上等なハッピーエンドじゃなかった」


 それをナイフとフォークを使って切りながらエリエはゆっくりと口を開いた。


「僕が考えていたのは、氷河期を終わらせる英雄が現れ、その裏には一人の尊い犠牲があったことがまことしやかに語り継がれて行く、という話だった。


 エヴィを生き返らせたかったけれど、彼女はそれを望まないだろうと思っていたからね」


 最近、彼女は居なかった九百年間のこと、特に自身の分身とも言える少女、エヴィ・F・エンドレスのことを話題にする。


 ‎この食事会も、わざわざその話をするために開かれているようなものだ。


「……でも実際は、犠牲になるはずだったエヴィが彼女の意志で帰ってきた。奇跡が起きたんだ」


 彼女はパイを口いっぱいに頬張ると幸せそうに表情を緩めた。


「起こした、の間違いだろ」


 するとその様子をじっと見つめていた真っ黒い青年が陰鬱な声で言う。


 ‎彼は食事に一切手を付けておらず、見かねたエリエは何も言わずにその皿を取り上げた。


「良いかい、ロエル」


 それを自身のものと同じように食べやすいサイズに切っていく。


「今回の奇跡はね、エヴィが帰って来たことじゃない。エヴィが帰りたいと思ったこと、そんな出会いが彼女に訪れたこと、それこそが僕の予想を変えた奇跡だ」


 そして一つにフォークを突き立てると徐ろに彼の眼前へと差し出した。


 ロエルは僅かに眉をひそめただけで、口を開こうとはしない。


 しかしエリエが唇を尖らせてフォークを寄せると、観念したように口を開いた。


 億劫そうに咀嚼する姿を見て満足したのか、彼女は椅子へ座り直すと再び食事を再開する。


「今、長い冬は終わり、眠っていたものが動き出す」


 そしてスープに息を吹きかけながら謳うように呟いた。


「願わくば、彼らの未来に良い結末を」


 世界の意思たる女性が抱いた、小さな願い。


 叶える者はいないそれを、黒い竜だけが静かに聞いていた。

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