エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
終わりのない願い
世界図書館にて、ティエル・エデンは黒のドレスに身を包んだ妙齢の女性と机を挟んで向かい合った状態で座っていた。
「今回の氷河期は僕が起こしたんだよ」
すると紅茶を優雅に嗜む彼女、エリエ・F・オリジンが世間話でもするようにそう切り出した。
突然の告白にティエルはただ困惑する。
顔を合わせるのはこれで三度目になるが、未だに自身を『世界の意志』と名乗る彼女の人となりは掴めていない。
「どうしても救いたいものがあったんだ」
表情からもそれが読み取れたのだろう。エリエは自虐の滲む笑みを浮かべるとまるで懺悔をするようにぽつりぽつりと事のあらましを語り始めた。
「僕は、自分が楽をするために一つの機関を作った。それが『世界の願いを叶える機関』――エヴィだ」
聞いた話によるとエリエは一番初めに生まれた生命体であり、世界の始まりから今まで、そしてこれからを記録するために存在するのだという。
しかし、ただ記録するだけではつまらない。
そう考えた彼女は複数の生き物を創り出し、彼らが紡ぎ出す物語を本という形にすることにした。
エヴィ・F・エンドレスはその過程で生まれたらしい。
「あの子は生み出されてからずっと、尽きない願いを叶えてきた。果てしない時を、そうやって存在してきた」
エリエは深く息を吐くと、固く瞼を閉じた。
「一度だけ、エヴィに言われたことがある。何のために私は居るのかって。
永い時の中でエヴィは自我を持つようになり、次第に自分の存在に疑問を抱くようになっていたんだ」
次に見えた空色の瞳はさざ波のように揺れ動き、そこから全ての感情を読み取ることは出来ない。
「だから僕は、彼女を救うことにした」
反射的なものなのか、彼女の口角が僅かに持ち上がる。
それはあまりに歪で、見ているだけで胸が苦しくなる。
「それが今回の氷河期だった。僕は氷河期を解決した後、エヴィが機関から解放されるように願った。
そのために、僕は九百年もの間、君達を苦しめ続けたんだよ」
それだけ言ってエリエは再び紅茶に口を付けた。
「どうして」
その姿をじっと見つめながらティエルは呻くように声を上げる。
「どうして俺にそんな話をするんですか」
「君には知っておいてほしかったから」
その質問がくると予想していたのか。エリエの返事は早かった。
「フェリカ・Relは僕に踊らされてしまっただけなんだって」
そして続けてそう言われてしまい、ついにティエルは言葉を失った。
いきなりそう言われても気持ちの整理など付くはずもない。
正直なところフェリカに対する思いすらも未だに消化できずにいるのだ。
押し黙るティエルを見かねたのか、エリエは突然ぱんっと軽く手を打った。
「今日の話はこれでおしまい。続きはまた今度にしよう」
そして、切り替えるように明るい笑顔を浮かべる。
「実は、君に会わせたい人がいるんだ」
俯けた顔をそのままに伺うように視線だけを向ける。
「会わせたい人」
そうと頷いた彼女は音もなく椅子から立ち上がると部屋の奥にある階段を指差した。
「ロエル」
静かな呼び声。
ティエルはエリエが指差した方向に顔を向けた。
すると、階段の先にあった部屋の扉が開き、陰鬱な表情を浮かべた青年、ロエル・Voiが姿を現す。
「見てて」
思わず眉をひそめそうになった時、いつの間にか横に立っていたエリエがそう囁く。
彼女は階段の方を向いたまま、口元に柔和な笑みを浮かべていた。
それにつられてティエルは再びロエルへと視線を移す。
彼はしばらく扉の前に立ち尽くして“誰か”に何事かを話している。
その声はこちらまで届かないが、その誰かがエリエの言っていた会わせたい人なのだということはわかった。
そして再びロエルが動き出す。
階段をゆっくと一段一段降りていく彼は手を引いていた。
「え……」
その先の人物を見た瞬間、ティエルは声を無くす。
立ち上がった拍子に椅子が倒れた音も遠くのことのように聞こえた。
「『世界の願いを叶える機関』。その発動条件は世界の願いが集まることと、エヴィ本人がその願いを叶えたいと望むこと。
僕と『竜の父』。あの子を機関から解放するための願いなら十分にあった。
けれど、肝心の彼女にそれを望ませることが僕達にはできなかった」
エリエの言葉もどこか遠くて現実味がない。
けれど。
「最後のピースを埋めてくれたのは、君だよ、ティエルくん」
その言葉だけは、なぜかはっきりと胸の中に滑り込んだ。
気付いた時にはティエルは泣いていた。涙がとめどなく溢れ出して、視界がぼやける。
「ありがとう」
そして、エリエのその言葉がティエルの背中を押した。
階段をゆっくりとくだってくる二人の元へと駆け出す。
ロエルは階段の中腹のあたりで足を止め、“彼女”を前へと誘った。
そして最後の段を下りた時、彼女は、エヴィ・F・エンドレスは照れたようにはにかんでみせた。
「エヴィ!」
その名を何度も何度も繰り返しながらティエルは彼女のことを抱き締める。
エヴィは少し戸惑ったように両手を彷徨わせ、しばらくしてからティエルの首に腕を回した。
「ただいま」
そう耳元で囁く声に紛れもなく彼女が生きているのだと実感する。
「おかえり」
細い体から伝わる鼓動を確かに感じながら、二人はいつまでも抱き合っていた。
「今回の氷河期は僕が起こしたんだよ」
すると紅茶を優雅に嗜む彼女、エリエ・F・オリジンが世間話でもするようにそう切り出した。
突然の告白にティエルはただ困惑する。
顔を合わせるのはこれで三度目になるが、未だに自身を『世界の意志』と名乗る彼女の人となりは掴めていない。
「どうしても救いたいものがあったんだ」
表情からもそれが読み取れたのだろう。エリエは自虐の滲む笑みを浮かべるとまるで懺悔をするようにぽつりぽつりと事のあらましを語り始めた。
「僕は、自分が楽をするために一つの機関を作った。それが『世界の願いを叶える機関』――エヴィだ」
聞いた話によるとエリエは一番初めに生まれた生命体であり、世界の始まりから今まで、そしてこれからを記録するために存在するのだという。
しかし、ただ記録するだけではつまらない。
そう考えた彼女は複数の生き物を創り出し、彼らが紡ぎ出す物語を本という形にすることにした。
エヴィ・F・エンドレスはその過程で生まれたらしい。
「あの子は生み出されてからずっと、尽きない願いを叶えてきた。果てしない時を、そうやって存在してきた」
エリエは深く息を吐くと、固く瞼を閉じた。
「一度だけ、エヴィに言われたことがある。何のために私は居るのかって。
永い時の中でエヴィは自我を持つようになり、次第に自分の存在に疑問を抱くようになっていたんだ」
次に見えた空色の瞳はさざ波のように揺れ動き、そこから全ての感情を読み取ることは出来ない。
「だから僕は、彼女を救うことにした」
反射的なものなのか、彼女の口角が僅かに持ち上がる。
それはあまりに歪で、見ているだけで胸が苦しくなる。
「それが今回の氷河期だった。僕は氷河期を解決した後、エヴィが機関から解放されるように願った。
そのために、僕は九百年もの間、君達を苦しめ続けたんだよ」
それだけ言ってエリエは再び紅茶に口を付けた。
「どうして」
その姿をじっと見つめながらティエルは呻くように声を上げる。
「どうして俺にそんな話をするんですか」
「君には知っておいてほしかったから」
その質問がくると予想していたのか。エリエの返事は早かった。
「フェリカ・Relは僕に踊らされてしまっただけなんだって」
そして続けてそう言われてしまい、ついにティエルは言葉を失った。
いきなりそう言われても気持ちの整理など付くはずもない。
正直なところフェリカに対する思いすらも未だに消化できずにいるのだ。
押し黙るティエルを見かねたのか、エリエは突然ぱんっと軽く手を打った。
「今日の話はこれでおしまい。続きはまた今度にしよう」
そして、切り替えるように明るい笑顔を浮かべる。
「実は、君に会わせたい人がいるんだ」
俯けた顔をそのままに伺うように視線だけを向ける。
「会わせたい人」
そうと頷いた彼女は音もなく椅子から立ち上がると部屋の奥にある階段を指差した。
「ロエル」
静かな呼び声。
ティエルはエリエが指差した方向に顔を向けた。
すると、階段の先にあった部屋の扉が開き、陰鬱な表情を浮かべた青年、ロエル・Voiが姿を現す。
「見てて」
思わず眉をひそめそうになった時、いつの間にか横に立っていたエリエがそう囁く。
彼女は階段の方を向いたまま、口元に柔和な笑みを浮かべていた。
それにつられてティエルは再びロエルへと視線を移す。
彼はしばらく扉の前に立ち尽くして“誰か”に何事かを話している。
その声はこちらまで届かないが、その誰かがエリエの言っていた会わせたい人なのだということはわかった。
そして再びロエルが動き出す。
階段をゆっくと一段一段降りていく彼は手を引いていた。
「え……」
その先の人物を見た瞬間、ティエルは声を無くす。
立ち上がった拍子に椅子が倒れた音も遠くのことのように聞こえた。
「『世界の願いを叶える機関』。その発動条件は世界の願いが集まることと、エヴィ本人がその願いを叶えたいと望むこと。
僕と『竜の父』。あの子を機関から解放するための願いなら十分にあった。
けれど、肝心の彼女にそれを望ませることが僕達にはできなかった」
エリエの言葉もどこか遠くて現実味がない。
けれど。
「最後のピースを埋めてくれたのは、君だよ、ティエルくん」
その言葉だけは、なぜかはっきりと胸の中に滑り込んだ。
気付いた時にはティエルは泣いていた。涙がとめどなく溢れ出して、視界がぼやける。
「ありがとう」
そして、エリエのその言葉がティエルの背中を押した。
階段をゆっくりとくだってくる二人の元へと駆け出す。
ロエルは階段の中腹のあたりで足を止め、“彼女”を前へと誘った。
そして最後の段を下りた時、彼女は、エヴィ・F・エンドレスは照れたようにはにかんでみせた。
「エヴィ!」
その名を何度も何度も繰り返しながらティエルは彼女のことを抱き締める。
エヴィは少し戸惑ったように両手を彷徨わせ、しばらくしてからティエルの首に腕を回した。
「ただいま」
そう耳元で囁く声に紛れもなく彼女が生きているのだと実感する。
「おかえり」
細い体から伝わる鼓動を確かに感じながら、二人はいつまでも抱き合っていた。
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