エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
1
それから数日は何事もなく過ぎた。大きな騒ぎもなく、大きな事件もなく。
トラスト王国での事件はリン・トラストの言った通り、盗賊二人の凶行であると片付けられた。
しかし、しばらくの間は警戒するにこしたことはないという判断によりエデン城から数名、兵がトラスト王国に派遣されている。
そしてティエル・エデンはいつものようにフェリカ・Relの歴史授業を受けていた。
「こうして、世界は突如として氷河期に見舞われたわけです」
授業は佳境に入り、世界は氷河期になっていた。今も、エデン・ガーデンを苦しめる氷河期。
世界を見て回り、その恐怖と理不尽さを体感したフェリカだからか、その弁には熱がこもっていた。
「突如として気温が急低下し、雪がちらつくようになりました。それはやがて勢いを増し、いつの間にか毎日のように吹雪が続くようになりました。
さすがにその状態で戦争を続けるわけにはいかず、およそ八十年間続いたリュウ・ヒト戦争はそこで半ば打ち切られるように終息したのです」
そこからはざっと竜と人がどのようにして協力関係を結び、どういう道を辿ったのかを流れるように説明される。
その間にエヴィの話が一度として出てくることはなかった。
「竜人はこのあたりから生まれてきます。初めに竜人を生んだのは竜王エデンとかつて人間の国を総べていたヴィオ家のランという女性でした。聡明で笑顔の素敵な方だった。魔力が強く、我々でも舌を巻いたほどです」
突然浮上した名前にティエルは思わずぎょっとした。
「ヴィオ家が、竜人を?」
「はい。容易なことではありませんでしたが、……奇跡が起きたのです」
奇跡、その言葉を口にした後、フェリカは一瞬後悔するような素振りを見せた。
「今日の授業はもう終わりにしましょう」
そして切り替えるようにそういう。
「え、でも」
しかし時間は半分以上残っていた。
「代わりに少し雑談にお付き合いください」
フェリカはにこりと微笑むと椅子を持ってきてティエルの前に座った。
広い教室の真ん中で、小さな机を間にして向かいあう。
「ティエル様は『願いを叶える機関』というものをご存じですか?」
突然そう言ったフェリカ。ティエルはその単語を何処かで聞いたことがあるような気がして、小さく唸った。
「それって、昔話に出てくるやつのことですか?」
そしてふと思い出したように言う。
「世界に大きな異変が現れると決まって真っ白な少女が現れて願いを叶えて消えていく、っていう」
どこでその話を見たのかを思い出そうとして、図書館以外でそんな話を聞くはずがないということに思い至る。
「図書館にある本の中にありますよね、その話」
「はい」
フェリカは満足そうに頷くと静かな声音で言った。
「ティエル様はそれを嘘やお伽噺だと思いますか?」
思わず居住まいを直してフェリカに向かい合う。
「正直言って、わかりません」
ティエルは真っ直ぐ相手を見据えてそう言い切った。
すると頷いてフェリカも賛同する。
「そうですね。私もそう思います。きっと、わかるのはあの方くらいです」
それが誰かは聞くまでもなかった。だからティエルは口を閉じて黙ってフェリカの言葉を聞いていた。
「でも、そうだったらいいなと思うのです。いてくれたら、良いなと」
そうして少女のように瞳を輝かせて、フェリカは言葉を続ける。
「もしその『機関』がいてくれるのなら、この終わりの見えない氷河期ももしかしたら終わるかもしれない。そんな風に私は思ってしまうのです。もしそうなら、夢のようだと。
でも、終わってない。だから、もしかしたら居ないのかもしれませんね」
しかしその顔は話している内にだんだんと暗いものになっていく。顔に深い影が落ち、表情を窺うことも難しい。
「もしくは、他の理由があるのかもしれません。『機関』が出てくるための願いが足りない、とか」
考えもしなかった可能性にティエルは咄嗟になるほどと頷いた。
するとフェリカはゆるゆると首を横に振った。
「……憶測ですけどね。いるかもわかりませんし」
授業を中断してまで話すようなことでもありませんね、とフェリカは力なく微笑んだ。
その寂しげな顔を見てたくなくて、ティエルは思わず口を開いた。
「昔、ロエルが言ってたことがあるんです。『僕が作る本には嘘や偽りは書けない』と。
その言葉を信用するなら、その『願いを叶える機関』はいるんだと思います」
なんだか恥ずかしいようなことを言った気がして、ティエルは口を噤んだ。
「ありがとうございます」
すると、フェリカが悲しそうに微笑む。
「いえ」
その笑みの意味がわからなくて、ティエルはただただ首を横に振った。
トラスト王国での事件はリン・トラストの言った通り、盗賊二人の凶行であると片付けられた。
しかし、しばらくの間は警戒するにこしたことはないという判断によりエデン城から数名、兵がトラスト王国に派遣されている。
そしてティエル・エデンはいつものようにフェリカ・Relの歴史授業を受けていた。
「こうして、世界は突如として氷河期に見舞われたわけです」
授業は佳境に入り、世界は氷河期になっていた。今も、エデン・ガーデンを苦しめる氷河期。
世界を見て回り、その恐怖と理不尽さを体感したフェリカだからか、その弁には熱がこもっていた。
「突如として気温が急低下し、雪がちらつくようになりました。それはやがて勢いを増し、いつの間にか毎日のように吹雪が続くようになりました。
さすがにその状態で戦争を続けるわけにはいかず、およそ八十年間続いたリュウ・ヒト戦争はそこで半ば打ち切られるように終息したのです」
そこからはざっと竜と人がどのようにして協力関係を結び、どういう道を辿ったのかを流れるように説明される。
その間にエヴィの話が一度として出てくることはなかった。
「竜人はこのあたりから生まれてきます。初めに竜人を生んだのは竜王エデンとかつて人間の国を総べていたヴィオ家のランという女性でした。聡明で笑顔の素敵な方だった。魔力が強く、我々でも舌を巻いたほどです」
突然浮上した名前にティエルは思わずぎょっとした。
「ヴィオ家が、竜人を?」
「はい。容易なことではありませんでしたが、……奇跡が起きたのです」
奇跡、その言葉を口にした後、フェリカは一瞬後悔するような素振りを見せた。
「今日の授業はもう終わりにしましょう」
そして切り替えるようにそういう。
「え、でも」
しかし時間は半分以上残っていた。
「代わりに少し雑談にお付き合いください」
フェリカはにこりと微笑むと椅子を持ってきてティエルの前に座った。
広い教室の真ん中で、小さな机を間にして向かいあう。
「ティエル様は『願いを叶える機関』というものをご存じですか?」
突然そう言ったフェリカ。ティエルはその単語を何処かで聞いたことがあるような気がして、小さく唸った。
「それって、昔話に出てくるやつのことですか?」
そしてふと思い出したように言う。
「世界に大きな異変が現れると決まって真っ白な少女が現れて願いを叶えて消えていく、っていう」
どこでその話を見たのかを思い出そうとして、図書館以外でそんな話を聞くはずがないということに思い至る。
「図書館にある本の中にありますよね、その話」
「はい」
フェリカは満足そうに頷くと静かな声音で言った。
「ティエル様はそれを嘘やお伽噺だと思いますか?」
思わず居住まいを直してフェリカに向かい合う。
「正直言って、わかりません」
ティエルは真っ直ぐ相手を見据えてそう言い切った。
すると頷いてフェリカも賛同する。
「そうですね。私もそう思います。きっと、わかるのはあの方くらいです」
それが誰かは聞くまでもなかった。だからティエルは口を閉じて黙ってフェリカの言葉を聞いていた。
「でも、そうだったらいいなと思うのです。いてくれたら、良いなと」
そうして少女のように瞳を輝かせて、フェリカは言葉を続ける。
「もしその『機関』がいてくれるのなら、この終わりの見えない氷河期ももしかしたら終わるかもしれない。そんな風に私は思ってしまうのです。もしそうなら、夢のようだと。
でも、終わってない。だから、もしかしたら居ないのかもしれませんね」
しかしその顔は話している内にだんだんと暗いものになっていく。顔に深い影が落ち、表情を窺うことも難しい。
「もしくは、他の理由があるのかもしれません。『機関』が出てくるための願いが足りない、とか」
考えもしなかった可能性にティエルは咄嗟になるほどと頷いた。
するとフェリカはゆるゆると首を横に振った。
「……憶測ですけどね。いるかもわかりませんし」
授業を中断してまで話すようなことでもありませんね、とフェリカは力なく微笑んだ。
その寂しげな顔を見てたくなくて、ティエルは思わず口を開いた。
「昔、ロエルが言ってたことがあるんです。『僕が作る本には嘘や偽りは書けない』と。
その言葉を信用するなら、その『願いを叶える機関』はいるんだと思います」
なんだか恥ずかしいようなことを言った気がして、ティエルは口を噤んだ。
「ありがとうございます」
すると、フェリカが悲しそうに微笑む。
「いえ」
その笑みの意味がわからなくて、ティエルはただただ首を横に振った。
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