エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
2
トラスト王国城下町の名物と言えば商店街だろう。
しかし商店街と言っても国によってそう決められているわけではない。
大国であるトラスト王国には全国各地から出稼ぎに来る者達が集まる。彼らは大概、自分の得意とする物や故郷の特産品を売る出店を開いて生計を立てる。
そうして生まれた多種多様な出店。それらは自然と同業者の近くに店を出すことを避け、違う物を扱う店の近くに集まり、一つの塊となった。それが段々と規模が大きくなっていき、それを商店街と名付けたのが商店街の始まりだ。
そうして何代も何代も続いていった商店街は、やがてそこにあることが当たり前となり、気づけばトラスト王国の名物となっていた。
図書館から出たティエル。彼は図書館領からトラスト王国領に入り、トラスト城を目指して歩いていた。
現在はその途中にある、トラスト王国の中でも一番規模の大きい商店街を歩いている最中。活気づいた声が四方からティエルを包み込んでいた。
渋い声、若い声、高い声、低い声、男性の声、女性の声、大人の声、子供の声。
その中でも一際大きいのは、やはり出店を開く主人達の渋くて低い声だった。
それぞれに声質の違う彼ら。その共通点をあえて言うのであれば、どこでもかしこでも言葉の始めが「安いよ!」ということだ。
「たいして安くもないけどね」
馴染みのある場所だからか、そう呟いたティエルはやや饒舌で、そして辛口だった。
民家の出入り口を遮るように道路の両脇に出店が展開され、あれがあるよこれがあるよと騒がしく人々が喚き立てる。
笑顔で去っていく人や、余所見をしながら歩いている人にぶつからないよう、注意しながら歩いていく。するとどこからか
「にいちゃん!」
と聞き慣れた声がした。
「?」
足を止めて声の方に顔を向ける。
「うわっ」
そして、眼前めがけて飛んできた物体に条件反射で手を挙げた。
挙げると同時に見事に手中に収まったそれを見る。
それは大きくて丸く、赤くて瑞々しい野菜だった。見たことのない野菜だ。
「珍しい野菜が手に入ったんだ。やるよ!」
野菜を投げた八百屋の亭主が誇らしげに手を振り上げた。
「ありがとう、野菜屋のおっちゃん」
ティエルは受け取った野菜を掲げる。
「そのかわり宣伝頼むよ!」
「はいはい」
ちゃっかりしている八百屋に苦笑を浮かべながら、ティエルは野菜を頬張ってまた歩き始めた。
外はしゃきしゃきとしているのに、中は熟れて柔らかい。不思議な食感の野菜だった。
「お、にいさんおいしそうなもの食べてるね。どこのだい、それ」
歩を進めていると、接客をしていた別の店の店主がちゃかすように聞いてきた。
「そこの八百屋の野菜だよ。珍しい野菜らしい。今なら安く売ってくれるかも」
それにのって軽い調子で答える。
するとそれを受けた店主が八百屋と自分の店の宣伝を始めた。その八百屋の主人は実は、という暴露話に周りが沸き立ち、店主の店の物を買っていった人々が次は八百屋に向けて歩き出す。
相互扶助。それがこの商店街の鉄則だと誰かが言っていたことを思い出した。
そして、それに触発された別の店も他人の店と自分の店の宣伝を始める。
喧噪と喧噪が混ぜ合わさって気づけばどんちゃん騒ぎになっていた。
ティエルはつられ笑いをしながら歩を進めていく。
長い商店街。入り口付近はどんちゃん騒ぎでも、半ばになるとそれも少しだけ引いてくる。
騒ぎを知らず、野菜に好奇の眼差しを向けてくる人に説明しながら歩いていると、道を遮るように人集りが出来ているのを見つけた。
「今度はなんだ?」
時折巻き起こる拍手の嵐。
ティエルは「失礼します」と言いながら、人垣をかき分けて中心に近付いていった。
ぎゅうぎゅうと狭い場所に人を突っ込んだ時特有の密度と熱気の中。そこから逃げるように少しでも広い場所を求めてティエルはするすると人と人の間に体を滑り込ませた。
しばらくそうしていると、突然、なんの前触れもなく視界が開けた。
「うわっと……」
勢い余って前に踊り出そうになるのを堪える。
そして顔を挙げ
「!?」
目を見開いた。
「鍛冶屋トルタ、よろしくお願いします!」
そう言った全身真っ黒の少女が美しい旋律を奏でていた。
指は鳴らさず、喉と口で歌を奏でる。彼女が歌いだすと、人々はうっとりと表情を緩ませて聞き入っていた。
その歌はケーイ・A・ヴィオの流れるような歌とは違い、直接心に沁みこんでくるような歌だ。
ティエルも呆然と、笑顔で歌う少女の姿を見つめた。
歌は終わりに向かうように、起伏をつけながら徐々に徐々に大きくなっていく。そして、最後に一際高く、一際大きな音を奏でると静かに二重線を引いた。
間。
長い沈黙の後、堰を切ったように溢れんばかりの拍手が巻き起こる。つられてティエルも手を打っていた。
「ありがとうございました」
歌を奏で終えた少女、エヴィ・F・エンドレスは照れ笑いを浮かべ、深々と観衆に頭を下げる。
彼女のおかげで『鍛冶屋トルタ』はしばらく人込みが消えなかった。
しかし商店街と言っても国によってそう決められているわけではない。
大国であるトラスト王国には全国各地から出稼ぎに来る者達が集まる。彼らは大概、自分の得意とする物や故郷の特産品を売る出店を開いて生計を立てる。
そうして生まれた多種多様な出店。それらは自然と同業者の近くに店を出すことを避け、違う物を扱う店の近くに集まり、一つの塊となった。それが段々と規模が大きくなっていき、それを商店街と名付けたのが商店街の始まりだ。
そうして何代も何代も続いていった商店街は、やがてそこにあることが当たり前となり、気づけばトラスト王国の名物となっていた。
図書館から出たティエル。彼は図書館領からトラスト王国領に入り、トラスト城を目指して歩いていた。
現在はその途中にある、トラスト王国の中でも一番規模の大きい商店街を歩いている最中。活気づいた声が四方からティエルを包み込んでいた。
渋い声、若い声、高い声、低い声、男性の声、女性の声、大人の声、子供の声。
その中でも一際大きいのは、やはり出店を開く主人達の渋くて低い声だった。
それぞれに声質の違う彼ら。その共通点をあえて言うのであれば、どこでもかしこでも言葉の始めが「安いよ!」ということだ。
「たいして安くもないけどね」
馴染みのある場所だからか、そう呟いたティエルはやや饒舌で、そして辛口だった。
民家の出入り口を遮るように道路の両脇に出店が展開され、あれがあるよこれがあるよと騒がしく人々が喚き立てる。
笑顔で去っていく人や、余所見をしながら歩いている人にぶつからないよう、注意しながら歩いていく。するとどこからか
「にいちゃん!」
と聞き慣れた声がした。
「?」
足を止めて声の方に顔を向ける。
「うわっ」
そして、眼前めがけて飛んできた物体に条件反射で手を挙げた。
挙げると同時に見事に手中に収まったそれを見る。
それは大きくて丸く、赤くて瑞々しい野菜だった。見たことのない野菜だ。
「珍しい野菜が手に入ったんだ。やるよ!」
野菜を投げた八百屋の亭主が誇らしげに手を振り上げた。
「ありがとう、野菜屋のおっちゃん」
ティエルは受け取った野菜を掲げる。
「そのかわり宣伝頼むよ!」
「はいはい」
ちゃっかりしている八百屋に苦笑を浮かべながら、ティエルは野菜を頬張ってまた歩き始めた。
外はしゃきしゃきとしているのに、中は熟れて柔らかい。不思議な食感の野菜だった。
「お、にいさんおいしそうなもの食べてるね。どこのだい、それ」
歩を進めていると、接客をしていた別の店の店主がちゃかすように聞いてきた。
「そこの八百屋の野菜だよ。珍しい野菜らしい。今なら安く売ってくれるかも」
それにのって軽い調子で答える。
するとそれを受けた店主が八百屋と自分の店の宣伝を始めた。その八百屋の主人は実は、という暴露話に周りが沸き立ち、店主の店の物を買っていった人々が次は八百屋に向けて歩き出す。
相互扶助。それがこの商店街の鉄則だと誰かが言っていたことを思い出した。
そして、それに触発された別の店も他人の店と自分の店の宣伝を始める。
喧噪と喧噪が混ぜ合わさって気づけばどんちゃん騒ぎになっていた。
ティエルはつられ笑いをしながら歩を進めていく。
長い商店街。入り口付近はどんちゃん騒ぎでも、半ばになるとそれも少しだけ引いてくる。
騒ぎを知らず、野菜に好奇の眼差しを向けてくる人に説明しながら歩いていると、道を遮るように人集りが出来ているのを見つけた。
「今度はなんだ?」
時折巻き起こる拍手の嵐。
ティエルは「失礼します」と言いながら、人垣をかき分けて中心に近付いていった。
ぎゅうぎゅうと狭い場所に人を突っ込んだ時特有の密度と熱気の中。そこから逃げるように少しでも広い場所を求めてティエルはするすると人と人の間に体を滑り込ませた。
しばらくそうしていると、突然、なんの前触れもなく視界が開けた。
「うわっと……」
勢い余って前に踊り出そうになるのを堪える。
そして顔を挙げ
「!?」
目を見開いた。
「鍛冶屋トルタ、よろしくお願いします!」
そう言った全身真っ黒の少女が美しい旋律を奏でていた。
指は鳴らさず、喉と口で歌を奏でる。彼女が歌いだすと、人々はうっとりと表情を緩ませて聞き入っていた。
その歌はケーイ・A・ヴィオの流れるような歌とは違い、直接心に沁みこんでくるような歌だ。
ティエルも呆然と、笑顔で歌う少女の姿を見つめた。
歌は終わりに向かうように、起伏をつけながら徐々に徐々に大きくなっていく。そして、最後に一際高く、一際大きな音を奏でると静かに二重線を引いた。
間。
長い沈黙の後、堰を切ったように溢れんばかりの拍手が巻き起こる。つられてティエルも手を打っていた。
「ありがとうございました」
歌を奏で終えた少女、エヴィ・F・エンドレスは照れ笑いを浮かべ、深々と観衆に頭を下げる。
彼女のおかげで『鍛冶屋トルタ』はしばらく人込みが消えなかった。
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