エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

7

 竜が去ってからそう時間がかからない内にケーイ達が森の中から帰ってきた。


「儀式は終わったぞォ」


 明るい声音で言うケーイはエヴィを連れ、満面の笑みを浮かべてティエルに近付く。


「任務完了か?」


 ティエルはその顔を険しい目つきでじっと見つめた。


「ああ」


 その様子にケーイは怪訝そうに眉を寄せ、戸惑いながら頷いた。


 それを見てティエルはようやく安心したように深く息を吐く。


「良かった……」


 そう呟いた声は今にも消え入りそうだった。


「なんだ、心配してくれてたのか?」


 それにケーイは顔をにやつかせる。


 するとティエルはむっと口を引き結んでしばらく黙り込んだ。しかし、あまり時間をかけずにまた乱暴に口を開く。


「当たり前だろ。それより、本当に何もなかったか?」


「なかったよ。


 私達よりもそっちはどうだったんだ。何か問題でもあったのか?」


 しつこい、とでも言うような突き放した口調。


「……なかった、とは言わない」


 ティエルは言いにくそうに口の中でごにょごにょと呟いた。それに腹を立てたケーイは顔をしかめて腰に手を当てる。


「歯切れが悪いな。はっきり言え」


 いつの間にか立場が逆転し、ケーイがティエルを詰問していた。


 その状況にティエルは思わず口を噤んだ。


 そして逃げ場を探して咄嗟に横目でエヴィを見る。同時にエヴィも特に怪我などをした様子がないことを確認する。


 それは表に出さず、心の中でだけ安堵した。


 それから噛みしめるように言葉を吐き出す。


「竜がきた」


 ケーイはただ黙って目を見開いた。エヴィは少し俯きがちになっていた顔を跳ね上げ、ティエルの方を見る。そして同時に近くで話を聞いていた兵から後続に話が伝播し、場が一時騒然となる。


「見ての通り、被害はない。しかし竜と接触したという事実は伝えておく。続きは帰ってからにしよう」


 兵達のざわつきが一段と大きくなってくるのを感じ、ティエルはそれを制する為に手を挙げた。


「これより、本部隊は城へ帰還する。先の話についての詳細は後日伝える。今言えるのは竜の接触目的は不明だが、今すぐ害を為す相手でないということのみだ。今後どうするかについても後日連絡することになるだろう」


 その声に騒がしかった兵達が一斉に静まり返る。


「全員、テレポートターへ移るぞ!」


 ティエルの一声を受けてケーイが厳しい声で言う。


 兵達は一斉に「は!」と敬礼をした後、百八十度回転して同時に歩き始めた。


「竜って、どんな?」


 その隙に血相を変えたエヴィが食いつくようにティエルに詰め寄った。


 それをケーイが制する。


「まあまあ。今は話し込んでる暇もないし、私達も早く戻ることにしよう」


 エヴィはうっ、と堪えるように口を引き結んだ。そして無理矢理後ろを向かされ、ケーイに背中を押される形で歩き出す。


 並んで歩く二人の後ろを追いかけるティエルを最後に、セントラル地帯遠征部隊は未踏地帯を背に歩き出した。


 そこからしばらく歩くこと十数分。ようやく大規模転送装置テレポーターまで戻る。


 テレポーターは例えて言うなら、円柱型をした台座の上に逆さのコップを載せたような形をしている。


 人の身長は越える巨大な黒い台座があり、その上を透明なガラスで出来た筒状の物体が覆っているのだ。台座の上部には魔法陣が掘ってある。その陣は転移魔法の陣で、それがそのテレポーターにその機能を与えている。


 とはいえ、もう七百年近くメンテナンスが行われておらず、いつ崩れるかもよくわからない代物になっているのだが。


 テレポーターは失われた人間文明、『科学』の産物の一つだ。現代人や竜人には全く理解出来ない技術で作られたこの物体は謎が多い。


 それに手を加えることは不可能に近い。


「機械って言うの」


 一度に百人しか移動出来ないテレポーターは大規模遠征部隊の全員を一回で戻すことは出来ない。ぼんやりとテレポーターを見つめていたティエルにそう言ったのは他の誰でもないエヴィだった。


「機械?」


「うん。みんなそう呼んでたの」


 懐かしげにテレポーターを見つめるエヴィ。そこでティエルはこの少女がまだ九百年の眠りから目覚めて二日しかたって居ないことを思い出した。


「わたし、まだこの時代のことよくわかってないけど、一つだけわかってることがあるの」


 彼女はティエルに微笑みかける。


「人の技術でのこってるのはもう転送装置これと魔法永劫維持装置だけなんでしょう?」


 そして、かくんと壊れたように首を傾げてみせた。


 一瞬、それに何を言おうか迷う。悲しげに、それでいて悟ったように笑う少女に何と言おうか考える。


「うん。もう人の文化はほとんどが退廃したって聞いてる」


 迷った結果、ティエルは嘘を吐かずに正直に頷いた。


「俺が生まれた頃にはもうとっくのとうに遺産ロストテクノロジー扱いだった。俺はこれがなんなのか半分も理解出来てないし、どれくらい凄い物なのかもよくわからない位だ」


 少し俯きがちに呟く。すると「そっか」と沈んだ声が返ってきた。その声に自分の無知を痛感する。同時に竜の嘲笑が頭の中に蘇ってきた。


「今日、竜に言われたんだ。『科学』を無くした俺達は竜には勝てないって。


 ……これってそんなに凄い物なのか?」


 ごうんごうんと重低音を響かせて転送装置が動き出す。転送装置は淡い翠色の光を放ち、それがガラスの筒の中を包み込んだ。


 徐々に光を強めるそれを見て、ティエルは眩しそうに目を細めた。


 エヴィもその光に少ししかめた顔をする。


「それを説明するのはちょっとメンドーなの。ただ、確かに『科学』のおかげで人は竜と同等にたたかえたっていうのはそのとおりだと思う」


 慎重に、言葉を選ぶように、でも滔々と言葉が滑り落ちていく。


「『科学』の目的は魔力を増大させることと半永劫つかえるようにすること。強力な魔力はそれだけで強大な武器だから」


 その言葉をティエルは半分も理解出来なかった。


「魔力が強くなっただけでそんな簡単に力関係って変わるものなのか?」


 どうにも納得出来ずに不思議そうに首を傾げると、エヴィは「え!?」と驚嘆の声を上げた。


「な、何?」


 何かまずいことを言っただろうかと余計に首を捻るティエル。エヴィは憐れむように、同時に呆れたように溜息を吐いた。


「ティエルはちょっと、魔力に関する知識がなさすぎるの」


 少女の口から出てきたのは、今まで何度も何度も言われ続けた言葉。


「だって、俺使えないし……」


 ティエルは少し拗ねたように唇を尖らせた。


「そういう問題じゃないの」


 しかしエヴィは、容赦なくぴしゃりとそう言い放つ。


「お城に戻ってから時間ある?」


 眉を寄せた端正な顔がぐいっとティエルに詰め寄った。


「え、うん?」


 それに思わず後ろに仰け反りながら応じる。


「じゃあ、竜のことを聞いた後でわたしがティエルにちょっとだけ魔法の講義をしてあげるの」


 かわいらしい顔の上方にある形の整った眉をつり上げ、黒い魔女は挑発するように口の端を持ち上げた。

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