エデン・ガーデン ~終わりのない願い~

七島さなり

6

 四方を取り囲むように兵が配置される。


「うん?」


 その中央に佇む巫女。彼女は不思議そうな顔で空を見上げた。


「大丈夫なの」


 それに近くに居たエヴィが応じる。


「……」


 巫女、ケーイは視線をエヴィに向けた。


 何が大丈夫なのだろうと彼女を見つめる。しかし黒い少女はただただ拒絶するように微笑むだけだった。


 後ろ髪を引かれながらも、仕方なく前に向き直す。


 ケーイは切り替えるように頭を緩く振った。


 そして、


「始めましょう」


 よく通る風鈴のような涼やかな声でそう言った。


 それをきっかけに、ケーイの纏う雰囲気ががらりと変わる。それはまるで、従者から軍人へ、軍人から従者へ変わる時のようにスムーズでありながら、その二つとは明らかに違う変化だった。


「っ」


 それにエヴィが息を呑む。


「初めての方は、皆そういうお顔をなさいます」


 普段とはまるで違う口調、雰囲気。ケーイはそのまま悲しげに目を伏せた。


「しかし、これもまた私なのです」


 受け入れてください、と言って巫女は自嘲気味に笑う。普段の好戦的な笑みとは違う、淑やかで落ち着きのある笑みだった。 


「ち、違うの、ただにてるな、って思って……」


 だからエヴィは必死に首を横に振った。


「?」


 ケーイは少し不思議そうな顔をしたあと


「もしかしてご先祖様に、ですか?」


 と自信なさげに呟いた。


「うん」


 それにエヴィは噛みつくように深く頷く。


「とってもにてるの。その、変わりかたとか、変わったあとの雰囲気が」


 たどたどしい口調で必死に説明をしようとする。しかし上手く言葉が出てこない。


「上手くいえないんだけど、びっくりしたの」


 結局そうまとめると、ケーイは


「それなら、良かった。これで拒絶されることもあるものですから……」


 と不安が消えたような晴れやかな笑顔を浮かべた。


 そしてもう一度薄く微笑むとエヴィに背を向け、流れるような動作で地面に正座した。そして祈るように手を前に組む。


 それはこの世界に古くから伝わる、世界に祈りを捧げる為の体勢だ。


『風凉の巫女』。本来の自分の姿、自分の役目に戻ったケーイは深く息を吸い込むと祈るように歌い始めた。


 風を涼やかに繰る巫女の歌声。


 それは大地を育む賛美歌。


 憂いを含みながらも深い慈しみの籠もった旋律。


 その歌は風と共に森に響きわたり、同時にそこに居る者全てを包み込んだ。


 誰もがその歌声に魅了され、ただ無言で聞き入ってしまう。


 それはまさに魅惑的な風音かざおと。心に落ちる涼やかな


 やがて、彼女の歌に合わせて鮮やかな緑色の光がふわふわと舞い始める。それは遊ぶように、そして染み込むように大地に降ると波紋となってじわりと広がった。


 するとそこから徐々に徐々に、冬によって苦しめられた草木が生き生きと活気を取り戻してきた。植物本来の美しさを取り戻し、命を芽吹かせていく。


『風凉の巫女』の魔法とは新しい命の誕生を促す魔法。春を知らない少女が歌う、春を呼ぶ歌。


「命を守る、魔法」


 エヴィの囁きは静かに風に流されていった。


 全ての音を、力を、流れを吹き飛ばしてしまう大きな力。ケーイの力は異常なほど巨大だった。


 歌によって具現化された魔力を森の広範囲に浸透させ、命の始まりを手助けする。それをするにはきっと膨大な魔力が必要だろう。体力の消耗だって激しいはずだ。


 しかし彼女は最後まで高らかに歌い上げると、最後は涼しげな顔で微笑んでみせた。


「ご静聴、ありがとうございました」


 しかも、そう誇らしげに呟いて。

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