エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
4
ケーイは大規模部隊を率いてセントラル地帯の中に足を踏み入れていた。そしてしばらく行った先にぽっかりと穴が空いたように何もない場所を見つけ、そこで儀式を行うことに決めた。
全兵に周辺の警護を指示する。部隊があらかじめ相談しておいた位置に着くのを確認して、ケーイは儀式の為の準備を始めた。
準備と言っても、着替えるぐらいだが。
ケーイは「風凉の巫女」の、白を基調とした少しゆったり気味のドレスに鮮やかな緑の糸で胸、裾、袖に繊細な刺繍があしらわれた衣装に着替えながら、ただ一人、彼女の近くにいる黒い少女を見た。
「エヴィさん、あまりおいらから離れないようにね?」
落ち着かない様子で周りを忙しなく動き回る少女にそう声を掛けると、彼女は不思議そうな顔でケーイを見た。
「どうして?」
「どうしてって……」
「大丈夫なの。ここの子達はみんな優しい良い子達だから」
にこりと邪気のない笑みを浮かべるエヴィ。それにケーイは呆れたように息を吐いた。
エヴィには危機感がまるでない。四方八方を敵に囲まれているような状況なのに、どうしてそこまで暢気にしていられるのか。
今日の朝突然訪ねてきて、任務に同行させてほしいと言ってきた少女。彼女を見てケーイはぼんやりと自分の主の顔を思い浮かべる。すると自然と溜息が口をついて出てきた。
「大丈夫じゃないよ」
抜けるような声でそう呟く。
それは聞こえていなかったのか、エヴィは気に留めた様子もなく
「そういえば、なんでティエルをおいてきたの?」
と言った。
「弱いから」
それにケーイは躊躇することなく答える。悪びれた様子はまるでない。
「副隊長なのに?」
「うん」
ケーイの答えに納得がいかないのか、エヴィは頻りに首を傾げた。
「ティエル様はね、腕っ節は申し分がないんだけど経験がないんだよ」
着替えが終わったケーイはやれやれというように、両手を上に上げてゆっくり首を振ってみせた。
「経験?」
「そう。体質のせいってのが一番なんだけどさ。武器を持った経験が皆無なんだ」
軍人にとって真剣を握ったことがないというのは致命的だ。それはイコールで警戒心や危機感の欠如につながる。そしてそれは油断を生む。その油断はやがて死を招く。
「なんで? 軍人なのに」
「ティエル様は剣を握れない体質でね。持つと命に関わる」
呟きながら、だからティエルには武器が命を奪うものであるという認識はあるだろう、と思う。
しかし、それだけでは足りないとも思う。彼にはそれを持つ者の心構えが出来ていないのだ。何かを殺す、という心構えが。
殺す覚悟がない者に、この森は残酷だ。
「? そんな体質、聞いたことないの」
そんなケーイの思いなど知らん顔で、エヴィは何度も首を傾げていた。
「うん、まあ、そうだろうねェ……」
それにケーイは考えを打ち切って微かに「うん」とひとりごちた。
だから語って聞かせるように、じっとエヴィの方を見つめた。
「エヴィさん、魔力量が少ない体質は知ってる?」
突然そう聞かれたエヴィは「え」っと僅かに戸惑いをにじませた。
一瞬、言葉が足りないかという思いが過ぎる。
しかし
「えっと、それなら知ってるの」
と彼女はすぐにそう頷いた。
なら話は早いと言葉を続ける。
「ティエル様はそれなんだ」
「え?」
しかし、いきなり説明を省きすぎたせいか、今度こそ本当に素っ頓狂な声が上がってきた。
ケーイはあははと苦笑いを浮かべると後ろ頭を掻く。
「魔力量が少なく、魔法が使えない体質なんだよ。ティエル様は現代において非常に珍しく、希有な体質のお方なんだ。迷惑なことにね」
おどけた調子でそう言ってみせる。
しかし、エヴィは何かを考えるかのように下を向いたまま動かなかった。
きっと混乱しているのだろう。
少し口を噤もうと思ったが
「使えないからって知識を身に着けないってのはいかがなものかと思うんだよねェ……」
ケーイはほとんど無意識に聞こえない程度の音量でそう呟いていた。
立場上、ケーイは魔法についての知識を人並み以上に身に着けなければならなかった。しかし、その必要以上の知識が無駄になったことは一度もない。むしろ役に立っているぐらいだ。
だからティエルに限らず、生きていくなら自分ほどではなくてもある程度の知識は身に着けていても損はないと考えている。
しかし、ティエルは素直な割にひがみの強いところもあり、使えないものを覚える必要はないと何度も提案を跳ねられているのだ。
思わず出そうになった溜息を飲み込む。そのとき、エヴィが明るい声が言った。
「そっか、そうだったんだ」
混乱していると思っていたケーイはその声に微かに驚いた。それと同時に疑問が浮かぶ。
「でも、それと武器に何の関係があるの?」
しかしその疑問を聞くことは出来なかった。
すぐに放たれたエヴィの問いかけにケーイは自分の疑問を放置することにしたのだ。
僅かに考える素振りする。
「……質問に質問で返して悪いけど、エヴィさんは武器の特性をどこまで知ってる?」
するとエヴィは人差し指を頭の横に当ててくるくると回し始めた。まるで、記憶を探っているようだ。
「え、えっと、ヒト・リュウ戦争の名残でほとんどが使用者の魔力を吸うっていうのは……、あ」
「わかった?」
回す手を止めて目を見開いたエヴィ。ケーイはふふんとイダズラが成功した子どものような顔で笑った。
エデン・ガーデンに流通している武器は全体が職人の手で、特殊な技術を用いて作られている。
それらの最大の特徴は使用者の魔力を吸い上げることでその形態を維持し、同時に吸い上げた魔力によって様々な特殊能力を発生させることだ。武器による魔力吸収は武器の許容量を満たすまで続く。
しかもその魔力は使う度に減っていくので、武器を持っている間、使用者は武器に魔力を吸われ続けると言っても過言ではない。
また、魔力の吸収量は武器によって違う。大剣ならその大きさに見合った分の魔力を吸う。弓でも槍でも縦でも鎧でもそれは同じだ。
「うん。だからティエルは死にかけたと……」
エヴィはうんうん、と何度も頷いた。
「とまあ、そんな感じでティエル様は今も武器を持てない状態だから、外で待機してもらうことにしたんだよォ」
「理由はわかったの」
満足そうに呟くエヴィ。しかし、その顔がすぐに曇った。
「……でも」
微かに俯きがちになってしまった彼女の顔をのぞき込む。
「どうしたの?」
するとエヴィは首を横に振った。
「いや、今はいいの。終わってから聞かせて」
「……ん」
何が引っかかっているのか気になった。しかし、急がなければならないのも事実だ。仕方なく、無理矢理首を縦に動かす。
そして、森を仰いで言った。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
全兵に周辺の警護を指示する。部隊があらかじめ相談しておいた位置に着くのを確認して、ケーイは儀式の為の準備を始めた。
準備と言っても、着替えるぐらいだが。
ケーイは「風凉の巫女」の、白を基調とした少しゆったり気味のドレスに鮮やかな緑の糸で胸、裾、袖に繊細な刺繍があしらわれた衣装に着替えながら、ただ一人、彼女の近くにいる黒い少女を見た。
「エヴィさん、あまりおいらから離れないようにね?」
落ち着かない様子で周りを忙しなく動き回る少女にそう声を掛けると、彼女は不思議そうな顔でケーイを見た。
「どうして?」
「どうしてって……」
「大丈夫なの。ここの子達はみんな優しい良い子達だから」
にこりと邪気のない笑みを浮かべるエヴィ。それにケーイは呆れたように息を吐いた。
エヴィには危機感がまるでない。四方八方を敵に囲まれているような状況なのに、どうしてそこまで暢気にしていられるのか。
今日の朝突然訪ねてきて、任務に同行させてほしいと言ってきた少女。彼女を見てケーイはぼんやりと自分の主の顔を思い浮かべる。すると自然と溜息が口をついて出てきた。
「大丈夫じゃないよ」
抜けるような声でそう呟く。
それは聞こえていなかったのか、エヴィは気に留めた様子もなく
「そういえば、なんでティエルをおいてきたの?」
と言った。
「弱いから」
それにケーイは躊躇することなく答える。悪びれた様子はまるでない。
「副隊長なのに?」
「うん」
ケーイの答えに納得がいかないのか、エヴィは頻りに首を傾げた。
「ティエル様はね、腕っ節は申し分がないんだけど経験がないんだよ」
着替えが終わったケーイはやれやれというように、両手を上に上げてゆっくり首を振ってみせた。
「経験?」
「そう。体質のせいってのが一番なんだけどさ。武器を持った経験が皆無なんだ」
軍人にとって真剣を握ったことがないというのは致命的だ。それはイコールで警戒心や危機感の欠如につながる。そしてそれは油断を生む。その油断はやがて死を招く。
「なんで? 軍人なのに」
「ティエル様は剣を握れない体質でね。持つと命に関わる」
呟きながら、だからティエルには武器が命を奪うものであるという認識はあるだろう、と思う。
しかし、それだけでは足りないとも思う。彼にはそれを持つ者の心構えが出来ていないのだ。何かを殺す、という心構えが。
殺す覚悟がない者に、この森は残酷だ。
「? そんな体質、聞いたことないの」
そんなケーイの思いなど知らん顔で、エヴィは何度も首を傾げていた。
「うん、まあ、そうだろうねェ……」
それにケーイは考えを打ち切って微かに「うん」とひとりごちた。
だから語って聞かせるように、じっとエヴィの方を見つめた。
「エヴィさん、魔力量が少ない体質は知ってる?」
突然そう聞かれたエヴィは「え」っと僅かに戸惑いをにじませた。
一瞬、言葉が足りないかという思いが過ぎる。
しかし
「えっと、それなら知ってるの」
と彼女はすぐにそう頷いた。
なら話は早いと言葉を続ける。
「ティエル様はそれなんだ」
「え?」
しかし、いきなり説明を省きすぎたせいか、今度こそ本当に素っ頓狂な声が上がってきた。
ケーイはあははと苦笑いを浮かべると後ろ頭を掻く。
「魔力量が少なく、魔法が使えない体質なんだよ。ティエル様は現代において非常に珍しく、希有な体質のお方なんだ。迷惑なことにね」
おどけた調子でそう言ってみせる。
しかし、エヴィは何かを考えるかのように下を向いたまま動かなかった。
きっと混乱しているのだろう。
少し口を噤もうと思ったが
「使えないからって知識を身に着けないってのはいかがなものかと思うんだよねェ……」
ケーイはほとんど無意識に聞こえない程度の音量でそう呟いていた。
立場上、ケーイは魔法についての知識を人並み以上に身に着けなければならなかった。しかし、その必要以上の知識が無駄になったことは一度もない。むしろ役に立っているぐらいだ。
だからティエルに限らず、生きていくなら自分ほどではなくてもある程度の知識は身に着けていても損はないと考えている。
しかし、ティエルは素直な割にひがみの強いところもあり、使えないものを覚える必要はないと何度も提案を跳ねられているのだ。
思わず出そうになった溜息を飲み込む。そのとき、エヴィが明るい声が言った。
「そっか、そうだったんだ」
混乱していると思っていたケーイはその声に微かに驚いた。それと同時に疑問が浮かぶ。
「でも、それと武器に何の関係があるの?」
しかしその疑問を聞くことは出来なかった。
すぐに放たれたエヴィの問いかけにケーイは自分の疑問を放置することにしたのだ。
僅かに考える素振りする。
「……質問に質問で返して悪いけど、エヴィさんは武器の特性をどこまで知ってる?」
するとエヴィは人差し指を頭の横に当ててくるくると回し始めた。まるで、記憶を探っているようだ。
「え、えっと、ヒト・リュウ戦争の名残でほとんどが使用者の魔力を吸うっていうのは……、あ」
「わかった?」
回す手を止めて目を見開いたエヴィ。ケーイはふふんとイダズラが成功した子どものような顔で笑った。
エデン・ガーデンに流通している武器は全体が職人の手で、特殊な技術を用いて作られている。
それらの最大の特徴は使用者の魔力を吸い上げることでその形態を維持し、同時に吸い上げた魔力によって様々な特殊能力を発生させることだ。武器による魔力吸収は武器の許容量を満たすまで続く。
しかもその魔力は使う度に減っていくので、武器を持っている間、使用者は武器に魔力を吸われ続けると言っても過言ではない。
また、魔力の吸収量は武器によって違う。大剣ならその大きさに見合った分の魔力を吸う。弓でも槍でも縦でも鎧でもそれは同じだ。
「うん。だからティエルは死にかけたと……」
エヴィはうんうん、と何度も頷いた。
「とまあ、そんな感じでティエル様は今も武器を持てない状態だから、外で待機してもらうことにしたんだよォ」
「理由はわかったの」
満足そうに呟くエヴィ。しかし、その顔がすぐに曇った。
「……でも」
微かに俯きがちになってしまった彼女の顔をのぞき込む。
「どうしたの?」
するとエヴィは首を横に振った。
「いや、今はいいの。終わってから聞かせて」
「……ん」
何が引っかかっているのか気になった。しかし、急がなければならないのも事実だ。仕方なく、無理矢理首を縦に動かす。
そして、森を仰いで言った。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
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