エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
3
翌日、エデン城から軍を率いてティエルは地上に降りていた。
場所はトラスト王国領、セントラル地帯近隣の農村だ。
一定の距離から先は一切生えてくる様子がない木々の手前で自分に任せられた部隊を展開。ティエルは入り口がよく見える場所に陣取った。
いつ見ても綺麗に境界を引いたようだ、とティエルは緊張した面持ちで固唾を呑んだ。
そしてセントラル地帯、エデン城城下町トラスト王国領と隣接するようにしてある未開発地帯を睨みつける。
セントラル地帯とはエデン・ガーデンの全面積の内、七分の四を締めている広大な未踏領域のことを指す。残りの七分の三を竜人と人間の領土とするなら、このセントラル地帯は魔獣達の領土だ。この中には人間との和解に応じなかった竜も含まれている。
魔獣はたとえ一匹であっても人にとっては強大な敵と成りうる。そのため氷河期以前の世界ではセントラル地帯に入ること事態が無謀、罪であるとされていたらしい。しかし現在では竜人の出現によってそこまで珍しいことではなくなってきている。
それでも魔獣が強力であることに変わりはないが。
最近、この付近にそんな魔獣の目撃証言が出ていた。
種類は不明。しかしわざわざ山奥から降りてきた理由には予想がついた。
「氷河期による食料不足だな」
そう言ったティエルの意見に誰も反対しなかったのはきっとみんなが同じことを思っていたからだろう。
「じゃあ、おいらの出番か」
そう言った従者の顔を思い出す。それと同時に
「王子は邪魔になるだけだから、もし着いてくる気なら外の見張り頼んだよォ」
と言われたことも思い出し、ティエルは渋い顔をした。
現在、ヴィオラ領所属『風涼の巫女』ケーイ・A・ヴィオが食料不足の改善を目指して大規模部隊を連れてセントラル地帯の中に突入している。
ティエルの仕事はその影響で森の外へ飛び出してきた魔獣達が農村に近づかないよう警護することだ。
「そりゃ、“これ”じゃあ足手まといだろうけど……。殺すよりずっとマシだろ」
誰にも聞かれないよう、ぼそぼそと口の中で不平不満を述べる。ちらりと腰を見るとそこにはティエルの“愛剣”が差してあった。
邪念を打ち払うようにティエルは首を横に振った。そして顔を前に向ける。
今のところ森の方で何か動きがあった様子はない。あたりは水を打ったかのような静寂に包まれていた。
勤務中にこう言ってはなんだが退屈だった。
ティエルは思わず綺麗に晴れ渡った空を見上げる。雲一つない快晴とはこのことを言うのだろう。
「ティエル様」
すると横から兵の一人がおずおずと声を掛けてきた。
空に関心を向けていた為、兵士の接近に気付かなかった。驚きのあまり心臓が口から出そうになる。
「……なんだ?」
それを悟られないよう努めて冷静な声音で応じた。
「静か、過ぎではありませんか?」
兵は森の方を見て、低く唸った。
それにティエルはもう一度そちらの方に目を向ける。
「いや、こんなものだろう」
それから大きく頭を振った。
「これが『風凉の巫女』の力ってことだ。あいつの風は強すぎて全部を遠くへ跳ね返す」
独り言のような言葉。兵は不思議そうに首を傾げる。
それを見てティエルは情けなく笑ってみせた。
「俺もよくわかってないんだ。
まあ、静か過ぎる内はまだ大丈夫だろう。問題は静かではなくなったときだ」
何かあれば指示を出す、持ち場に戻れ、と諭す。
兵はまだ納得をしていない様子だったが、渋々、戻って行った。
それを見送って、俯きながら小さく小さく息を吐く。
「無事、だよな……?」
苦しげに吐き出されたその声は、誰に聞かれるでもなく風に流された。
「!?」
それにはっと顔を上げる。森の入り口に視線を向けるが何もない。慌ただしく辺りを見渡しても何もない。
気のせいか、とティエルは肩の力を抜いた。
その時、突然、風が唸り声をあげた。
「っ!?」
突風がなぶるように体を煽る。
同時に日が雲に隠れた時のような巨大な陰が真上から落ちてきた。
さっきまで雲一つなかったのに。太陽を覆い隠すほどの大きな雲がいきなり出現したというのか。
あまりに不自然な現象にティエルは顔を上げた。
「なッ……!!」
その瞬間、顔が凍り付く。
ティエル達が見上げる先、森の真上、そこには――。
場所はトラスト王国領、セントラル地帯近隣の農村だ。
一定の距離から先は一切生えてくる様子がない木々の手前で自分に任せられた部隊を展開。ティエルは入り口がよく見える場所に陣取った。
いつ見ても綺麗に境界を引いたようだ、とティエルは緊張した面持ちで固唾を呑んだ。
そしてセントラル地帯、エデン城城下町トラスト王国領と隣接するようにしてある未開発地帯を睨みつける。
セントラル地帯とはエデン・ガーデンの全面積の内、七分の四を締めている広大な未踏領域のことを指す。残りの七分の三を竜人と人間の領土とするなら、このセントラル地帯は魔獣達の領土だ。この中には人間との和解に応じなかった竜も含まれている。
魔獣はたとえ一匹であっても人にとっては強大な敵と成りうる。そのため氷河期以前の世界ではセントラル地帯に入ること事態が無謀、罪であるとされていたらしい。しかし現在では竜人の出現によってそこまで珍しいことではなくなってきている。
それでも魔獣が強力であることに変わりはないが。
最近、この付近にそんな魔獣の目撃証言が出ていた。
種類は不明。しかしわざわざ山奥から降りてきた理由には予想がついた。
「氷河期による食料不足だな」
そう言ったティエルの意見に誰も反対しなかったのはきっとみんなが同じことを思っていたからだろう。
「じゃあ、おいらの出番か」
そう言った従者の顔を思い出す。それと同時に
「王子は邪魔になるだけだから、もし着いてくる気なら外の見張り頼んだよォ」
と言われたことも思い出し、ティエルは渋い顔をした。
現在、ヴィオラ領所属『風涼の巫女』ケーイ・A・ヴィオが食料不足の改善を目指して大規模部隊を連れてセントラル地帯の中に突入している。
ティエルの仕事はその影響で森の外へ飛び出してきた魔獣達が農村に近づかないよう警護することだ。
「そりゃ、“これ”じゃあ足手まといだろうけど……。殺すよりずっとマシだろ」
誰にも聞かれないよう、ぼそぼそと口の中で不平不満を述べる。ちらりと腰を見るとそこにはティエルの“愛剣”が差してあった。
邪念を打ち払うようにティエルは首を横に振った。そして顔を前に向ける。
今のところ森の方で何か動きがあった様子はない。あたりは水を打ったかのような静寂に包まれていた。
勤務中にこう言ってはなんだが退屈だった。
ティエルは思わず綺麗に晴れ渡った空を見上げる。雲一つない快晴とはこのことを言うのだろう。
「ティエル様」
すると横から兵の一人がおずおずと声を掛けてきた。
空に関心を向けていた為、兵士の接近に気付かなかった。驚きのあまり心臓が口から出そうになる。
「……なんだ?」
それを悟られないよう努めて冷静な声音で応じた。
「静か、過ぎではありませんか?」
兵は森の方を見て、低く唸った。
それにティエルはもう一度そちらの方に目を向ける。
「いや、こんなものだろう」
それから大きく頭を振った。
「これが『風凉の巫女』の力ってことだ。あいつの風は強すぎて全部を遠くへ跳ね返す」
独り言のような言葉。兵は不思議そうに首を傾げる。
それを見てティエルは情けなく笑ってみせた。
「俺もよくわかってないんだ。
まあ、静か過ぎる内はまだ大丈夫だろう。問題は静かではなくなったときだ」
何かあれば指示を出す、持ち場に戻れ、と諭す。
兵はまだ納得をしていない様子だったが、渋々、戻って行った。
それを見送って、俯きながら小さく小さく息を吐く。
「無事、だよな……?」
苦しげに吐き出されたその声は、誰に聞かれるでもなく風に流された。
「!?」
それにはっと顔を上げる。森の入り口に視線を向けるが何もない。慌ただしく辺りを見渡しても何もない。
気のせいか、とティエルは肩の力を抜いた。
その時、突然、風が唸り声をあげた。
「っ!?」
突風がなぶるように体を煽る。
同時に日が雲に隠れた時のような巨大な陰が真上から落ちてきた。
さっきまで雲一つなかったのに。太陽を覆い隠すほどの大きな雲がいきなり出現したというのか。
あまりに不自然な現象にティエルは顔を上げた。
「なッ……!!」
その瞬間、顔が凍り付く。
ティエル達が見上げる先、森の真上、そこには――。
コメント