エデン・ガーデン ~終わりのない願い~
1
掃除が終わり、いそいそと部屋を退散する掃除道具とメイドを見送った後、ティエルはエヴィとロエルを部屋の中に招いた。
「ごめん、王子。ちょっと驚いてさ」
部屋に入るとき、ロエルは苦笑いを浮かべて言った。
「二人は知り合いだったってことで良いのか?」
ティエルは入ってすぐの所にあるテーブルの前の椅子を二つ引いて二人に勧める。
「うん。ロエルはわたしのおとうさんがわりなの」
ありがとう、と言いつつ椅子に座ったエヴィが応じた。
その隣にロエルは何も言わずに腰掛ける。
ティエルも二人の目の前に腰掛けた。
そして小さく息を吸いうーん、と唸り声を上げる。
「ロエルがお父さんがわりね……」
するとリラックスした様子で足を組んで座るロエルが不満そうな顔をした。
「なに、柄にもないって言いたいの?」
「いや、そうは言ってないだろ」
本当は近いことを思っていたのだが、咄嗟にそう返す。
「言ってないけど思ったんだろう?」
ロエルは「はっ」と鼻で笑うと、テーブルに肘をつけ、組んだ手の甲に顎ををのせてティエルをじっと見た。
「そ、そんなわけ、ないだろ」
視線が痛くて思わず顔を逸らす。
すると
「嘘が下手」
という短い指摘が返ってきた。
ティエルは逃げるようにしばらく閉口する。しかし、しばらくしてから諦めたように小さくため息を吐いた。
「……意外だなと思っただけだよ」
それにロエルは満足そうな声で
「素直でよろしい」
と言った。
そんな二人のやりとりを終始見ていたエヴィが楽しそうに「あはは」と笑う。
「二人とも仲良しなの」
「そう見えるかい?」
「別に仲良くはないだろ」
エヴィの言葉にロエルは微かに驚いたような顔をし、ティエルは心底嫌そうな顔をした。
それがおかしかったのか、エヴィはまた声を上げて笑った。
ティエルはそれを誤魔化すように軽く咳払いをする。
「んなことより、二人とも何か用があって来たんじゃないのか?」
そして憮然とした態度で腕を組んだ。
それに小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべてロエルが答える。
「僕の目的はおおよそ達成されたよ」
足を組み直し、背もたれに体を預けて座る顔はどこか満足げだ。
「どうも城の様子がいつもと違うようだったから王子が何をやらかしたのか聞こうと思ったんだけど、エヴィがいるのを見て様子が違う理由がわかっちゃったし、もう王子に聞きたいことはないんだよね」
ティエルは思わず眉を寄せた。
「俺がいつも何かやらかしているように言うのはやめろ」
「事実だろう?」
「いいや、俺はそんなにやらかしたことはないぞ」
「自分が覚えていないだけさ」
このままでは埒が明かない。ティエルはこれ以上続けることは無意味だと判断し、二人のやり取りを楽しそうに見ていたエヴィの方を見た。
「エヴィは?」
「ん!? あー、えっと……」
突然話を振られて驚いたらしい。エヴィはしばらく忙しなくあちらこちらを見回した後、
「あの後、ティエルどうしたのかなーって……」
と不安げな顔で呟いた。
それに「ああ……」と納得した様子で頷く。
「お父様に言われた通り、訓練に行ってペナルティを消化したよ」
「そ、そっか……。あの、ごめんね? わたしなにも言えなくて」
エヴィは胸の前で手を合わせつつ、垂れぎみの眉を余計に垂れさせて俯いた。
「良いよ、別にエヴィが悪いわけじゃない。お父様に怒られるのなんていつものことだしな」
「でも、わたし説明するって言ったのに……」
「良いって。別にあそこじゃなくても説明はできるんだろ?」
ティエルが尋ねるとエヴィは戸惑いがちにではあるがこくんと小さく頷いた。
「もう全部は話せないけど、それでも良ければわたしのことを説明するの」
言いながらエヴィがロエルの様子を横目で確認した、ような気がした。だからティエルもロエルへ視線を向ける。
ロエルは済ました顔で長い前髪を弄りながら不思議そうな顔で二人を見比べた後、
「話があるならご勝手に? 僕はここで(、、、)のんびりしているよ」
と言った。
それに「わかったの」とエヴィは呟く。
ティエルは僅かに首を傾げつつ、次の言葉を待った。
「わたしは九百年前に竜王エデンとともに世界の復興に勤めていました」
まるで感情を感じさせない静かな口調でエヴィはそう切り出した。
竜王エデン、それはかつて世界を統べた覇者の名前。そんな大物の名前が飛び出してきたことにティエルは微かに目を見張った。
「とはいえ、それも数か月のことです。
私は半永劫結界が完成した頃、つまりはこのエデン城が出来た頃にエデンに頼んで場所を提供してもらい、城の地下に自分を封じ込めました」
静かな口調。感情を感じさせない声。
それに一種の拒絶のようなものを感じてしまう。
ティエルは質問をしても良いのか悩んだ末、唾を飲み込むと微かに掠れた声で呟いた。
「……なんのために?」
僅かな間。
エヴィは少しだけ考え込むように顔を俯けた。
しばらくそうした後、顔を上げて真っ直ぐティエルを見る。
確かにティエルを見ているはずなのにどこか遠くを見ているような瞳。
「ある人の願いを叶えるために」
何を考えているのかわからない無表情を浮かべて彼女は言う。
「その願いを叶える力を蓄えるためにわたしは九百年間眠り続け、今日、目覚めた」
話が終わったのか、一度だけ瞬きをしたエヴィはちゃんとティエルの方に視線を向けて苦々しげに微笑んだ。
「……ごめん、これ以上は話せないの」
知りたいこともわからないことも多い。しかし、そう言われてしまっては追及することも出来ない。
ティエルは背もたれに背を預けてしばらく目を閉じた。
知りたいと思うのに情報量が圧倒的に足りない。しかし、その情報を集めることは出来ない。
しばらく押し黙った後、ティエルは静かに口を開いた。
「わかった。最後に、一個だけ質問していいか?」
瞳を開いてエヴィを見ると、彼女は
「もしかしたら答えられないかもしれないけど、良いよ」
と頷いた。
「願いを叶えるために眠ってた、ってことは、今のエヴィはその願いを叶えることが出来るのか?」
その問いに最初に反応したのはエヴィではなくロエルだった。先程まで全く興味が無さそうだった態度
が一変する。組んでいた足を解いて、背は椅子に預けたままだが、僅かに固い表情でエヴィを見据えている。
その視線を受け止め、ぐっと口を堅く引き結ぶエヴィ。
しばらくの沈黙の後、
「ごめんなさい」
誰に対する謝罪なのか、泣きそうな声で少女は小さく首を横に振った。
「ごめん、王子。ちょっと驚いてさ」
部屋に入るとき、ロエルは苦笑いを浮かべて言った。
「二人は知り合いだったってことで良いのか?」
ティエルは入ってすぐの所にあるテーブルの前の椅子を二つ引いて二人に勧める。
「うん。ロエルはわたしのおとうさんがわりなの」
ありがとう、と言いつつ椅子に座ったエヴィが応じた。
その隣にロエルは何も言わずに腰掛ける。
ティエルも二人の目の前に腰掛けた。
そして小さく息を吸いうーん、と唸り声を上げる。
「ロエルがお父さんがわりね……」
するとリラックスした様子で足を組んで座るロエルが不満そうな顔をした。
「なに、柄にもないって言いたいの?」
「いや、そうは言ってないだろ」
本当は近いことを思っていたのだが、咄嗟にそう返す。
「言ってないけど思ったんだろう?」
ロエルは「はっ」と鼻で笑うと、テーブルに肘をつけ、組んだ手の甲に顎ををのせてティエルをじっと見た。
「そ、そんなわけ、ないだろ」
視線が痛くて思わず顔を逸らす。
すると
「嘘が下手」
という短い指摘が返ってきた。
ティエルは逃げるようにしばらく閉口する。しかし、しばらくしてから諦めたように小さくため息を吐いた。
「……意外だなと思っただけだよ」
それにロエルは満足そうな声で
「素直でよろしい」
と言った。
そんな二人のやりとりを終始見ていたエヴィが楽しそうに「あはは」と笑う。
「二人とも仲良しなの」
「そう見えるかい?」
「別に仲良くはないだろ」
エヴィの言葉にロエルは微かに驚いたような顔をし、ティエルは心底嫌そうな顔をした。
それがおかしかったのか、エヴィはまた声を上げて笑った。
ティエルはそれを誤魔化すように軽く咳払いをする。
「んなことより、二人とも何か用があって来たんじゃないのか?」
そして憮然とした態度で腕を組んだ。
それに小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべてロエルが答える。
「僕の目的はおおよそ達成されたよ」
足を組み直し、背もたれに体を預けて座る顔はどこか満足げだ。
「どうも城の様子がいつもと違うようだったから王子が何をやらかしたのか聞こうと思ったんだけど、エヴィがいるのを見て様子が違う理由がわかっちゃったし、もう王子に聞きたいことはないんだよね」
ティエルは思わず眉を寄せた。
「俺がいつも何かやらかしているように言うのはやめろ」
「事実だろう?」
「いいや、俺はそんなにやらかしたことはないぞ」
「自分が覚えていないだけさ」
このままでは埒が明かない。ティエルはこれ以上続けることは無意味だと判断し、二人のやり取りを楽しそうに見ていたエヴィの方を見た。
「エヴィは?」
「ん!? あー、えっと……」
突然話を振られて驚いたらしい。エヴィはしばらく忙しなくあちらこちらを見回した後、
「あの後、ティエルどうしたのかなーって……」
と不安げな顔で呟いた。
それに「ああ……」と納得した様子で頷く。
「お父様に言われた通り、訓練に行ってペナルティを消化したよ」
「そ、そっか……。あの、ごめんね? わたしなにも言えなくて」
エヴィは胸の前で手を合わせつつ、垂れぎみの眉を余計に垂れさせて俯いた。
「良いよ、別にエヴィが悪いわけじゃない。お父様に怒られるのなんていつものことだしな」
「でも、わたし説明するって言ったのに……」
「良いって。別にあそこじゃなくても説明はできるんだろ?」
ティエルが尋ねるとエヴィは戸惑いがちにではあるがこくんと小さく頷いた。
「もう全部は話せないけど、それでも良ければわたしのことを説明するの」
言いながらエヴィがロエルの様子を横目で確認した、ような気がした。だからティエルもロエルへ視線を向ける。
ロエルは済ました顔で長い前髪を弄りながら不思議そうな顔で二人を見比べた後、
「話があるならご勝手に? 僕はここで(、、、)のんびりしているよ」
と言った。
それに「わかったの」とエヴィは呟く。
ティエルは僅かに首を傾げつつ、次の言葉を待った。
「わたしは九百年前に竜王エデンとともに世界の復興に勤めていました」
まるで感情を感じさせない静かな口調でエヴィはそう切り出した。
竜王エデン、それはかつて世界を統べた覇者の名前。そんな大物の名前が飛び出してきたことにティエルは微かに目を見張った。
「とはいえ、それも数か月のことです。
私は半永劫結界が完成した頃、つまりはこのエデン城が出来た頃にエデンに頼んで場所を提供してもらい、城の地下に自分を封じ込めました」
静かな口調。感情を感じさせない声。
それに一種の拒絶のようなものを感じてしまう。
ティエルは質問をしても良いのか悩んだ末、唾を飲み込むと微かに掠れた声で呟いた。
「……なんのために?」
僅かな間。
エヴィは少しだけ考え込むように顔を俯けた。
しばらくそうした後、顔を上げて真っ直ぐティエルを見る。
確かにティエルを見ているはずなのにどこか遠くを見ているような瞳。
「ある人の願いを叶えるために」
何を考えているのかわからない無表情を浮かべて彼女は言う。
「その願いを叶える力を蓄えるためにわたしは九百年間眠り続け、今日、目覚めた」
話が終わったのか、一度だけ瞬きをしたエヴィはちゃんとティエルの方に視線を向けて苦々しげに微笑んだ。
「……ごめん、これ以上は話せないの」
知りたいこともわからないことも多い。しかし、そう言われてしまっては追及することも出来ない。
ティエルは背もたれに背を預けてしばらく目を閉じた。
知りたいと思うのに情報量が圧倒的に足りない。しかし、その情報を集めることは出来ない。
しばらく押し黙った後、ティエルは静かに口を開いた。
「わかった。最後に、一個だけ質問していいか?」
瞳を開いてエヴィを見ると、彼女は
「もしかしたら答えられないかもしれないけど、良いよ」
と頷いた。
「願いを叶えるために眠ってた、ってことは、今のエヴィはその願いを叶えることが出来るのか?」
その問いに最初に反応したのはエヴィではなくロエルだった。先程まで全く興味が無さそうだった態度
が一変する。組んでいた足を解いて、背は椅子に預けたままだが、僅かに固い表情でエヴィを見据えている。
その視線を受け止め、ぐっと口を堅く引き結ぶエヴィ。
しばらくの沈黙の後、
「ごめんなさい」
誰に対する謝罪なのか、泣きそうな声で少女は小さく首を横に振った。
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