私の主は魔法使い

七島さなり

12

 薄ぼんやりとした私の視界が捉えたのは、鬼の形相を浮かべるひかるさんの顔でした。


 私をしっかりと捕らえる腕に私は縋り付きます。


 たった数時間しか離れていなかったはずなのに、もう何年も会っていなかったかのような錯覚に襲われます。


 ひかるさんは無言で私を小脇に抱えると崖上まで一気に舞い上がりました。


 とんっと軽い足取りで着地します。


 そしてその惨状を見て呆然と立ち尽くしました。


「なんだ、これ?」


「主」


 エリネンスの声にひかるさんは弾かれたように横を向きます。。


「エリネンス……?」


 そして次の瞬間には焦ったように辺りを見渡しはじめました。


 その慌しい視線がやがて一点で止まります。大きく開いた穴の中で左腕を押さえてうずくまる彼女の居る場所です。


「みこと……」


 ひかるさんがその名を呼ぶと、彼女は俯けた顔を上げました。


 その目が私とひかるさんに向けられます。 するとみことの顔は愕然としたような怯えに埋め尽くされていきました。


「ひか、る? どして……、いや、なんで、いや」


 私のせいで乱れた彼女の精神をひかるさんの登場が、そして私を助けたという事実がさらに追い詰めてていくのがわかりました。


「いや、いや……っ! みことを、みことを見ないでっ!!」


「みこと!」


 みことはぐしゃりと顔を歪めるとひかるさんの方など見ることなく、まるで霧のように何処かへと消えてしまいました。


 ひかるさんがぐっと唇を噛みしめます。私を抱く腕にも力がこもりました。


 しばらくしてひかるさんはその鋭い目つきをさらに鋭利にして低く唸りました。


「おい、小せェの、どういうことか三十秒以内に説明しろ」


 私は咄嗟にエリネンスの近くに居るはずのお二人を探しました。


 彼らははひかるさんを見つめてぽかんとしています。どうやら指名されて驚いているようです。


「さっさとしろ」


 ひかるさんは一段と低い声で言います。


 こわがりさんはもう半べそをかいていて、言葉を話せるような状況には見えませんでした。


 ひかるさんの剣幕に押されてか、ふくよかさんの説明はあの特徴的な間延びがなくなった、無駄が無く要点をとらえた的確ででわかりやすいものでした。


「ごめんなさい」


「ご、ごめん、なさい」


 お二人はいつまでも仏頂面のひかるさんに深く頭を下げました。それでもひかるさんの表情は治りません。


「主、彼らを許していただきたい」


 見兼ねてか、エリネンスが言いました。ひかるさんは話すことなくエリネンスを一瞥します。


「彼らとて必死だったのだ。我にはわかる」


 一族をほぼ壊滅状態に追いやられたドラゴンは、恐ろしい剣幕で睨んでくる主人にも臆することはありませんでした。


 やがて押し負けたひかるさんが大きく息を吐きます。


「もういい。文句はお前らの姫君とやらに言う。とにかく早く俺達を帰せ」


「め、目覚め草さえ採れば後は姫様に煎じて飲ませれば良いだけだからすぐ終わるよー」


 ふくよかさんが遠慮がちに、それでも明るく言いました。


 もう採集は済んでいるのでひかるさんは「飛べるか?」とエリネンスに短く声をかけました。


 エリネンスは「問題ない」と答えます。


 こうして私達の『目覚め草』採集は幕を閉じたのです。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品