私の主は魔法使い

七島さなり

5

 しばらく歩いていると、突然目の前に大きな川が現れました。


 川の周辺は多少開けていて、西日がさしています。


 膝をついて川を覗いてみます。水は透けるように透明で鏡のように私の顔を写し出しました。


「綺麗な水……。ここの水は、飲めるんですか?」


 湖でひかるさんが言ったことを思い出しつつ聞きます。


「うん」


「飲めるよー」


 二人は交互に言うと、肩からするすると私のみつあみを下って降りました。私の髪はしごではないのですが。


 苦笑を浮かべてから手で水を掬って口を付けます。冷たく、気持ちが良いです。それからゆっくりと喉へと流し込みます。


「は……」


「美味しかった?」


 大きく息を吐いた私にこわがりさんが言いました。


 水なんてどれも同じだと思っている私としては、水の美味しさの基準とかはよくわからないので何を言おうか少し考えてしまいます。


「美味しかったですよ、とても」


 結局出てきたのは当たり障りのない答えでした。


 それを聞いたこわがりさんがとても嬉しそうに「そっか」と言って笑います。


 もう少し気の利いたことを言えるようになりたい。その時だけは心の底からそう思いました。


「目的地はまだ先なんですか?」


 手で日を遮りつつ聞くとふくよかさんが答えてくれました。


「うんー。今はちょうど真ん中ぐらいだよー」


「まだ中間……」


 がくっと肩を落とします。このままでは日暮れ前に帰ることは難しそうです。


 ひかるさんの怒る顔が目に浮かびます。


「大丈夫、お姉さんなら」


 何の根拠があるのか、こわがりさんが誇らしげに言ってくださいます。そんな無責任な、と思ってしまう私は嫌なやつでしょうか。


「……もう一頑張り、しますよ」


 それだけ呟いて、私は立ち上がりました。時間がないです。休んでる暇があるなら先に進むべきでしょう。


「とはいえ……」


 しかし、私は足を止めて進行方向を見据えました。


 目の前に流れる川はと救いではありましたが、同時に大きな障害でした。


「渡れますか? この川」


 川幅、およそ三メートルと言ったところでしょうか。私の足では跨ぐことも跳ぶことも出来そうにありません。


 後は水の中に入れば渡れるかもしれませんが。


「お姉さんが渡るにはちょっと深さが……」


「水温もちょっと厳しいかもー」


 お二人もそれはあまり乗り気ではないようです。


「……為す術なし、ですか」


 重くため息を吐きます。


「僕達だけなら魔法で渡ることもできるけど、お姉さんぐらいになると僕らの魔力じゃ、二秒ぐらいしか保てないと思う」


 こわがりさんがおずおずと言ってくださいます。


 私が重いみたいな言い方に聞こえてしまいますが、そうではありません。


 自然の流れに逆らう魔法、言わば風魔法による浮遊はそれ相応の魔力が必要になるのです。重力に逆らっているわけですから。重さが大きくなればなるほど負担もまた大きくなります。


 お二方がどれほどの魔力を持っておいでなのか、私にはよくわかりません。それでも、あまり得策ではないでしょう。


「わかってます」


 私は頭の中で単語を並べてみます。


「橋はないんですか?」


「ないよー」


「木を切るのは?」


「僕達、森を傷付けられない。木を切るのも、動物達を殺すのも、だめ」


 そして思い付いたことを片っ端から尋ねてみました。答えによって頭の中で次々と単語が消えていきます。


「では、ここより上の川幅はどのくらいですか?」


「えっとー、一応上に行けば行くほど狭くなってるよー」


 その答えを聞いて私は単語を全て消しました。


「では、上に行きましょう。渡りやすいところを見つけて向こう側に渡ります」


 二人の答えを待たずに歩き出します。


「待ってよー、お姉さんー」


「おいてかないでっ」


 私の足にひしと掴まってくる妖精二人を手のひらに招いて、私は川沿いを歩き出しました。

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