私の主は魔法使い

七島さなり

4

『目覚め草』。


 正式名称はウツツ草といって睡眠系の呪術に効果がある薬草です。深い眠りについたものの目を覚ますことができるといわれていて、夏から秋にかけて花を咲かせます。丸みのある白く小さな花を結ぶことから早雪花とも呼ばれています。人の里離れた辺境の地に群生しているため、実物を見た物はそう多くないのだそうです。


 ちなみに呪術というのは魔術を使えない人のために呪術の祖と呼ばれる人が作り出したものです。


 当初は魔術に変わる学問として注目されていました。


 しかし使用者のほとんどがその精神に異常を来してしまうため、現在では許可を得た者以外が学ぶことを許されていない術式です。


 妖精の姫君は突然現れた呪術師に呪いを掛けられたとのことでした。その人も同じようにその体を呪術に犯されているのかもしれません。その結果として凶行に走ったとも考えられます。


 けれど、だからといって誰かを害していいはずはありません。


 そんな人の行いからこの世界を守るために、ひかるさんは魔術師を目指しているのです。


 私はそんな彼を支えるために、出来ることは全部していきたいと思っているのです。


 さて、妖精さん達に連れてこられた森の中は険しく、行きに来た道など非ではないくらいでした。地面には木の根が張り巡らされ、何処もかしこもでこぼこしています。


 ちなみにここに関しては本当に悪いと思っているのですが、ひかるさんには内緒で来ました。きっと戻った時に怒られるでしょう。でも言っても怒られますし、俺のことはいいからとかなんとか言ってそのまま連行される可能性もあります。言わない方が得策だったと自分に言い聞かせています。


 なので、目覚め草採集のメンバーは、私、こわがりさん、ふくよかさんの三人です。


「本当に、こっちで、あってる、ですか?」


 日暮れ前に帰りたい私は、息を切らしながらもペースを少し速め、肩に乗って楽しそうにしている二人に聞きました。


「あってる、はず」


「たぶんあってるー」


 返ってきた答えはなんともまあ頼りないものでした。


 しかし二人を信じるしかないのも確かなので、そのまませかせかと足を進めます。


 荷物はひかるさんに預けっぱなしなので行き同様に身軽ですが、それはそれで心がありません。他には妖精を二人ほど肩に乗せていますが、どうも便りがないです。一気に不安が押し寄せてきました。


 唯一の安心できることと言えば、この森では過去に一度も危険生物の存在が確認されていないことぐらいでしょうか。


 神の加護によって守られた地だとひかるさんは言っていました。


 とはいえ、私自身ここまで森の奥深くに入ったことはないでの実際どうなのかはわかりませんが。


「この森、本当に何もいないんでしょうか?」


 なんとなくそんなことを尋ねてみます


「居るよー? 鹿とか、おっきい蛇とかー!」


「魔獣とかは、見たことない」


 ふくよかさんに関しては私の説明不足なのが悪いのですが、こわがりさんの答えでいうなら、どうやら話は本当だったようです。


 それを聞くと最初の内は来なければ良かったかな、とかいろいろ考えてしまっていましたが、存外そんなに悪い物でもないのかもしれないと思えました。


 森の奥まで足を進める機会など滅多にありませんし、これも経験だと思えば少しは気も休まります。


「お姉さんはどうしてここに来たのー?」


 不意にふくよかさんが言いました。


 そういえば話してなかったです。


「貴方達を探している方のお手伝いで来たんですよ。でも、その方は妖精を視認できないとのことなので、今に至るわけです」


 少し嫌味っぽいかな、と思いましたが言ってしまったものは仕方ありません。


 というかふくよかさんはまったく気に止めた様子がありません。


「ふーん。それはそれはー、災難だねー」


 なんて仰るくらいには響いていません。


 このやろうとは思いません。思っても言いません。


「……にしても、ここまで自然が残っているのに魔獣が一匹も居ないのというは、それはそれで奇妙ですね」


 話していたから多少気が紛れていましたが、さすがに足が前に進まなくなったのを感じ、立ち止まって近くの木に手を付きます。


 なんだかぬるぬるとした不思議な感触のする木です。私は思わず手を離しました。


 何気ない呟きに右肩に乗るこわがりさんが少しだけ誇らしげに答えてくれました。


「姫様が居るからね」


「僕達の姫様はねー、この森をすっぽり結界で覆ってるんだよー。だから魔獣は入ってこれないし、僕達以外はあまり奥までは来れないんだー」


「え、この森丸々ですか? すごい魔力ですね」


 思わず嘆息が漏れてしまいます。


 この広大な森をすっぽりと覆う結界。それを張り続けているということはそれだけの魔力を姫君が持っているということです。


 その魔力量は考えるだけで末恐ろしい物があります。


「この森はねー、陣の形になってるんだー」


 私の思考を遮るようにふくよかさんが再び口を開きます。


「陣? 魔法陣ですか?」


「僕たちが長い時間をかけて結界をはるための陣を森の木で作ったの」


 妖精は魔法を使用するのに手間が要りません。しかし、大規模な魔法を行う際に魔法陣を用いることが度々あるそうです。


 紙に書いたり地面に描いたり石で作ったりと方法は様々なようですが、魔法陣のおかげで魔力の範囲を明確にして効果を持続させることができるのです。


 魔力を陣に注げば魔法が展開するので効率も良いのだそうです。


「しかし、木々の変動などで術が崩れてしまったりはしないんですか?」


 森は生き物と植物の集合体です。生き物によって木々が腐ったり、倒れたり、植物の寿命で枯れてしまったり、逆に新しい木々が生えたりするはずです。


 それで陣の種類、要は形ですが、が変わってしまうのではないでしょうか。


「しない」


 しかし、こわがりさんの答えは簡潔かつ簡素でした。


「この森はねー、森だけど森じゃないんだー」


 ふくよかさんが言います


「それってどういう……?」


「それよりー、早くしないと日が沈んじゃうよー?」


 問い詰めようとするとのらりくらりと誤魔化されしまいました。


 しかし仰ることにも一理あります。


「……わかりました」 


 時計はもっていないので時間は推測するしかありませんが、日暮れまで二時間ぐらいでしょうか。


 私は一度大きく息を吐くと、また歩き始めました。

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