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僕のお姫様

七島さなり

1.不和

 堂抜咲麻は賑わう教室で机に突っ伏しながら深く溜息を吐いた。


 宮間花楓に監視対象と認定されてから早一週間。授業と授業の間にある十分の休憩時間はこうして過ごすのが日課となりつつあった。


 それもそのはず。


 花楓は朝と昼、そして放課後に何かと理由をつけて必ず堂抜の元を訪れてきた。そして監視と称して様々な風紀委員に関する膨大な量の雑務を押し付けてくる。


 気が休まるのは花楓が来られないこの時間だけだった。


「ちょっとさっくん、大丈夫なの?」


 かつてない脱力具合に心配になったのだろう。一ノ瀬大翔が歩み寄ってきた。


「んー? 何がー?」


 それに体を起こしながら答える。疲労のせいか何の話をされているのかすぐには理解できなかった。


「宮間さんよ」


 一ノ瀬は呆れを滲ませながら言う。


「あー、うん」


 ようやく思考が追いついた堂抜はあははと曖昧に笑いつつも頷いた。


「大丈夫。なんとかなってるよ」


「全然大丈夫には見えないんだけど?」


「え……そうかな。確かに雑用は滅茶苦茶させられてるけど……」


 うんうんと唸る堂抜を一ノ瀬は心配そうに見た。


「本当に大丈夫なのね?」


「うん、だいじょうぶ」


 重ね重ね問う親友に堂抜は再び笑って答える。安心させるためだったが、一ノ瀬は納得がいかないように眉を潜めた。


「なら良いわ。生徒会室には顔出せそう?」


 しかし諦めたのか、切り替えるようにそう尋ねる。


 堂抜は力なく笑って項垂れた。


「それは無理かな。姫に近づくの禁止って言われちゃって……」


 すると一ノ瀬は目をさかしまにして言う。


「なによそれ。素直に従うの?」


「いや、何度か抗議はしてるんだけどね……」


 責めるような口ぶりに堂抜は遠い目をしてみせた。


「ちょっと、今から宮間さんの所行ってくるわ」


 すると一ノ瀬は背を向けてそう呟く。


 その瞬間、花楓に殴られそうになっていた姿が脳裏を過った。


「ノ、ノセくん、ちょっと待って!」


 堂抜は顔面を蒼白にしながら一ノ瀬を止める。すると彼はその鋭利な双眸をさらに細めた。


「あのね、宮間さんにあんた達の関係に口を出す権利なんて微塵もないのよ?」


 言われてうっと言葉に詰まる。


「そりゃ確かに、友人に怪しい薬を持った人間を近付けたくないって気持ちはわかるわ」


 さらに言葉を重ねられて反論も出来ない。


「だけど事情も聞かずにずかずか入り込んできて、場を荒らしてくのは違うでしょう」


 諭すような口調の一ノ瀬。


 堂抜は消え入りそうな声で答えた。


「そう、なんだけどさ。その、気持ちを蔑ろにしちゃいけない気がして……」


 肩を落として俯く姿を見下ろして一ノ瀬ははあと深くため息を吐く。


「じゃあ、スズの気持ちはどうするのよ……」


 そうしてぽつりと零す。


 微かな囁きは堂抜の耳には届かなかった。


「え? 何か言った?」


「もう勝手にしなさい。知らないわ。そうやって好きなだけ逃げてなさいよ」


 首を傾げる堂抜を睨め付けて、一ノ瀬は珍しく苛立った口調でそう吐き捨てる。


「ノセくん……?」


 声を掛けても返事はない。しかも踵を返して自席へと戻ってしまう。


 堂抜はただその背中を見送ることしかできなかった。


 結局、その後も一ノ瀬と話をすることはできないまま、堂抜は今日も放課後の手伝いに駆り出されていた。


 しかし今日は風紀委員の仕事ではない。


 花楓が個人的に先生に頼まれたというプリントのホッチキス止め。


 二年生の教室は部活に使われることもないため、その内の一つを存分に使って二人で黙々と作業をしていた。


 室内に響くのはホッチキスの機械的な音のみ。元々談笑するような仲ではない。会話が弾まないのは仕方のないことだった。


 居心地は良くないが、怒ってばかりの花楓の応対をしなくていい分、気が楽なところもある。


 堂抜はただ心を無にして単純作業に従事していた。


 その時。同じく作業に没頭していたはずの花楓がぽつりと呟いた。


「何かあったわけ?」


「え?」


 あまりに咄嗟のことで上手く反応ができない。堂抜は俯けていた顔を上げて花楓の方を見る。


「いつもと様子が違う」


 すると彼女は気乗りしない様子で言葉を絞り出した。


 まさかそんなことを言われるとは。驚きのあまり堂抜は目を丸くする。


 それに花楓はますます表情を引き締まらせた。


 心配してくれている。そう気づいて、堂抜は思わず笑ってしまいそうになった。


「……ノセくんと喧嘩しちゃって」


 ややあって、滲む笑みを誤魔化すようにそう呟く。


「ノセくん?」


 ぴんとこなかったのか花楓は眉間にシワを寄せた。


「一ノ瀬くん」


「……ああ」


 答えると苦虫を噛み潰したような顔をする。


 堂抜は今度こそ堪えきれずに笑ってしまった。


「宮間さん、ノセくんのこと嫌い?」


 そして良い機会だと思ってそう尋ねる。


 よくよく考えてみれば、こうして花楓と落ち着いて話す事は今までなかった。


 彼女は作業の手を止めると、しばらくむっとした表情で黙り込んだ。


「別に、気にくわないだけ」


 そして短くそう呟くと再び手を動かし始める。


 それは嫌いと何が違うのだろうと思ったが、突っ込むと後が怖いので聞く事は出来なかった。

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