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僕のお姫様

七島さなり

2.遭遇

 惚れ薬を渡してすぐ。部長は薬の量産か、はたまた新作の製作か。どちらにしても自身の作業に没頭してしまった。


 一人でぶつぶつと呟く後ろ姿を見て、そういえば彼は自分が発明をしたいがためにこの部活を作ったのだということを思い出す。


 つまり誰が増えても減っても潰れない限りは頓着しないのだ。


 自分でその一因を作ってどうするのかと堂抜は渇いた笑みを零した。


 それから手持ち無沙汰に瓶を見遣って再び深く息を吐く。そして聞こえていないとわかっていながらもその背中に声を掛けた。


「じゃあ、今日はもう帰るね?」


 案の定、返事はない。


「お先に失礼しまーす」


 そうして形ばかりの挨拶を残して、堂抜は科学室を後にした。


 去り際、一瞬だけ振り返って中の様子を見る。相変わらず部長は考え事に没頭しており、こちらを顧みる気配はない。


「良いな……」


 ぽつりと呟いた言葉は誰の耳に届くでもなく、人気のない廊下にそっと消えていった。


 そして何事もなかったかのように堂抜は再び歩き出す。


 ふと目に入った廊下の掛け時計は五時前を指していた。見上げた空には既に夕闇が迫っており、急がなくてはいけないような気がして足が自然と速くなる。


 歩きながら堂抜は握ったままの瓶に視線を落とした。


 思い浮かぶのは姫――姫野涼那のこと。


 彼女にはどうやら好きな人が居るらしい。だからといって、こういう物を使って振り向かせようとは思わない。


 けれど、いざ目の前に手段を投げられてしまうと気持ちが揺らいでしまうのも確かで。


「部長め……」


 堂抜は恨めしげに最後に見たあの背中を思い浮かべた。


「……捨てよう」


 そして何度目かの逡巡の後、小さくそう呟いて廊下を曲がる。


「きゃ!」


「わっ!」


 その時、死角から現れた小さい影とぶつかった。


 お互い倒れることはなかったが、よろめいた拍子に手に持った瓶が転がり落ちる。


「ごめん、大丈夫!?」


 しかしそれを拾うよりも先に堂抜は相手へそう声を掛けた。


「っ、気をつけなさい!」


 返ってきたのは鋭い恫喝。そこで彼は自分が誰にぶつかったのかを理解した。


 宮間花楓。小柄な身体に肉食動物のような獰猛さを秘めた少女。


 予期していなかった遭遇に全身が震え上がる。


「ああ、もう、プリントが……っ」


 彼女は立ち尽くした堂抜のことなど気にも留めず、苛立たしげに呟くと床に散乱したプリント用紙を集め始めた。


「ご、ごめん」


 堂抜もはっと我に返り、慌てて拾うのを手伝いに入る。


 あまり量が多くなかったこともあり、そこまでの時間はかからなかった。


「はい。大丈夫だった?」


 集めたプリントを手渡しながら、一瞬だけ彼女の身体へ視線を走らせる。派手にぶつかったわけではないので、ぱっと見る限りでは大きな怪我もなさそうだった。


 花楓はそれをどう捉えたのか。いつもの仏頂面を余計にむっとさせて言う。


「まあ。あんたは?」


「僕も、大丈夫」


 堂抜はいつもの情けない笑みを浮かべた。


 そして「本当にごめんね」と告げて逃げるように花楓の横を通り抜けた。


 あまり目を付けられないようにしたい。その一心での行動だった。


 怪しくなかっただろうかと思いつつ、お咎めなしで乗り切れたことに胸を撫で下ろす。


「……ちょっと」


 しかし、不意に後ろからそう呼びかけられてどっと心臓が跳ねた。


 途端に自分の一連の行動が脳内で再生される。何が悪かったのかを探すが、思い当たることがまるでない。


「は、はい……」


 堂抜は覚悟を決めると再び花楓と向き直った。


「これ、あんたの?」


 仁王立ちで立つ彼女。その手には先ほど落とした惚れ薬の瓶が握られている。


 この場から去ることばかりに注力していて頭からすっかり抜け落ちていた。


 さっと堂抜の顔から血の気が引く。


「えっと、それは……」


 言い淀むと花楓は狩人の瞳を向けた。


「最近、惚れ薬なんて言って怪しい薬を配り歩いてる生徒がいるって噂を耳にするんだけど、あんた、何か知ってる?」


 抑えた声はそれが質問ではなく尋問であることを暗に告げている。


 堂抜は噂のことなど微塵も知らなかったが、脳裏に熱に浮かされたような部長の姿が過ぎった。


「僕、は……」


 言いながら堂抜は緊張で乾いた唇を舐めて湿らせる。


 部長のことを告げるか否か。考えたのは一瞬だった。


「何も知りません!」


 力一杯の声でそう絞り出すと踵を返して駆け出す。


「あ! 待ちなさい!」


 それはあまりに突然のことで花楓は反応が出来なかったらしい。


「あんたの顔、覚えたからね!!」


 恨みがましく叫ぶ声を背中に聞きながら、堂抜はただ夢中で廊下を走り抜けた。

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