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僕のお姫様

七島さなり

4.対策

 生徒会室では机に伏した体勢で生徒会書記、長澤藍花あいかが待っていた。


「いらっしゃあい」


 その全身から滲み出る怠さは張り詰めていたを空気を和らげるのに十分で、堂抜は思わずほっと息を吐いた。


「ながさわ~」


 それは後ろに控えた篠も同じだったらしく彼女の顔を見るや否や今にも泣きそうな声を上げる。


「何、篠? 気持ち悪い声出して」


 しかし傷を抉る言葉がその口から飛び出して彼は「ぐふっ」と呻くとあえなく撃沈した。


「てか、珍しいね? 二人も一緒なんて」


 藍花はそれを見て満足したのか。ふっと鼻で笑うと自分の指定席に座ろうとしている凉那と一ノ瀬に視線を向ける。


「ちょっと色々あったのよ」


 疲れたように呟いて一ノ瀬はどかっと腰を下ろした。


「へえ? なになに?」


 そこでようやく体を起こした彼女は興味津々と言った様子で身を乗り出す。


 一ノ瀬は困ったように微笑んで、先ほどの花楓との出来事を話し始めた。


 その間、堂抜は倒れた篠を小笠と共に椅子へ座らせる。


 作業をしながら聞いた一ノ瀬の説明は短くとも要点を捉えていた。


 聞き上手なだけでなく話し上手な幼馴染み。堂抜は頭が下がる思いだった。


「そっかあ。それは大変だったね」


 話が終わると藍花はしきりに頷きながらそう零す。


「今回ばかりは良いんじゃないかなって私は思うよ、姫」


 そして黙々と食事を口に運んでいた凉那にそう笑いかけた。


 凉那もどうして彼らが花楓と一触即発の空気になったのか、詳細は知らない。一ノ瀬の話で納得してくれれば良いのだが。


 皆が祈るような気持ちで視線を向ける。


 すると彼女は居心地が悪そうにこほんと咳払いをしてから静かに口を開いた。


「別に、怒ろうと思ってたわけじゃない」


「え? マジで⁉」


 それに小笠が喜びの声を上げる。ガッツポーズまでしたところを見ると、よほど嬉しかったのだろう。


「……怒られたいの?」


「いえ、結構です」


 しかしゆっくりと顔を向けた凉那が声を低くして問うと、姿勢を正して真面目な顔で首を横に振った。


「じゃあ、なんだよ」


 がっくりと項垂れる相棒に変わって復活した篠が尋ねる。


「今回のような場面に遭遇した時の生徒会の対応を決めておこうと思って」


 ごちそうさまと手を合わせた凉那は早々にお弁当箱を片付けながら答えた。


「対応?」


「そう。傍観するのか、介入するのか。それによっては対策も取らなきゃいけないし、何より生徒会と風紀委員で揉めるのは嫌だから」


「確かに、方針は決めておいた方が良いかもしれないわねぇ」


 そのやりとりを聞いた一ノ瀬が頬を押さえて頷く。


 すると突然バネのように跳ね上がった小笠が言った。


「だったら一年生もいた方が良いんじゃねぇか?」


 生徒会メンバーは全員で九人。二年生五人と一年生四人で構成されている。二年生は頻繁に生徒会室へ足を運んでいるが、一年生は用事が無い限りは滅多に顔を出さない。


 だからと言って一年生に伝えずに事を進めるのはどうか。小笠の発言は最もではあった。


「いやあ、問題になりそうなことするのなんか宮間さんしかいないじゃん」


「あれの相手を一年にしろって言うのは酷だろ」


 しかし藍花と篠に反対されると「ああ、そっか」とあっさり引き下がる。


「僕、いない方が良いかな?」


 そこで黙って様子を窺っていた堂抜はおずおずと手を上げてそう進言した。


 なかなか来ない一年生の生徒会役員以上に生徒会室を利用している身だが、部外者であることに変わりはない。


 まるで悪いことを告白しているような気分だった。


「大丈夫。一般生徒の声も聞きたいから」


 しかし返ってきたのは凉那の真っ直ぐな眼差し。


 そう言われてしまうと食い下がるわけにもいかない。堂抜は「わかった」と頷くと椅子に座り直した。


 そして始まった生徒会特別会議。


 それは昼休みの残り時間を丸々使って行われた。


 全員の見解は多少の相違こそあれほとんど一致しており、目立った議論もないまま粛々と進む。


 その結果、風紀委員の過激な取り締まりを発見した際には生徒会が介入するということが決定した。


「では、これで終了します」


 凉那の玲瓏な声が場を締めると同時に予鈴が鳴り響く。


「戻りましょうか」


「うん」


 一ノ瀬に促されるまま堂抜は椅子から立ち上がった。


 全員で椅子を机の中に押し込んで、ぞろぞろと連れ立って外に出る。


 生徒会室は使わない時には鍵を閉めるのがルールだ。


 だから最初に来た人が開けて、最後に出た人が閉める。


 今回は一ノ瀬が最後だったため、堂抜はそれが終わるのを待っていた。


「ありがとう」


 しゃらと音を鳴らしながら鍵がズボンのポケットに滑り落ちる。


「気にしないで」


 堂抜は凭れていた壁から体を離すと一ノ瀬と並んで歩き出した。


 他の四人は先に進んでしまっている。歩き出す頃にはその背中が随分と遠くに見えた。


 鍵を閉めている間に置いて行かれることはままあること。だから堂抜も一ノ瀬もさして気にしては居なかった。


 しばらく無言で肩を並べて歩く。


「結局、告白どころじゃなかったわねぇ」


 すると四人が遠いのを良いことに、隣を歩く一ノ瀬がぽつりと零した。


「ちょ、ノセくん……!」


 既に終わったと思った話を蒸し返されて堂抜は慌てふためく。


 一ノ瀬は可笑しそうにくすくすと肩を竦めて笑ってみせた。


「この距離なら大丈夫よ」


「でも……」


「良いじゃない伝わるなら」


 そしてぐだぐだと言い訳を並べようとする声を涼やかに堰き止める。


「む」


 堂抜は小さく唸って口を噤んだ。


 一ノ瀬の言うことは一理ある。告白せずに伝わるなら、それはそれで良いのかもしれない。


 揺らぎかける心を振り払うように頭を振る。


 例えそれが良かったとしても、今すぐにそうしようとは思えなかった。


 なにより心の準備が出来ていない。


 そんなの勇気がないことへの言い訳かもしれないが、決められない自分がいるのも確かなのだ。


「でも、考えておかないとダメよ」


 堂抜がぐるぐると思考のループに陥っていると不意に一ノ瀬が言った。真っ直ぐ向けられる視線は真剣そのもので思わず息を呑む。


「思いは伝えないと、いつか後悔する羽目になるんだから」


 彼は遠い彼方へ思いを寄せるような声音で囁くと、おどけた風に片目を閉じてみせた。


「ノセくん……」


「早く行きましょ。遅刻は嫌よ」


 思わず足を止めそうになる堂抜の背を押して一ノ瀬はずんずんと歩を進める。


 一際明るい声は明確な拒絶の合図だ。


「そうだね」


 それを理解した堂抜は少しだけ悲しげに微笑んで、結局は押されるがまま歩き続けることにした。




 そうして悩みに答えは出ないまま。また日々だけが過ぎていった。

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