僕のお姫様
2.暴風
突然響いた声はさながら嵐のようだった。
その場にいた全員が驚いたように視線を彷徨わせる。
堂抜と一ノ瀬も廊下に向かっていた足を止めた。
騒動の元は廊下で仁王立ちをしている小柄な少女。
彼女は髪色がやや派手な男子生徒と向かい合っていた。
男子生徒は「え、な……?」と目を白黒させて立ち尽くしている。
彼の足を守る緑色のスリッパは一年生の学年カラーだ。
「うわあ、今日も凄いね」
「そうね。苛烈だわ」
堂抜は声を潜めて隣に立つ一ノ瀬の耳元でそっと囁く。
するとお節介な幼馴染は眉根を寄せて不快感を隠すこともなくそう応じた。
その間にも少女は自分よりも明らかに身長の大きい生徒に近づいて何事かを吠える。
内容としては一年生の癖にそんな髪色で学校に来るなんて調子に乗っているとしか思えない。そんなような事を言い方を変えて激流のような勢いで糾弾していた。
一年生はそろそろ入学してから丸一年が経つ。その慣れからか、冬休みの間に少し羽目を外し過ぎた学生がそのまま学校に来るということがままあるらしい。
そういった生徒は大概、風紀委員長である彼女、宮間花楓の餌食になるというのがここ最近の常だった。
花楓は容赦がない。なぜそのような格好をしてはいけないのか、ということを相手が納得するまで徹底的に教え込み、直すまでは毎日その相手の元へと通い詰めるのだという。
堂抜は羽目を外すようなことをしてこなかったので彼女に目を付けられたことはない。
まして苛烈な噂を度々耳にしていたため、あまり関わりを持たないようにもしていた。
そこでふと、凉那が彼女と仲が良いらしいことを思い出す。
幼少からの付き合いで小学校、中学校とクラスも一緒。家も近所で良く遊んでいたと本人が言っていた。
それでもなぜ”らしい”という曖昧な表現になってしまうのかというと、彼女達が並んでいるのを堂抜は見たことがないからだ。
仲が良いのなら、高校でも一緒にいるものではないのだろうか。
いじめのような光景をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、一ノ瀬がぽつりと呟いた。
「ちょっと強引だったけど、少し距離を置かせたの」
「ノセくんはきっと妖怪なんだね。知ってる? サトリっていうんだけど……」
「失礼ね。さっくんが分かりやすいだけよ」
そうなのかと思わず納得しそうになる。けれど慌ててそんなことはないと考え直した。
一ノ瀬はなんでも自信満々に言うのでつい流されそうになってしまう。
「ノセくん」
「嘘じゃないわよ」
堂抜の垂れ目がちな瞳と一ノ瀬の吊り目がちな瞳がぶつかった。
そのまま無言で睨み合う。
「……距離を置かせたって?」
結局、先に折れたのは堂抜の方だった。
言いたかったことの代わりにそう尋ねると、一ノ瀬はついと視線を逸らして静かに口を開く。
「一年生の時にね、彼女、スズにべったりだったのよ。
独占欲が強いっていうのかしらね?
あの子が他の人と話してたりするとそこに割り込んで引き離したりとかしてたの。
それってお互いに良くないじゃない?
だから間に入って物理的に二人を遠ざけてみたの。
今もながちゃんにお願いして絶賛継続中なんだけど、どうやら効果があったみたいでスズに対しては落ち着いたんだけどね……」
その沈んだ表情がやがて自虐的な笑みに変わる。
「その結果、ああやって周りに色々言うことが増えたわけ」
一ノ瀬は嫌になるわとぼやくと迷うことなく歩き出した。
どこに行くのかとその背を目で追う。
「そこらへんにしときなさい、宮間さん」
すると彼は迷うことなく渦中に足を突っ込んでいった。
新たな火種の予感に周囲はにわかに騒然となる。
堂抜も「えっ⁉」と声を上げてしまった。
そんなこともおかまいなしに花楓は闖入者をきつく睨み上げる。
「何、おかま。何の用?」
遠くから見てるだけでも尻込みしてしまいそうな威圧感。
しかしそれを真正面から受けてるはずの一ノ瀬は全く動じていなかった。
「おかまじゃないわよ。失礼ね」
「うるさい。近づくな」
矢継ぎ早に奮われる言葉の暴力に彼は仰々しく溜息を吐く。
「近付かないわよ。何されるかわからないし」
「なにもするわけないでしょ! 人をなんだと思ってるのよ!?」
「そうねぇ。強いて言うなら危険人物かしら?」
「喧嘩売ってんの!?」
その態度が気にくわないのか。それとも危険人物扱いをされたことに腹を立てたのか。花楓はヒステリックに叫び、バンッと足を地面に叩きつけて一ノ瀬に詰め寄る。今にも噛みつきそうな勢いだ。
「売ってないわよ。勝てないもの」
しかし大きな音にも掴みかかってきそうな獰猛さにも彼は凉しい顔をしている。猛獣の扱いには慣れているとでも言うように花楓と真っ向から相対していた。
堂抜ははらはらとその様子を眺めていたが、いつの間にか標的となっていた一年生の姿がそこにないこと気づいた。
どこに、と視線を巡らせる。
すると二人の男子生徒に腕を引かれる姿が一瞬だけ視界を掠めた。
その二人というのが生徒会庶務、小笠誠一と生徒会会計、篠修治。
どうやら三人で協力して彼を助ける作戦だったらしい。
具体的な連絡を取ったわけでもないのに見事な連携が出来るのは彼らの日頃の努力の成果だろう。
堂抜は心の中で称賛の声を送った。
しかし気を緩めるのはまだ早い。花楓が気付けば間違いなく彼女の怒りのベクトルは一ノ瀬に向く。
その前になんとか話を切り上げられないかと祈るような気持ちで二人へ視線を戻す。
だが祈りは虚しく、その時には彼女の瞳は三人の方へと向けられていた。
一瞬、その瞳が大きく見開かれる。
次いで射抜くような眼光で一ノ瀬を睨みつけた。
「あんたねえ!?」
興奮した様子で叫んで花楓は襟に掴みかかる。
そして自分よりも頭二個分高いその身体を引き寄せると右手を振りかぶった。
遠くで「一ノ瀬!」と叫ぶ小笠の声がする。
堂抜も制止に入ろうとするが間に合いそうもない。
自力でどうにかすればいいが、掴みかかられても一ノ瀬が抵抗する気配はなかった。
「ノセくん!」
堂抜は声の限りに叫ぶが、それでも状況は変わらない。
そして無情にも時は進み、花楓の手が振り下ろされる。
その直前。
「――なんの騒ぎ?」
彼女の声がその場を支配した。
その場にいた全員が驚いたように視線を彷徨わせる。
堂抜と一ノ瀬も廊下に向かっていた足を止めた。
騒動の元は廊下で仁王立ちをしている小柄な少女。
彼女は髪色がやや派手な男子生徒と向かい合っていた。
男子生徒は「え、な……?」と目を白黒させて立ち尽くしている。
彼の足を守る緑色のスリッパは一年生の学年カラーだ。
「うわあ、今日も凄いね」
「そうね。苛烈だわ」
堂抜は声を潜めて隣に立つ一ノ瀬の耳元でそっと囁く。
するとお節介な幼馴染は眉根を寄せて不快感を隠すこともなくそう応じた。
その間にも少女は自分よりも明らかに身長の大きい生徒に近づいて何事かを吠える。
内容としては一年生の癖にそんな髪色で学校に来るなんて調子に乗っているとしか思えない。そんなような事を言い方を変えて激流のような勢いで糾弾していた。
一年生はそろそろ入学してから丸一年が経つ。その慣れからか、冬休みの間に少し羽目を外し過ぎた学生がそのまま学校に来るということがままあるらしい。
そういった生徒は大概、風紀委員長である彼女、宮間花楓の餌食になるというのがここ最近の常だった。
花楓は容赦がない。なぜそのような格好をしてはいけないのか、ということを相手が納得するまで徹底的に教え込み、直すまでは毎日その相手の元へと通い詰めるのだという。
堂抜は羽目を外すようなことをしてこなかったので彼女に目を付けられたことはない。
まして苛烈な噂を度々耳にしていたため、あまり関わりを持たないようにもしていた。
そこでふと、凉那が彼女と仲が良いらしいことを思い出す。
幼少からの付き合いで小学校、中学校とクラスも一緒。家も近所で良く遊んでいたと本人が言っていた。
それでもなぜ”らしい”という曖昧な表現になってしまうのかというと、彼女達が並んでいるのを堂抜は見たことがないからだ。
仲が良いのなら、高校でも一緒にいるものではないのだろうか。
いじめのような光景をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると、一ノ瀬がぽつりと呟いた。
「ちょっと強引だったけど、少し距離を置かせたの」
「ノセくんはきっと妖怪なんだね。知ってる? サトリっていうんだけど……」
「失礼ね。さっくんが分かりやすいだけよ」
そうなのかと思わず納得しそうになる。けれど慌ててそんなことはないと考え直した。
一ノ瀬はなんでも自信満々に言うのでつい流されそうになってしまう。
「ノセくん」
「嘘じゃないわよ」
堂抜の垂れ目がちな瞳と一ノ瀬の吊り目がちな瞳がぶつかった。
そのまま無言で睨み合う。
「……距離を置かせたって?」
結局、先に折れたのは堂抜の方だった。
言いたかったことの代わりにそう尋ねると、一ノ瀬はついと視線を逸らして静かに口を開く。
「一年生の時にね、彼女、スズにべったりだったのよ。
独占欲が強いっていうのかしらね?
あの子が他の人と話してたりするとそこに割り込んで引き離したりとかしてたの。
それってお互いに良くないじゃない?
だから間に入って物理的に二人を遠ざけてみたの。
今もながちゃんにお願いして絶賛継続中なんだけど、どうやら効果があったみたいでスズに対しては落ち着いたんだけどね……」
その沈んだ表情がやがて自虐的な笑みに変わる。
「その結果、ああやって周りに色々言うことが増えたわけ」
一ノ瀬は嫌になるわとぼやくと迷うことなく歩き出した。
どこに行くのかとその背を目で追う。
「そこらへんにしときなさい、宮間さん」
すると彼は迷うことなく渦中に足を突っ込んでいった。
新たな火種の予感に周囲はにわかに騒然となる。
堂抜も「えっ⁉」と声を上げてしまった。
そんなこともおかまいなしに花楓は闖入者をきつく睨み上げる。
「何、おかま。何の用?」
遠くから見てるだけでも尻込みしてしまいそうな威圧感。
しかしそれを真正面から受けてるはずの一ノ瀬は全く動じていなかった。
「おかまじゃないわよ。失礼ね」
「うるさい。近づくな」
矢継ぎ早に奮われる言葉の暴力に彼は仰々しく溜息を吐く。
「近付かないわよ。何されるかわからないし」
「なにもするわけないでしょ! 人をなんだと思ってるのよ!?」
「そうねぇ。強いて言うなら危険人物かしら?」
「喧嘩売ってんの!?」
その態度が気にくわないのか。それとも危険人物扱いをされたことに腹を立てたのか。花楓はヒステリックに叫び、バンッと足を地面に叩きつけて一ノ瀬に詰め寄る。今にも噛みつきそうな勢いだ。
「売ってないわよ。勝てないもの」
しかし大きな音にも掴みかかってきそうな獰猛さにも彼は凉しい顔をしている。猛獣の扱いには慣れているとでも言うように花楓と真っ向から相対していた。
堂抜ははらはらとその様子を眺めていたが、いつの間にか標的となっていた一年生の姿がそこにないこと気づいた。
どこに、と視線を巡らせる。
すると二人の男子生徒に腕を引かれる姿が一瞬だけ視界を掠めた。
その二人というのが生徒会庶務、小笠誠一と生徒会会計、篠修治。
どうやら三人で協力して彼を助ける作戦だったらしい。
具体的な連絡を取ったわけでもないのに見事な連携が出来るのは彼らの日頃の努力の成果だろう。
堂抜は心の中で称賛の声を送った。
しかし気を緩めるのはまだ早い。花楓が気付けば間違いなく彼女の怒りのベクトルは一ノ瀬に向く。
その前になんとか話を切り上げられないかと祈るような気持ちで二人へ視線を戻す。
だが祈りは虚しく、その時には彼女の瞳は三人の方へと向けられていた。
一瞬、その瞳が大きく見開かれる。
次いで射抜くような眼光で一ノ瀬を睨みつけた。
「あんたねえ!?」
興奮した様子で叫んで花楓は襟に掴みかかる。
そして自分よりも頭二個分高いその身体を引き寄せると右手を振りかぶった。
遠くで「一ノ瀬!」と叫ぶ小笠の声がする。
堂抜も制止に入ろうとするが間に合いそうもない。
自力でどうにかすればいいが、掴みかかられても一ノ瀬が抵抗する気配はなかった。
「ノセくん!」
堂抜は声の限りに叫ぶが、それでも状況は変わらない。
そして無情にも時は進み、花楓の手が振り下ろされる。
その直前。
「――なんの騒ぎ?」
彼女の声がその場を支配した。
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