何も変わっておりません、今も昔も。

斎藤こよみ

08



クォーツ帝国といえば、世界有数の軍事力である。
平民・貴族などから実力がある者が選ばれ、官僚へと就くことが許される。
それはこれまでも、これからも皇帝の座すら例外なく。故にこの慣習が覆されることは無かった。


現皇帝、ユルゲン・ヨハネス・サイフェルトは実力で皇位に就いた帝国内で随一の実力者だ。
武力だけでなく、他国や他貴族の干渉・策略を逃れ、反撃するだけの頭も備わっており、歴代皇帝の中で最も皇帝の名に相応しいと言われている男である。


そんなユルゲンは現在頭の痛い問題に直面していた。


「おいおい、何だってんだ。いきなり顔見せたと思えば厄介事持ってきやがって」


「まぁそこは諦めてよ。その代わり良い手札カードが手に入ったろ?」


「ジョーカーの間違いじゃねぇのか。精霊王に、その連れ合いの娘ねぇ」


皇帝の私室、と言っても一種の応接間のような部屋で人受けのする良い笑顔で談笑する二人の男。
片方は皇帝、ユルゲン。もう一人は、ユルゲンに加護を与えた水龍、フランだった。


エリーゼとセルジェに帝国行きを進めたフランは、交渉役と称して先に皇帝へと話を持っていくことにした。
そして、必要な手順を飛ばし(龍である自分には人間的な諸々には関係ない、というのが彼の言い分だ)、皇帝が休憩中の執務室へ乗り込んだのだ。


蜂の巣をつついたような騒ぎになりかけたものの、鶴の一声ならぬ皇帝の言葉と、近衛騎士隊長がフランを知っていたことにより何とか騒ぎは収まったのだった。
そしてことの顛末を聞かされた皇帝は、五日ほど前に上がっていた報告書に目を通し深い溜息を吐いた。


「第二王子による公爵家令嬢への冤罪及び婚約破棄、ねぇ。で、その肝心のお姫さんはどうしてんだ」


「今は精霊界にいると思うよ。皇帝に話をつけに行ってくるって言っておいたし、エリーゼはそんな愚かなことはしないよ」


「そうかい。ならいいが、王国にもぐらせてる草からの報告じゃ、あの馬鹿王子は自分がどんだけヤバいことをやらかしたのか理解してないみたいだな。その親……国王もか。かろうじて及第点なのが騎士団長くらいか?あぁ、元、だったな」


「そこら辺はどうでもいいんだけどさ。エリーゼは王国で生まれたせいで穢れに侵されてるんだよね。何よりもまずそこを何とかしないと。精霊界にいて、最も強い力が側にいるからある程度は浄化できてるけど、それでも残りはする」


「穢れ、か。あの王国は全くもって手に負えねぇな。あんだけ真っ黒・・・なのに気付きもしねぇ」


「気付こうとしないんだよ。だから僕らはあの国が大嫌いだ」


情報の刷り合わせをしながら、彼の国への不満を口にする。
私的な場で、この場にいる人間も信の置ける者たちばかりなのが皇帝の口を軽くさせていた。
普段であれば相手が誰だろうとここまで口調が崩れるのは一人きりの時を除き相手が人間以外・・・・の時だけだ。


「おい、殺気を消せ。騎士が使い物にならなくなるだろうが」


「あぁ、ごめんごめん。気をつけるよ。それにしても僕の殺気に耐えられるってなかなか丈夫・・じゃないか」


フランは今は人型になっていて龍のときとはだいぶ抑えられているが元々のそれは人間以上だ。
それに気絶をせずに耐えられている人間が三人。その上平然としている化け物レベル予想外が一人。
その予想外な人間はフランの褒め言葉も鼻で笑い不満げに膝をつく騎士を見遣る。


「伊達に稽古つけてねぇ。が、まだまだだな」


「怖い怖い。皇帝様は厳しいね」


「抜かせ。こんな厄介事持ってきたクセして」


「仕方ないじゃないか。現状爆弾を抱える・・・・・・エリーゼを保護できるのは帝国しかない。聖女の生まれ変わりだなんて教会や王国に知られたらの二の舞だし」


「その聖女の生まれ変わりっつーのも怪しいが……ともかく、そのお姫さんとやらを一度つれてきてもらおうか。保護するにしたって無条件で懐に入れるんじゃ気持ちが悪ぃ。それに精霊王とも話がしたい。勿論、お前も同席しろよ?」


「はいはい、全く龍使いが荒いんだから。つれてくる日時は?」


フランの含みある言葉に深く突っ込むことはしないユルゲン。突っ込んだとしてもこの食えない龍が答えてくれるとは思いもしないが、それなりに事前情報はくれているし、何よりヒント・・・はきちんと教えてもらった。
ユルゲンは側に控えていた専属の秘書に目を向けると、意図を察した秘書は皇帝の予定を確認して口を開く。


「次の空き時間は一週間後ですが、キャンセル又は変更可能の予定を入れますと、早くて明後日が空けられます」


「明後日の昼前までに連れてこい。長くかかっても良いように午後は空けておく」


「分かった。言っておくけど余計なこと・・・・・したら僕ら・・も黙ってないから気をつけてね」


フランは綺麗に・・・笑う。
先ほど漏れ出た殺気にも似た冷たい空気が皇帝へと向けられる。


「はいはい。お前らを敵に回しちゃ骨が折れる」


皇帝のその言葉を聞くとフランはいつもの笑顔でまたね、と挨拶にもならない挨拶をして執務室から消えた。


圧倒的強者たる存在が消えたことで張り詰めていた空気が弛緩し、騎士の一人が口を開く。
近衛騎士の中で二番手を誇るサリヴァンだ。冷や汗を拭い、いまだ残る恐怖の残滓に震える手を抑えた。


「ユルゲン様、あの龍とんでもないっすね」


「龍自体が恐怖そのものだしな。最古の龍の一柱、中でも小細工・・・が得意な龍なんだよ、アイツは」


「そんな龍から加護もらったユルゲン様まじパネェっス」


ユルゲンの言葉に尊敬の念を隠さずに返したのは三番手、ミム。
実力が物を言う帝国で皇帝を除く序列第三位のミムの口調も、実力と、そこに明確な敬意があることが分かっていたため公的な場以外では見逃されてきていた。


「にしても聖女様の生まれ変わり、か。眉唾もんだが、龍だけでなく精霊王までもそう言ってんなら間違いねぇんだろうな……。チッ、めんどくせぇな。ただでさえ王国のポカでこっちにまで火の粉が飛んできてるっつうのに。しかもその当事者が亡命だなんて誰が予想できるかっつーの」


あの日の夜に起こった出来事を、帝国からの参加者である侯爵家から上がってきて耳にした時、心底驚いたものだ。
まさか、王家に最も近い・・・・・・・血筋をもつ公爵家の正統な・・・令嬢をたかが男爵令嬢のために婚約を破棄するとは思いもよらないだろう。


そのせいで、王国を除く大なり小なりの国が王国に見切りをつけ始めている。それはクォーツ帝国も例外ではない。
だが、王国が滅べば次に待つのは―――戦争だ。


「あの国はもう斜陽だろうな」


「精霊も避けて通る国です。そうでない方がおかしいでしょう」


ユルゲンの小さな呟きを拾った近衛騎士団長、ハリモアは毅然とした態度で返す。
ハリモアの家は代々上位精霊と親交があるため、その眷族に当たる下位精霊たちさえ嫌がる王国の在り様には据えかねるものがあるらしい。


「ところで、水龍殿が言っていた例のご令嬢の爆弾とは?」


「心当たりはあるが……今はまだいい。とりあえず明後日、やつらが来るのを待とうじゃねぇか」


そう言って皇帝は獰猛な笑みを浮かべた。


側にいた騎士たちの頬が引き攣ったのも無理は無い、そんな笑顔だった。







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