ちゐと狩りの流儀

杞憂

プロローグ。テュワイス

血と欲と金の渦巻くスラム街。
少年にとって、あまり好ましいと言えるような場所ではないので往路では走り抜けたが、今度はここに用がある。
慣れたとはいえ、快適とはとても言えない匂いを発するこの街に住む変人。
それに会いに行くのが今日の目的だ。


天才は変人であることが多いが、変人は天才であるわけではない。


しかし、少年が今日会いに行く変人は間違いなく天才の部類に入る人間だ。
まあ天災の部類にも入るが。


少年が、スラムの悲惨な現実から目を背けるように思考していると、彼女の家に着く。
そこは家というより掘っ建て小屋といったほうがいいような質素を通り越して単なる物好きのDIYのようにしか思えない建物。


しかし、そんな建物としての最低限の機能さえ果たせないようなボロボロの小屋から聞こえてくるのは耳がおかしくなりそうな雑音。
歯医者のドリルのような音に少年はおもわず顔をしかめる。


「この分だと、また作業に没頭してるのか・・・」
少年はもう何度目かも忘れた溜息を吐き出し、小屋の扉(もっとも板が立てかけてあるだけのものだが)をどかして天災武器職人の工房に入る。


魔力注射器、現実性固着ボンド、情報融解炉、氣力安定剤、限定的光融合発生薬、観測崩壊半田ごて、終端光子中和のこぎり、霊力潮解ガス、その中でもひときわ目を引くのは、混ぜるな危険のラベルが貼られている散乱した極彩色の栄養ドリンクだ。


そして、そんなケミカルハザードだったりバイオハザードまっしぐらな装置の中で次元破断式安全メガネをかけて、ケミカルな髪をポニーテールにして多元宇宙封入ポンプを注意深く握る白衣の少女はやはり作業に没頭していた。


この調子だとあと三時間は待たされることを覚悟して少年はため息をつく。
少年は部屋の隅に追いやられていた来客用の椅子を手繰り寄せると、自分の頭を覆う眠気に体を委ねた。






現実定数歪曲光の非健康的な光を感じて少年の意識は覚醒した。
見ると、ブラックライトを手にしてこちらを睨め付ける少女が一人。
もう作業は終わったようで、遊色効果のある安全メガネは今はスイッチを切って額にかけてあるようだ。


「おい。何を貴様は家主に許可も取らずに人様の家に上がり込んで寝こけているのかえ?不法侵入ぞ不法侵入。」


腰に手を当ててこちらを睨みつける白衣の少女が尊大に言った。
本人は威厳があると思ってやっているようだが、異世界人が作ったテレビで放映されていたアニメのキャラクターの口調を真似していることを知っている側としては、笑わないように必死だ。


「まあまあ、僕と君の仲じゃないか。『エジソン』。」
「そんな露骨なご機嫌取りじゃ誰の機嫌も取れんわ。」


しかし、今日の彼女の機嫌は上々だったようだ。


「私の『遺産』も完成したのだし、水に流してやろう。ほれ、持って行け。お前の装備じゃ。」


前世のメロンパークの魔術師の名を冠する少女は不服そうに左手に持っていたものを差し出した。
いくらサイケデリックでカラフルな見た目をしていたとしても、幼女におよそ似つかわしくないその装備は、前世で言うところのピストルに酷似している。


いや、半端な知識の異世界人が前世の銃をモデルに作ったのだから、銃の代表のピストルに似るのは当然なのだが、その銃のスペックを知る少年にとってはなかなかの違和感を感じる。


開発者曰く、サイズはピストル射程はライフル連射性能マシンガン。


要はスナイパーライフルの射程でマシンガン並みの如く弾を連射するピストルサイズの魔法具だ。
しかも魔法で文字通り魔改造されているので、実際はそんなものではないのだろう。
とは言っても少年は魔力は使えない。
ならばどのようにして魔法具を使うのか。


この世界の文明が異世界人の召喚術式が暴走して以降、急速に発展したことは誰もが知っている。
異世界からの豊富なアイディアとチートによる技術革新。
おそらく前の世界を優に通り越しているだろう。


召喚されるのはだいたい高校生ぐらいの人間が多いので、芸術分野やデザイン分野などはまだ未発達だが、それでもやはりあの暴走した術式は一見止める必要がないぐらいの恩恵をこの世界にもたらしている。


閑話休題。


そんな彼らの中でも、有名な者を一人あげろと言われたら、多くの人間が『イワダ・テルユキ』を思い浮かべるだろう。
彼はほぼ無限とも言える魔法を使いこなし、死の間際までこの世界の発展に尽くした人間とされている。
彼は自身の書いた書籍、『異世界に転移したらまずは知りたい魔法の事』でこのように述べている。


『この世界の魔力は元の世界の電気として考えてもらって相違ないだろう。
電気は、前世の人類も微弱ながら生体電気として保持しているし、電力を生み出す術を学んだことで人類は文字通り進化に匹敵する進歩を遂げた。


〜中略〜


世界の壁を越える際、私たちはこの世界に合うように体を書き換えられている。
暦の違った世界でも体内時計が狂わないのも、当たり前のように強い魔力を使えるのも、そのためだ。
反面、魔法には悪影響もある。


〜中略〜


そして私は強い魔力を持たないものでも魔法が使えるように前世で言う電池にあたるもの、『魔石』を発明したのだ。


〜後略〜』


つまり、魔石に魔力をチャージして、この魔法具を使うのだ。
少年は拡張済みポケットから中サイズの魔石を取り出して銃に込める。


「試し撃ちしても?」
「良いわけあるか。」


だよね。と少年は素直に少女の家を出る。


冗談で試し撃ちといったものの、少女の調整が完璧なことは少年が一番よく知っている。
ならば向かうべき場所はどこか。


標的ターゲットの場所だ。

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