ちゐと狩りの流儀

杞憂

チュートリアル。ワンス

夢泡沫をさまよっていた彼の意識は惰性で開いたままにしていた窓の外から聞こえる喧騒によって急浮上する。
寝起きの気怠さを振り払うと、彼は一つ息を吐いて、


「またあの日の夢か。」


と失望したように呟いた。


「僕も未練がまし過ぎる。だいたい、もうこの世にいない人・・・・・・・・・・を思い出しても、
生産性のかけらもないじゃないか。」


王都バビロニアの喧騒は基本的に昼夜問わず続いている。
しかし、王都最大の祭りである、再臨祭で住民のほとんどが教会に引きこもった日ならゆっくり眠れるのではないかと窓を開けたのがよくなかったようだ。
彼らは少年の想像よりずっと勤勉だったようで、安眠を妨害された彼の機嫌は地に落ちている。


そんなに喧騒が嫌いならば、郊外の宿屋を借りればいいのだが、残念ながら郊外の宿屋のランクと王都外郭部の宿屋のランクには天地の差がある。
残念ながら彼は金があるのにわざわざカビたパンをかじってシラミの湧いたベッドに体を預けて安眠できるタイプではなかった。


振り払った気怠さがまた忍び寄ってくるのを感じて、ベットから降りると、日めくりカレンダーをめくり忘れているのが見えた。
昨日は静かな夜によっぽど舞い上がっていたのだろう。


また一つ息を吐いて、粗雑にカレンダーを破くと、13/13という数字が見えた。
キリスト教徒だったら卒倒しそうなその不吉な数字の連続は、少年にとって一抹の寂しさを思い出させる。

「そっか、今日は。」


一つ区切って、事実を認めない自分に苛立ったよう、あるいは嫌なことを消化するように肺の酸素を絞り出すように言葉を紡ぐ。


「彼女の命日か。」










喧騒の街王都バビロニアに繰り出した彼は最初に花屋に向かった。
故人を忍んで花を手向けるのは古今東西同じだったが、それは異世界でも変わらないらしい。

人類が魔法を使うことのできるこの異世界では、地球の最新技術でもなし得ないことを容易に成せてしまう。
空中に投影された再臨祭の翌日を祝う文字を見ながら、少年はまた息を吐いた。
もともと魔法などというものがなかった世界から来たのだとしても。

当たり前に使っている魔法技術を自分だけが使という事実は、やはりどこか疎外感を覚えるものだ。

再臨祭の翌日ということで、まだ観光客で溢れている王都でスリに合わないように気を払いながら進むのは、意外と疲れる。

花屋についた少年は店主を呼び止め、少女に贈り物をしたいということと予算を伝え、いくつか花束を見繕ってもらう。

故人への贈り物だと言わなかったのは下手にこちらの宗教が混ざったものを出されかねないから。
キリスト教徒に仏花を供えるようなものだ。
草葉の陰の彼女なら笑い飛ばしそうなものだが、と彼は思った。

「はいよ、お嬢ちゃん・・・・・。友達への贈り物かい?」


はい、と短く答えると店主は店の品物を吟味し始めた。

性別を間違えられらのは慣れている。
職業柄・・・こちらの方が良かったりもするのだが、あまり気持ちのいいものではない。
そろそろ髪を切ろうかと、女顔の少年はボブカットの髪を指で玩びながら品が出てくるのを待つ。


「はいよ。好きなのを選びな。」


いくつかの花束の中で1番彼女が喜びそうなものを探していくと、紫色の花が目についた。


「店主さん、これは。」
「これは、コルチカムだな。もともとこの世界に無かったもので、『花の勇者』様が持ってきた種だ。
確か花言葉は、」


「悔いなき青春、危険な美しさ。」


「そうそう、よく知ってるなぁ。確かあと、私の最良の日は過ぎた、っていうやつもあったはずだ。いずれにしても、贈り物にするにはちょっと—」
「これにします。」


彼女にぴったりじゃないか、と少年は小さく呟いて花屋を出た。


バビロニア外郭部のさらに外側をぐるりと取り巻くスラムの物乞いたちの視線を振り払うように駆け抜けた先は小高い丘にそびえ立つ十字架で作った簡易な丘。


異世界に来て十字架というのも妙な話だと思いながらも、あの浮世離れした少女の墓としてはちょうどいいとも感じる。


大理石でできた十字架を水筒の水で洗った後に麦わら帽子をかけ、花を添え、手を合わせて少し祈ると、立ち上がって墓を後にする。


さて、故人を偲ぶ時間は終わった。


ここから先は少年が生きるための生業英雄殺しをする時間だ。

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