壊れゆく世界

蜂ノコ

第1話 琥珀中学校

人類は変貌してしまった。

それはSF映画、若しくはアニメにしかない非現実的な物が誕生してしまったからである。

異能力。

それが人類の新たな歴史を刻み、人類の進化でもあった。





 キーンコーンカーンコーン。

「起立! 気をつけ、ありがとうございました!」

「ありがとうございました」

学生は一斉に帰り支度を開始する。普遍的かつ日常的なその光景に生徒らは何も思わない。

ここ琥珀高等学校は公立高校で外装も内装も設備も整っており、市立と誤解されてもおかしくない程、しっかりしているのだ。

「やっと終わったかぁ……」

入学してから数日しか登校していないというのにもう既に環境に慣れてしまっている男子がいた。

浦江雄うらえゆうだ。彼は耳に掛かる程度の、ところどころ髪の毛が跳ねている髪型だ。制服は上が青いブレザーで下は黒の制服。

胸の奥底に蓄積されていた透明で視認できぬ異物を溜息混じりに吐き出す。

「なーんか退屈さと疲労を全部吐き出しているように見えるんだけど?」

むすっと男声おとこごえで、不機嫌そうな表情で接近してきた彼もまた雄同様、環境に慣れてしまった者だ。

「賢介か」

植田賢介うえだ けんすけ。それがこの風に靡きそうなツンツンヘアーの男子である。中学の頃から竹馬の友で唯一無二の友人と言っても過言ではない。

「お前の言う通り、退屈と疲労を吐き捨ててたよ」

「ははは……」

賢介は苦笑しながら薄ら笑いで返してくる。

「ま、俺はこれから仕事だから。今日は情報収集しないと」

彼の瞳孔が開いているせいか輝いて見えるのは、彼が言った仕事が関連している。彼の言う仕事というのは社畜バイトではなく部活動のことである。因みにだがパソコン部所属である。

「情報収集?」

首を傾げ、疑問符を浮かべる雄。

「人類の進化。とでも言えばわかるか」

人類の進化――――それは能力のことである。

「あぁなるほど。……まさかとは思うが調査する為だけにハッキングするんじゃないだろうな」

「そのつもりだけど?」

平然と疑問も持たずに彼は答えた。

「やっぱりかぁ……」

当然、呆れた。何故なのか言うまでもない。彼はハッカーだが単純にそこらにいる者とは別格。天才という名を持つハッカーなのだ。だからこそ雄は不安で仕方がなかった。

クラッキングしなければいいが。と。

「現段階でわかっているのは接触すれば能力を解放する石と能力が宿ってしまう石があるらしいっていう仮説が建てられているらしい」

何故か詳しい彼は既に下調べでもしたかのような口調であった。

(……調べる必要ねえんじゃねえか?)


それから賢介は時間が近づいていたため先にお暇いとまし、雄は校外へ出ていった。

雄は真っ直ぐ帰宅することなく目的地へと向かった。その看板には『wind Orchestra』と表記されていた。つまり、彼は吹奏楽団に所属しているのだ。しかし最近になって入団したため経験は浅い。時期としては入団希望者が集うため、初心者から上級者まで幅広くいるのだ。

そして彼の担当楽器はホルンである。蝸牛かたつむりの方な形をしているためかよくそれで伝わってしまうことも少なくはない。

「あれ。もしかして、雄?」

そんな中、ホルンを片付けている彼に声を掛ける女声が聞こえた。振り返ってみるとそこには見覚えのある女子が微笑しながらこちらに手を軽く振る。

セミロングでサイドを三つ編みにしている。そして気付いた。

「……香奈?」

 彼女、風凛香奈ふうり かなはにっこり満面な笑みで頷く。

その瞬間、懐古たる記憶が蘇りつつ大人びているその姿に魅了された。

「お久しぶり! うちがいない間元気にしてた?」

崩さない笑みだがどこかぎこちない。

「あ、ああ」

彼もまた同様だ。

「そういえば、親の都合で引っ越した時以来だよな。確か俺らが小学生の時」

幼少期、とは言っても高学年の時の話だ。

「そうだね。その時の私はわんわん号泣していたなぁ……。幼馴染である貴方と折角出来た友人の別れが辛くて……でもこうやって再開できたんだし、私はそれだけでも嬉しい! そして何より同じ高校」

「えっ」

近距離で会話していたのにも関わらず彼は気づいていなかった。制服が琥珀高校のものだということに。

「気づいてなかったでしょ? 全く、相変わらず鈍感なんだから」

 ふふ、と笑う彼女に対して気づけなかった自身に恥ずかしくなった。

「ご、ごめん」

「別に謝らなくてもいいよ。これから学校でもよろしくね!」

彼女は破顔一笑と言わんばかりの表情をし、首を傾げた。

「そういえば、何の楽器吹いてるの?」

「ん? ホルンだよ。音色は綺麗だしね。でも、旋律とかあんまりないらしいから目立つことは少ないんだけど、その分、目立つときはカッコいいんだなぁ」

 たまらないという表情をする雄。

「雄って音楽好きだったんだね! 知らなかったわぁ」

 音楽好きなのなんで知らないのと内心思いつつ彼女に質問する。

「ところで香奈は、何の楽器にしたんだ?」

 まるで雄の思考を読んでいたかのような即答っぷりで、

「フルートよ。小さい頃からの憧れで、この教室に通い始めたのよ」

 香奈はそう答えた。

 返答は似ていた。ような気がしたのはどこの誰でもなく雄だ。

「へ、へえ……そうなんだ」

 香奈は細目で彼を凝視する。微妙な反応が気に食わないのかと雄はそう思った。が。

「今度、二人で曲を合わせよ!」

 桜が満開するような笑みを浮かべた香奈はただ、言い出すのを迷っていただけだった。その表情を見た雄は若干の恐怖を覚えた。


 そして帰り道。途中まで一緒というわけで二人で世間話をしたりして雄の妹や楽器に関することなど話し合った。気がつけば肩の荷が下りた気がするなと雄は思い、肩を少しばかり回す。

「じゃ、うちこっちだから。また学校で。グッバーイ!」

 輝かしい微笑で去る香奈に対し、

「あ、うん、バイバーイ!」

 と、どこか気の抜けた口調でさよならの挨拶をした。

 そういえばと雄は思い出した。以前、彼女は雄のことを君付けしていたことと、控えめな性格だったなと。変化したことに感嘆に思った。

 過去を振り返りながら帰宅していると、全力窒素で雄の横を素通りした。

「外もわりと暗いのに全力窒素なんて、スポーツウーマンかよ」

という冗談を誰に言っているわけでもない独り言を放った直後。

 微かな匂いを雄の嗅覚は感知した。それだけで誰なのかを特定できた。


 香奈だ。


 方向音痴ではないはずの香奈が全力で走っていることに雄は疑問に思った。

「なんで――」

 独り言をかき消すような速度でまたしても彼の横を通り抜ける人物がいた。

 見逃すまいと後ろに振り向き、姿形を確認する。

「――男?! まさか香奈、追われているのか?!」 

 香奈が全力窒素で走ることは運動競技以外には滅多にはないことを雄は知っているのだ。そのため、冗談ではない危機感を感じたのだ。

「香奈が危ない!」

危機を感じた雄は地べたを力一杯踏み、街中を駆け始めたのだった。


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