王国への独立宣言 〜この領地では自由にやらせてもらいます〜

雀の涙

動き出す

 カケルがいなくなった屋敷は何故か明るい雰囲気で包まれていた。
 まるで初めからカケルが存在していなかったように、そこに少しの寂しさや悲しさは感じられない。


 ウールは書斎で一人、気分良く紅茶を飲みながらにやけていた。

「やっと邪魔なやつがいなくなったな。これで何も心配することなくまたあいつらから金を搾り取れるわ!」

 どこまでいっても贅沢することしか頭にないようだ。
 
「あいつが出て行くときに金を渡してしまったからな。また領民どもから巻き上げよう! どうせなら税率をを上げるとするか」

 椅子にもたれながらはじけるような笑い声は、書斎の外まで響き渡っていた。
 
 その様子はいつもとはどこか違って、別人のようだった。


ーーーーーーーーーーーー


 領民の様子を見てくるという名目でジェイスは今外に出ている。しかし彼の向かう方向に領民はいない。正しくいうと、ゴレイ領・・・・の領民はいない。

 彼が向かっているのはジル領、隣の領地だ。距離はあるが風の魔法を使っているため、通常よりも時間はそうかからない。
 
 彼はジル領に着いてすぐに領主邸に行った。

 何事もなく、止められもせず、普通に門番に通され屋敷の中に入る。
 その様子から彼が以前からここの人間との付き合いがあることが伺える。

 彼は書斎の扉をノックし、その場で用件を伝える。

「失礼します、ジェイスでございます。本日はあのことでご報告があり、こちらに参りました」

「入れ」

 扉の向こうから入室の許可が下り、彼は扉を開け中に入る。

「よく来たな。まぁ座れ」

 彼を労いソファに座らせるのはこのジル領の領主、ガルノート・ジル。

「無事カケルは王都へ向かったのか?」

「はい、本日の朝に出発しました。これで邪魔する者がいなくなりましたので本格的に行動に移せます」

「あいつは頭も良いようだし、俺の推薦状もあるからな。受からないわけがない。だから不合格で戻ってくる心配もない。そうだな?」

「その通りでございます。最低でも6年は通うことになるでしょう。それだけの年数があれば問題ないかと」

「そうか。これからもこの調子で頑張りたまえ。ちゃんと結果を出せば俺もそれに必ず応えよう」

「はっ!」

 元気よく返事をする彼の表情はとても嬉しそうな笑顔だが、頭を下げているためガルノートには見えていない。

 彼は退室し、ゴレイ領へと戻るため玄関へと向かうとそこには二人の男が立っていた。

「やっと動き始めるんだな」「これであんな生活ともおさらばだ」

「今まで領民生活お疲れさん。これからは三人で行動するぞ」

 そう、この二人はゴレイ領の領民に混じって生活していたジェイスの仲間である。
 カケルのリュックを盗んだのもこの二人だ。

「あ、そういやウールのやつはどうなったんだ?」

 一人がふと思ったことを聞くと、ジェイスは自信ありげに答えた。

「あぁ、ちゃんと洗脳・・しておいたよ」

 三人は今後のことを考え、ニヤニヤしながら元いた領地へと戻っていくのだった。

 
 一方ジェイスのいなくなった書斎でガルノートは一人ソファーに座りながら読書をしている。

「ゴレイ領はジェイスともう一人に任せておけばそのうち手に入るだろう」

 ガルノートは二人にそれぞれ別々にゴレイ領を乗っ取るように命令していたのだった。

「もう一人はいつ来るかな」

 そう呟いてその一人のことを読者を続けながら気長に待つのであった。
 しかし、その日のうちにもう一人が来ることはなかった。


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 見送りを終え、サイラは今カケルの部屋にいる。昨日準備をした時の物が散乱したままだったので、片付けをしている。

 一通り片付けを終え、机の上にあった鍵を手に取る。

「これは引き出しの鍵だったかな? 忘れ物なんてしてないでしょうね」
 
 急いだ様子で引き出しを開け中を確認すると、一つの封筒だけが残されてあった。その封筒にはサイラへの文字が書かれてあった。

 椅子に座って封を切る。中には二枚の手紙が入っている。

「何が書いてあるのかしら」

 一枚目の手紙を読み始める。



『  サイラへ

 短い間だったけどサイラにはお世話になったね。

 サイラからすると四年、それでも短いと思う。だけど僕からするとたった四ヶ月だ。もっと短いよね。

 屋敷の中で唯一僕と接してくれて、良くしてくれた。

 サイラにはたくさんのことを教えてもらったよ。

 本当に感謝している。

 ありがとう。              』



 
 そこには、短くはあるがカケルからの感謝の気持ちが書かれていた。
 それを読んだサイラの表情は涙をこらえてるように見えた。

 しかし実際は奥歯を噛み締めて、ただ笑いをこらえているだけだった。

 サイラはそのまま二枚目の手紙に目を通した。


『   
  さて、本題に入ろうか。

 一枚目は読んでくれたかな? 

 僕は本当に君に感謝しているんだ。

 たくさんのことを教えてもらったからね。

 この世界の人族の恐ろしさを。

 僕が君のことを怪しいと思ったのは父に学院に入学させると言われたあの日だ。
 部屋で話し合いをした時のことを覚えてるか?
 僕はあの時、誰に優秀だと認められたのかと聞いた。すると君は一瞬の間をあけて、わかりませんと答えたんだ。僕は何も言わなかったが不自然に思った。

 その後、僕のバレたってことかという言葉に過敏に反応した君は、私は・・何も話していないと言ったね。
 僕ならあの呟きに対して、何でバレたんだろうと言うよ。だって本当なら僕も君も父にバレているとは思っていないはずなんだから。
 しかし君は父にバレていることを知っていて、バラしたのが自分だと疑われるのを避けるために、焦って反応してしまったんだろ?

 そして自分の代わりに執事のジェイスを差し出した。

 僕はこの時はまだ半信半疑だった。君のことを信じたかった。
 
 だから君が味方なのか、敵なのかを判断するためにこれからのことについて意見を求めたね。何を優先すべきかを。そしてその意見は僕の予想したものと同じだった。

 勉強をする提案をして、それっぽい理由もつけてきた。
 君は僕にこれ以上領民に何かされては困ると思ったから屋敷に閉じ込めておきたかったんだろう?

 前日の夜に窓から外を見ていた時、門に向かう人影を見たんだ。あれは君だったんだろう。
 
 僕の中で君は敵になった。

 君は僕が学院に入学させられることについては知らなかったんでしょ?
 あの時の驚いた表情は嘘ではないと思うから。まぁ、それが演技だったとしたら本当に恐ろしいね。


 僕はゲイルの話を聞いただけで、君をすぐに信用してしまった。それは間違いだった。しかし君のような人間に最初に出会えたおかげで、この世界の人族は想像以上に醜く、狡猾で、危ない奴らだと身をもって知ることができた。王都や学院では同じ過ちを繰り返さなくて済みそうだよ。

 
 僕は敵が誰なのか、君たちのボスが誰なのか、何をしようとしてるのか、大体予想はついている。

 だがあえて僕の口からは何も言わないでおくよ。

 君たちに遅れをとっていると知った日から、僕も秘密裏に計画を進めてきた。なんとか遅れを取り戻すこともできたし、策も講じてある。

 僕がこの領地に戻ってくる日までゲイルたちに危害を加えることは許さないし、させないよ。

 この屋敷を出て行くまで僕が君を敵だと思っていることを気づかれないように生活すること、出て行った後にそれをバラすこと。
 これが最後の計画だったんだ。それ以外の計画はもう終わってる。

 びっくりしたかな? 

 僕が一体どんな策を講じたのか、気になるでしょ?

 君が動けば必ず知ることができるよ。できれば何もしないで、策を知らずにいてくれる方が僕にとっては嬉しいんだけどね。

 話は以上だ。次に会える時を楽しみにしているよ。

 覚悟しておけ。        』



「あのクソガキがぁぁあ!!!」

 手紙をグシャグシャにして床に叩きつけた。

 カケルに一杯食わされたという悔しさと腹立たしさでいっぱいになったサイラは怒りに身を任せ、せっかく片付けた物に八つ当たりした。
 部屋は片付ける前よりもひどく荒れている。

「今に見てなさい。絶対に後悔させてやる」

 サイラの瞳にはあからさまな敵意と憎悪の混じった青い炎が灯っていた。
 

 
 
 
 

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