王国への独立宣言 〜この領地では自由にやらせてもらいます〜

雀の涙

旅立ち

 まだ陽が出ていない。

 時計の針は午前三時を示していた。

 修学旅行前の学生のようにウキウキしているからなのか、知らないところへ行く不安からなのか、あまり眠れなかった。
 
 もう一度寝ることができなそうにないので、僕はベッドの上に座って精神を統一させる。

 ゆっくりと全身に魔力を巡らせ、その流れを徐々に早めていく。

 そして手のひらから赤、黄、橙、緑、青、藍、紫の7色の光を次々に出し、それらを空中に浮かばせる。

 この一連の流れをスムーズに行うのが毎日の鍛錬の一つだ。魔法発動速度の上昇と魔力の維持、イメージの具現化の三つを鍛えるために僕が編み出したものだ。
 聞くと簡単そうに思えるが、実際にやってみるとかなり難しい。

 三時間しっかりこの鍛錬を続け、休憩していると部屋の扉がノックされた。

「カケル様入りますよ」

 サイラが僕を呼びにきてくれたようだ。

「おはようございます! 今日は早起きですね! 朝食の用意ができましたよ」

「おはよう! 今行くよ」

 食卓に向かうといつもと変わらない料理が並べられていた。

「ちゃんと起きれたようだな」

「いつもは眠い目を擦っていますものね」

「おはよう、お父さん、お母さん」

「早く席に着きなさい。食事が始まらないだろう」

 父に言われ急いで席に座る。あからさま態度が違うな。

「よし、頂こう」

 最後まで食べ方が汚いな。
 しかし、ここで食べる朝食も今日で最後だな。次はいつになるか分からないからな。
 
「いただきます」

 しっかりと味わって食べる。うん、今日も美味しいな。

「食事が終わり次第すぐに出発になるからな」

「わかった」

 ものすごく急かされていて、ゆっくりできない。

 そして食事が終わって僕は玄関で待つ。荷物はサイラが部屋から持ってきてくれる。

 そして屋敷のみんなに見送られ玄関を出ると、商人が立っていた。

「お荷物お預かりします」

 そう言ってサイラから荷物を受け取り馬車に持っていく。

「それでは気をつけてな」

「王都でもちゃんと食事を取るのよ」

「これからもきちんと勉強してくださいね」

 父、母、サイラの順に僕に最後の言葉をかけていく。

「みんなありがとう」

「これは何かあった時のための金だ。大切に使うのだぞ」

 そう言って渡されたお金はかなりの額だった。

「おい、そこの商人よ、後は頼んだぞ」

「わ、わかりました」

 父に言われ、慌てて返事をする商人。そんな商人と僕を放っておいて屋敷に戻っていく三人。

「それではい、いきましょうか」

「うん」

 そんな三人が屋敷に入るのを見てから門を出て馬車に乗る。

 こうして僕は王都に向けて出発した。











 いやいや! 何これ⁈ 絶対おかしいよね? 
 確かに食事が終わり次第すぐに出発するとは言ったけどさ! 
 あっさりしすぎじゃない?
 もっと、こう、なんていうかさ、色々あるでしょ!!

 大体さ4歳の子どもを一人で行かせるってどうなの? それも全く知らない商人に任せてさ!


 ってかそもそも僕誕生日なんですけど!!!
 誰にもおめでとうって言ってもらってないんだけど!
 

 はぁ…………


 いや…… どれだけ僕に出て行ってほしかったんだよ……

 状況はちがうけど、なんかこっちの方が悲しい気がする。

「あの…… だ、大丈夫ですか?」

「ん? ああ、大丈夫だよ!」

 もういいや。これであいつらのと関係は終わりだからな。

 商人と一言だけ会話を交わし、その後はお互い黙ったままだった。

 少しすると、領民の住んでいる場所が見えてきた。

「ちょっとここで止めて!」

「は、はい!」

 商人は慌てて馬を止めた。そんなに慌てなくてもいいんだけど。

 馬車から出るが、そこに領民の姿はない。今はおそらくまだ7時前だろうから無理もない。

 僕は歩いてゲイルの住んでいる小屋に向かい、扉をノックして声をかける。

「ゲイル! おはよう! 起きてる?」

 すると中からドタバタと慌てている音が聞こえ、ゲイルが飛び出してきた。

「カケル様か⁈ って一人か?」

 服が乱れている。こいつ服着ないで寝るタイプのやつだな。

「そうだよ! 入ってもいい?」

「ああ! 入れよ!」

 手紙を読んだからか、ものすごくフランクに接してくれる。

 床に座りゲイルと向き合う。

「流石に早すぎねぇか? 俺は朝って言っても9時くらいだと思ってたぞ」

「僕もそう思ってたよ。それに僕一人で王都に行くんだよ?」

「小さな子どもを一人でだなんて普通あり得ないぜ。まぁカケル様からすれば一人の方が動きやすいだろうけど。そもそも一人で行くつもりだったろ?」

「全く、ゲイルの言う通りだよ」

 そう言いながら笑い合う僕とゲイル。この世界に来て今が一番楽しいかもしれない。

「なぁ、手紙に書いてあったことだけどよ。本当なんだよな? あ、疑ってるわけじゃねーよ? カケル様の口から直接聞いておきたかったんだ」

「本当だ。僕が今一人でいるのが何よりの証拠だとも思わない?」

「言われれば確かにそうだな。俺たちは何とかやっていくから安心してくれ」

「ああ、任せたよ」

 僕は袋からお金を取り出してゲイルに渡す。
 父からもらったお金を袋ごと馬車から持ってきていたのだ。

「おい、この額は」

「知ってるよ! もう勉強したから知ってる。流石に僕も王都での生活に必要だから全部は渡せないんだけど、これなら200人が1年は暮らしていけると思う。この前渡したのも合わせて一人5年くらいはもつんじゃないかと」

 目の前には金貨が50枚置いてある。もらったお金の半分を渡す。

 お金は受験の計算の問題にも出てくるから勉強した。

 白金貨一枚 → 金貨100枚 日本円で100000000円(一億円)

 金貨一枚  → 銀貨100枚 日本円で1000000円(百万円)

 銀貨一枚  → 銅貨100枚 日本円で10000円(一万円)

 銅貨一枚  → 日本円で100円

 つまり目の前には日本円で五千万円が置かれている。これなら一人25万円はあげられる。
 この世界は日本よりも遥かに物価が安く、30万あれば一年間暮らせるのだ。
 日本だったらバイトでも二、三ヶ月働けば手に入れることができるがこの世界では一年間働かないと手に入らない。

 だからこの前も今も僕が渡している額はとんでもないのだ。

「さすがに受け取れねぇよ。この前ので十分だ。それにこれはカケル様が使うべきだ」

「この前も似たようなこと言ってた気がするよ。僕はいつ戻ってこれるかわからない。だからできるだけのことをしてから行きたいんだよ」

「中身が子どもじゃないとわかっていてもその見た目に大人は弱るんだよな」

 ゲイルはそう言いながら笑って頭をかく。

「いずれ慣れるさ! さて、そろそろ行くとするよ!」

「じゃあ俺はみんなを集めてくる」

 二人で小屋を出て僕は馬車へ、ゲイルはみんなの小屋へ歩き出す。

 そして今僕の目の前には領民が集まっている。

「カケル様、みんなの前に来てくれ」

ゲイルが代表して僕を呼ぶ。僕は歩いてみんなの前に立つ。

「これは俺たちからのプレゼントだ。みんな同じ物を持っている。大切にしてくれ」

 渡されたのは御守りだった。領民のみんなも首にかけていたり腰につけていたりしている。

「ありがとう! みんなとお揃いっていいな!」

「それと誕生日おめでとう!」

「「「おめでとうございます!!」」」

「っ⁈ お、う、うん…… ありがとう!!!」


 びっくりしたけど、ものすごく嬉しい。この御守りもみんなからのおめでとうの言葉も。
 今までに感じたことのない、温かさだった。

 みんなを見ると、ニコニコしていてとても幸せそうだった。

 僕はこの笑顔を守りたいな。

「ゲイル、あいつらはこの中にいるのか?」

 ゲイルだけに聞こえる声で聞く。

「数日前からいない」

 よし、それなら僕からみんなにお返しができる。

「みんな! 僕からも渡したいものがあるんだ」

 目を閉じて心を落ち着かせる。集中して全身に魔力を巡らせる。

 他の人にこの魔法をかけるのは初めてだから上手くいくかは分からないが全力でやる。なんせ人数は200人だからな。

「プロテクション」

 そう呟くと、領民一人一人の身体に透明の膜ができた。これが見えるのは僕だけ。

「ん? 何かしたのか?」

「うん! 僕もみんなに御守りを渡したんだ! 一人一人にね」

「気持ちだけ受け取っておくよ」

 ゲイルは全く信じていないようだ。

「みんなのことは僕が守るから! だから待っててね。それじゃあ行ってきます」

 僕は振り返り馬車に向かって歩き始める。

「待て!」

 後ろから追いかけてきたゲイルが僕を引き止める。

「馬車に戻ったらこの御守りの中を見てくれ。それだけだ! 気をつけてな」

 それだけを言って走っていった。

 僕は馬車に戻った後ゲイルに言われた通りに御守りの中を見る。すると中から一枚の手紙が入っていた。それは以前僕がゲイルに渡した手紙だった。

 裏を見ると字が少しぐちゃぐちゃな日本語でメッセージが書かれていた。
 一生懸命に字の練習をしてくれたんだろう。



『 紙がなかったからこれを使わせてもらった。この手紙は表も裏も日本語だから見られても問題ないだろ? 

  頼まれたことはちゃんとこなした。カケル様の言う通り、領民の中に二人怪しいやつがいた。その二人は数日前から姿が見えなくなった。俺が探ってるのがバレたわけじゃないと思う。きっとカケル様がいなくなるのに合わせて消えたんだと。

  それとみんなに話を色々聞いたが、かなり信用されてるみたいだった。カケル様がこの領地を離れた後に何かされたらすぐに受け入れてしまいそうだ。
  その時は俺が何とかするから任せてくれ。

  死んだりしねーからよ!

  
  俺はカケル様のことを知ってから、俺なりに色々考えたんだけどよ。

  あんまり背負いすぎるなよ?  この手紙を読んでる時は18歳になっているだろう。俺からすればまだ子どもだ。それに今の姿は4歳だろ?

  だから王都に行ったら思いっきり楽しんでこい!

  王都での生活も学院の生活も。友達作って子どもらしく遊びまくってこい!

  俺たちはカケル様に全てを捧げて俺たちのために生きてほしいわけじゃない。
  お互いに支え合って生きていきたいんだ。だから、王都に行ったらまずは自分のために生きてみろ。
  そこでたくさんのものを見て、たくさんのことを知って、それから俺たちのところに帰ってきてくれ!

  気長に待っているからよ!


  明日はちゃんと話ができる時間がないかもしれないから、ここに言いたいことを書いておく。

  カケル様、4歳と18歳の誕生日おめでとう!

  俺はカケル様にも幸せになってほしい。次に会う時は女でも連れてこいよ!



  俺はお前の友達で、家族だからな! それを忘れないでくれ


           ゲイル       』
  

 読み終わる頃には手紙は涙で濡れていた。

 僕にとって最高の誕生日だ。今日を翔とカケルの誕生日にしよう。

 僕もゲイルのことを家族だと思っている。お父さんってこんな感じなのかなって、ゲイルがお父さんだったらいいなと思う。

 ゲイルの言葉に甘えて王都では少し楽しむことにしよう。みんなに御守りもお金も渡すことができた。数年は大丈夫だと思うから。

 この領地を良くするために、王都でも学院でも学べることは学んでいきたい。

 僕が生きるべきはこの領地なのだから。


「それでは出発します」

「お願いします」

 馬車が動き始め、僕はすっきりした気持ちで王都へと向かう。

「さて、あっちはそろそろ気づく頃かな」

 僕は計画が完了する瞬間を見れないのが残念だと思うが、その表情はそんな気持ちとは反対に口角を上げて、にんまりと笑うのであった。

 
 

 



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