王国への独立宣言 〜この領地では自由にやらせてもらいます〜

雀の涙

領民の生活 2

 小屋の中に入ると、そこには隅に保存食のようなものが置いてあるだけで、他に何も物はなかった。

 男はすぐに床に座った。

「汚ねぇけど、まぁ座ってくれ」

「気にしないよ」

 男は少し申し訳なさそうにいったが僕は全く気にしない。

 僕が座ったのを確認して、男は下を向いたまま静かに話し始めた。

「前の領主様はとても優しくてな、俺たちのことを第一に考えてくださっていた。税の徴収も少なく、飢饉に見舞われれば領主様が自分の懐からお金を出して食べ物を分けてくださった。だからこそ飢饉になった時でさえ死ぬ人は誰もいなかった。
 ……しかしある日突然亡くなったのだ。誰かに殺された。結局その犯人が誰なのかはわからなかった。
 そして今の領主様がやってきた。それが6年前だ。最初の年は前の領主様と同じやり方だったから今までと変わりなく過ごすことができた。だが次の年から突然税率が高くなり徴収も4回に増えた。俺たちは領主様に逆らうことなんてできない。逆らえば殺されてしまう……。だから仕方なく貯金や備蓄をくずして払い続けてきた。払えなくなった時は家族を売らないといけない。それだけは避けなければいけないと、みんなで助け合ってなんとかやってきた。しかし3年でみんな底をついた。そしてそこから今までの2年は……」

「…………」

 僕は黙って話を聞いていた。日本にいた頃は、歴史や小説でもこういったことはよく聞いたことがあった。だが自分とは縁のないことだと思っていたし、実際そうだった。
 しかし今はその現状を目の当たりにしている。そしてその原因を生み出した領主の息子として僕は生きている。その責任は僕も負わなければならない。

 僕は真っ直ぐ男を見た。決して目を逸らさず、全てを受け入れるように。

 すると、覚悟を決めたように、男も僕の目を真っ直ぐに見て話を続けた。

「……この2年間は隣の領地へ行き、盗みを働いていた。みんな家族を売ってお金にするなどできるはずがない。しかし差し出せるものもない」

 男の声が次第に大きくなっていく。

「どうすることもできなかった! 仕方なかったんだ!!」

 今まで溜め込んできた、心の底にあった嘆きを放った男の目は潤んでいた。
 
「教えてくれてありがとう。あなたたちの地獄のような日々も犯罪を犯さないといけなかった事情も痛いほどわかった。
 僕の両親が私欲のためにあなたたちを物のように扱ったのが原因だったんだね。先に超えてはいけない一線を超えたのは僕たちの方だ。謝って許されることではないのはわかっている。それでも謝らせてほしい。…………本当に申し訳なかった」

 話を聞きながら僕と似ているなと思った。理不尽に虐げられ、その状況をどうにかしたくて一線を越えてしまった。僕は領民たちの痛みがよくわかる。
 気づくとまた涙を流していた。
 
「……カケル様が謝ることはないんだ。まだ3歳だろう? こんな小さな子どもに伝えるような内容じゃなかった。八つ当たりまでして、俺の方こそ申し訳なかった」

 初めて名前を呼ばれた。なぜか嬉しかった。

「僕が知りたいと言ったんだ。それにこのことを知らずにいれば僕は僕を嫌いになっていた」

「領主様は俺たちの言葉など一切聞いてはくれなかった。しかしカケル様は違った。話を聞いてくれて、俺たちのために涙を流してくれた。それだけで救われるってもんだ」

「僕はまだ弱い。話を聞くことしかできない、泣くことしかできない。これだけでは誰も救うことなどできない。しかし、あなたのおかげで僕はこれからどうしていこうか決めることができた」

 僕は最後に聞いておきたかったことを話す。重要なことだ。

「あなたに聞きたい。あの屋敷の中で一番信用できる人は誰か分かる?」

 そこで小屋の扉が勢いよく開く。サイラだ。僕の上着を手に持ち、息をハアハアと上げている。

「彼女だ」

 男はサイラを指差して言った。

 しかしサイラはそれを無視して僕の手を引き、外に出ようとする。

「近づいてはいけないと言ったではないですか!! 早くここから離れますよ」

 僕はそんなサイラに引っ張られまいと力いっぱい抵抗した。

「何を……っ…しているんです」

「離せ!!!」

 今までの出したことのない、響き渡る大きな声で叫んだ。そんな鬼気迫る僕の顔を見て恐る恐る手を離した。

「サイラ、いいからここに座れ」

 サイラ大人しく隣に座る。僕は話を戻そうと男に目を向ける。男は僕の意思を受け取ったように話を続けた。

「彼女なら信用できる。それは彼女が度々この場所に来ては食べ物や金を置いていき、その都度謝罪しているからだ。自分が悪いことをしているわけじゃないのに。今日のカケル様みたいにな」

 その話を横で聞いているサイラは突然のことに訳が分からないといった表情でいた。

「いや、悪いのは僕も一緒だ。両親と同じ生活をしてるわけだから。あの快適な生活があなたたちの犠牲の上に成り立っていたというのを知らずに最高だと喜んでいたんだから。最低だよ」

 男は異物を見るような目で僕を見ながら、ここまで疑問に思っていたことをサイラに問う。

「なあ、カケル様って本当に3歳なのか? 今までと雰囲気が違うし、今はまるで大人と話しているみたいなんだが?」

 するとサイラは当然のように答える。

「私も今さっきそのように感じたところです」

「だよな?」

「ええ」

 そこで僕は会話を遮る。

「勝手に2人で納得しないでよ! 僕は今年で4歳になるんだ! もうあっという間に大人になるよ!」

 僕の言葉にサイラと男はやっぱり子どもなのか? と複雑な表情をしていた。

「それではそろそろ屋敷に戻りますよ」

 サイラがそう言って立ち上がる。
 僕も立ち上がり、背負っていたリュックを男に渡す。もしかしたらと考えて今朝準備していたものが入っている。

「この中にはお弁当とお金が入ってる。まだ勉強していないからこのお金がどれくらいになるのかはわからないけど、僕のお小遣い全部入れてきたからみんなで分けてほしい。少ないけどお弁当もね!」

 そう言われて驚いたサイラと男はリュックの中身を見てさらに驚くことになる。中に入っていたお金は大人1人が人生の半分は遊んで暮らせるくらいあった。2人は3歳の子どもがこんなお金を持っていることに、そしてそんな大金をお小遣いで渡す領主の頭のおかしさに呆れた。

「これはカケル様のものだ。俺たちが使うわけにはいかない」

 そう言って受け取らないとリュックを渡そうとしてきたが、僕はそれを拒否した。

「これは元々あなたたちのお金だよ。あなたたちから奪ったものを両親からもらっただけ。だから気にしなくてもいい」
 
 男は困ったようにサイラを見るが、彼女は何を言っても無駄ですよと首を横に振る。

「すまない。有り難くみんなで分けることにする。このことは絶対に忘れない」
 
「僕もあなたたちの苦しみを絶対に忘れないよ」

 小屋を出る前に僕は振り向き男をもう一度見る。

「ごめんなさい、名前を聞いていなかった! 教えてほしい」

「ああ、俺はゲイルだ! 覚えておいてくれ!」

「わかった! これも忘れない」

 僕はそう言ってニコッと笑う。男もそんな僕を見て笑顔になる。
 サイラが小屋の扉を開け、僕は外に出る。

「屋敷に戻ったら話がある。行こう」
 
 サイラの方を一切見ずにそう言いながら屋敷に向かっていく歩いていく。

 カケルの顔に先程の笑顔はなく、決意に満ちた真剣な表情をしていた。

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